91 おはようございます
「よう、目が覚めたかよ少年」
「ええまぁ、これだけ眠れば――さすがにね」
ステラさんの私室であろう部屋のベッドで起きた俺は愕然としていた。
「まさか、三日も寝ていたなんて……はは」
ポケットから取り出した時間を示す端末に表示されていたのは、タングステンを最後に記憶が途切れた頃からちょうど七十二時間を経過していた。お寝坊さんにも程があるってもんだ。
「ったくよぉ、最初は人様の家でよくもこれだけのんびりとしていられるなと笑っていたんだぜ? だけど、二日経った頃からアリアのやつが騒ぐもんだから色々勘繰っちまったよ。このまま起きないんじゃないかってな」
「う、だってだって! きょーまは、少しって言ってたんだもん。なのに、それなのに」
「あーうん。俺が悪かった。だから泣くなってばアリア」
瞳を濡らしながら抱きついてきたアリアの髪を梳くように撫でてやる。こうすると彼女は落ち着くのだ。時々、感情が昂った場合などに俺を頼ることがある。自分では静められないとからしくてさ。
「……むぅ。なんだか雑」
「なにぃ、だったらこうしてやる。うりうりー」
わしゃわしゃと両手で彼女の綺麗な黒髪を乱しながら楽しむ。なんというか、アリアの髪は触れていると幸せな気持ちになってくるから不思議だ。
「は、あぅ。だ、だめっ」
「あはははは!」
俺が三日間も眠っていた理由は、たぶんアレのせいだろう。
アクセルを限界までかけて行ったナイフの多段階複製。結局のところ、ヒート・ナイフとは俺の中にあるコアから生まれた流体エネルギーを金属に変換して現出させているにすぎないのである。ようは機巧人形の体が再生するのと同じプロセスだ。今回のことは本来、体内をめぐるはずだった物まで放出してしまったがために起こった弊害とでも言っておこうか。この身を維持するには人間が欲する物以外の何かが必要とされる。その何かが電力であり、流体エネルギーというわけだ。
母さんが言っていた、戻れなくなるとは……まさに言葉通りの意味であったらしい。俺にとって、機械仕掛けの心臓から送られてくる物は命そのものなのだから。
「親の前で娘といちゃつくとはいい度胸だ。まぁ、アリアが幸せなら私も嬉しいけどね」
ジッと睨んできたと思ったら、とたんに顔を綻ばせ、優しく微笑んだステラさんに俺は疑問を持つ。
アリアは兵器として、戦う道具として創った存在ではないのか、と。
「ステラさんにとって、アリアは」
「言いたいことはわかる。たしかに最初は違っていたさ……でもな、人の気持ちってのは変わるもんなんだよ。何年も、何十年も一緒にいりゃ愛着も湧くに決まってるだろ? もちろんアリアだけじゃない。ベルだってそうだ。この二人の姉妹は私にとってかけがえのない存在になっている」
なんだ。ちゃんと君も愛されていたんじゃないか、アリア。
「だってさ。よかったね、二人とも。君たちのお母さんは、娘を溺愛していると仰っているぞ」
「や、そこまでは言ってな――」
「違うの? ママはやっぱり、」
「ああもう! 違わねぇってば!! なんなんだよ、もう。少し見ない間にずいぶんと人間らしい事を覚えやがってからに」
「ふふん。私も成長、してるからね」
薄い胸を張りつつアリアはどうだと体で表現していた。顔は、いつも通り無表情ではあるが。
「はいはいそうですかー。ったく、それで少年……体はもう平気か? 寝てる間に勝手ながら調べてはみたが、構造が複雑すぎて私にはもう手が付けられん状態だぞ。どうしてこうなっている」
いやん。そんな、意識の無い俺を先生ってば――
「馬鹿なことを言ったら殴るからな?」
「痛い。やってから注意するのは大人としてどうなのさ」
拳がすでに俺の頬を弾いていた。ステラさんはわりと短気な性格なのかもしれない。というか、あまり悪ふざけをしていい場面ではなさそうだな。
しかたないので俺はこれまでに起きた体の変移についてステラさんに話すことにした。
とはいえ、全てを理解してもらえるとは限らないので拡張機能の事と骨格置換に関してを簡単に、わかりやすく。機巧人形に精通している彼女なら、かいつまんだ言葉の断片からでも判断がつくと思う。
「…………………………」
「あの、ステラさん? どうしちゃったのかなぁ、なんて」
頭を抱えたまま微動だにしなくなった彼女にどう対処したらいいかわからなくなり、アリアの方を向くが顔をそらされてしまった。自分でなんとかしろってか。
「エクステンドは拡張、これはまだわかる。PETという単語自体聞いたことがあるし、最近じゃ娘たちのことをそう呼ぶのも知っている。だけど、骨格置換を自ら行っただと? ありえんだろう。異次元に物を収納しているというのも信じられん。魔法か? 魔法だよなぁどう考えても。私は魔術なら使えるが、魔法を使える者がいるなんて聞いたことがない。いやでも、実際にこうして」
話をする過程でストレージのことも打ち明けざるを得なかったため、説明するより早いかと思いトートバッグを渡したのがまずかった。ステラさんは主にそちらの方に釘付けになって、バッグから出したメンチカツをアリアやベルと食べながら悩み続けている。サクサク、もぐもぐ。ねぇ、俺の分は? 三日ぶりに胃の中へ物を入れたいんだけど。え、油物は負担がかかるから今は駄目!? ひどい。
「うむ、揚げ物は美味いな!」
「おーい、話が変わってませんかー」
美味しい物を食べたら悩みなんて吹っ飛ぶのさ、とはアリア談である。食後のデザートまで取り出しやがって……ああこれはくれるのね。プリンより肉が食べたかったなぁ。
「とりあえず、調子が悪かったりはしないんだよな?」
腹も膨れてご満悦のステラさんは、やっと本題に入ってくれた。
「ええ。不足してしまった分の補充も終わっていますし、特に問題はないかと」
電力が枯渇した場合、通常は外部充電をしなければコアは活動を停止してしまう。だが、俺にその心配は必要なかった。
『フラグメントコアを再チェックします…………コンプリート。並列分散処理システム、正常に稼働中』
機巧兵に内包されていたコアは現在、ストレージの中へと収容されている。彼らを穿ったナイフを消失させる際、何故か勝手に入ってきてしまったのだ。
その数、二十万四千三百個。これだけ聞くと壮大ではあるが、実際には砕けているために個々から得られる電力は微々たるもの。しかしながら、俺の持つオリジナルのコアへかかる負担を軽減させるには十分過ぎるほどの役目を果たしていた。
「むしろ以前より調子が良いくらいで、なんなら今すぐにでも戦えますよ」
有る物は使おうということで眠っている間は思考を加速させて色々苦心していたのである。あちら側では疲れを感じることもないため時間の経過を忘れていた。そのせいで三日も寝ていたというのが未だに信じられない。いや、現実に起った事実ではあるんだけれどさ……夢の続きみたいな? 寝ぼけてるわけじゃないよ。
「どうしてお前は――――」
響真の物言いに対しステラはまたも頭を抱えてしまう。こうなったのは元々自分の責任でもあるからだ。あの日、あの時。この少年に機械仕掛けの心臓を埋め込んだのがそもそもの間違いだったのではないか。
命を助けるためとはいえ、彼を人間ではない存在へと変えたのは。
「先生。俺はあなたに感謝しています」
「は?」
「最初はそりゃ体が思うように動かなくて、死を覚悟するほどにステラ・ブリジットを憎んだことも否定はしません。だけど、こうして生きている。先生のおかげでたくさんの人々と出逢うことができました」
緋華に救われ、沙耶と母さんが家族になって、姉も増え、学校の皆と笑顔で語らい、シエルはトラブルを連れて来て、アリアは。
「この心は、感情は紛れもなく人間の物だ。そして俺は、この力を家族を守るために使いたい。与えられた借物だとしても、アリアの隣に並び立って共に歩んでいきたいと思っている」
「きょーま……」
「だから、先生。あなたに機械仕掛けの心臓を返すことはできません」
他の物に比べたら特別なのはわかっている。ありえないくらいに高性能な代物だってのも俺自身がよく知っている。同じ物は、たぶん創れない。
この胸の中にある機械仕掛けの心臓は想いを力へと変える機能を持っている。
人の心は経験を糧に変化していく。
常に先へ進もうと望むのなら、後ろを振り返らない覚悟があるのなら、どこまでも、ずっとずっと、永遠に。
「――――そうか」
少年の言った戦うというのは、なにも争いで決着をつけることに限らない。
寝ている間にアリアから事情はあらかた聞き出している。ならば、私がこの少年に与えた機械仕掛けの心臓を欲しているのもシエルを通じて彼自身知っていたのだろう。それ故の宣言であり、意思の表明か。
「一つだけ確認したい。お前は、普通に戻りたいとは思わないのか」
エクステンド機能とやらを使えば、人間としての体を完全に取り戻すことも不可能ではない。材料さえ用意すれば金属に置き換えられている部分を本来の物質へと再置換、あるいは再構成できる。
「? おかしなことを聞きますね。ああ、普通ってそういう……だったら、俺の答えはノーです。さっき言ったじゃないですか、力が必要だって。依存とまではいきませんが、これがないと生きていけないのは確かなんですよ。自分の周りで何かが起きた時に後悔しないためにもね」
住んでいる国がいくら平和だと思っていても、現実として戦争は続いている。機巧獣のような兵器がまた我が家の近くに訪れたりしたらどうする。ただ眺めているだけの傍観者に、俺はなりたくない。逃げたくないんだ。幸せは戦って勝ち取ると決めている。
「後悔をしないために、か」
彼はもう認めているのだ。自分が何者であり、どう向き合っていくのかを。
「ふふ、なるほどね。お前のことが少しわかった気がするよ。現時点で問題がないのなら、無理に摘出する必要もあるまい。お前自身気付いているだろうが、それは特別な代物だ。普通と違う……言葉にすると難しいな……まぁいい。違いがあるからこそ人体に馴染んだのかもしれん。なんにせよ、お前が心配しているような事はしないから安心しろ」
「えっと、つまり?」
「ん。コアを、返す必要ないし、強引に奪ったりも、しない」
どうして機巧人形であるアリアに教えられているのか。まったく、この少年は不思議な奴だ。アリアをここまで手懐けてしまうとは恐れ入る。
「ただし、注意だけはしておくように。経緯からして私がかけたプロテクトは既に壊れているみたいだ」
「ああ、たしかコアを人間の心臓に見せかけるってやつでしたっけ?」
「そうだ、察しがよくて助かる。あとは出力を最低レベルに固定する術式も組み込んでいたんだが――どうやらこちらは逆に不便をかけてしまったようだ。幼かったお前の体ではコアから排出されるエネルギーに耐えられない可能性があったので処置したのが裏目に出た。いまさら言ったところで意味はないとは思うが一応な」
なるほど。シエルが言っていたのはこういう事だったのか。
ミスをしていたのではなく、わざわざ俺のことを考えてパワーラインの調整をしていた……と。
「いえ、結果的にはこれでよかったかと。リミッターが機能していなければ早々に俺は自滅していたと思いますよ? こうして成長した体であっても熱問題や過稼動による痛みなんてのもあるんですし、昔の俺が耐えられたとは考えられません」
体が動かなかったことによる精神的な痛みからは師匠が救ってくれた。しかし、仮にこれが熱暴走などによる身体的なダメージだった場合を想定するとわかりやすい。
あの頃、俺の近くにいた人間で機巧人形に詳しい者なんて一人もいなかった。当然ながら師匠もそうだ。彼女だって俺と関わっていく中で興味を持ったが故に技術を学んで今日に至るのだから。
結局のところ、運がよかったの一言に尽きる。一つでも歯車が狂えば俺はこうして生きてはいなかったのだ。先生の施した調整があってこその現在がある。
「うむ、お前が納得しているのならそれでいい。しかし、熱による問題があったか……大丈夫なのか? その、なんだったら放熱用のパーツとかあるけど」
「え? ああはい。えっと既にイグニス・ハートっていう熱交換機があるので心配はいりませんよ。シエルが来てから少し経った頃でしたかね、その際に色々ありまして」
俺はそう言ってイグニスを両手に着けて見せる。
もはや放熱だけにとどまらない多機能な物になっているが気にしてはいけない。
「ちなみに、その放熱用のパーツってどんな感じなんですかね。参考までに知りたいのですが」
「わかった。ちょっと待ってろ、探してくるから」
どうやら実物を見せてくれるらしい。このタイミングで出すということはちゃんと人間が使えるタイプの形状をしているのだろう。機巧人形に埋め込んである汎用タイプは大型のために俺が使えなかったわけだしね。とはいえ、イクスブラッドの製作している最新型機巧人形にいたってはそもそも排熱という概念が存在しないのだが――それは別の話か。どのみち人間には転用できない技術だ。




