第二章 帝都の三人(3)
夕方、学校の門の前に戻ると、マナとサーラの二人が広場にある樫の木陰に座って談笑していた。
シェリーは、内心の不安を見せないよう、努めて明るい調子で振舞うようにした。
人一倍気を遣うマナに、余計な心配をかけてはいけない。
「師母様、手続きが完了しましたので、明日から通うことになりました」
マナの報告に、頑張ってね、と肩を軽く叩く。
ココが、今日一日師母と一緒に見た帝都の風景や、立ち寄った露店で初めて食べた団子の味などをマナに浮き浮きとした様子で話し出す。
その時、門から数名の女生徒が出てきた。
いずれも、上品な服装の中央人の少女たちだ。
一目で、貴族か騎士の子女であろうとわかる。
マナとサーラが彼女たちと、ごきげんよう、と挨拶を交わす。
シェリーも笑顔で軽く頭を下げたので、ココも不思議そうな顔をしながら同じようにした。
「……マナさんは、しばらく帝都から離れていたと聞きましたけど?」
少女の内の一人がマナに尋ねる。
クセのない綺麗な金髪が、腰の近くまで伸びている。
切れ長の目が、やけに挑戦的な光を発していることにシェリーは眉をひそめた。
よく通る美しい声だが、どこかマナを見下すような驕慢さが見え隠れしている。
「ええ、そうよ。私の師母様と妹弟子に会っていたの」
マナはそんな彼女の態度に気づいているのかいないのか、普通に友達と話すような口ぶりだ。
意外に鈍感なのか、それとも器が大きいのか。
「ふうん、そうなの。そちらのお二人かしら?」
先程よりもさらに尊大な姿勢が強まり、シェリーとココにちらちらと視線を向けてくる。
弟子を見習い、シェリーも柔和な笑みで返すことにした。
一方ココは、明らかに怯えている。
「彼女はミネア。私とサーラの同窓生です。彼女も私たちと同じように近衛騎士団を目指しているのですよ」
マナに紹介されるのが明らかに不愉快なようで、ミネアの頬が少し膨らんでいる。
ここまでマナが嫌われているのは、恐らく彼女が東方系の血筋だからだろう、とシェリーは推測した。
一般的にミネアのような純血の中央人は自尊心が強く、他の種族を低くみる傾向がある。
彼女にとって、東方系のマナと同窓生というのは面白くないのだろう。
ましてや、東方系よりも少数民族である妖かしの民や鬼族の娘など、同じ空気を吸うことも疎ましいと思っているかもしれない。
(でもそういう偏狭な考えの人って、幸せにはなれないのよね)
どんなに忌み嫌おうと、排除できるものではない。
どの人種でも善人もいれば、胸の悪くなるような悪党もいる。
マナのような少女と先入観なしに付き合えば、どれだけ素敵なレディか、かけがえのない友となるにふさわしい資質の持ち主かに気づきそうなものなのに。
しかしそんなシェリーの思いも虚しく、ミネアは軽く鼻で笑い、二言三言慇懃無礼な挨拶をして去っていった。
ごきげんよう、と彼女の背に手を振るマナに、シェリーは背中から囁いた。
「いやあ、貴女もずいぶん人気者よね、マナ」
「……どういう意味でしょうか……?」
皮肉が全く通じていない。恐らく本当に気づいていないのだろう。
その素直さ、というより程よい鈍さもまた、彼女の魅力なのかもしれないが。
翌朝から、マナたち三人の本格的な帝都での生活が始まった。
山小屋での日々と同様、とはもちろんいかないが、起床時間はほとんど変わらない。
身体がその時間帯になると、自然と目覚めてしまうのだ。
前夜の内に、庭の隅を稽古に使わせてもらうことを頼んであった。
庭だけではなく、離れに剣術用の道場があるのでそこもどんどん使ってくれてかまわない、と快諾を得ている。
まずは庭を走り、十分に身体を温めた後で柔軟体操を行う。
身体の柔軟性と平衡感覚は、武術を極めるには必要不可欠な要素だ。
やや遅れて起きたサーラたちが、その稽古の激しさに目を丸くして見ている。
基本鍛錬の後は型稽古、それから組み手と、息つく間もなく稽古は続く。
最後に、師母が二人をまとめて相手にする。
型稽古ではなく、「どっからでも自由にかかってきなさい」という自由組手だ。
山小屋生活の時よりも内容が厳しい。
その意味にマナは気づいていた。
先日、町で荒くれ三人組を倒した時と同様、師母は限られた時間の中でマナにできる限りのことを伝えようとしているのだ。
(私も、その想いに応えなければ……)
朝食の後は、学校で日暮れまでの勉強と訓練が待っているが、そんなことは問題ではなかった。
そもそも、この程度の苦しさで音を上げているようでは、近衛騎士団の任務などやり遂げられるはずがないではないか。
マナは歯を食いしばり、師母の稽古に必死についていった。
(続く)




