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救急車が横を通り過ぎて、大まかな時速を推計し、ドップラー効果の計算式を用いて大体の周波数を導くといった他愛ない計算をついしてしまうとか。遠雷を聴いてその距離を瞬時に弾き出すとか。当時、この世界で完全に理解した人間は一ダースしかいないともいわれていた相対性理論について、ならば自分がそれを理解する十三人目になれるかもしれないとの期待を抱いたトムキンス氏のように、白昼から堂々と夢をみている。
そんな、どうでもいいことが脳裏を埋め尽くしている。
ふと立ち寄った本屋の新刊コーナーで『真夜中の子供たち』――サルマン・ラシュディの著作が目に入った。なぜ新刊かと疑問に思ったが、最近文庫化が実現したらしい。
不意に助教授の悲劇が頭をよぎる。それと同時に過去、コーランを必死で暗記したことだとか。某国で銃弾が目の前を走ったこと、自分を庇って血まみれになって斃れた協力者の姿が、フラッシュバックのように思い出された。
冷戦が終わり、国家対国家同士の戦争から、国家対個人が争う時代への移行。
今は仮初めの平和なのか。失われた百年なのか。
ミサイルが夜空を駆けていくのを、何度も見た。
東京の空は、遠く、星も見えないが、それでもきれいだとさえ思う。
シンチレーション。星の瞬き。大気のゆらぎ。目には見えぬ空気の存在を確かに視認する。
イーリアス、オデュッセイア、竹取物語、古今和歌集、源氏物語、神曲、デカメロン、シェイクスピア。
(あとは、何を暗記させられたっけな)
とりとめもなく本棚を眺めながら思考回路を手放していると、イェイツの詩集が棚の中で表紙を見せていた。
懐かしいと思った。学生時代に手に取ったきりの書だ。
高校のとき、ストーンブレスレットを身に着けるのが生徒の間で流行った。確か自分はラピス・ラズリを選んだ。オニキスが交互に入っていたデザインで、その夜空を閉じ込めたような色合いが好きだった。友人が着けていた紅の石よりも、自分は紺を好んでいたのを思い出す。
本を数冊買って、本屋を出たあと、看板が目に留まった喫茶店に入る。快活な店員が席まで案内してくれた。常に装着するマスクも大概息苦しく思うが、「目は口程に物を言う」ため、不思議と表情を読むのには困らなかった。
サーブされたカップを持ち上げ、口に一杯含み、ほ、と短く息をつく。
紙袋の中から本を取り出したそのときだった。
ふと、隣から視線を感じた。
「――あ、」
全身の細胞が、瞬時に入れ替わったような、感覚。
総毛立つ。
一瞬、世界が止まったように、何も聞こえなくなった。
机上に、積まれていたのは。
彼女が持っていた本は。
「「――あ、」」
声が、重なった。
〈共鳴〉
声が、音の、波が、空気を、伝わって。
二人の波紋が、重なった。
声が、届いた。
彼と彼女の鼓膜を震わせた。
ドクン、と心の臓が鳴った。
出逢った。
やっと、出逢えた。
見つけ、たんだ。
運命の、ひと




