過去:最初で最後の教え
みんなタオルドライしただけの生乾きの髪でバスに乗り込み、車内は一気に塩素臭くなる。
宿に到着して、それぞれ割り振られた部屋に荷物を置いて、大広間で夕食をとる。
ここで、大会前の監督会議を終えた監督と合流し、高水連における競技の注意事項の確認。
大会プログラムが渡され、みんなで「いただきます」と目の前の料理にお辞儀するが、みんな、我先にと、水色のコピー用紙が表紙のプログラムをめくる。
自分がどの組で、どのコースで、どんな人たちと泳ぐのか確認するためだ。
各所から軽い悲鳴や歓声が聞こえてくる。
俗に、四、五コース、プールの中央に位置するセンターレーンを泳ぐと良いタイムが出ると言われている。
そして、センターコースに配置されるということは、エントリーした時のタイムがその組の中で一位、ないしは二位であったことを意味する。
だが、間違ってはいけないのは、全体のトップというわけではない。
予選は多くて十組以上の種目もある。
その場合、シャッフルしているものの、後半に行くほど、タイムが速い選手がそろっているパターンが多い。
一組目のセンターコースの選手よりも十組目の端のコースの選手の方がタイムが速いということだ。
今配られているものは、あくまでも各高校の顧問が提出した、何か月か前のタイムをもとに作られた組み合わせ。
番狂わせは出てくるが、ベストポジションで泳ぐことで普段よりタイムが縮んだりすることはある。
監督はコースに左右されずにベストタイムを維持しろと言うが、女子の場合は爪を伸ばして、少しでも水をかく面積を増やしたり、男子は全身の毛をそり落として水抵抗を減らしたりする。
練習という努力をいくつも重ねてなお、様々な可能性にかける。それだって努力の一部だ。
目の前のご飯は綺麗に盛り付けられて、とても美味しそうだが、やはり初めての大会ということで、あまり食欲がでない。
盛られたご飯を半分ほど食べたところで、プログラムを開く。
平泳ぎ百メートルは明日、一日目の昼頃。全部で十一組。自分は七組目の六コース。
同じく百メートルにエントリーしている山本先輩は十組目の四コース。
エントリー時のタイムならば、十分に決勝を狙えるのではないだろうか?
この大会で、インターハイに残れない三年生たちとはお別れだと思うと、少し寂しい。そして、あっという間の一学期だったなあと思う。
大会が終われば期末試験があって、夏休みがあって、文化祭があって、新人戦があって。
高校生活は、日々の行事をこなしていればあっという間に過ぎ去ってしまう。
朝七時半から泳ぐなんて生まれて初めてだった。
昨日は緊張してなかなか眠れなかったのに、今になって少し眠さが襲ってくる。
周りは早朝であることを感じさせず、水しぶきを上げて最後の調整に打ち込んでいる。
やがて、メインプール使用時間終了の放送が流れ、コースにいろんな装置が設置されていく。スタートの合図はスピーカーから発せられる電子音。
係員が、その合図とともに、プールの壁に設置したタッチパネルを叩く。同時に、電光掲示板の時間が動き出す。もう一度タッチパネルを叩くと正確に刻まれるタイムを表す数字がストップする。その作業を何度か繰り返し行っている。
各校の選手控え所に一度戻る選手もいるが、ギリギリまでメインプールで泳いでいた選手たちはプール脇か、更衣室で待機。
機器の設置と確認が終われば、短いが、大会開会式が行われる。
全体の流れがわからないので、先輩たちにくっついて歩く。
男子と女子、中央にプールを挟み、高校別に整列する。
体育祭の開会式を思い出したが、長い校長の話が無く、簡単に終わり、大会が始まったという実感が薄い。
だが、西側観客席に設けた高校の控え所に戻ると、第一種目の選手が、選手控室で腕を回したり、体を叩いたり、手首のストレッチをしているのが見えた。
対面、東側観客席の父兄用観客席もにぎわってきて、第一レースがスタートする。
男子種目。
初めて見る、男子高校生の本気の泳ぎ。すごい水飛沫だ。
水抵抗とか関係ないのだろうか?
女子高では見れない迫力。まるで網に引き上げられる魚たちの群れ。それは西側観客席から見て、左から右へ移動する。
「すごい迫力」
隣で、一生が声を漏らす。
「男子の五十メートル自由形とかもすごいよ」
前の席に座る山本先輩が振り返って言う。「競泳で、一番のタイムロスの原因は息継ぎ。だからワンストロークワンブレスに縛られる平泳ぎは四種目の中で一番遅い。だけど、その縛りがある中でどこまでタイムを縮める鍵になる」
「じゃあ、他の種目の場合は……、息継ぎの回数を減らせばその分速くなるってことですか?」
「それは泳ぐ距離や、各選手のスタイルにもよるけど、概ね、そんなところ。だから、自由形はフォーストロークワンブレスとか、練習でいろんなのやらされただろ?」
聞かれたのは一生で、その言葉に、苦いものを噛んだような表情を浮かべる。
「あれが一番しんどかったです。インターバル練習よりも辛かったです」
「五十の選手はノーブレスで泳ぎ切るよ。百メートルでも、最初の五十をノーブレスで泳いで、クイックターンの手前で息継ぎして、浮上してもしばらくはノーブレスで泳いだり。もしくは逆、残りの五十メートルをノーブレスで泳ぐ」
それは五十メートルを息を止めて全力で走ることと一緒だ。
先輩の話を聞いて、競泳は予想以上に過酷なんだなと思い知る。
「自分、一応自由形ですけど、まさか、そんなふうに泳げとか言わないですよね?」
一生の問いに、山本先輩は軽く笑う。
「人の真似をして早くなるなら誰でもそうする。高速水着時代はみんな買い漁ったけどさ、それって、周りも早くなるってことだから、人の泳ぎは参考にする程度でいいんだよ。何にでも言えることだと思うけどさ。
要は、自分の強みと弱みを知ること。他者を知って己を知るでもなく、己を知って他者を知るのでもなく、己を知って己を使いこなす」
まるで何かの引用のように聞こえるけど、きっと経験談だ。
「自分の身体という与えられた道具の限界値を知って上手く使う。速い選手は確かに才能的な面とか、恵まれた環境にあるかもしれない。でも〝自分〟をうまく使いこなせれば、いい成績が出せるよ。私はまだまだ使いこなせないまま、この大会で終わるんだろうけどさ」
部長の言葉に、否定する人も、肯定する人もいなかった。
今まで水泳に関して教えるのは監督で、個人に合ったメニューとか、フォームだとか、食事制限とか、表面的なことしか教えてくれなかった。
たぶん、監督は競泳の才能があって、強化選手になって大変な練習メニューをこなしたり、努力をしてきたけど、遅い選手がなぜ遅いのか、理解できてないのではないだろうか?
逆に、山本先輩は、遅い自分と向き合い、今では平泳ぎで、チームの中で一番を取れるようになったのではないだろうか?
山本蕾が、初めて後輩たちに指導した、たった数分、みんなにわかりやすく語った言葉は、教員免許を持った、今まで会ったどんな先生よりもためになる言葉で、貴重な時間だった。




