81 仕様上の制限
「マジックボックス。その名の通り、魔法のように箱と箱を繋ぐシステムでしたよね」
「よく憶えてたなシエル。俺はもはや名前なんて忘れていたぞ。今回先生が住んでいるのは都合のいいことに洞窟っていう閉ざされた空間の中だしな。簡単に繋げることができるんだ」
座標さえわかっていれば世界中どこへでも行けるのがマジックボックスシステムなのである。ただ、心ない奴にバレたら確実に悪用されること必至の危険なデバイスなんだよな実際には。だって、銀行の金庫の中にも入り放題なんだぜ? 俺はやらないけど、金に困っている人だったら迷わず実行するだろ。最近は金庫内にも防犯カメラが仕掛けられているとはいえ、顔を覆面なんかで隠していたら意味がないって話だよなぁ。まあ分厚い扉を無視して入ってくるなんて予想外にも程があるか。
「先生……懲りずに地下暮らしをしているんですね。なんで自ら暗い所に住みたがるのか理解に苦しみます」
え。シエルがそれ言っちゃう? 君だって同じようなものだぞ、なーんて口にしたら喧嘩になりますねわかっているよ。もしかするとシエルの閉所好きは先生からきているのかもな。地下の洞窟なんて、それこそ狭いんだろうし。部屋と呼べるものがあるのかすら怪しいところだ。
「あはは……。とにかく、これを使って目的地まで移動しようと思っている。そうすりゃ途中で戦いに巻き込まれたりしないからね」
「ですねぇ。世界の裏側まで一瞬でひとっ飛びとか、わりと頭のおかしい考えですが、キョーマですから許します。それで、いつ行きます? 何を着ましょうか、向こうの季節はどうなっているのか」
「うん? シエルは連れて行かないよ」
「え? ……え、なんで」
「疑問に答えるなら、危ないからだ。ましろから聞いた話では、向こうは戦時中だとさ。だから、一緒には行けない」
だったら、
「ったく、君はいつも言葉が足りないんだよ響真くん。安心しろシエルくん、彼はきっとその先生とやらをここへ連れて来る気なんだろう。話をするのなら、なにも向こうに君が行く必要はないんだ。用がある人物とシエルくんが対面する状況なら、場所はどこだって同じ……そうだろ響真くん」
私の聞きたかった、知りたかったことを的確に緋華さんは言葉にしていく。彼女にだけは勝てない、素直にそう思う。奏響真に関しては燈緋華が一番詳しいのだ。残念ながら、共に過ごした時間が違いすぎた。これからもその差は埋まらない、永遠に。
「はい。あとは少々厄介事になっているので、すぐに会える保証がないのも大きな要因ですね。これについては俺と――アリアが適任か。二人でなら解決できる事なので問題ありません」
「厄介事って。あ、戦時中だから……」
「そうだ。先生は国に従事している状態で、終わるまでは帰れない。ついでに言えば、俺たちが行かないと先生が大変なことになる」
「負け戦に、巻き込まれている。のですね、先生は」
「ああ。滅びゆく国家と共に、命が消え去るまで付き合えだとさ。賢明な先生のことだから、最後は自力で逃げ出すにしても、助けがあった方がいいと思うんだ。俺はどこまでやれるか不明だが、アリアがいれば百人力だろ」
「ん。私も久しぶりにママに会いたいから、きょーまの願いは聞き届ける。敵は全て、ぶっ潰すの」
本気で全部一人で片付けてしまいそうなところが怖ろしい。アリアってば、こと戦闘に関しては鬼のように強いからなぁ。災厄の象徴として語られるだけはあるか。
「でしたら、私は行けませんね。確実に邪魔になります、力になれず申し訳ありません」
「謝る必要はないだろ。俺だって無理はしない予定だ。先生を見つけたら速攻で連れて逃げる気だし、なんの思いもない国に力を貸す義理もないからね」
どうせ壊れかけの国だ。なんなら俺が終止符を打ってもいい。先生の反感は買うかもだが、知ったことか。未練があるから縋るのだ、全てが消え去れば――いつか忘れるだろうさ。
「本当ですね? 首ちょんぱされて、アリアが生首を抱えて戻って来るとかはナシですよ?」
「シエル、その時は、ちゃんと胴体も回収するから、安心して」
「おい、なんで首が飛ぶ前提なのさ」
酷いな二人して。冗談で済めばいいのだが……正直に言えば不安である。俺自身、戦争状態の危険な国になんか行きたくはない。しかしながら、先生がピンチなので行くほかないのが現状だ。命の恩人を見捨てるほど心が荒んだ覚えはないからね。シエルと先生が笑顔で再会するのがベスト、目指すべき目標になる。
「ドアは廃屋地帯に置くことにする」
準備を整えた俺は出掛けに玄関にて情報を残すことにした。
「ふむ、それはまたどうしてだい」
「今回の場合、設置したドアのそばを離れることになると思うんだけど、向こうから勝手にドアを使う奴がいるかもしれないからだよ。一応セーフティが付いているとはいえ、機械に詳しい人だったら解除できちゃうからね。だから――向こうに着いたら、いったんドアを破壊する。それによって下手するとこっち側のマジックボックスに指定した空間が同期して壊れる可能性も否めないんだ。廃屋地帯の家なら無人だし被害は出ないと思ってさ」
仮に家屋が爆散したとしても、周りにあるのは元々壊れてもいい物だらけなのだ。問題ないだろ?
まぁ、空間そのものが無事に残るんだという確証がないからこその安全性を最大限考えた結果なのである。ドアの現出先からだと座標軸などの設定を弄れない仕様にしてしまったせいで、こうもややこしくなっているのは不徳の致すところってやつだ。
「なるほどな。繋ぐ距離が果てしなく遠い分、稼動している時のエネルギーがどうなるのかわからないというのもあるか。捻じ曲がった空間が暴走したりはしないのかい?」
「大丈夫、そこは考えてある。向こう側から接続を切りつつドアだけを」
「難しいことしてるッスねぇ……こっちからボタン一つで接続破棄とかできないんスか?」
と、俺たちが打ち合わせをしているところにリンネがヒントをもたらしてくれる。
「! ナイスアイディアだリンネ。オッケー、一緒に廃屋地帯まで来てくれ。報酬は出す」
考えが及ばなかった。簡単なことだ、稼動元の方からドアの設定を消せば空間短縮は途切れる。
「あーい。了解ッス~、金貨一枚で承りまース」
ごめん、単位がわからねぇ。金で表すのならせめてグラム数かゴールドで言ってくれ。ちなみに十ゴールドなら十グラムの金というように取引されている。ゴールドとは最近新たな硬貨として流通し始めた物だ。物価の上昇が止まらなくなり、紙幣はともかく昔からの硬貨はゴミ同然にしかならなくなっている。三種類あったお札も一番上の物だけしか使えないのが現状だ。
とりあえず百ゴールドの硬貨、まぁ金貨ではあるし一枚には変わりないソレをリンネが出した手の上に乗せてみた。
「…………えっと、危険手当付きなんデスかね。あばば、何をやらされるんスか私!?」
「あれ、足りない? 一番金貨っぽいのを出したんだけれど」
これより上だとメダルみたいのやら、俺が使う金塊とかになってしまう。かといって十ゴールドは小さいし、一ゴールドなんかペラペラだもんな。金は柔らかいので小さくなると簡単に崩れてしまうのだ。持ち歩くならこれくらいはないとね。ポーチの中なら関係ないってツッコミはナシだぜ。
「や、多いくらいッス。おっと、返しませんよ! 契約成立ッス、はい行きましょー」
そうか、百は多いのか。勉強になった、というか見本として自前の金塊から製作してもらった物なので価値がまだ理解できていないのである。たしか、一万ゴールド硬貨もポーチの中に入ってるよ。先に言った通り、硬貨なのか怪しい大きさだけどね。コレ、円形に整えた金塊だって。
「じゃあ、行ってくるね。お土産は何がいいかな」
「無事に帰ってきてください。私には、キョーマさえいれば他に何もいりませんから」
「お、おう。わかった」
茶化したつもりが真剣な返事を貰ってしまった。シエルの願い、叶えないとな。
「私は向こうで採掘される特殊な金属があれば、少量でいいから欲しいかも。響真くん、期待しているぞ」
「はーい。現地の人に聞いて探してみますね」
師匠はいつも通りだな。洞窟の周辺を掘ってみるか?
沙耶と母さんはなにも言わない。
俺が帰ってくるのを信じているのだ、なんてわけでもなく。
たんに通信用デバイスで離れていても連絡が可能なので心配してないだけってやつでした。
何日も家を空けるわけじゃないってのもあるか。無理だろうけど、可能なら日帰りしたいところである。
「よし、リンネ――俺たちが通った後に扉が閉じたら、そのピンを引き抜いてくれ」
廃屋地帯の一番ボロい家屋にドアを設置して、仕掛けを作る。
「これッスか? え、こんな簡単なことに金貨一枚!? マスター、こいつを抜いた瞬間に爆発したりは」
「しないしない。ピンを抜いた後、君は扉が崩壊するのを見届けるだけでいいんだ。もし、形が残っていたりした場合は粉々に砕いてくれるとありがたい」
外枠だけならまだしも、システムの搭載されている部分が残るのが一番マズイのだ。爆散させるより、こうして誰かに力を借りた方が確実である。
「りょ、了解ッス。ドキドキ」
大丈夫かなぁ。ウサリーネさんだし平気かな!
「アリア、覚悟はいいか…………じゃねぇ、準備はいいか? お菓子の貯蔵は十分そうだけど、足りる?」
こうしている今もムグムグと口の中で何かを噛んでいた。
「あむあむ、ごっくん。平気。この前、駄菓子屋さんを一軒、空にしてきたから」
「ふはは、黒猫ちゃんってマスターにそっくりッスね! お金の使い方が豪快ッスよ!!」
えっと、うん。否定できないかも。
「む。駄菓子屋って、ガムは買ってないだろうな」
「だいじょぶ、知ってるよ。合成樹脂だから、消化できないんでしょ。そんなの、常識」
「飲み込む前提の常識を語られても困る。本来は味わった後に紙に包んで捨てる物なんだからね?」
「え」
「おーっとリンネさん。君は帰ったらオーバーホールだ、胃の洗浄をしてもらえ」
リンネはガムを噛んだ後に飲み込んでいたようだ。人間は、その……最終的に出てくるのであまり問題はないんだけど、機巧人形は別なのである。食べた物は完全消化しない限り、体外へと排出されない仕様をしている。
これまでにいくつ食べたかは不明ではある。しかしながら管が詰まってからでは遅い。早期に判明してよかったな。
「あうぅ。助かりますよね私……」
「どうだろ、手遅れかもね」
「ガーンッ」
「冗談も、ほどほどに。でも、詰まったら、大変。口から、消化液が溢れてきて――頭の下が、ドロドロになる、よ」
「うわぁぁあん! 早く行けッスよマスター、私はすぐさま帰るッスぅーーー!?」
「あっはっは。わかったよ、行ってくる。あとは頼んだぜ、リンネ」
カチンッ、キリキリ、ガチャリ。
ドアノブを回すと、世界の端と端が繋がる。
ましろから受け取った座標データの場所へ、出口となる扉が現出され――。
「えいっ。プチっとな」
パチンッと小気味のいい音を響かせ、マジックボックスの仕掛けが作動する。
「うぉおお。バラバラになったッス! ……うん、ちゃんと駆動部も壊れていますね。これなら問題ないでしょう。マスター、帰ってくるのをお待ちしております」
そうしてリンネは引き返した。家へと駆け足で。それはもう必死の形相で。
「ぐすん、黒猫ちゃんがタダでくれるっていうから頂いたガム――全部食べちゃいましたぁ」
実のところアリアは駄菓子屋にてガムも当然ながら購入していたのだ。ただし、消化されないと後から知ったため、処分に困り現在に至る。その際に説明するのを忘れたのか、わざと言わなかったのかは定かではない。
味わった後のガムは紙に包んでゴミ箱へ。間違っても飲み込んだり、道端に吐き捨てたら駄目だからね!




