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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
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25/42

過去:そして彼女は突き落とされる

「今の感覚を忘れないように! 昼休みが終わったら、各担任の指示に従って移動するように!」


 三年生から順番に、体育館から退場していく。


 次に二年生の番、A組の移動が始まり、優穂さんがクラスのみんなと合流するのが見えた。その隣に〝彼女〟も立っていた。


 優穂さんとは対照的に短い髪。陽の光にあたると赤みがかった茶色に見える。


 自分たちの移動が待ち遠しい。

 D組だからすぐのはずなのに、E組の移動の列が、風船ガムのように伸びて、私を彼女から遠ざけているとしか思えなかった。


 やがて、自分たちの移動の番になる。

 体育館から出て、私は列から抜け出して走り出す。


 今なら、二年A組に行けば優穂さんと一緒にいた彼女に会えるはず。

 優穂さんは私にあまり会わせたくなさそうだったけど、あの後ろ姿がそうなら、あとは自分で探し出せる。


 中央階段を駆け上る。

 二階の踊り場から優穂さんの後ろ姿が見えた。

 あと一歩で三階。

 その背に向かって呼びかける。


「優穂さん!」


 突然の呼び声に、少し驚いた表情で私を振り返るが、私の姿を見て、微笑みに変わる。

 隣にいる彼女もつられて振り返る。


 ――その向こうに、里音さんの真っ白な顔が見えた。


 無表情。


 突き出される両手が、〝彼女〟の肩を押す。

 階段の手すり側に立っていたのは優穂さんで、〝彼女〟にはつかまるものが何もなかった。


 片足が、ガタンと一段滑り落ちるのと同時に上履きが脱げる。


 優穂さんの顔が一瞬里音さんに向けられるが、すぐさま振り返って彼女に向かって手を伸ばす。


「理世(りよ)!」


 だけど、宙に舞った彼女の体は優穂さんの手をつかめない。届かない。


 私の足は一歩も動かなかった。

 あまつさえ、後ずさりして、踊り場の壁に背をつける。


 階段の中ほどに体が落下した時、なにかすごい音がした。


 そのまま、彼女は滑り落ちるように階段を落ち、私のいる踊り場で停止した。

 すぐに優穂さんが駆け下りてきて、彼女の名前を呼ぶ。

 同時に、辺りから悲鳴が上がる。

 私はその場にズルズルと崩れ落ちる。


 優穂さんは階段の上にいる、クラスメイトだろうか? 彼女の名を叫ぶ。


「新夏(にいな)! そいつを捕まえて!」


 彼女の叫びに反応した人は、背が高く体格のいい女子生徒だった。

 優穂さんの言葉に反応して、逃げ出そうとする里音さんの腕をつかむ。


「離せ! あんたはなにも関係ないでしょ!」


 騒ぎを聞いた生徒たちが集まってくる。


 四階と三階、それぞれの教室がある一年生と二年生たちは、この中央階段を登ることになる。

 事件を感じ取った同じクラスの子が、階段を登れず、後ろの子と言い争っている。


 列が進まないことに何かを感じたのだろう。体育館に残っていた先生たちが階段を登ってくる。


「どうしたの!?」


 淑子先生から聞かれたけれど、顎が震えて言葉が出てこない。


「理世が里音に階段から突き落とされたんです」


 優穂さんが代わりに応えてくれる。

 そこに保健室の刈沼先生が白衣を羽織って駆け上ってくる。


 まるでバトンタッチするかのように淑子先生は二階廊下に降りて、一年の生徒に東階段から教室に戻るようにと指示をだす。


 騒ぎを聞きつけてやってきた、生徒指導の先生に何やら話している。


「関係のない生徒は教室に戻りなさい! 早く!」


 三階から踊り場を見下ろしている生徒の目から隠すように、淑子先生は上着を脱ぎ、床に倒れたままの彼女が見えないように、広げて隠す。


 すぐに校内放送がかかり、全校生徒は自分の教室に戻るようにと、生徒指導の先生の声が窓ガラスを震わせる。同時に、クラス担任に点呼を取るようにとの指示が出される。


 すべてが、テレビのモニタ越しの出来事に見える。

 フィクションのワンシーン。


 生徒は散り散りに去っていったが、代わりに先生たちが駆け寄ってくる。

 目の前で何が起きているのか、はっきりわかるのに、頭の中では別なことを考えていた。


 それは些細なすれ違い。


 聞き間違えだった。


 目の前で倒れている〝彼女〟には見覚えがあった。


 始め、音楽室から「心の瞳」が聞こえて、音楽室に走った。

 その時にぶつかりそうになった人が目の前に倒れている。


 見上げれば、里音さんは今は大人しく、また捕まえていた大柄な先輩も教室に戻され、教頭先生が里音さんをどこかへ連れて行く。

 理世さんの肩を押した時、彼女の顔に浮かんでいたはっきりとした敵意。


 これは単なる予想。だけど、ほぼ間違いはないと思う。


 あの時、「心の瞳」の伴奏は途中で途切れてしまった。

 きっと、里音さんが弾くのを止めろとか、何か言って、追い出したんだと思う。だから彼女は急いでいて、私とぶつかりそうになってしまった。


 すれ違っていた。


 私はそうと知らず、里音さんを、私が探していた人だと思い込んでしまった。

 そして、淑子先生の言葉。


 ――里音に頼みたいけど、中学でよっぽど嫌な思いをしたみたいで。


 あれは、「里音(りおん)」じゃなくて「理世(りよ)」だったんだ。

 それなら、優穂さんの話とリンクする。


 だけど、私は勘違いしたまま里音さんに伝えてしまった。


 たぶん、彼女は私の聞き間違いに気づいていたんだと思う。そして、淑子先生が全校合唱の伴奏を理世さんに頼もうとしていることを知ってしまう。


 淑子先生も里音さんに隠していたのではないだろうか?


 それが今日、全校生徒の前で――休み時間だったとはいえ、全校生徒がほとんどそろった状態で、「深澤理世」さんが呼ばれて、完璧な伴奏を行った。


 悔しいのはわかる。


 だけど、階段から突き落とすなんて、そんなことしなくても。


 そもそも私は無関係?


 里音さんと理世さんの名前を聞き間違えて、里音さんが理世さんなんだと思い込んで、ストレスを与えたのは……。きっかけを、彼女の中で怪物を育てるきっかけを与えたのは私じゃないの?


 私が理世さんを探さなければ、誰も傷つかなかったんじゃないの?


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