89 導きの灯
「ウォルフ、君が最強を目指し完成させた機巧兵は――俺が全て薙ぎ払う」
ただ、体がもう限界に近いので代わりにやってくれると嬉しいな!
『了解。一時的に主人格を切り替えます』
マジか! 冗談でも言ってみるもんだ。えっ……ということはつまり? 俺の中に在るのは、やはり自分の意志とは違う別のナニカってことになる。あわわわ! 大丈夫かな、乗っ取られたりしない!?
『はぁ……今さらなにを。私の人格はあくまで補助プログラムとして構成されておりますので、奏響真という個体には何ら影響を及ぼしません。心配するだけ無駄、ってやつです』
溜息をつかれながら諭されてしまった。なるほど。補助プログラムってことは、どう足掻いても体は俺の物であることに変わりはないってことか。たぶん機械仕掛けの心臓にあるコアメモリってのが関係しているのだと思う。名前からして記憶媒体であるのは確かだし、俺の意識の断片みたいなのが流入しているんだろう。しかし、あくまで憶測だ。確かなことは製作者であるステラ・ブリジットにしかわからない。
とりあえず今は任せてみるか。お手並み拝見ってやつだ。
《オートモード、起動》
「ふくく、世迷言を。貴様は機械人形ですらないのであろう? ただの人間風情が、我が最高傑作である機巧兵どもを一体たりとも倒せるとは思えんがな。そうだろ、母様」
さっきまで俺と母親の会話を静かに聞いていたと思ったらこれだ。話を理解するどころか、状況が一切わかっていないようである。
「…………………………」
「母様? 何を、黙っているのですか!」
目を閉じ、顔を伏せた母親に激昂するウォルフ。彼にはこれから起きる事がなんであるか想像もできないのであろう。
「護身用に待機させておいたヒート・ナイフに対し、アクセルをかけます。処理は全てこちらが行いますので、くれぐれも手出しをせぬようお願い申し上げます」
自分の意志に関係なく口が動くのも変な感じだ。
ちなみに現在はギアダウン状態でナイフも一本しか現出させていない。機巧兵の数があまりにも多すぎて途中から排熱切れを起こすという不可思議なことを経験していたのだ。動けば動くほど熱が生まれるはずなのに、最後は寒気すらしていたからな。やはりダブルアクセルはエネルギーの消費が大き過ぎるのが欠点だよなぁ。仕組みを理解していないせいもあるかもだが。
「その通りです。マスターは体の使い方が下手っぴなのを自覚した方がいいかと」
自分に馬鹿にされるという稀有な体験をしている。それと、言葉が丁寧なようで荒いのは俺を元にしているからかね。なんだかんだ親しい人にはタメ口で話す傾向があるしさ。
「では、いきます」
イグニスを装着したままである両の掌を空へと掲げ、宙にあるヒート・ナイフを見据えながら鍵言を唱える。
「ヒート・ナイフ/アクセル――フルブースト!!」
カチリと、スイッチが切り替わる音がした。
一つ、二つ。四つ、八つ――――
分裂を繰り返すように、ナイフは数を増していく。
「ダブルアクセルは私と奏響真、二人で処理する機能です。故に、消費が大きい。瞬間的な出力こそ劣るものの、ただのアクセルであろうとも、こうして最大まで回してやれば……」
俺はアクセルという物を勘違いしていた。お手軽なパワーアップ機能だと思っていたのだ。
だが、現実はこれである。ダブルでも、その先にあるはずのトリプルですらない。
どんなに小さな歯車でも、高速回転させれば、生み出される動力も比例して大きくなる。
「想いを、世界に」
ボボボッと。無数のナイフが青白い炎を宿して瞬く。
「刻み込め、大地へと」
描いたイメージを世界に対して叩き付け、虚空に在るべきモノをこちら側へと引き寄せる。
「錬り上げるのだ、空に」
無から有を生み出すのではない。全ては己の内に秘めているのだから、開放するだけでいい。
「星の、輝きを――――ッ!」
そうだ。俺の中には、無限の可能性が広がっている。誰もが夢見る、理想郷へと至る道が。
『「エンライトメント」』
…………光が、爆ぜた。
視界一面を覆う青い炎にウォルフは目を閉じそうになるが、熱さを感じないのがわかると、瞳に映る幻想的なまでの景色に心を奪われそうになる。
やがて、静寂が舞い戻る。
今や周囲を照らす明かりは雲間から現れ出したほのかな月の恩恵のみだ。
「なぜ、機巧兵どもは動かない」
明暗差に視神経がついていかない。しかし、これだけはハッキリと感じ取れる。
音が聴こえないのだ。排気や動力を循環させるための内燃機関、いや、それどころか。
「お、おい? どうしたというのだ。命令を聞け、返事をしろ!」
ウォルフは懐に手を差し入れ、小型の端末を取り出した。長方形の箱のようなそれは機巧兵に指示を伝えるための装置なのだろう。彼は端末を叩いたり、端から伸びる小指ほどの短いアンテナを弄っては操作を繰り返し行う。
だが、全ては無駄だ。不具合があるわけでも。ましてや、壊れているわけでもないのだから。
「ちィ、ならば直接再起動させるまでだッ」
端末を投げ捨て、近くに佇んでいる機巧兵の一体へと駆け寄り、よじ登って背中に縋りついた。
装甲の隙間にあるピンを外し、パネルを開閉する。
人工知能の積まれている場所は頭部であるが、稼動に際するエネルギーの分配装置はここに収納されていた。
配線用遮断機のスイッチを一つずつ下げていき、異常の発生している箇所を特定しようと躍起になる。
落ち着け。これは何かの間違いだ。なんで、なんでなんで、どうしちゃったていうんだよ…………っ!!
幾度確かめようとも、結果は変わらない。
破損は見られないのに。電力だって、こうして回路に流れているはずなのに。
「ウォルフ。機巧兵はもう、君の思い通りにはならないよ」
「うるさい、黙れ! お前に言われなくても――」
認めてなるものか。ただの人に。機械人形ですらない、無力な人間に……お前らは従うというのか。
人は嫌いだ。
人間なんて、裏切り、奪い合い、他者を傷付けることしか考えていない。
我は、ぼくは。全てを飲み込むんだ。圧倒的なまでの力を見せつけ、支配し、皆を、国民を守らなければならない。
王であるが故に。
「ったく。少しは素直になったらどうだよウォルフ? 君は俺に負けたんだ。これが、現実ってやつだよ」
「……ッ」
「俺のことを機械人形だ、無力な人間だと馬鹿にしたところで、君も同じだろ。人はか弱く、他に縋らなければ生きていけない。ま、一緒に支えあっていくのが理想だけどさ。どうしても意見がぶつかることもあるよな。でも、周りを巻き込んじゃいけない。傷付け合う前にすることがあるだろ」
パラパラと、機巧兵の一体が崩れ始めた。
徐々に、ゆっくりと。彼らは還る。在るべき場所へ、安息の地に。
「あいつらも疲れていたんだよ。元々、戦いのために創られた命じゃないんだから――休ませてやろうぜ」
機械仕掛けの心臓とは、人を模倣する機能をもったモノである。
意志を持つのは、何も人工知能たるAIだけではない。動力であるコアにも少なからず存在するのだ。
人を形作るための、心が。
俺の中に在る物みたいに明確な会話が出来るわけじゃなくても、彼らにだって伝えたい言葉の一つくらいはある。声にならない叫びにも似た感情は、こう紡いでいた。
争いたくない、と。
当たり前の話だ。ステラ・ブリジットは機械仕掛けの心臓の核たるプライマルコアを道具としてではなく、一なる個として創造しているのだから。
戦うためだけの道具が欲しいのなら、最初からそう作られた物を使えばいい。
何処から集めたのかは知らないが、機巧兵の中には一体につき二つものコアが内蔵されていた。大電力を得るために苦心したのか、はたまた適当にあてがったのかは不明だ。たしかに小型かつ軽量なため、二つあったところで邪魔にはならない。ある意味では正解なのである。
そう、彼は別に悪いことをしていたんじゃない。たんに、知らなかっただけなんだ。
彼らも、生きているという事実を。現実を。
「ナイフを通して伝わってきた。断片的なものだけど……俺は確かに聞き届けたよ」
俺の中に在る想いを機巧兵のコアに直接当てたために起った現象であろう。全てを撃ち貫くにはヒート・ナイフを限りなく小さな物へとしなければならなかったのだ。それでは人工知能の搭載された頭部を壊すだけの威力が不足してしまう。考えた結果、動力であるプライマルコアを割断するという結論に達したのである。どれだけ、欠片ほどの大きさになったとしても、ナイフの切れ味が落ちることはない。
装甲を抉り、外殻を通り抜け、石に僅かなヒビを入れることしか出来ずとも、役目は果たしていた。
「そんな――ぼくは、これから、いったいどうしたら」
ぼくを守ってくれる忠実なしもべはもういない。最初から、そんなモノは存在していなかったんだ。
「ウォルフ、受け取れ」
響真は打ち捨てられていた騎士剣を拾い上げ、己の血を拭い、刃こぼれを補修してからウォルフへと手渡す。
「それは君の兄、ギリアムの物だ。彼に託され、ここまで共に戦ってきた」
鞘はオマケでつけといてやるか。まぁ金しか残ってないから派手な外見になってしまうのは勘弁してくれ。ほら、ギリアムの持っているやつと対になっている感じで合ってるだろ?
「兄様の、剣……じゃあ、もう」
「おっと、勘違いするな。ギリアムは生きてるよ。きっと今も元気に街の平和を維持してくれている」
はず。ないとは思うが、向こうにも機巧兵が現れていた場合は。お察しだな。
「ちなみにギリアムは現在、タングステンの王様だ」
「えっ」
「ちょーっと前王のやんちゃが過ぎてな。叩き落としてやったんだよ。で、なんか俺が後釜にされそうになったもんでぶん投げてきたってわけ」
国の運営に興味がないって言えば嘘になる。だが、興味本位で関わるには人の命は重過ぎるのだ。国民全員の未来を背負えるほど俺には甲斐性がないからね。それになんたって、両手がすでに大切な者で埋まっている。欲を出して今ある存在を疎かにするなんてことはできない。
「奏、響真」
口を噤んだままだったウォルフの母が俺を抱き締めた。
「ありがとうございます」
えっ? 俺なんか礼を言われるようなことしたっけか。でもまあ、これはいい。なんというか、うん!
「母様離れて! なんだかこいつ、怪しい」
「失敬な!? これくらいでときめいたりなんか、しそうだけど! あー、大丈夫。問題ない」
さすがに自分より年上の子供が付いてくるのは勘弁願いたい。ギリアムにお父さんとか呼ばれる未来はちょっとなぁ。あと、この人もそういう意味を込めて体を寄せてるわけではないからね。勘違いしちゃ
駄目だ。驚くほど美人ではあるが――いやいや、忘れよう。シエルに怒られちゃうもんね。
「突然すみませんでした。私もよくわからなくなってしまって」
顔を赤らめながらうろたえる姿を見るが、本当にギリアムの母なのだろうか。あいつの姉だと言われても信じるくらいには若いんだよなぁ。彼が何歳かは知らんけど。
「いえ、時にはそういうこともありますよ。俺も嫌じゃなかったですし」
「ふふふ。それはそうと、これからどうします? 機巧兵は残っておらず、ウォルフラム国は事実上の敗北をしたわけですが」
「ここにいたのが全戦力だったってことか?」
「ええ。街にまで被害を出してしまえば、取り返しのつかない事になりますからね。ですよね、ウォルフ」
「……………………」
「ウォルフ?」
問いには答えず、顔を背けるウォルフに母は危機感を覚える。
「貴方、まさか――っ」
「くははは。人間は、滅べばいいんだ。我に従わぬ者など、何の価値もな、へぶぅる」
「ど、どうしましょう!? 言いなさいウォルフ! 街に送ったのは何体ですか!! いえ、一体であろうとも」
ウォルフは母に両肩を掴まれ揺さぶられた。しかし、彼は薄ら笑いを浮かべるだけだ。
「心配いらないよ。街にはギリアムがいる」
むしろ心配なのはウォルフの方だ。最初こそちょっと楽しそうにしていたのが、今や青い顔をして口を手で押さえている。
「ですが……!」
「信じろ。あんたの息子は、俺なんかよりよっぽど強い」
鎧を刻んだ際に垣間見たギリアムの肉体は鍛え抜かれていた。騎士を名乗るというのは伊達ではない。日々、民のために奮闘しているのだろう。
ま、心配いらないってのは本音だけどね。アリアも今頃街に到着しているだろうからさ。
「噂をすればなんとやらってね」
ポケットに入れていた通信用端末から音が鳴り響く。画面を覗き込むと、差出人はアリアだった。
実のところ、ブラックチェイサーとの件もあり、彼女とはこうして連絡が取り合えるようにしていたのである。
「えーと、なになに。こちら異常ナシ、帰還待つ。って短ッ!? もう少し、身を案じているとか、早く帰ってきてねとかいう気の利いた台詞を送ってくれてもいいのに。この照れ屋さんめ」
計画ではアリアは残りの残党を片付けた後、兵士を連れて街へと戻る手筈になっていた。ギリアムがいくら強いといっても、人間の中ではって括りになる。不測の事態に備えるのも忘れちゃいけない。
あとはまぁ、俺が戦場で思いっきり戦ってみたかったのもある。後ろを気にしてちゃ全力が出せないどころか、下手すると巻き込んだりしちゃうからね。おかげで自分の限界が知れたよ。いや、際限がないって意味でだけど。
「とりあえず、帰ろうか」
体だけでなく精神もくたくたに疲れている。なんというかMPが枯渇寸前みたいな? 表現し難い感覚だ。
「二人とも一緒にタングステンに来るよね? 嫌とは言わせないよー」
固まったまま動かないでいた親子の手を引きつつ俺は帰路に着く。
皆が待つ、王都タングステンを目指して。
紅い雫の海を越えながら――――




