85 傲慢な王
城内の広場では騎士による人だかりが出来ており、ましろを連れている俺たちは迂回を余儀なくされる。
弧を描くようにグルリと回り込むと、あってはいけない、悪夢のような惨劇が起きていた。
「くははははッ! 我に逆らうからだぞ。お前のような者がいるから、争いが絶えないのだ。誰もが皆、我に力を貸せば平穏が訪れるというのに……この裏切り者めがっ!!」
「――ッ、がぁ。ぐ、うぅ」
ゲシガシと、まるでゴミを扱うように皺だらけの顔をした老人は女を足蹴にしている。髪が乱れ、血が舞い、幾度か転がった後には、横たわったまま動かなくなった。
「はぁはぁ。許せぬ、お前だけは、生かしておいてなるものかッ……ギリアム! 槍を貸せぃ!!」
「な、なにをする気ですか王よ!? この方は、かの偉大なる――」
「ええぃうるさいわ! 誰であろうとかまわぬ、我に従わぬのが悪いのだからなぁああああ!!」
王と呼ばれた者はギリアムという青い鎧を身に纏った青年から鋭い穂の付いた槍を奪い取るようにして手に取ると、振り上げ、力の成すままに……うつ伏せになっていた女の背へと、突き刺した。
ブスリ! グチュ、ミチャ――ッ!!!!
刺したまま激しく動かし傷口を広げていく。女の体を貫通してしまったがために引き抜けなかったからだろう。
王は荒々しい息を吐きつつ、その手を放す。足元には血溜まりができていた。
「ふはは……やったぞ。これで、」
続きを口にすることはかなわない。
何故なら――アリアが王の下顎を握り潰していたからだ。
「もう黙れ。戯言は聞きたくない…………ママ、ごめんなさい。もっと早く、来ればよかった」
白い髪まで赤く染め、ビクビクと痙攣を繰り返す女を見て、アリアはたしかにそう言った。
これはママだと。
ステラ・ブリジットであると。
先生が、地に倒れ伏していた。
「アリア、諦めたらそこで終わりだぜ」
駆け寄り、首筋に手を当て脈を確かめる。
「でも、これはもう」
「……生きてる。先生は、ステラさんはまだ死んじゃいない――!!」
肺が破れ、心臓の鼓動さえも止まりかけている。しかし、彼女の瞳には生気が宿っていた。諦めてなるものかと、ここで終わってなるものかという意志が俺のことを見据えている。
ならば助けよう。彼女が俺にそうしてくれたように。持てる物全てを使ってでも。
「エクステンド/メディカルガジェット」
コアメモリより取り込んでおいたツールを呼び出す。
本来なら医療器具を的確に排出するだけのそれだが、俺の中にある場合は機能が違う。
こうして患部にイグニスを当てるだけで、イメージ通りに体内の臓器を縫合したり、切り開いたりできるのだ。
「外傷は、治った――けど、やっぱり中を見ないことには無理か」
槍を動かしたことによる裂傷は治療したが、刺さっている部分はそのままだ。
開腹するには仰向けに寝かせなければならないし、なにより槍が邪魔である。
だが、これを抜けばどうなるか。
「なにをやっているのですか、ブリジット殿から離れてください!」
思考を中断させる声が背後から響き、顔を向けると
「死者の骸を辱めるなんて、私が許しませんよッ、退きなさい!!」
眼前に剣の切っ先が迫っていた。
「うるさいな。治療の邪魔をするなら――灰にして消すぞ」
「……ひぃ」
ステラ・ブリジットの衣服を脱がし、あろうことかその肌を無遠慮にも眺めていた少年を窘めようと青年は思ったのだ。血の海に沈む想い人。彼女の名誉までは汚させはしまいと。
カタカタと青い鎧を小刻みに揺らし、それでも青年は引き下がらない。
「や、やってみるがいい! 子供一人に劣る私ではないッ!!!!」
相手は素性がわからないとはいえ、鎧も着けていないただの一般人である。完全武装の大人が負けるはずもなかった。これでも国王直下の騎士を率いる軍のトップなのだ。鍛え上げられた剣筋は岩をも切り裂くと有名で――
「あっそ。じゃ、ヒート・ナイフ」
突然宙に青白い炎を纏った物体が浮かび上がる。
「え――?」
「命までは奪わない。だから、どこかへ行っててくれないか? 迷惑なんだよ、お前」
一瞬のことだった。青白い炎が全身を包んだかと思うと、気付いた時には終わっていたのだ。
カランッ、ゴト、ドドォ……!!
「わ、あ、よ、鎧が? なんで」
着ていた物だけではない、手に持っていた剣さえ幾重にも分割され、断面からはブスブスと煙を上げている。
「ルナタイト製の鎧だぞ!? いつやられたのだ、まったく見えなかった!」
「ギリアム様、お退きください!! その少年、なにやら異常な殺気を放っておりますっ」
動揺して動けずにいた青年を他の騎士たちが引きずるようにして後退させる。いい判断だ、なるべく遠くへと逃げてくれ。
これ以上ちょっかいを出すのなら、敵とみなして全てを排除しなければならなくなる。
「アリア、そいつはもういい。王というのは名ばかりで、誰にも気にされちゃいない。捨ておけ」
「ん、わかった。きょーま、お願い、ママを助けて」
頼まれるまでもない。俺はステラさんを救うと決めたのだから。
現在、ステラ・ブリジットの体には子供の腕ほどの太さをした鋼鉄の槍が貫通している状態だ。
槍と触れている組織は縫合し、体液が外へ漏れ出ないようにはしてある。
だが、このままにはしておけない。槍は左の肺を破り、心臓の一部も破損させているからだ。一刻も早く異物を取り除き、臓器の修復をしなければならない。
こんな時、自国なら。扉を作るにも、あれは繋ぐまでに時間がかかりすぎる。却下だ。間に合わないに決まっている。
王城に医務室があったとしても――論外だ。騎士たちの身なりを確認する限りでは腕や目を欠損している者が多く、医療技術の低さが窺えた。どうあっても設備は整っていないだろう。
ステラが息を吐き出すと共に血の塊を落とす。もはや呼吸もままならない状況だというのか。
「せめて、イグニスが両手にあれば……」
左手だけでは出来ることに限界があった。仮に右手へイグニスが存在するのなら、突き刺さっている槍をストレージへと収納しつつもう片方の手で傷を塞ぐという強行手段に移れるのだ。
他に方法もない。
無い物ねだりはいつものことだ。
「バリアブル、エクステンド」
『ストレージ内よりイグニス・ハートの構成材料に必要な物質を検索開始…………』
初期の設計図は頭に入っている。右用のカートリッジホルダーもあったはずだ。
残るは耐熱に適した金属繊維と電導部に使えるような物があるかが問題になってくる。
『エラー。コンデンサナンバー1105が不足しています』
「ちぃ、駄目か!?」
外部デバイスとしてイグニスを認識させるためのスイッチングハブに必要な物が足りていないらしい。
『……ルート変更。設計リスト参照、コンデンサを生成開始――――コンプリート。続いてイグニス・ハートの再構築に移行』
不足しているのなら、そうだ。他の物から新たに創り出せばいい。
作り変えろ、編み込むんだ。燈緋華の考えを模倣しろ。お前は一度、同じ物を身に着けているのだから。
「ッ、あ……ぐ、うぅ」
右手が焼けるように熱い。否、本当に焼け焦げていた。
『レフトイグニスよりシステムをコピーしています…………』
メラメラと赤から白へ炎が色を変えていく。
左のイグニス・ハートは竜の息吹を取り込むことによって完成された。ならば、同じ物を作るための製造工程として、飛ばしてはならない部分になる。
『コンプリート。システム、オンライン――――イグニス・ハート/ライトを外部デバイスとして認識しました』
「きょーま!」
「大丈夫だ、心配いらないよアリア」
突然炎を吹き上げた俺の右手を見て、アリアが血相を変えて駆け寄って来るが――
「この通りだ。何も、うん、問題はないっ!」
制した手には輝く真紅のグローブが装着されていた。
イグニスの初期状態としては、これで正解である。しかしながら、重要なのは拡張機能がキチンと動作するかだ。
「エクステンドモード、オン」
ボッと、右手のイグニスが青白い炎を纏い色を変える。
「よし、いける! 自分を信じろ……奏響真、お前なら出来るはずだ」
右手を槍に、左手を背中に押し当て――治療を開始する。
新たに作られたイグニス、その内側では未だ冷めぬ熱が神経を焼くように燻り、激痛を走らせた。
骨格は金属であっても、皮膚の肉まではそうでない。痛覚を遮断すれば満足に動かすこともかなわないのだから、耐えるほかないだろう。
炭化してしまった細胞は急速に再生しつつあるが、治るということにも痛みが伴うのだ。骨格置換をし、右腕を生やした時のように立ち止まっている暇はない。
「……ぁ、ぐぷ」
ステラさんもこうして耐えている。だったら、俺も頑張るしかないじゃないか。
体を貫いていた槍を分解しつつ、空いた隙間を修復していく。ゆっくりではあるが、焦りは禁物だ。
「と、これで背中を下にできるな」
着ていたパーカーを脱ぎ、ステラの背に当てつつ仰向けにさせた。あまり清潔とはいえないが、地面に直接触れるよりはマシだろう。
あらわになった胸部からはまだ槍の先端が突き出ているが、これは中を見ながらでないと摘出できない。切り裂かれた血管や神経の縫合もしなければならないのだから。
「失礼します、ステラさん」
白く滑らかな肌の上に手を置き、胸部を開いていく。
メディカルガジェットで最初に麻酔を投与してあるため、痛みは感じていないだろう。意識まで眠らせてしまうと残りわずかな生命力まで削ってしまう恐れがあるため、胴体のみに作用する部分麻酔を使用している。そのせいで中を弄られる感覚はどうしてもするはずだ。気分のいいものではないのはわかっているが、今は我慢してほしい。
あ、必要なところ以外は隠しているから安心してね? チラッとしか見てないからさ。なんてね。
「冗談を言ってる場合じゃねぇな。これは……アリア! 刀を持ってきているか!?」
目を離さずに近くにいる相棒を呼ぶ。これを乗り切るには、必要な物があるのだ。
「ん。あるよ」
空気を握るように掴むと、世界の狭間から黒い刀剣がアリアの手に現出された。
「よかった。じゃ、それで俺の腕を斬ってくれ」
「……わかった。使うんだね、この部分を」
説明はいらない。彼女とは言葉を交わさずとも分かり合える時があるのだ。
手首から肘までの肉を血管ごと骨にそって切り落とし、ストレージへと収容した。
普通なら筋肉や筋も切れてしまうので腕自体が動かないところだが、俺は骨格そのものさえあれば稼動することができる。もちろん痛いし、血も流れるが……些細なことである。使える物は使うって言ったろ。それは自身の体にだってあてはまるのさ。
「分解、再構築。肉も細胞単位にまでしてから洗浄だ」
アクセス権限の拡大している俺のストレージ内では中の物を弄ることも造作ないことだ。余分な血液や雑菌を除去し、ステラの体に収めていく。
彼女の体内では血管や神経がズタズタに千切れていた。よくこれでショック死をしなかったものだと思う。俺が言えたことじゃないけれど。
血液が不足している状況では再生促進剤も使えないし、増血作用のある薬なんて打とうものなら傷付いている心臓が止まってしまうという困難を抱えていた。よって、選択可能な手段が限りなく少ない中での作業を強いられる。
残った槍の先端は完全に取り除かれ、破れた肺も元に戻り、あとは――
「リカバリー、レストア、同時起動」
傷口を縫うだけなら医療用デバイスだけで事足りるのだが、ステラの心臓は半分ほど潰れて血液に混じりつつ体外へと流出していた。だからこそ、それを補うために俺の腕から血管や肉を持ってきたのだ。強引な方法と言えばそうではあるのだが、他に方法が思いつかなかったのでしかたない。結果は同じなのだから問題ないだろ。
俺の腕から持ってきた物は機械仕掛けの心臓が創り出したモノ故に他の細胞との適合率も高い。こうして調整しつつ断面を合わせてやれば、最小限のリカバリーでもどんどん治っていくのである。
「…………げほっ。あはは、マズいな」
最後に胸を閉じるだけというところで自分の鼻や口からとめどなく赤い物が流れているのがわかった。どうにもリカバリー機能を外部に向けて使うとリバウンド作用があるみたいだ。たぶん自身の体に対する管理がおろそかになるせいだろう。あまりやらない方がいいかもしれない。人として大切な何かが削れていっている感覚がする。
「おっし、これで――うぁっぷ」
もう大丈夫だよ、とアリアの方を振り向こうとしたら強引に押さえつけらる。
あとは彼女のなすがまま、顔を手巾で覆われ体液の汚れを綺麗に拭われることになった。
「きょーま、お疲れ様。ありがとうね、ママを助けてくれて」
視界が開けると、そこには泣き出しそうになっているアリアが、ギリアムと呼ばれた青年が、列をなす騎士たちが俺のことを見つめていた。
なんぞこれ!? 取り囲まれているやないかーい!




