92 拡張運用機構
ややあって先生が大きな荷物を抱えて戻って来た。
「すまん、見つけるのに手間取った」
「はぁ。それは別にいいんですが……これはいったい」
渡されたのはギリアムが最初に着ていたような鎧の一部、胴体正面を守る胸当てだった。しかしながら、その胸当てには致命的な欠陥がある。
なんと、急所である心臓の真上にくる部分がくり抜かれているのだ。これでは防具として意味を成していない。
「装着型のコア用放熱フィンだ。中央にある穴は体内に在るコアを外部に露出させて冷却効果を高めるために開けてある。ちなみに周囲にある金属部分はコアから溢れた余剰分の電力を用いて硬化し、さらには穴の上へと障壁を張る機能を持っているぞ。まぁ、胸当てだけ着けてるってどこの駆け出し冒険者だって話だが――」
と、ステラは最大の欠点ともいうべき時代遅れ感、ようはダサいというのを伝えようとしていた。
「なるほど。わかりました」
だが、反応がおかしいことに気付く。
あろうことか奏響真は目を輝かせて体に装着しようとしていたのである。おもむろに着ていたシャツを脱ぎ出し、おおぅ、いい体してやがるぜ。じゃなくて!
「ちょ、ちょっと待て!! なにをしてやがるっ」
「なにって、え? 着ちゃ駄目でしたか?」
心底不思議そうな顔を向けてくるなよ。どう考えても、その、ありえない見た目をしているのに!
こんな物、普段から全身鎧を着ている酔狂な奴にしか似合わない。たとえばギリアムとか、あとはギリアムとか。他には……つーか、あの野郎は鎧を私服かなんかと勘違いしてそうだ。私の前に現れる時は何故か常に戦闘準備万端で来やがるからなぁ。もっとも、そのギリアムでさえこれは着ないだろう。先ほど少年がしたようにシャツを脱がなければ着けられない、ようは素肌の上に直接鎧を装着するのが仕様なのである。放熱効率を最優先に考えて製作したのが裏目に出ていた。
「あの、先生?」
「はっ!? いかん、とにかく少年が着るのだけは阻止せねば。見た目もそうだが、これにはもう一つ欠点があるんだ」
「見た目……カッコイイと思うけど。それで欠点ってのはなんですか? 防具としての急所は障壁とかいうのが発生するので問題ないんですよね」
「ああ、そこは元々考える必要すらない。機械仕掛けの心臓そのものがコアメタルという非常に硬い金属で覆われているわけだしな。防具としてどうなのかと思って付け加えたにすぎない機能だ」
「一番守らなければいけない部分が、一番頑丈だというオチですね。でも、だとしたら」
「こいつの最大の欠点は、着たら二度と脱げないってところだ。放熱効率を上げるために余分なシステムを省いたらコアとの接続性まで上がっちまってな。ようは一体化しちまうんだよ、困ったことに。これじゃあ他の問題が出てきちまう。日常生活において鎧なんて邪魔以外の何物でもねぇからな。あと少年。私のことはステラでいいぞ? お前に先生と呼ばれるほど何かを教えたつもりはないし、敬称を付けられるような人間でもないのは自覚してるからさ。気軽に呼び捨てにしてくれてかまわない」
「えっと、それは……命を救ってもらった恩義もありますから」
「私もお前に命を救われた。対等な立場だと思うが?」
「うぐっ……ステラは意地悪だね」
「ふふ、それが私だからな。さて、話を戻そう。少年は、鎧を着けたまま一生を過ごす気はあるのか。ないなら、それは使わない方が賢明だ。どんな物か知りたいとお前が言うから持って来たまでのことで、現状、体に異変がなく排熱についても処理しきれているのなら必要あるまい」
ステラの意見はもっともだ。排熱処理に関してはイグニスで間に合っているし、むしろ熱エネルギーが不足して困ったことすらある。
であれば、これは使わない方がいいのかもしれない。もったいないけれど。
『提案。拡張機能として取り込むことで必要に応じて現出させることが可能です』
そうなのか? だけど排熱に関してはイグニスやらアクセルでかなり消費するから必要ない気もするんだが。
若干落ち込みつつ胸当てをステラに返そうとしていたら声が聴こえてきたので、いったん思考速度を上げて対話を試みることにした。
『無いよりは有った方が得』
あ、うん。思ってたよりすごく簡潔な答えが返ってきたよ。そう言われるとそうなんだけれど……。
『はぁ。いいです、説明しましょう』
もう溜息をつかれるのには慣れた。理解が悪くてすまんな、あまり考えるのは得意じゃないんだ。
『そのために私がいます。では、最初に――取り込む事に対してのリスクはありません。今回に限っては利点しか存在しませんので提案しました。また、放熱用フィンの機能を多少改変することで戦闘時におけるウィークポイントの解消にも役立ちます』
ふむ。俺の弱点といえば……ああそういうことか。考えてることに察しがついたぞ。ポーチの中に入れたままだったよな、アレ。
『はい。フィンに合成することで耐熱及び耐衝撃性能が得られます』
俺の体は再生力こそ高いものの致命傷となる攻撃を何度も受けるわけにはいかないんだ。どう足掻いても人間をベースにしている以上、どこかで限界が来てしまうからな。骨格が全て金属に置き換わって、より実感した。胴体部分はもとより腕や脚の肉を削がれると動きがかなり鈍るのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、この点は機巧人形との違いだな。彼女たちの皮膚はある程度ではあるが衝撃を受けると瞬間的に硬化している。最初からそういう設計なんだ、俺のように後付けではなく。
例えば、機巧兵の持つ銃器による攻撃もアリアだったら避ける必要もないが……俺だと骨格を残して肉が吹き飛ぶ。実際、一発だけ腹に受けて死にかけた。痛くはなかったけど、こぼれた自分の腸を拾うのは精神衛生上よくない。内臓が外に出ても勝手に定位置には戻ってくれないんだよね。というか、臓器丸々一個分の再生ってちゃんとするのだろうか。腕が生えたんだから可能だと思うが試したくはないな。
なにより耐熱はかなり欲しい機能かもしれん。イグニスで炎を扱うにあたって、ちょっとした火傷は数え切れないほど負っているからな。すぐに直るけど、それを前提として行うのは危ういと思っていた。
「少年? それをどうする気だ」
考えは纏まった。あとは実行に移すのみだ。
「先に聞いておきたいんですが、これは無くなっても大丈夫なやつなんですよね」
取り込んだ後に出せなくもないが、その場合は再構成する手間がかかる。機能改変するにはパーツ単位でバラバラにしなければならないので、あまり面倒なことはしたくないのだ。
「まぁ、いらないかな。設計は単純だから、材料があれば簡単に作れるぞ」
俺としては結構画期的な代物だと思うのだが、ステラからすれば単純な設計になるらしい。そういや忘れがちだが機巧人形という存在はこの人が生み出したんだよな。だったらコアに付随する物を簡単に作れてしまうのも道理か。
「そうですか。じゃあ遠慮なくこれは俺が使わせてもらいますね。エクステンドモード、オン」
イグニスに青い炎を灯し、鎧の胸当てを拡張機能として取り込む。
『続いてブレストプレートの機能を改変します。ポーチ内に在る個体名ブラックチェイサーの残骸を主要器官のみ修復して合成――――コンプリート』
アリアによって割断されたチェイサーの体はイクスブラッドで許可を得た後に俺が保管していたのである。鉄屑と化してはいたが緋華の創った物だったから廃棄するのも惜しくてね。ちなみに運よく斬られずに原形をとどめていた記憶メモリは別に保管してある。あの件は『彼』自体に問題があったのではなく、倫理プログラムの欠落が招いた……事故だと俺は思っているからだ。仮に人工知能の設計をした者による故意だとしても創られた存在に罪を問うのはおかしいだろう。ま、あとで復元してみてそれでも駄目だったら焼却すればいいだけの話かな。さて、次はっと。
「――バリアブルエクステンド」
『形状をブレストプレートからインナータイプへ再構築します。被覆範囲は頭部及び胸部コア付近以外の全て、露出部へは防護障壁を展開』
顔はさすがに覆うわけにいかないからね。目とか覆ったら見えなくなっちゃうし口も開けられなくなるのはどうかと。
再構築した物はインナータイプというだけあって肌の上へピッタリと密着するような感じに拡がっていく。
『動力炉への接続を開始』
グパッと胸の中央に丸い穴が開き、体内に入っていた機械仕掛けの心臓へ何かが刺さる感覚がする。インナーへ電力を送るための伝達ラインを形成しているのだろう。
「……ぐっ。なんだ、力が抜ける」
だが、直後に襲ってきたのは猛烈な倦怠感とおぞましいほどの寒気だった。
体の中に氷の塊をブチ込んでそのまま冷凍庫に入っているみたいだな。このまま凍え死んでしまいそうだ。
『コアからの排熱がゼロになりました。システムは正常ですが若干の電力低下を確認。通常モードではこれ以上フラグメントコアからの供給を受けられないため新たなモードを確立して運用稼働率を引き上げます』
ダルさは電力低下のせいだが寒気はこれで普通なのか。体に熱がこもった状態を長年続けていた弊害だろうな。慣れるしかないとわかっていてもキツイぞこれ……へっくしょいッ! とりあえず脱いでいたシャツとパーカーを着ておこう。
しかし、新たなモードか。エクステンドモードはイグニスによる追加要素として通常モードの一種にされているらしい。となると電力を大幅に得るために必要なのはクロックアップとかか? でもあれって構成システムに負荷がかかるとかで、なるべく使わない方がいいみたいなんだよなぁ。
『問題ありません。メインコア自体の出力を上げるのではなく、フラグメントコアによる電力供給を外部パーツでも受けられるようにシステムを書き換えるだけですので』
ああ、ようはこのインナーを自身の体の一部としてコアへ認識させるってことか。一本しかなかった道を二本に増やしてしまおうってやつだ。それに伴い、道の広さも大きくしてしまえば問題は解決する。元々クロックアップなんていうのは狭い道の中に許容量を超えた物を通そうとするから漏れ出しりして困るのだから前述の作業を行えば――
『制御システム、リライト……………………コンプリート。エクスドライブモード、起動します』
「ふぅ。なんとか上手くいったみたいだ」
倦怠感が消え失せ四肢に活力が満ちていく。寒気も先ほどまでの絶望的なものとは変わり、少し涼しいかなくらいにとどまっている。
「きょーま、だいじょぶ?」
アリアはさぞ驚いただろう。ステラから受け取った物を身に着けた俺が急に寒がり服を着込んで床にへたりこんでしまったのだから。
実際、時間としては一分も経っていない。内に意識を向けていると現実との差が開いていくのがわかる。
「心配させてごめん。もう大丈夫だよ」
差し出された手をとり相棒の隣に並び立つ。
「おい少年……その姿は、いったい」
「全身、まっくろ?」
え。
「って、おおぅ。服まで色が変わってるのか」
ステラはともかくアリアまで俺のことを見て首を傾げていたので、視線を追って体を眺めてみると不思議な現象が起きていた。
インナーと言いつつ先ほど着たシャツやパーカーまで黒くなっていたのだ。いやシャツはインナーとして認めるけれど、パーカーはどうやってもアウターだよね? なんでこうなった。
『エクスドライブモード起動時に着用していた衣類はそのまま体の一部として認識させています。理由としては、めんど……いえ、システムに余裕がなかったのでこうなりました。あれです、こうすれば服も破けずに戦闘がある度に着替える必要はなくなりますよ!』
いま面倒だとか言おうとしなかったか。たしかに服と肌の境目にちょうどよく展開するのは大変だろうけど、出来なくはないよね? まぁ、後述の意見は一理ある。体にダメージを負わなくても戦いが終わった後に裸になっていましたではカッコ悪いからね。それに機巧兵との戦闘によりいったい何枚のパーカーが犠牲になったのかわかりもしない。むしろこっちの方が有益なのではないだろうか。
『…………半分は自分で焦がしていたような』
ははっ。終わったことを気にしたら負けだぜ!




