第二章 帝都の三人(1)
第二章 帝都の三人
人口百万を超えるとも言われる巨大な帝都。
この都に入るためには、途中でいくつもの関所を通らなければならない。
幸い、マナが名門女学園の卒業生ということもあって、関所の通過にはそれほど時間をとられなかった。
マナが世話になるアディンセル卿の屋敷へ向かい、石畳の道を進んでいく。
その途中で通り過ぎる市場や広場は、他の町よりもはるかに活気に満ちていた。
ココが繋いでいる手を強く握るのも、無理はない。
あまりに人が多くて、手を離すとすぐに迷子になってしまいそうな賑わいなのだ。
「久しぶりだけど、以前より人が増えてる気がするねえ」
シェリーはややうんざりした表情で、マナに話しかけた。
人ごみが苦手なわけではないが、長いこと静寂に包まれた日々を過ごしていただけに、やはり戸惑いを覚えてしまう。
東西南北、それぞれの地域から人が集まるため、人種の豊富さも他とは比較にならない。
妖かしの民に鬼族の娘、そして東方系の少女という、田舎では好奇の視線を浴びせられる組み合わせなのだが、ここ帝都では人々もそれほど関心を寄せてこない。
また、以前よりも混血種らしい顔立ちの少年少女なども頻繁に見かけるように思えた。
あくまでも支配階級の中心は金髪碧眼の中央人のようだが、庶民の間では異種族婚が進んでいるのかもしれない。
帝都の東端、イズルーの関所を抜けたのが朝のことであったが、すでに陽は傾きかけている。
帝都は端から端まで移動するだけでも、歩けば丸一日以上かかる。
広大ということももちろんあるが、それ以上に人や建物が多すぎるのだ。
「やっぱり、舟で移動したほうが良かったねえ」
シェリーがため息をつくと、マナは苦笑した。
帝都の活気と人の多さに、二人はともかくココが、きょろきょろおどおどといった有様で、なかなか速く移動できないのだ。
縦横に帝都内を移動できる渡し舟を利用すれば、もうこの時間には屋敷に着いていたはずなのだが。
帝都は別名「水の都」とも呼ばれている。
網の目のようにいくつもの川と水路が流れ込んでいるためだ。
石造りの上水・下水道もそれらとは別に設置されていた。
各地に船宿・渡し場が置かれていて、定期的に同じ場所を移動する中型の舟と、注文に応じて数人の客を何処へでも運んでくれる小型の舟とが帝都の交通手段の要となっている。
ようやく帝都南区にある屋敷前に着いた頃には、すっかり陽も落ちて薄暗くなっていた。
屋敷は石を積んだ高い壁に囲まれていて、正面に大きな鉄の門がそびえ立っている。
華美な意匠などといったものとは無縁な造りは、屋敷の主の性格を如実に物語っていた。
主には事前にマナが手紙を出して、シェリーとココの件は伝えてある。
シェリーは「挨拶だけで」というつもりだったが、客人をそのまま帰すわけにはいかない、と引き止められ、結局は泊まることになった。
「シェリー殿。ご高名はかねがね伺っております」
サーラの父・アディンセル卿は、立派な顎髭を蓄えた、いかにも古強者といった雰囲気を漂わせる騎士だった。
互いに拱手して挨拶する。
騎士・平民という身分にこだわりの無い人物のようで、一目でシェリーは好感を抱いた。
彼もまた、一介の武人としてシェリーに興味と敬意を持っているらしい。
彼の若かりし頃、確かにシェリーの名は武人の間では知れ渡っていた。
屋敷の一室をあてがわれ、マナの試験が終わるまで好きに使って欲しい、と言われた。
さすがにそれは図々しすぎるだろうと遠慮したが、是非にもと強く迫られてしまい、結局押し切られてしまった。
確かにその方が、滞在費が浮くのでありがたいことではある。
夕食前に部屋で三人きりになり、荷物を下ろしてようやく人心地がついた。
ココは都入りから終始気が張っていたのか、大きくため息をついてベッドに寝転んだ。
先に着替えなさい、とマナが注意する。
「お風呂に入って、ドレスに着替えて、それからご飯よ」
「ええ~、もうお腹空いたよお」
ココが唇を尖らせる。
一日中、ほとんど無口だった彼女も、三人きりになってようやく気持ちが楽になったようだ。
シェリーやマナはともかく、山小屋での生活しか知らないココにとっては、見るもの全てが新鮮に移っているらしい。
大理石の風呂なども、もちろん未経験でしきりに感心している。
良い傾向だな、とシェリーは微笑ましく彼女を眺めていた。
(続く)




