(2)
酒は残らない体質だった。土曜に遊んで、日曜は昼まで寝て、夕方に街に繰り出し、一週間分の買い物をするのがルーティン。
本屋が好き。図書館も好き。いつかそこに住みたいとさえ思う。モテはそんなこと、考えることもないらしいけれど。
本屋で『真夜中の子供たち』が文庫化されていたのを見つけて思わず手に取る。次にイェイツ詩集。古事記。万葉集。記紀歌謡集。友人が見たら「まったく。非モテだなあ」と想像どおりの溜め息をついてくれることだろう。
ああ、どんなに周りにお前はロマンチストだとか、愚かな夢想家だとか、虹を追う者だと馬鹿にされたっていい。政治とか経済なんてぶっちゃけどうでもいい。誰かが勝手に回してくれないかとさえ思う。裏で名もなき道化たちが暗躍せずとも。
本屋をあとにして、戦利品の紙袋を引っ提げながらお気に入りの喫茶店に寄る。この喫茶店は女子の制服がとても可愛く、目の保養ができる。お目当ては、ボブカットの溌剌な女性だ。いつも明るく応対してくれて、元気が湧き出る。
彼氏いるのかなあ。いるに決まってるよなあ。
ああ、あたしが男だったら、電話番号でもLINEのIDでもさっと渡すのになあ。
女が女をナンパしたいと思うようになったら、それはもう、末期なのだろうか。
レズなのかバイなのか。はたして女でいたいのか。男になりたいのか。
たぶん、そんなカテゴライズを複雑で難しくしているのは、いつだって当事者じゃないのだろう。
注文したブレンドコーヒーが机上にコトリと置かれる。
それを合図に、自分の時間に没頭するため、本の表紙を開いた。
大学の図書館で、イェイツ詩集の中から「ラピス・ラズリ」を見つけたときの衝撃。人生という地図の中で宝箱を見つけたような感動が降ってきたのを憶えている。
ふと、空気が動き、コーヒーの液面が揺れた。波紋を無為に眺める。
誰かが、隣のテーブルに腰かけたようだ。
なぜ、わざわざこの席の隣を選んだのか。他にも空いている席が――なかったようだ。
一気に水を差された気分になる。自分はつくづく、人間嫌いなのだと実感する。
横目でちらりと闖入者を拝見すると、椅子の上に日本列島が描かれた丸善の紙袋が置かれているのがわかった。最近、紙袋の代金も徴収されるようになった、と何とはなしに思った。
ふう、と息をついて、視線を再び本の紙面に戻す。浪漫と空想の世界へ飛び込もうとしたそのときだった。
コーヒーの香りが、鼻腔をくすぐった。
誘われるように、再び隣を見る。
闖入者の手が紙袋から数冊の本を取り出す。
その表紙が目に入った瞬間、
息が、止まった。
「――あ、」
声が、こぼれた。




