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琥珀の檻(こはくのおり)  作者: 水前寺鯉太郎
探偵編

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9/15

鋼の沈黙、血の告白

一九八三年、八月三十一日。

 夏の終わりを告げるはずの風はどこにもなく、S市郊外の廃材置き場は、煮え返るような熱気と腐った油の臭いに支配されていた。

 錆びついたクレーンのアームが、月明かりの下で巨大な死神のカマのように虚空を削っている。その影の中、壊れかけの木製椅子に、S市土地開発公社の用地課長・進藤和男は、身動き一つ取れない状態で括り付けられていた。

 久保寺耕介は、無造作に吐き出した紫煙越しに、男の脂汗にまみれた醜態を見つめていた。その瞳は、三年前のT市で見せたものより、さらに暗く、深い。

「……おい、進藤。いつまで死んだふりをしている。お前が判を押した書類の重さで、椅子が軋んでいるぞ」

 久保寺の声は低く、肺の奥に溜まったすすのような湿り気を帯びていた。

「ひ、ひぃっ……! 頼む、助けてくれ、久保寺さん! 私はただ、上からの指示を、公務員としてこなしただけで……!」

「上だと? その『上』は、石巻さんの家の子供たちが喉を掻き切られたとき、お前の手を引いて逃がしてくれたのか?」

 久保寺は傍らのバケツから、ボウフラの浮いたぬるい水を、容赦なく進藤の頭へぶっかけた。進藤は陸に上げられた魚のように跳ね、銀縁の眼鏡が泥の上へ転がり落ちた。視力を奪われた男の怯えが、廃材置き場の静寂をさらに増幅させる。

「あの土地には、最初から河村不動産の息がかかっていた。お前は公社の権限を私物化し、登記を無理やり動かし、反対する石巻家を『処理』しやすいように、法と金の檻で囲い込んだ。違うか」

「そ、それは……! あそこに道路が通らなければ、S市の未来は……再開発は止まってしまうんだ!」

「道路のために、十四歳と十歳の子供の喉を掻き切る必要があったのか、と聞いているんだよ!」

 久保寺の怒号が、トタン屋根に反響し、夜の闇を震わせた。

 彼は進藤の胸ぐらを掴み、その顔を、石巻邸で撮影した生々しい遺体の写真に叩きつけるように押し付けた。

「見ろ。お前が『未来』のために差し出した供物だ。この子がどんな顔で、どんな絶望を抱いて死んだか、その薄汚れた網膜の奥まで焼き付けろ。逃げるな!」

「や、やめてくれ! 見たくない、見たくないんだぁっ!」

「見たくない? 殺した奴が、今さら被害者の顔を忘れたいなんて、贅沢が過ぎるな」

 久保寺は進藤を突き放し、ポケットから一本の古い、使い古されたカセットテープを取り出した。

「三年前、俺はこれ一本でT市の巨悪を沈めた。……進藤、お前の余罪も、このテープにたっぷり録音させてもらう。お前を逃がそうとしていたあのアロハの男が、さっきまで隣のコンテナで何を喋っていたか、聴きたいか?」

 実際には男はまだ気絶したままだ。だが、久保寺の放つ「確信」に満ちた嘘に、進藤の顔は土色を超え、死相さえ浮かび始めた。

「あ、あいつ、喋ったのか……? 畜生、私のせいじゃない! 全部、理事長の……いや、河村の長男、栄一会長が……!」

「栄一か。正造の飼い犬じゃ飽き足らず、S市の王にでもなるつもりか」

 進藤は、ガチガチと歯の根を鳴らしながら、ついに防波堤を決壊させた。

「……会長は、土地転がしで得た汚れた金を、県警の上層部にも流している。だから、警察は最初から動かない。石巻家の件も、最初から『暴漢による物取り』で処理されるシナリオだったんだ……。公社の中に、会長の個人口座と、裏の献金先を管理している裏帳簿がある。場所は、本庁の地下金庫……そこにあるんだ……」

 久保寺は、手帳にその言葉を、血を吐くような筆致で書き留めた。

 一九八三年。バブルという名の狂乱が、警察の正義さえもコンクリートのように塗り固め、真実を地中に埋めようとしている。だが、久保寺の胸に燃える「鬼」の火は、まだ消えていなかった。いや、ななみを失ったあの日から、業火となって彼を突き動かしている。

「……進藤。お前は今日から、死ぬまでこの子供たちの夢を見る。寝ても覚めても、あの子たちの血の色が天井に滲み出す。それが、お前にできる唯一の、そして最低の償いだ」

 久保寺は、震え続ける男を冷たい沈黙の中に置き去りにし、廃材置き場の出口へと向かった。

 背後で、八月最後の蝉が、断末魔のような叫びを上げて鳴き喚いていた。

 久保寺は中古のカブに跨り、夜の闇が迫るS市の中心部――欲望のネオンが輝く魔都へとハンドルを切った。

 標的は定まった。県警の喉元、そして河村不動産の心臓部。

「待っていろよ、ななみ。……石巻さんの家の子供たちも、お前と一緒に連れて帰ってやる」

 久保寺の眼光は、暗闇を射抜く鷹のように鋭く、S市の闇を切り裂いていった。

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