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 三十代も半ばを迎えた。四捨五入すれば四十だ。知人友人はほぼ結婚していて、LINEのアイコンが続々と子どもたちの画像に変わっている。毎月毎月、祝儀で金が文字どおり飛んでいくピークも過ぎたように思う。

 自分の父親が所帯をもったのが、三十も後半だったから焦りは不思議にないが、着実にその年に近づきつつあることに、驚きが隠せない。

「また女にフラれたって? しょうがないやん。きさんは非モテなんやから」

 しっかしムカつくことにモテる非モテやけどなあ。と謎持論を容赦なくぶつけてくる友人は、久しぶりに顔を合わせた高校の同級生だった。

「未だに何の()()()()しとるか知らんけど。ようけ海外飛び回ってからくさ。歴代の彼女に寂しい想いさせてな。かーっ、男の風上にも置けんやっちゃ。もうきさんより忙しい彼女探せばええんちゃう?」

 ()()()とかさあ。と口をへの字に曲げ、友人がフライドポテトを齧った。真っ昼間のビヤホールでスタウトを呷る。

「……それは、勘弁かなあ」

「えーなんで」

「プライベートでも()()()()()って、しんどいがな」

「いったいきさんは仕事で何やっとんねんて」

「国際政治ってほんと()()()やからなあ」

「ほう?」

「所詮、俺は一匹やから」

「はあ」

「政治で救われん一匹のために文学があるんやから」

「何の話ですか」

「独り言やけん気にすんな」

「目の前に人がおんのに独り言ってけっこうクるで」

「すまんな」

 何年かぶりに足を踏み入れた日本は、様相が変わっていた。コロナで当初の帰国予定がだいぶ延び、派遣国で長く足止めを喰らったが、できる限りの引継ぎをし、後任に遺せるものを遺してきたつもりだ。

 この疫病が炙り出したもの。外交、社交の場、オフィス、新規開拓機会の消失。

 本音が隠され、建前だけが外に綻び出る世界。

「ま、無事に帰ってきて何よりやわ。これからはどないすんの?」

「んー。辞めよかな」

「……は?」

 帰還を祝ってくれた友人には悪いが、既に仕事を引き継いだ時点で、己の役割は終えたと感じていた。

「足、洗おう思て」

「そんな……。きさんが抜けるとか、組織の損失やないんか?」

「それはないやろ。元から組織は個人を助けてくれるもんでもなし。駒一人おらんくなっても簡単に崩れることはない」

「せやけど、」

「ちょっとな、疲れたわ」

 ふ、と眉を下げて笑う。向かい合った友人のほうが、なぜか泣きそうな顔をしていることが、何だか居たたまれなくて、そして少しおかしかった。

()()でない誰かを、演じることに」

 ハムレットも、リアも。

 コーデリアも、オフィーリアも。

 舞台の上では悲劇に興じているよう見せなければならない彼らは、自分でない()()を演じることに疲れたとして、役を与えられた以上、死ぬまでその舞台を降りることが叶わなかった。

 人が産まれてくるとき、必ず泣くのは、この愚か者どもの生きる舞台に引き出されたことが、哀しいからだ。

 そう言ったのは、リアだったか。

 しかしその舞台の桎梏にとらわれなかった、ただひとりが。名もなき道化は、果たして、第三幕第六場で、なぜ、いったいどこに退場し、消えたのだろうか?

 価値の転倒をもたらした者。()()に帰した彼の者は、誰に何も告げず舞台を去った。舞台の枠外で、彼の高笑いが聞こえてくるようだ。

 自分も、役割を終えたのだ。あの道化のように。











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