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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
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22/42

過去;誰が為に歩んだ道

 ピアノをやりたいと言い出したのが自分だったか、覚えていない。


 いつの間にか入学手続きの済んでいたスイミングスクール。

 渡された通信教育の問題集。


 言われるがまま、促(うなが)されるがまま、私はそれをこなした。


 ピアノが上手くなったら両親が喜んでくれたから。

 水泳で一等をとったとき、両親が喜んでくれたから。

 テストで良い点がとれたら、両親が喜んでくれたから。


 すべては両親から与えられたもので、両親のためにそれらを頑張った。


 だけど、やがて喜んでくれるのは、祝ってくれるのは母親だけになった。

 そして、母も関心を向けなくなった。


 学習内容が値段に合っていないと通信教育は突然止められた。

 オリンピック選手になれるわけじゃないしと、スイミングスクールを辞めさせられた。

 ただ、ピアノは学生コンクールの中で一番有名な日学ピアノコンクール、中学生部門で銀賞をとれたから、そのまま続けることになった。


 それは中学二年生の時。


 その時ばかりは、父も全国大会を見に来てくれた。

 すでに、両親は別居していた。

 通学のこともあるからと、私と母は元々暮らしていたマンションに残って、何も変わらない日常を送っていた。


 父がいない日常が当たり前であるかのように自然に過ごしていた。

 二人の間に何があったのか、どうしてバラバラになってしまったのかわからなかった。

 聞きたかったけど、思春期がそれを阻(はば)んだ。


 もう一度、全国大会に行けたら、二人は会場に来てくれるかな?

 会う機会があれば、また元通りに戻ってくれるかもしれない。

 そんな、淡い子供じみた幻想を抱いていた。


 子供だけど、子供だから、それくらい思うのは構わないよね。願うくらいいいよね。


 もう一度全国大会に行くんだと、一生懸命頑張った。

 二人はもう、後戻りできない状態になっているとも知らずに。


 ――あなたは、おじいさんとおばあさんの家に行きなさい。そして受験勉強に専念しなさい。


 夏休み中だった。

 ゲリラ豪雨で、各路線で影響が出てるとニュースで見て、母は折り畳み傘を持っているのだろうか? 帰りは遅くなるのだろうか? と心配しながら帰りを待っていた。


 だけどそんな心配は無駄骨で、いつもの時間通りに帰ってくるなり、私に告げた。

 目も合わせなかった。


 途端、光が走って、雷の轟音が家を揺らした。


 母は物置から大きなスーツケースを持ち出してきて、私に渡す。


 学校は?

 ――転校手続きは済ませてきた。

 ピアノは?

 ――あなた何言ってるの?

 私はコンクールに出たいの! そのために練習してるって言ったじゃない!

 ――それよりも高校受験が大事に決まってるでしょ。田舎だから私立は少ないけど、公立高校でもレベルの高いところは多いから。

 勝手に決めないでよ!

 ――だったらあなたは一人で決められるの!?


 激しい雨が窓を叩く。


 一人で決められるかって?


 今までいろんなことをしてきたのは、両親のため。親から与えられた課題。

 両親こそが原動力だった。

 それが母親だけになって、母のために、炊事洗濯をがんばった。


 全部、誰かのためだった。


 自分が今まで歩いてきた道を振り返った。

 そこに誰もいなかった。

 誰かのために頑張るだけの顔のない人形が動いているだけで、私自身がなかった。


 ――離婚調停でこれから忙しくなるから。落ち着いたらこっちに呼び戻すわ。

 今まで積み上げてきた、顔のない私の歴史が崩れていく。


 やっと、自分からやろうって思って一日中籠ってた防音室。ピアノの前が、私の唯一の居場所だったのに、居場所ができたと思ったのに。


 まるで「三匹のこぶた」


 狼に吹き飛ばされちゃった。


 新しい居場所を作る気力にはなれなかった。


 こぶたは三匹で励まし合って立ち直れたけど、私は一人ぼっちだったから。


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