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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
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17/42

過去:最後のワンストローク

 二日目、山本先輩は平泳ぎ二百メートル決勝に残った。


 その日の種目も残りわずかとなり、すでに会場から引き揚げている生徒もいる中でレースが始まる。

 先輩は予選五位通過。


 そのままのタイムを維持できれば入賞は確実。


 みんな、決勝用の下ろしたての新品の水着に身を包んで入場してくる。

 女子高の決勝水着は白かピンクだ。

 我が校の場合、白だ。


 順位もそうだが、やはりタイム勝負。


 スイマーは大会用に新しい水着を用意するが、予選用と決勝用で水着を変える。

 予選用も新品に代わりはないが、一度使った、それだけで水着が伸びて抵抗が増えると、一度着たらあとは練習用にしてしまうのだ。


 決勝水着もそうだ。

 真新しい水着。


 先輩は二コース。


 審判の二回目の長いホイッスルでスタート台の上に立ち、足をセットする。


 ――take your marks


 一斉にスタート台に手をかける。


 一瞬の静止。


 電子音のスタート合図が場内に響く。

 一秒未満の反応速度、クラウチング姿勢から、グッと体を後方に引き、一気に前へ飛び出す。

 三日月よりも緩い弧の姿勢で水に飛び込む。

 顎を引き、頭は腕よりも下へ。


 競泳の飛び込みは飛距離を競うものではない。


 空中からの入水。

 最初のスタート台を蹴った時の勢いを殺さず、潜水でどこまで遠くへ進めるか。


 平泳ぎの潜水は、ツーストローク、ワンキック。


 潜水してから、一回目のストロークを行い。キックで斜め上に進み、二回目のストロークで水中から顔を出し、息継ぎを行う。


 選手が水面に顔を出してから、その場は声援に包まれる。


 皆、応援する選手のストロークにあわせて「セイッ!」と掛け声をかける。


 五十メートル地点、選手は両手で壁を押す。同時に、電光掲示板にトップから順に名前とタイムが表示されていく。


 両手で壁を押した勢いを利用して。水中で体をひねり、今度は足の裏で思いっきり壁を蹴る。

 この時の推進力がトップとのタイム差を縮める。


 応援は、ターンに会わせて「ソーレ!」と叫ぶ。


 一度目のターンを終えて、八人のスイマーの横一線がずれ始める。


 始めから飛ばしてるのは六コースの選手だ。

 それを、ほぼ並ぶ形で、センターコースの二人が追いかける。差は、頭一つ分程度。


 山本先輩は折り返しは全体四位だが、五位との差はほぼない。


 それでも始めのピッチを維持している。


 百メートルのターン。


 ここで、六コースの選手が遅れ始め、センターコースの二人が抜き、一位、二位争いを始める。

 百メートルレースの場合、始めからハイピッチで、そのままトップでなだれ込むということはできるが、平泳ぎ二百メートルの場合はペース配分が勝負の鍵となる。


 背泳ぎやクロールは隣の選手が見えていないが、平泳ぎとバタフライは前を見ることができる。

 それは、トップを泳ぐ選手を追いかけるうえで重要な判断材料となる。


 百二十五メートルラインを過ぎて、山本先輩のピッチが変わる。ストローク速度が上がる。


 水をかいて前に進む。はっきりとその波が見える。できている。

 百五十メートル、最後のターンで四位の選手をはっきりと追い越す。


 残り五十メートル。息が辛いはずなのに、潜水距離は長い。


 部員全員で「ラスト!」と叫ぶ。


 向こう側はすでにゴール。

 各コースの審判員たちが配置につく。


 先輩のストロークがもっと早くなる。


 残り二十五メートルで三コースの選手を抜く。

 センター五コースの選手が少し遅れだす。


 先輩との差は体半分。


 山本先輩の速度は上がり続ける。

 残り十メートル、五メートル、タッチ!


 最後のタッチが綺麗に決まった。


 山本先輩は全体の三位だ。


「すごい! 山本先輩三位だよ! すごいデットヒートだったね!」


 私の隣で一生がはしゃぐ。

 他の選手たちもそうだ。

 山本先輩が、こちらに向かって手を振ってくる。

 部員達もそれに応える。

 彼女の心からの笑顔を、初めて見た。





 三日間の予定を終え、高校のプールに帰り着いた私たちは、そろって「お疲れ様でした!」と頭を下げた。


 結局、インターハイに行ける選手はいなかった。


 山本先輩も自己ベストで三位と健闘したが、インターハイに行くには、越えなければいけないタイムがあり、それを越えなければインターハイには行けないのだ。


 それでも六位までの入賞を果たした選手たちは満足げな表情を浮かべている。

 いつもは鬼な監督でさえまんざらではない。


「これから、三年は受験勉強だが、今日までの練習を乗り越えられたお前たちなら踏ん張れる。がんばれよ」


 受験なんて、私たち一年にとってはまだ先の話だけど、監督の言葉に、三年生はもちろんだが、みんな少し目を潤ませている。


 どこかで蝉が鳴いている。


 夏は始まったばかりだというのに、どこか湿っぽい夕暮れだった。




 ちなみに、山本先輩の双子の妹、繭さんは、バタフライ二百メートルでインターハイ出場が決まったそうだ。


 工業高校として、女性部員は繭さんが初めてで、加えてインターハイ出場ということで地方紙で大きく取り上げられていた。

 紙面には工業高校の監督の言葉があるだけで、彼女の言葉は一言も書かれていなかった。数分程度、山本先輩とのやりとりを見ていただけだが、何も語らないところが彼女っぽいなと思った。


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