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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
21/42

過去:誰もが納得する演奏

 十月に入り、制服は完全に冬服に切り替わる。


 文化祭当日まで残り二週間を切っている。


「ソプラノ以外のパートが主旋律に引っ張られてる。パートリーダーはみんなを引っ張るつもりで、自信を持って歌いなさい」


 クラス練習の最後まで、淑子先生の激が飛ぶ。

 終業チャイムが鳴り、終礼と共にみんな一斉にため息を漏らす。


 合唱は全体的にまとまっている。


 だけど、ここまでくると、どうしても越えられない壁が現れて、それを越えるのは容易なことではない。

 先生が言う通り、主旋律に引っ張られやすくなってしまうのが、自分たちのクラスにとっての難関だ。


「飯塚さん、ちょっと」


 ピアノの大屋根を机にして、楽譜に書き込みをしながら、淑子先生が私を呼び止める。


 なんだろう?

 一生と顔を合わせて首をかしげる。


 次の授業はクラス委員長が文化祭の準備用にもぎ取った準備時間という名の自由時間。一生に、先に教室へと戻ってもらう。


 先生の近くに寄る。

 彼女の使う合唱曲集は酷使されてボロボロだ。

 書き込みながら、聞いてくる。


「あなたまだ、ピアノは続けてる?」


 一瞬、息が止まる。


 先生に見つめられ、酸素が肺に戻ってくる。


「なんで……、私がピアノを弾けるって」

「文化祭でクラス別合唱コンクールをやるところって、たいてい生徒のピアノ経験をチェックしてるの。それで、一つのクラスにピアノが弾ける人が固まらないようにしてるの。それに、あなたは向こうでコンクールにも出てる」


 内申書にそんなことまで書かれていたのだろうか?


 先生の問いに対し、伏せ目がちに首を振る。


「今は、ピアノに……鍵盤にすら触れてないです」


 昔はあんなに弾いてたのに。両親の言い争いを聞きたくなくて、防音室に駆け込んで、それでも消えない罵詈雑言をピアノの音でかき消した。


「高校に入ってからは一度も?」

「はい。――あの、クラス伴奏者なら石山さんで、最初はみんなちょっとギスギスしてましたけど、私は、他のみんなも石山さんで満足していると思います」


 その言葉に、先生は首を振る。


「そうじゃなくて、全校合唱の伴奏を頼みたかったの」

「え?」


 思いもよらなかった言葉だった。


 ――全校合唱は、里音さんじゃないの?


 彼女は続ける。「里音に頼みたいけど、中学でよっぽど嫌な思いをしたみたいで。全校生徒が納得するような演奏となると、あの子以外に思いつかなくて、もしかしたらって、あなたに声をかけたんだけど」


 優穂さんの言葉が蘇る。


 一年の文化祭の時になにかあったと思っていたが、どうやらそれは中学時代のことだったらしい。


 でも、里音さんは伴奏練習をしていた。

 たんに完璧じゃないから、それで断ってるんじゃ?

 それに文化祭プログラムに名前が載るって言ってたし……。


「すみません、放課後は水泳部の練習もあるし、練習するとなると学校のピアノを借りるしかなくて」

「無理に頼んでるわけじゃないから、もしピアノを続けてるならって。呼び止めて悪かったわね」

「いいえ、失礼します」


 軽くお辞儀して、ピアノから離れる。


 教室内には次に合唱練習をするのだろう、上履きの色からして三年生が音楽室に入ってくるところだった。

 音楽室を出るのと同時にチャイムが鳴る。


 ――全校生徒が納得する伴奏。


 今から練習すれば、たぶん暗譜までやれる。ノーミスの演奏もできるはず。

 だけど、そんなの自分には無理だ。


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