84 タングステン
「へい、らっしゃい! 今日は特売日だっ白菜タマネギ人参キャベツ、ぜーんぶまとめて半額だぜ! そこの可愛いお嬢さん、お一つどうでい!?」
「いらない。野菜、嫌いだから」
「お、おうっ。そいつぁすまねぇな! じゃ、旦那はどうでい。買ってけえりゃあ、おっかさんも喜ぶだろうさっ!」
うーむ。たしかに母さんは野菜嫌いではないからな。ただ、半額とはいえ元々の値段設定がいまいちわからない。異国に来てまず困るのがお金の価値についてとは……そもそも買う必要ない気もするけど。
「こらあんた! お客さんが困っているでしょっ、無理にすすめるんじゃないよ!!」
「あいでッ!? ったく、うちの女房は気が短くていけねぇな。まぁ、俺も悪かったか。そうだ、隣で肉屋もやってるんだけどよ……さすがにこれは買ってくれるよな?」
野菜が置かれたザルに据えられた値札を睨んでいると、八百屋の主人が奥さんに怒られるという場面に遭遇してしまった。俺が迷惑していると勘違いされてしまったらしい。
「ん。お肉は大好き」
「あらそうなの。女の子にしては珍しいわねぇ、今流行の肉食系女子ってやつかしら? うふふ」
どうやら隣接している肉屋は奥さんが経営しているようだ。夫婦揃って店舗を出すのは中々大変なのではなかろうか。まぁ、肉と野菜はセット感があるし隣にあるのは客としてはありがたいのかもな。商売上手な人たちだ。
「ねぇ、きょーま。この――めんちかつ? っていうの、食べたい」
と、アリアは早速肉屋のお姉さんに揚げたての惣菜を見せられ誘惑されていた。香ばしい油の匂いには俺も心が揺れ動く。たしかにオヤツとして買う分にはちょうどいい頃合の時間かな。だけど……
「ああうん。買ってあげたいところなんだが、残念ながらお金がないんだ。ごめんね、こっちのやつ用意してなくてさ」
ポーチにあるのは金貨くらいである。それも商店街でしかまだ使えないやつなのだ。ここで出したところで意味はない。
「なんだい、持っているじゃないのさ? べつに国家通貨でなくても共通金貨だってかまわないよ。ちょっくら単価の兼ね合いもあって多めに買ってもらうことになっちまうがね」
一ゴールド金貨を何枚か取り出してジャラジャラと手の中で弄んでいたら、お姉さんは輝きを見逃さずに目を細めながらそう言った。
本当に使えるのか不安だったので確認のために一枚渡すと、八百屋の主人共々険しい顔つきになる。
「こりゃ純金か? 柄はともかく、共通金貨よかキラッキラしてるが」
「えっ、あ、はい。俺の住んでる国だと金といったら純金しか認められてませんからね。混ざり物には価値がありませんので」
仮に何か他の金属を混ぜ込もうとしても、支払いをする際に店でちゃんと調べられるのだ。測定器で弾かれたら使用不可だし、なにより手間をかけるほど他の金属との価格差があるわけでもない。むしろ金より高い物は山ほど存在しているのだからね。なんだかんだ鉱石資源が豊富なのが我が国の特徴だな。
「なるほどなぁ、お前さん旅行者か。どっか遠くから来たんだろ? 深くは追求しねぇが……とりあえず、こいつ一枚で共通金貨五枚分はありそうだ。なんなら少し両替してやってもいいぜ」
「ほんとですか。助かります」
出していた分を共通金貨へと変えてもらい、アリアのご所望だったメンチカツを大量に作ってもらうことにした。これ、絶対美味しいやつだろ! うちだとシエルが最近ヘルシー志向に目覚めたらしく揚げ物があまり出なくなったのだ。頼めばそりゃ作ってくれるけど、機巧人形の胃に油物がよくないのは俺も知る事だし躊躇っちゃうんだよね。こうして時々食べるのは全然かまわないんだけどさ。
「――ふぅ。作ったはいいけど、どうするんだいこんなに。持ち帰るのに袋かなんか用意するかい?」
「いえ、大丈夫です。ここに入れますので」
お土産用にと大量に物を入れられるトートバッグを持参していたので、食べきれない分はそちらに詰め込むことにしよう。いつまで経っても熱々ホカホカな状態をキープしてくれるのは本当にありがたいよなぁ。
「! 今のは、いったい」
ん? そうか、ここにまでは普及してないんだな。やはり世界の裏側では自国の常識を忘れなければならないようだ。
「……野菜も買っていくので、このことは内緒でお願いします」
「おう、わかったぜ。持って帰れるってんなら――」
「はい、それじゃ全部下さい。この中なら劣化もしないですしね」
先んじて八百屋を空にする。まぁ、共通金貨とやらをたくさん持っていてもしかたないしね。なにより素人目に見てもここにある野菜は出来がいいのだ。これは我が家の食卓で使わせてもらおうと思う。調理するのはシエルだけど、サラダくらいなら俺にだって……切ったり、ちぎるだけなら!
残りは学校の食堂に寄付かな。まったく、帰ったら大忙しだぜ。
「親切にしていただいて、ありがとうございました」
「ははは! こっちこそだぜっ、また来てくれよなー!!」
買い物ついでに聞いてみると、なんと王城までの直通バスが出ているとのことだった。やったね!
ま、乗ることはできないんだけれど。
「はふあぐ。サクサクで美味しいね、ましろ」
『うん、これはこれでいける。生の方が私は好きだけどねー』
……そう、王都へはましろもついてきていたのだ。よく騒ぎにならないものだと思う。
ベルにましろを護衛として残すか訊ねると、彼女は震えながら拒否してきたのである。もう食べられたくなーい、と。そんなこともあり、洞窟の居住スペースに繋がる扉を直してからましろ共々時計塔を目指して走ってきたってわけだ。
率直に言おう。むちゃくちゃ疲れた! ましろはアリアを背に乗せているというのに、とんでもないスピードで疾走していたのである。俺はダブルアクセルを使用して追いつこうとしたのだが、途中で転んでしまい大変な目にあったのは言うまでもない。小石に躓いて死にましたとか笑えない冗談だよね。ましろは大笑いしながら尻尾で俺を拘束して運搬してくれたけれどさ! 最初からやってくれよ……。
結局、停留所からバスを追いかけるというアグレッシブな方法で解決することになった。
アリアはましろの背に乗り、俺は横を走る。走る……ましろは尻尾で器用にメンチカツを頬張るのに夢中なんだよ。俺のことより食欲優先らしい。ぐすん。
バス程度の速度なら無理なく並走できるのが救いかな。息も切れたりしない。
「なんだか、平和? みんな、笑顔が絶えない」
『本当に戦争なんてしているの。ほのぼのって言葉をそのまま具現化したような雰囲気があるけど』
油で汚れた手をペロペロと舐めながらアリアは街並みを眺めて感想をもらす。ましろもアリアと同じような思いを抱いているようだ。
俺は……ごめんちょっと余裕がない。こんな石畳の上で転んだら大惨事になっちゃうから真剣に足元を確かめている。怪我なんてすぐに直るけど、痛いのは嫌だ。あと、服も破れるしね。そっちのが重要かな? 今着ているパーカーはお気に入りの物なのだ。できれば汚れるのすら避けたいところである。
ただ、王城前に到着すると――事態は一変する。
「門番が、いない?」
普通は城の入り口を護る騎士とかが立っているものだと思っていたのだが、どうやら見当が外れてしまったみたいだな。
城門は開け放たれており、人の気配がしない。先ほどとは打って変わって空気がひんやりとしていた。
いや、中にはいるな。俺は鼻から伝う香りを知覚した。
「こっちだ。向こうの方から先生の匂いがする!」
許可なく立ち入るのが許されるのかは不明である。しかしながら、取次ぎをしてもらうにも人がいないのだからしょうがないよね。
「きょーま、なんでわかるの。私には、感じられない」
「うん? そりゃシエルから先生のローブを預かっているからね。ましろにも同じくローブの匂いで捜索してもらったんだ」
『そうそう。大変だったんだからね! あっ、次の角を右――いや、左?』
「右で合ってる。急ごう、違う匂いもする」
門をくぐって真っ直ぐに進むと二股に分かれた通路が現れ、ましろは一度立ち止まってしまう。だが、俺は迷わず右を選択した。こちらの方が先生の匂いが強く感じられるからだ。
「…………きょーまって、いったい」
機械の体である自分にわからない匂いすら感じ取れるという奏響真に内心驚きつつも、まぁきょーまだしの一言で決着をつけるアリアだった。ただ、ましろはともかくとして、女性の着ていた服に顔を埋める行為はいかがなものなのか。あとでそっと注意しておこうと心に誓った。




