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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
想刻の錬星術師
82/98

82 仄暗い底

「よっと。おお、結構深いなこの穴……底が見えないんだけど」

 洞窟の入り口近くに出た響真とアリアは住居部分を目指して暗闇の中を歩いていた。

 足場は悪く、一歩踏み間違えれば深淵へと真っ逆さま、あの世行きは確実であろう。元より地下にある空間だというのに、さらに下が存在しているとは考えもしなかった。


「きょーま、そこ、踏まない方がいい。砕ける」

「え? んぎゃ……ッ」

 平坦な所を見つけたので体重を乗せたのだが、支えきれずに岩盤が折れ足が飲まれてしまった。

 ただ、下にある空洞が深くはなかったおかげで大した怪我はせずに済む。


「ほんとにこんな所に住んでいるのか――?」

 そう思うのも無理はないだろう。この洞窟には明らかに……死の臭いが満ちていた。

「ん。だいたいいつも、こんな感じ。侵入者用の罠が、あるから」

「罠って。ブリジット先生は誰かに狙われているとかだったり?」

「人間は全て、敵。ママは、そう言っていた。己が欲のために、際限なく求める亡者たち。前の家では、私が門番として叩き潰していたんだけど。今はベルがやっているのかな。あの子、あんまり強くない、のに」

 つまり、この鼻をつんざく死の臭いの元凶は文字通り死臭なのか。倒されるのがわかっているのに機巧人形ではなく人間を送り出すあたり、ブリジット先生を狙う輩は時代遅れな連中なのだろう。それとも人ひとりを捕まえるのに機械を用いるまでもないとか思っているのかな。昔ながらの人は機巧人形を木偶人形だとか言って信用してなかったりするし、そのせいもあるかもしれない。たしかに戦地で利用されるようになったのもここ最近の出来事ではあるからな。国家レベルではまだ浸透していない可能性も捨てきれないか。

 ここは俺の住んでいる国からは遠く離れている。下手すると科学力は一段どころか、こっちの人から見たら魔法の域だったりしてね。なーんて、ありえない……とも言い切れないのが怖いところだ。


「きょーま、着いたよ。ここ、だよね?」

「うん? ああそうだな、連絡にあった所はここで間違いない――はず。つーか、これ」

 居住スペースと思われる場所にはたどり着いたのだが、ちょっと、いや、かなり問題があった。

「ましろのやつ、ずいぶんと豪快にやってくれちゃったなぁ」

 分厚い金属の扉があったのだけれど、綺麗にスッパリと引き裂かれてボロボロに崩されていたのだ。

 機巧獣であるましろには、当然それ相応の武器が備わっている。鋭利な爪や牙が最たる物であるが、ここまで切れ味が良い物なんだなぁと今さらながら感じる。爪とぎとかどうしているんだろ。うちに居る時は俺が用意したコアメタル製の巨大なプレートでやっていたみたいだけど。


 残骸を踏み締めながら奥に進むと、なにやら奇妙な音が聴こえてきた。


「ふふーん、あわあわ、ゴシゴシッ、ましろちゃんの肌ってキラッキラだよね~。それに牙も輝いていていいなぁー、欲しいなぁ……一本ちょうだい? マスターが喜ぶからさ~」

『わ、わふ。そんなに褒めても。ああでも、一本くらいなら! 体を洗ってもらっちゃって悪いし……』

 別に一本抜いたところですぐに生えるんだよね。アリアと一緒に寝ている時に折られてしまった物も翌日には綺麗に生え揃っていたくらいだし。ま、アリアの寝相が悪すぎる件は置いておくとして。


「おーい、ましろー? ご主人様が迎えに来ましたよーっと」

 ここで音のする部屋に突撃するほど俺は野暮ではない。ましろの他に声が聴こえたので、もう一人、たぶんベルというアリアの妹が居るに違いないからだ。内容からして入浴中なのにいきなり扉を開けたりは絶対しない。俺はね。

「ベル、ここにいるの」

 ガラッ、と。水の音がしていた部屋の扉を開け放つアリア。


「――――――――え?」

『あ、ご主人。久しぶりー、元気してた?』


 予想通りというかなんというか。

 そこには一糸纏わぬ少女と獣の姿があった。


「責任、取ってよね」

 水場から居間にあたる所へ移動した俺たちはベルと呼ばれる少女に正座させられていた。

「や、俺が開けたわけじゃなくてですね? ほら、アリアからもなんか言ってくれよ」

「ましろ、少し大きくなった? なんだか体重も増えたような」

『わふ! 毎日お肉食べてるからねっ!! でも、野菜が不足しがちでちょっとお肌が荒れ気味なの』

 ましろは元から野菜を食べなかったような。しかもお肌って。カッチカチの硬質金属なんですが。


「はぁ。根暗女が帰って来たと思ったら――なに、こいつ。誰なんだよ。謝りもしないしさぁ、舐めてんの? ぶっ潰すよ?」

 ベルは冷たい眼差しで俺のことを品定めする。うむむ、言葉遣いが荒い子だ。でもその視線は嫌いじゃないよ。なんだかゾクゾクする……。

「やってみれば。ベルじゃ、勝てないから」

「なに言ってんの。ついに頭までおかしくなったのかよ根暗女。私が人間なんかに負けるわけないじゃん。あーはいはい、だったらやってやるよ! 立ちな、口も利けなくしてやる。うぉりゃーーーッ!!」

 売り言葉に買い言葉とはこのことだろう。まったく、アリアも大人気ないなぁ。


 俺がこの程度の攻撃を避けられないとでも?


「んなッ!?」

「ベルちゃん、女の子が乱暴をするもんじゃありません。ったく、ましろにも同じことしただろ。拳が傷付いてるじゃないか」

 瞬きの内に立ち上がり、ベルが突き出した小さな鉄拳を横目に彼女の背後へと回る。

「ちょ、なにをして……!?」

「え? 傷薬を塗っているだけだよ。まぁ、機巧人形用に調整した再生促進剤だけれどね。他に痛い所はないかい」

 空を切った右手は骨格こそ再生しきっているが、表面の皮膚までは直っていなかった。俺はそこへストレージより取り出した物を塗布し、修復を手助けしてやる。

「あ……傷が直っていく。なんで、あれ」

 おや? ベルの体が傾いているような気がするんだが。もしかして。

「ちょっと痛覚を遮断できるか?」

「ほぇ。あ、うん。待って…………切ったよ」

 俺はベルの右腕を抱えるようにして掴み、空いている手で彼女の体を支えながら――


 ッ、ガッコン。パチ、バチバチンッッッ!!!!


「うぐ……い、ぁ」

「ごめん、痛みを感じなくても衝撃があったみたいだ。でも、これでもう大丈夫だろ」

 何をしたかは不明だが、ベルの右肩はジョイント部分がズレてしまい脱臼寸前だったのだ。そのままにしておくと変な状態で固定されて直すのに大変な労力がかかるからね。機巧人形はパーツ単位の修復は可能でも、直った部品を元の位置に戻すのは得意としていない。本来なら自分でやるべきなんだけど、ベルはそこらへんの知識が不足していたのだろう。普通は肩が外れるなんてこと、中々ないからね。


「きょーま、ありがとう」

「うん? べつにいいよ、お礼なんて。アリアの妹だし、助けるのは当然のことだって」

 いくら性格の悪い子だといっても、大事なアリアの家族だ。見て見ぬフリはできないさ。


「ひ、ふぅ――――あいたたた、痛覚を戻したらわりと軋む……くくく、これが狙いか」

 言いがかりも甚だしい。なんならもう一回外すか? 人間ベースである以上、医学の知識をもってすれば簡単なことなんだぞ。ほら、そしたら今度は左肩を……。

「みぎゃー!! ごめんなさい、許して、助けてお姉ちゃ~んっ」

「悪ふざけ、駄目。きょーま、ベルのこと離してあげて」

 参った。本気でやるつもりはなかったのに、ベルのやつが泣き出してしまったのだ。


「すみませんでした、二度と逆らいません」

 アリアに縋り付いているベルが涙目で震えながら俺のことを見てくる。あれ、どうしてこうなった。

「だから、言ったでしょ。きょーまには、勝てない、って」

「あう、でもでも~。こいつ人間なのに、どうして力が強いんだよ。右腕、調子良くなったけどさ」

「そこまで力は入れてないんだけどな。支点と力点さえ理解してれば外れた肩くらいどうってことないだろ。うちの学校の生徒たちだって、やんちゃな子が多いせいか時々やるしね」

 人間相手の場合は骨の周りにある筋や腱を傷付けないように注意が必要だが、修復の容易な機巧人形なら適当に入れてしまって問題ないのだ。位置さえ合っていればね。

「? よくわかんないけど、まぁいいや。ところで、あなたは誰なの。どうして根暗女と一緒にいるのさ」

「てこの原理から説明した方がよかったかな……ええと、俺は奏響真。それで――根暗女ってのはアリアのことか? あのさ、自分の姉に向かって失礼じゃないかな。先生はどういう教育しているんだ」

「気にしないで。ベルから見たら、正しいと思う、ので」

「まったくだよ! アリアはほんとーに暗いもんね。一緒にいるとこっちまでどんよりしちゃう! もっと楽しく生きればいいのにさッ」

 なんとも対照的な姉妹だ。このテンションの高さを十分の一でもアリアにくれたりはできないだろうか。いやまぁ、寡黙な方が俺としては楽だけどさ。これでも意思の疎通はとれているのだ。それでいいじゃないか。うんうん、おしゃべりなアリアもちょっと見てみたい気も……あ、一時期なってたか。アレは失敗だと思うので記憶の片隅に追いやっておく。

「………………」

「アリア。俺は君の全てを受け入れるよ。だから、無理をしなくてもいい。そのままの君でいてくれ」

 この子にとってはこれが普通なんだ。変える必要はない。個性は大事にしないとね。

「ん。わかった」

 はからずもベルの言葉で落ち込んでいたアリアであったが、髪を梳くように撫でてやると目を細めて気持ち良さそうにしていた。俺に出来ることは少ない。でも、彼女のことは一生大事にすると決めているのだ。共に歩む者として。

「あれれ? なんで人間なんかに絆されているのさ。マスターの言葉を忘れちゃったの、アリア」

 だが、そんな俺たちをベルは非難する。先ほどまで笑顔を振りまいていた愛嬌たっぷりの瞳をスッと、それこそ心まで凍えそうな冷たいモノへと変え、アリアだけを見つめた。まるで、俺がここに居ないかのように。

「忘れていない。ママは、人間を敵だと、」

「……ママ?」

 あ、これヤバい雰囲気だ! 絶対面倒なことになる!


「ベル。先に言っておく――私のマスターは、奏響真、ただひとりだと。他の誰でもない、彼こそが、私の愛するご主人様なの」


 と。アリアは俺の手を握り、堂々と言ってのける。

 真っ直ぐに、ベルのことを見据えながら。


「きょーま、ごめん。私は嘘をつきたくなかった。ベルにも、ちゃんと知ってもらいたかったの」

 状況を理解している上での言葉だと、彼女はそう言いたいらしい。

「うん。本音で語るのは大切だよね、俺もそれが正解だと思う。ただ、愛するご主人様って……」

 愛とはなんであろうか。好きと嫌いの違いならわかるが、また異なる感情であることだけは理解できる。

「一緒に笑って、一緒に泣いて、同じごはんを食べて――時にはケンカしたっていい。常に仲良しである必要はなく、困難が訪れた瞬間に共に立ち向かうことができ、お互いがお互いを思いやれるのなら、それは愛だ」

 ふむ。だったら俺もアリアを……この感情の名前が愛であると断言できるかな。

 彼女とは、出逢った時から相思相愛ってやつみたいだ。

「って、ドラマで言ってた」

「え、あ、ああ! ドラマの話ね。なんだ、俺はてっきり」

 恥ずかしっ、勘違いしちゃったじゃんか。

「? 私がきょーまを愛しているのは、ほんとだよ。頼りなくて、すぐに約束を破るけど。そんなどうしようもないところすら全部含めて、奏響真という人間を私は――」

「……っ」

 まさかアリアに愛を囁かれるとは思わなかった。勘違いではない。受け売りの言葉だとしても、心が認めたのなら真実になる。


「裏切り者」


 たった一言。

 ベルは小さな声で呟き、背を向けた。

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