過去;誰が為に歩んだ道
ピアノをやりたいと言い出したのが自分だったか、覚えていない。
いつの間にか入学手続きの済んでいたスイミングスクール。
渡された通信教育の問題集。
言われるがまま、促されるがまま、私はそれをこなした。
ピアノが上手くなったら両親が喜んでくれたから。
水泳で一等をとったとき、両親が喜んでくれたから。
テストで良い点がとれたら、両親が喜んでくれたから。
すべては両親から与えられたもので、両親のためにそれらを頑張った。
だけど、やがて喜んでくれるのは、祝ってくれるのは母親だけになった。
そして、母も関心を向けなくなった。
学習内容が値段に合っていないと通信教育は突然止められた。
オリンピック選手になれるわけじゃないしと、スイミングスクールを辞めさせられた。
ただ、ピアノは学生コンクールの中で一番有名な日学ピアノコンクール、中学生部門で銀賞をとれたから、そのまま続けることになった。
それは中学二年生の時。
その時ばかりは、父も全国大会を見に来てくれた。
すでに、両親は別居していた。
通学のこともあるからと、私と母は元々暮らしていたマンションに残って、何も変わらない日常を送っていた。
父がいない日常が当たり前であるかのように自然に過ごしていた。
二人の間に何があったのか、どうしてバラバラになってしまったのかわからなかった。
聞きたかったけど、思春期がそれを阻んだ。
もう一度、全国大会に行けたら、二人は会場に来てくれるかな?
会う機会があれば、また元通りに戻ってくれるかもしれない。
そんな、淡い子供じみた幻想を抱いていた。
子供だけど、子供だから、それくらい思うのは構わないよね。願うくらいいいよね。
もう一度全国大会に行くんだと、一生懸命頑張った。
二人はもう、後戻りできない状態になっているとも知らずに。
――あなたは、おじいさんとおばあさんの家に行きなさい。そして受験勉強に専念しなさい。
夏休み中だった。
ゲリラ豪雨で、各路線で影響が出てるとニュースで見て、母は折り畳み傘を持っているのだろうか? 帰りは遅くなるのだろうか? と心配しながら帰りを待っていた。
だけどそんな心配は無駄骨で、いつもの時間通りに帰ってくるなり、私に告げた。
目も合わせなかった。
途端、光が走って、雷の轟音が家を揺らした。
母は物置から大きなスーツケースを持ち出してきて、私に渡す。
学校は?
――転校手続きは済ませてきた。
ピアノは?
――あなた何言ってるの?
私はコンクールに出たいの! そのために練習してるって言ったじゃない!
――それよりも高校受験が大事に決まってるでしょ。田舎だから私立は少ないけど、公立高校でもレベルの高いところは多いから。
勝手に決めないでよ!
――だったらあなたは一人で決められるの!?
激しい雨が窓を叩く。
一人で決められるかって?
今までいろんなことをしてきたのは、両親のため。親から与えられた課題。
両親こそが原動力だった。
それが母親だけになって、母のために、炊事洗濯をがんばった。
全部、誰かのためだった。
自分が今まで歩いてきた道を振り返った。
そこに誰もいなかった。
誰かのために頑張るだけの顔のない人形が動いているだけで、私自身がなかった。
――離婚調停でこれから忙しくなるから。落ち着いたらこっちに呼び戻すわ。
今まで積み上げてきた、顔のない私の歴史が崩れていく。
やっと、自分からやろうって思って一日中籠ってた防音室。ピアノの前が、私の唯一の居場所だったのに、居場所ができたと思ったのに。
まるで「三匹のこぶた」
狼に吹き飛ばされちゃった。
新しい居場所を作る気力にはなれなかった。
こぶたは三匹で励まし合って立ち直れたけど、私は一人ぼっちだったから。




