73 レッドクリムゾン
「ふ、二人きりになってしまったな! あ、う。その、えーっと」
なんでそんなに緊張してるのかな。まさか俺に襲われるとでも思っているのだろうか。まぁ、その想像は大当たりなんだけれども。
「師匠、ちょっとジッとしていてくださいね」
「ひゃい!」
顔に手を近付けたら目をつぶって肩を震わせていた。頬を朱に染めながら何かを待つように――
「はい。もういいですよ」
必要な物は手に入った。あとは俺の頑張り次第だ。
「ッ……え!? はれ……しないの、か?」
なにをだ。ちゃんと回収はしたぞ? つむじ辺りから頭髪を数本、遺伝子サンプルとして根元からプチプチっと。
「むぅ。なんか痛いと思ったら……君にはそんな趣味があったのかい? まったく、ハゲたらどうする。突拍子もないことをするんじゃない」
「はは。いきなり、あなたの髪が欲しいです、なんて言えないですし。あと、毛髪を愛でる趣味はさすがに持ち合わせていません。これは使うから採取しただけであって」
「使う? 女性の髪を、何に使うって!?」
あれ、師匠が後退っていく。別に変なことに使ったりしないのに、勘違いしないでもらいたいね。さて、何本かは保存用にとっておくか。
「……面倒なので先に進めますね。ちなみに髪自体というより重要なのはこっちなんで」
赤い毛髪の根元、毛根ともいうべき場所に付着している細胞を、
『バリアブルモード、起動』
イグニスにてストレージに保存。そのまま分解して検査を開始する。
『構成材質、解明』
ここまでは通常通りだ。問題なのは、次。
『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』
おいおい。もしかして、これって……
『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』
やっぱり駄目か。ええい、再トライだ!
『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』『エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』『エラー、エラー、エラー…………エラー。情報が劣化しているため読み取れませんでした』
何度試そうとも無情にも情報の読み取りに失敗したというアナウンスが流れてしまう。
だが、それでも諦めずに採取した毛髪をチェックしていくと、
『コンプリート。人体構成用データを取得しました』
最後の一本が反応を示し、同時に俺は今日までの事を悔いることになる。
とてもじゃないが、これはもう…………いや、諦めるのはまだ早い。一つだけ方法は残されている!
「き、響真くん? 君はいったい何を」
「エクステンド。レッドクリムゾンをエネルギー炉に直結……拡張成功。エネルギーブースト、クロックアップ」
一時的にモードを切り替え、賢者の石を機械仕掛けの心臓に在る電力生成炉へと組み込んだ。PETデバイス以外を拡張機能として獲得できるか不安ではあったが、難なく第一の関門はクリアできたようだ。ただの鉱石である単一素材であろうとも、そこに何かしらの機能が付加されているのなら吸収可能なのか。
『エクステンドモード、起動。個体名、レッドクリムゾンをインストール………………コンプリート。バリアブルコードが更新されました。内部電流増大、稼動周波数を上昇――リミットまで残り三十秒』
可変用プログラムは数日の内に二度もアップデートを重ねている。どうやら上書きというより追加式のようで元からある物まで消えたりはしないみたいだ。
『ストレージより医療用PETデバイス、メディカルガジェット/バージョン7をコアメモリへエクステンドします。インストール開始…………コンプリート。リカバリーモードにリストア機能が追加されました』
コアメモリ。やはりというか、機械仕掛けの心臓の中にはエクステンドモード専用の拡張機能保存領域があるのか。いくつまで追加できるのか、容量はどれほどのものなのか、興味はあるけど今はそれどころじゃない。
バリアブルモードとリカバリーモードを多重起動。
体の内側から痺れるような電流を賢者の石へ流し、熱へと変換。ブラストカートリッジに排出。
『続いて取得済の人体構成データを展開。リストアします…………破損箇所、特定…………欠落部分、再構築……失敗。リトライ……リトライ……リトライ……成功。リストア、オールコンプリート』
これを、あとは、うぐッ……あぁ、うあああああああ!!!!!!
『ブースト、オフ。クロックダウン。余剰エネルギーをストレージに収容します』
「ッづ、うぁ、痛ってぇ!!」
脳内の思考回路が焼け切れるかと思った。賢者の石を使って無理やり処理能力を底上げしたせいで熱や電流が体内に漏れ出していたようだ。しかし、この程度なら問題はない。
「どうした響真くん!? 急に倒れたりして……おい、聞いているのか!」
「し、ししょー。失礼します」
「え? ……んぅ」
俺は最後の仕上げをするために、燈緋華の体液を採取する。
『リストアデータと比較中…………コンプリート。バックアップゲノムが完成しました』
「ぷはっ! や、ちょ、いきなり何してるのさ!?」
「すみません。もう少しだけ――バリアブルエクステンド」
機能拡張用に吸収した賢者の石、レッドクリムゾンを分解。そして、新たなる物に再構築する。
『プライマルコアにバックアップゲノムをインストール……』
「んぅーーーーー!? ……ごく、ンッ」
完成した赤熱を帯びる石を噛み砕き、喉奥へと流し込んだ。
「えほ……な、なにを飲ませたの」
「説明するのも難しいけど、簡単に言うなら――不死の妙薬?」
思い当たる言葉がなく思わず疑問形で答えてしまった。し、しかたないだろう……色々と焦っていたんだから!
内蔵機関を通常モードに移行し、俺は師匠に事情を説明する。
実はわりと緊急事態だったことも含めて、言い訳を交えながら。
「……なんだ、気付いていたのか」
怒られるかもと思ったが、そんな予想とは裏腹に師匠は未だに赤い顔を俯かせるだけだ。
「君の言う通り、私の体はもう限界を迎えていた。自分のことだ、理解していたさ。だからこそ、遺作のつもりで『彼』を完成させたんだけれどね。思惑通りにいかず君に怪我をさせるわ最終的にバラバラになるまで破壊されるわで散々な結果に終わってしまったのは残念だった」
本当なら師匠の髪をゲットするだけで、残りの治療法などは家に帰ってから色々と試しつつ考えるつもりだったのだ。しかし、データを取り込んですぐにそれは判明する。
彼女の余命が幾許もないことが。
これでも医師免許を取得するくらいには知識を得ている。なおかつ、遺伝子に異常をきたしている人間がどのような末路を辿るかも知っている。特に燈緋華が発症しているものについては、治す方法が存在しないってこともな。
「無遠慮な振る舞いは俺も気が動転していたので謝ります。でも、なんで話してくれなかったんですか。知っていればもっと早くに」
「どうにもならないから言えなかったんじゃないか! 君に生きながら体が朽ちていく気持ちがわかるのかい!? 理解すらできないだろうね、恵まれた物を与えられた君にはさ」
「……そう、ですね。今日まで解決策を考えもしなかったのは事実です。たしかに軽率な発言でした」
無理だと決め付けて抗おうと、常識を覆す努力を俺はしてこなかった。まだまだ先のことだと思い、体裁を気にして行動していた。
「いい。お互いさまだ…………それで? この先、私はどうなる」
「最初に考えていたのは、人体全てをイグニスに追加された機能を使って再構築するという方法でした。悪い部分だけ書き換えてね。そのために賢者の石が欲しかったというのが本音です」
無ければ無いでもよかった。バリアブルモードを駆使して同じ機能を持った物を作り出すこともきっと出来たはずだからな。まあ、そもそも当人に相談すれば済んだ話である。かなり迂遠な行為だったと
今では思っているよ。
「でも、俺が予想していたよりも師匠の遺伝子が劣化していて……次案であるデバイス治療になりました」
師匠に飲ませたプライマルコアという物質、それは彼女を構成する要素を元の劣化した物ではなく、壊れた部分を正常値にまで修復するデータを詰めて、時間をかけ、完全な状態へと転化する――極小の機械群、ナノマシンだった。
久美子さんの父親が飲まされたという病巣を喰らう物、それを元に考え出した方法になる。
「砕いたプライマルコアは体内にとどまり、数年かけてあなたの細胞を書き換え、いつかは劣化現象も完治するはずです」
残念ながら即効性は期待できない。あくまで新しい細胞が生まれる場合に、それがキチンとした正常な物になるだけなのだ。人間の体が一片も残らず置き換わるのは代謝量にもよるが年単位のものになる。それは誰であろうと例外はない。というか、元々劣化という代謝機能が過剰だったのだから予定より早い可能性すらある。こればっかりは経過観察が必要になるだろう。とりあえず危険はないと思われるが、仮にもし問題があれば取り除くことも視野に入れておこう。
「あとは口内の粘膜を通して俺の方からも出来る限り修復しておいたので――」
リカバリーは自身の体内だけでなく、それと連結している者の所まで及ぶ。出力の問題で効果は弱くてもやらないよりはマシってやつだ。
「ぎゃーッ! それ以上言うな、恥ずかしくて死んでしまう……」
たんたんと己のした行為を語っていたら師匠が髪色と見分けがつかないほど顔を真っ赤にして騒ぎ出す。
「ずっと子供だ子供だと思っていたのに、あんな……ふへ、激しいものを、ははは! なんだこれ、体がムズムズするんだけど!?」
「言い忘れてました。細胞が新しくなる度に痛覚に刺激があるんだけど、一気に治した分は……ね? 我慢してください。たぶん今日一日はそんな感じかと思います」
「あっはっは! マジか。すごくこそばゆいんだが、何とかならんかね」
「無理。大人しく寝ていれば明日には治まっていますって」
俺がきっぱりとそう断ると、彼女は笑いながら絶望するのであった。
「……ひ、はふぅ……むにゃむにゃ」
「結構疲れた。人って意識がないと体が小柄でも重く感じるもんなんだなぁ」
あの後、笑いすぎて失神するという困ったことになったため、イクスブラッドに放置しておくわけにもいかず抱き上げて家まで連れて来たのである。
もちろん俺の家に、だ。この状態で一人にするのは心配だしさ。
「大丈夫ですか緋華さんは。顔が引きつっていますけれど」
シエルが燈緋華の寝顔を眺めて感想を口にする。笑いすぎただけだし、大丈夫だろ。口元で唾液の洪水が起きているのが問題ではあるが。俺の枕……。
「ありがとうございますキョーマ。友達を助けていただいて」
「シエルが礼を言う必要はないよ、俺にとっても彼女は大切な人だからね。それに助けるためとか言いつつ色々と過激なことをしちゃったわけだし――って、シエル顔が怖い! おぉ、フライパンなんてどこから出した!?」
「知りませんッ! まったく、キョーマはほんとうにキョーマなんですから!!」
なにその哲学的な言葉!? 俺という概念が俺を構成している、ということか?
あっ、やめ、フライパンが凹んでいく……わー、俺の骨格は鉄にも負けないんだね! 痛いけども!
「バカなことしてないでこっち来るッスよマスター。妹ちゃんが呼んでまス」
調理器具とケンカしていたらリンネが開いている扉をノックしつつ用件を伝えてきた。
「いてて……。わかった、すぐに行く。シエルは師匠のことを見ててくれ、あとのことは君に任せる」
「あっはい。キョーマは、沙耶さんと何の話を?」
「ちょっとな。沙耶はあれでも医療用の機能を持っているからさ」
帰宅した時点で沙耶には師匠の体をスキャンしてもらっていた。どの程度快方に向かっているのかは、残念ながら俺では判断ができないのだ。細胞の動き、その全てを把握可能なほど人間の処理能力は高くないからな。
「そうですか。では緋華さんのことは私がちゃんと見ていますね」
シエルがいれば何があっても安心だな。君ほど信頼のおける人物を俺は知らないくらいだ。
階段を降りて玄関の方へ行くと、廊下で沙耶が座り込んでいた。
「ああ、お兄ちゃん、結果が出たよ」
隣に座り、処理能力の大半を思考に割いていた妹の頭を撫でてやる。
「ご苦労さま。無理をさせて悪かったな沙耶」
いくら機巧人形といえども自律稼動システムを維持する必要がある以上、負荷がかかるような計算をさせればこうなるか。申し訳ないが必要な作業だったのだ、許してくれ妹よ。
「えへへ。ご褒美もらっちゃった」
気持ち良さそうに目を細める表情はとても機械仕掛けだとは思えない。まるで本当の妹のようだ。
「……どうだった、その、燈緋華の容体は」
「うん、問題はないと判断しています。数日で完治というわけにはいかないのでしょうが、少なくとも緊急を要する事態ではないかと。ただ」
沙耶はそこで言葉を濁す。言い難い事実を伝えるべきか迷っているようだ。かまわない、続けてくれ。
「わかりました。燈緋華の健康状態は改善されています。しかしながら、現在までに形成された人体構造までは変化しないと思われます。要約すると――ずっとロリっ子?」
な、なんだってー。予想はしていたけれども。
「なるほど……年齢的にすでに成長期が過ぎてしまっていたってことか」
詳しく聞いたことはないんだけど、俺よりひとまわりはお姉さんだったはずだ。この事実を知ったら、きっと彼女はショックを受けるだろう。
「はい。今のところは後遺症のようなものとして受け入れるほかありません。ですが懸念されていた寿命の方は確実に延びているはずですよ。そこは保証いたします。いいじゃないですか、伴侶がいつまでも若いままだなんて。男の人は皆、若くて綺麗な女性を好むと言いますし」
否定はしないよ、なんたって俺も若いしね。でも、欲を言えば一緒に歳を重ねたいとも思っている。
見た目だけで好きになったわけではないのだ。師匠、燈緋華の内面に惹かれているからこそ――
「あーはいはい。そこらへんの事はまた今度な。妹は大人しく俺に運ばれるように」
「まだ途中なのにぃ。……ふははは。全自動輸送機が通るぜ」
話をはぐらかすように沙耶を抱き上げると、ちょっとテンション高めな声ではしゃいでいた。
冗談を言えるくらいにはシステム的余裕があると思いきや、動きがカクカクとぎこちない状態になっていた。不具合に本人が気付いていないのも不安だし、聞きたかったことも把握したので部屋に戻しておく。
「というわけで、明日の朝は起こしに来なくていいからゆっくり寝てろ」
「ほーい。一晩充電すれば直ると思われる~、思います? あれ、何を言っているんだ私は。ついに第二の人格が目覚めて……!?」
あ、これいつも通りだ。心配する必要ないな!
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
充電用のケーブルを沙耶のコネクタに挿すと眠るように目を閉じて静かになった。
彼女たちも、人間と同じように夢を見るのだろうか。それとも。
「さて……俺はここで休むか」
リビングに行くと誰もいなかった。母さんやアリアはもう寝ているとして、リンネも今頃は部屋に戻っているだろう。
「シエルは寝床があるし大丈夫かな。もはや毎日だもんなぁクローゼットの中に潜んでいるのって。何がそんなに気に入ったのやら」
夜は俺が寝てから侵入し、朝は気付かぬ間に消えている。姿は見えずとも、俺にはわかるのだ。
残り香を追えばバッチリね! 最近、服にシエルの匂いを感じる機会が増えている。布団代わりにでも使っているのかな。
ソファの上で横になり、左手にイグニスを装着する。
「師匠によるとコレと賢者の石は厳密には違わないんだったよな」
手に持つのは淡い青色の光を宿す小さな塊。
鉱石名、プライマルコア。機械仕掛けの心臓に内包されている、機巧人形たちの命ともいうべき代物。その正体は与えられた命令を忠実に実行する極小の機械群だ。俺の中にも在る、人間を模倣する、ただそれだけを延々と繰り返し続ける憐れな存在。ブラックチェイサーに搭載されていた物も原理は一緒だ。機巧人形と機巧獣は器の見た目が違うだけにすぎない。この石は主が誰であろうと定義を満たすため活動する。しかしながら燈緋華に飲ませた物は少し違う。あれは賢者の石から再構築したために情報が初期化されていた。そうでなければ遺伝子の書き換えをしていくなんて新規の命令は受け付けなかっただろう。プライマルコアは入れられた器が元々壊れていたならば、そんな不完全ささえ正常とみなし再現する。
「――――バリアブル」
レッドクリムゾンからプライマルコアに再構築できたのなら、逆に構築し直すことだって可能だ。
重要なのはそれが何によって構成されているのかを理解すること。けっしてどんな物でも創り出せる万能な業ではなくとも理屈さえわかってしまえば簡単だ。無から有を生み出すのではない。元からある物質の情報をちょっと書き換えるだけ。一を十にではなく、一は一として十は十のまま……法則を可変させる。
賢者の石は世界の真理へと至る道しるべ―ー
俺が知っているのはこの程度の知識だ。なにそれおいしいの状態である。
「こんな物を吸収したからって、急に頭がよくなるわけでもなかったか。当たり前っちゃあ、そうなんだが……」
透き通る石をかざし、起きた出来事を反芻する。
結果として燈緋華を救うことに成功した。それは沙耶にも確認してもらったから間違いではない。
しかしながら。
「上手くいきすぎて、どうしてか不安になるんだよなぁ。俺、明日になったら」
嫌な予感ほどよく当たるとは聞いたことがある。迷信を真に受けて畏れるのは心が弱い証拠だ。起ってもいない出来事から逃げるほど臆病者になったつもりはない。
「なんて、考えすぎか。にしても、また情報が消えているみたいだな。もしかして、元々はどっちもこれから創られているのか?」
プライマルコアを分解再構築して現出させると、何の反応も示さない無色のがらんどうになっていたのだ。命令を与えていないから、待機状態といったところなのかも。
『プライマルオリジン。原初の石と云われる星の中心部にのみ存在する鉱石になります。産出量、不明』
だとさ。答えてはいるが、俺の欲する知識ではない。相方が賢者様でしたってわけじゃないから、期待する方が間違っているんだけどね。
「第二案にして正解だったな。バリアブルモードで強引に分解なんてしていたら、再構築に失敗していたかもしれない。石に入っていたデータが消えるってことは、師匠の記憶も……」
病気が治り、この先の長い人生を生きる。延命には成功だ。しかし、そこに今までの彼女はいない。記憶を失ってしまえば、俺のことだって忘れるだろう? それじゃ駄目だ、納得できない。俺はデュークさんのように相手だけを想って行動できるほど大人じゃないんだ。子供のワガママだって言われても気にしない。自分勝手に生きると決めているからな。
「あ。人体は入らないんだったか」
思考の渦に飲み込まれそうになって思い出す。ポーチやトートバッグの中には人間が入れないことを。
生きている者は当然ながら、死者の骸さえも弾かれる。この現象はバリアブルモードにも関係してくるだろう。あれは分解した後に一度異空間を通過してから再構築という現出を行う。現状ではポケットとポーチがその異空間、ストレージとしてアクセス可能になっている場所だ。
「てことは、そもそも分解自体できなかったわけか……体の一部分なら入るのに、ほんと定義がわからん。髪も取り込めたしさ」
物の出し入れをする場合に手をポーチ内に入れる事がある。感覚としてはポーチの底面より深く行けることから、一部分というのがどこまでなのか、検証してみたいとも思う。
「……やめよ。吸い込まれて戻って来れませんでしたってなるのが目に見えてるし」
失敗を恐れるなとは言うが、それは誤りである。命を失ってまで試すのは浅はかだ。向こうとここでは時間の流れが違う。もし出てこれたとしても、こちら側の世界が滅んでいる可能性だってあるだろ。中では時間が止まっているのではなく、非常に、観測できないほどにゆっくりと進んでいると仮説している。調べる方法は存在しない。机上の空論だとしても。
手に持ったままだったプライマルオリジンをポケットにしまい、ソファの上で丸くなり目を閉じた。
石をレッドクリムゾンに変換するのは簡単だ。一度吸収した物の情報は全て理解しているのだから、賢者の石たりえるデータを入れてやればいい。ただ、デイジーや師匠に渡したエクスチェンジャーのように複製を作り出すことは無理だと思われる。石はそれ自体が単一の素材であり、他の物で代用がきかない。与えられた命令を実行するというのは素材の特性であり、機能ではないからだ。
人間を模倣する機能を持ったプライマルコア。
入力された物質を他の物質へと変換する機能を持ったレッドクリムゾン。
「どっちも原初の石に行き着く。けど、誰が」
あるいは元から存在しているのか。確認数の少ないレッドクリムゾンはともかく、プライマルコアについては――それこそ人間の数より多い。
戦争に、限りある命を持つ人間代わりとして、日々散っていく群青の灯火。
「……ステラ、ブリジット」
機巧人形を創り出した人であり、命の恩人でもある医者の先生。
燈緋華の命を救う鍵となった賢者の石は彼女と関係しているのか。何も知らない、なんてありえない話だろう。噂では機械仕掛けの心臓、その製法は彼女にしかわからないと云われている。
「会いに行くか。考えていてもしかたない、動かないと……後悔しないためにも」
顔は思い出せない。現在、何処にいるのかも不明だ。
だがそれでも。どうしようもなく、俺は知識を欲していた。今回は運よく必要なピースが揃っていただけのことだ。次に家族の誰かが、友達が、俺自身が窮地に陥った時、使える手段は多いに越したことはない。
運命は残酷で容赦をしてくれないだろう。
この世に神様なんて存在しない。――――を神とは認めてやるものか。
奏響真の意識は暗闇へ落ちていく。
『スリープモードへ移行します。おやすみなさい、マスター』
俺はもう、一人じゃない
ここで三部は終了です。内容的に四部と繋がっているので、ちゃんと続きます。
次回更新は来週、木曜日を予定しております。来年もまた、よろしくお願いします。




