樹里の秘密
「お主なぁ……」
「本当に申し訳ございませんでした」
私は今、ナトちゃんに向かって土下座している
「最近世に干渉しすぎじゃ」
「はい……自分でも分かってます……」
あまり干渉しすぎるなと注意を受けたばかりにも関わらず、今回の一件で女記者に話しかけて自分の存在を相手に認めさせてしまった
「……はぁ。まあ良い。それより上手くいったのか?」
「う、うん。今日記事が掲載されたの。立原の裏の顔についてね」
♢ ♢ ♢
「……『立原菜鳩。裏カジノに出入りか』」
あの撮影の3日後、この記事が写真と共に世間に出回った。私が女記者に指定した場所と一致している
「こ、これって……」
「スキャンダル……ですわね。しかも俳優としてどころか人生自体も狂ってしまうような」
警察が介入してくるような案件だから、逮捕の可能性も十分ある
ただしお店の中に入っていく様子が写されただけで、中での出来事を撮られたわけじゃない。だから世間では意見が擁護派と非難派の真っ二つに割れていた
そもそもそのお店が裏カジノかどうかもまだ分かっていない
「これで立原からのストーカー行為は無くなるんじゃない?」
「……どうでしょうね」
♢ ♢ ♢
「立原からも事務所側からもまだ声明が出てないから、何とも言えないけど、とりあえずは一件落着だと思う」
「そうか……」
意外にも心配してくれている。基本こういうことには興味を示さないと思ってたのに
「ということは一旦暇が出来たというわけじゃな?」
あ、嫌な予感がする
「ひ、暇なんかじゃないよ‼︎私には湊を見守るという大事な使命がーー」
「ほむ。月代李華。地獄行きっと」
「う、ウソウソウソ‼︎ナトちゃんの用事に手を貸すぐらいには時間あるから‼︎」
「そうじゃよなそうじゃよな。ここまでお世話になってる挙げ句、忠告も聞かずに迷惑もかけ続けるお主が儂の依頼を引き受けないなんて選択肢あるわけないじゃろな?」
「も、もちろんだよぉ……」
本当はもう時間ががないから離れたくないんだけど……延命の為には仕方ない
「……それで、何すればいいの?」
「うむ。まあ向かえばやるべきことはわかるじゃろ」
「向かえばって……どこに?」
「下界に降りれば目印が見えるようにしておる。降りた足でそのまま向かってくれ」
「急ぎなの?」
「まあの。あ、それと1つ。この件に関してお主が出来ることは無い」
「へっ?じゃ、じゃあなんで私に頼むの?」
「だから行けば分かる。くれぐれも変なことはするんじゃないぞ」
「わ、わかった」
わかったと返答を返したが、曖昧なことしか聞かされなかったから実際は何も分かっていない
どちらにしても行くしか選択肢はない
私はナトちゃんに手を振ってから下界に降りた
「あ、アレだ」
明らかに一ヶ所キラキラに光り輝く建物を見つけた。もしアレが目印じゃないとしたら、その建物の名は金閣寺でいいと思うぐらいには眩しかった
「……ここって病院?」
湊の住む場所の隣町の病院にやってきた
「なんで病院なんて……てか絶対あそこじゃん」
キラキラが建物全体から1つの部屋に収束した。あの部屋に入れば、ナトちゃんの用件とやらも分かるということだ
「お、おじゃましまーす」
病室に入ると、点滴を繋がれた女性が1人ベットで眠っていた
「この子が……ナトちゃんの依頼に関係するのかな?」
他に人はおらず、何か理由があるとすればこの子に関すること以外あり得ない
「……ん?」
私は違和感を感じた。間違いなくこの女性とは初めて出会ったのに、なぜか初めて会った気がしないのだ
「この顔……どっかで……」
「り、李華さん⁉︎」
私の名前を呼ぶということは私の姿が見えているということ。そんな人は現世では3人しかいない
そしてこの声で呼びかけられたことで違和感の正体に気がつくことが出来た
このベットで寝ているのは……樹里だ
「樹里……これはどういううひゃ⁉︎」
身体の自由が効かない。樹里の私を拘束する能力だ
「……なんでここが?どうしてここに?」
「な、ナトちゃんに言われたの‼︎」
「タナトス様が?……てことはそういうことなんですね」
「そ、そういうことって……ってあ、う、動ける」
拘束は解いてもらえたようだ
「もう隠せないんで直球に言います。ここで寝ているのは正真正銘私です。双子の片割れとか、世界に3人はいる自分に似た人とかじゃなくて私なんです」
樹里なのか疑っていた私だったが、本人からこう言っているのだから間違いないのだろう
「樹里は死んでないってこと?」
「はい。まあ死んでるといっても差し支えない状態ですし、多分もうすぐ死にます」
「へっ?」
「タナトス様から李華さんに私の秘密をバラしたということはそういうことなんですよ」
骨が浮いて見えるほど腕は細く、顔色も青白い。幽霊として見てる樹里とはずいぶんと印象が違って見える
それぐらい身体が弱ってるということなんだろう
「……死んでないのにナトちゃんのところに行けたのはなんで?」
「さあ?さすがにそこまでは知りません。ただ……『まだ死んでおらん身でここにくるな』とは言われましたけど」
「理不尽だね……」
「はい。私だって来たくて来たわけじゃないので。理不尽すぎです。でも幽霊としてこの世界に戻してくれたので、やっぱりタナトス様はいい方なんですよ」
望んでナトちゃんのいる場所に行きたい人なんてほとんどいないはずだ
「樹里はなんでこんな状態になったの?病気?」
「いえ、交通事故です。信号無視の車に轢かれてこれです。外傷は月日が経ったので綺麗に消えましたけど……目が覚めません」
「それって樹里が幽霊として身体から離れてるせいじゃないの?」
「私も最初はそう思ってました。でも身体が目覚められる状態になれば、幽体は自分の意思に関係なく身体に戻るそうです」
「そうなんだ……」
それが一度もないということは、昏睡状態から覚めたことがないということだ
「私に出来ることはないかな?」
出来ることはないとナトちゃんに言われたけれど、こんなのを見せられて何もしないなんて、私には出来ない
「無いですね」
「無いの⁉︎」
「はい。あるにはありますが、どうしようも出来ないので」
私のちっぽけな能力では、達成できないこと……
「目を覚まして人生を再スタートさせたい……とか?」
「まあそれが私の目的が果たせる1番の解決策ではありますね」
「そうだ!幽霊になった理由を聞いてなかった‼︎」
「簡単な話ですよ」
と、ここで病室の扉が開いた
「あ、ちょうどいいタイミングですね」
「あ、アレって……」
訪れたのは、身長の高い優しそうな男と、可愛らしい小さな女の子だった
「もしかして……夫と娘さん?」
「はい。理由は李華さんとあまり変わりません。残してきてしまった人達のことが気がかりだったから。これだけです」
確かに一緒。一緒なんだけど……
「私の事情よりよっぽど重いじゃん‼︎」
残念なことに私と湊の間で子供はできなかった。お互いの身体に問題があったわけではなく、ただ単純にまだ2人の間に子供はいらないと考えていたからだ
「ナトちゃんに何とかしてもらえないか聞いてみよう‼︎」
「だ、ダメです‼︎そんなこと聞けません!」
「なんでよ⁉︎」
「……私と同じ境遇になった人なんてたくさんいます。その人達は私のように幽霊になって家族を見守ることさえ許されない。私は幽霊になれただけ恵まれているのに、それ以上のことを望む権利なんてありません」
私は言い返すことが出来なかった。『私達は恵まれている』。これは本当にその通りだ。私なんてもう7年。その上に能力なんてものまでもらってこの世界に少なからず干渉してる
だからこそ思う。私がこの幽霊生活を終えた後、ナトちゃんからのお願いを1つ絶対に聞くことになっている。その正体がなんなのか……と
「パパー。お母さんまだ寝てるの?」
樹里の娘が小さな手で樹里の頬をペシペシと叩いた
「こら叩くのをやめなさい。……お母さんは昔から寝坊助だったからな」
「そうなんだ‼︎早く起きてほしいね!」
「……そうだな」
まだ小さな子だから、樹里の今の状況が理解出来ていないのだろう
「樹里」
「……はい」
「これ見ても何もしないまま死ぬ気?私達は恵まれてる?だから何?恵まれてたらそれ以上望むことが許されないの?」
「で、でも……」
「でももだってもない‼︎……行くよ‼︎」
「えっ、ど、どこに⁉︎」
「決まってるでしょ⁉︎ナトちゃんのとこだよ‼︎」
私は無理矢理樹里の手を引いて、ナトちゃんの所に戻った




