72 賢者の石
「私はそろそろ行かねばならん。すまぬが退出させてもらうぞ」
赤毛のもふもふを楽しんでいると、デュークさんが乱れてしまっていた服装を整えながら部屋の出口へ向かって歩き出す。
「おいおい、逃げるのかよ司令官殿。これから奏が痛ましい記憶を語ってくれるっていうのにさぁ」
え? そんな話だったっけ! あんまり思い出したくないんだけど……それに痛みより喪失感のが強かったってくらいしか憶えてないぞ。実際、痛覚遮断してたせいもあって、わりと元気だったし? あ、でも。外に落下した時はかなりピンチだったな。結局、説明するにも無理がある現象で助かったわけだが。ポーチの中が不思議な空間でほんとに良かった。エネルギーそのものまで入れられるとは思わなかったけれど、取り出す時ってどうしたらいいんだろうか。出した瞬間に入っていた衝撃が襲ってきて死んだりしてね! いや、冗談ではなく。場所の指定が俺個人に固定されている可能性も考えておかねばなるまい。試すのは色々と準備してからだな。興味本位で突然死とかは勘弁だ。
「俺は事細かに喋るなんて言ってないからな? 勝手に期待してんじゃねぇよカズキ。デュークさんに絡みたいのはわかるが、人の事をひきあいに出さないでくれ。ちょっとは俺の気持ちを考えてほしいぜ、まったくさ」
「うぐ……すまん。今のはオレが悪かった。許してくれよぉ奏ぇ~」
縋り付かれても困る。俺は師匠を抱き締めるので手一杯なのです。君の相手はしていられませーん。
「ふむ。何か用事でもあるのかデューク?」
「いや、なに。たいした事ではないさ――ちょっと様子を見に、な」
デュークさんはきっと久美子さんの父親に会いに行くのだろう。憶えていなくとも、元気であるかを直接確かめたいといったところか。
そんな義父は俺の横を通り過ぎる際、小さくではあるが声をかけてきた。
よく生きて帰ってきた、我が息子よ。
「…………はい。父さん」
去り際に頭へ乗せられた手は、とても優しく、温かかった。
「さーて、邪魔者もいなくなったことだし説明会を始めまーす」
師匠は小さい体から声を張り上げ司会を務めるとのことだ。まぁ、内容は俺が語るんだけれどね。
「はいはい。しょうがないから話しますよっと」
逃げられないと悟り、俺はしぶしぶながらもポーチからある物を取り出す。
ガチャン、ゴトリッ。と、布袋に詰められていた金属塊を白い大理石でできた床に広げる。
「これは――?」
大小様々な大きさに割断された、ところどころが焼け焦げている黒い物体。
鋭利な刃物で刻まれた断面からはまだ潤滑液のような物が滴っていて、油臭さがあたりに漂った。
「お前、なんて物持ってきてるんだよ。奏……こいつは、あの猟犬だろ」
「そうだよ。破壊した後、そのままにしておくのも危ないと思って回収しておいたんだ。バラバラになっていても、繋ぎ合せれば復元は可能だからね。使われている技術が流出したら、それこそ大事だ。ですよね、師匠」
耐熱、耐衝撃、エネルギーループ機構などパッと見ただけでも既存のPET製品には搭載されていない代物ばかりだ。回収の代理を誰かに頼むこともできたが、今回の件については俺が所有する土地で起こった出来事なため、こうして一つ残らず拾ってきたのである。なにより、政府機関に知らせるわけにはいかなかったしね。そんなことをすれば、この黒い猟犬を創り出した師匠が責任を問われることになる。人に危害を加えるという重大な過失を見逃すほど国は甘くない。たとえ被害者である俺が許しても、だ。それならば、最初からこんな物が存在していなかったということにすればいい。安直ではあるが、一番確実な解決方法である。
まぁ、本音を言えば違う思惑もあるのだけれどね。それは今からする話によるかな。
「……はぁ。なるほどね。私はてっきり最終的に逃亡に成功したのかと思っていたんだけど、君はやはり予想の斜め上を行ってくれるね響真くん。映像では腕を喰われていたようだが、あの後に倒したのかい? 腕が戻っていることをみるに、またとんでもない事態になったと想像できるんだけれど」
師匠は落ちていたパーツの一つを拾い上げ熱心に観察していた。こうなるとは思っていなかったんだろうな。あれほど物理ダメージを軽減する機能が盛り込まれていたのだ、普通ならここまで細かく破壊されるというのはおかしい事なのである。
「ええ、まあ。最初に撃った竜の息吹を耐えられて、その後に腕を持っていかれたんです。で、義体のジョイントごと砕かれてしまった俺は――」
学校で起きた事を説明する。カズキも俺の中に機械仕掛けの心臓が入っていることを知っているので、隠し事は極力しないことにした。もちろんデイジーの素性については隠してある。都合のいいことに映像には彼女の顔は映り込んでいなかったからね。逃亡者は俺を置いて何処かへ行ってしまったという設定にしてある。イクスブラッドに戻って来るつもりがないのだから、どうせだし徹底的に関係性を絶っておいた方が今後の安全を期待できるはずだ。
「――それで、これが例のデバイスになります。回収してきたので、あとは任せていいですよね」
俺はポーチの中から一つのアクセサリーを取り出した。
髑髏の意匠があしらわれた、純銀のペンダント。その名も、エクスチェンジャーだったっけ?
「うむ。お勤めご苦労である! ……ごめんね響真くん。痛かっただろ? 私がこんな物を創ってしまったばかりに、君には到底言葉では謝罪のしようがない迷惑をかけたようだ。重ねてお詫びする、本当に申し訳なかった!!」
エクスチェンジャーを受け取った師匠はそれを白衣のポケットへしまうと、大げさなくらい勢いよく頭を下げる。実はデュークさんがカズキに首を絞められていた頃、師匠も次は自分の番かと顔を青くしていたのだった。責任の所在としては指令を出したとされるデュークさんにまず矛先が向いたために彼女は助かったのである。とはいえ、カズキが仮に師匠へあんなことをしたりしたら――許さないけれどね。良かったなカズキ、命拾いをしてさ。え? 義父も大事だとは思っているよ、当然じゃないか。でもね、燈緋華はそれとは別格なのです。誰が何と言おうとね。ほら、頭を下げてさらに小さくなった姿も愛らしいだろ? 屈んで顔を覗いてみようか。うんうん、泣いているね……。自分の行為を恥じた瞬間だった。
「師匠、頭を上げてください。あなたが謝る必要はないんですよ。警告を無視した俺も悪いんですからね……ただ、結果的に大怪我をしたのは事実なので……慰謝料の代わりとはいきませんが、欲しい物があるんです」
ふふふ。ここからが本題である。俺が欲しい物。それは――
「なんだ? ああ、そうか……うん、わかったよ。君にこの身を捧げろというんだね。よし、それならば了解した。煮るなり焼くなり、その、口では言えないようなことも受け入れよう! 私の残りの人生、全て君の物だ。好きに使ってくれ!!」
「奏、お前……鬼畜だな。そんな交換条件みたいなものまで出して、見損なったぞ」
勘違いしている! しかも二人して!
「いやいやいや。なんか話が飛躍しすぎてついていけないんですが? 師匠の申し出は大変嬉しく、これとは別件で欲しいところではあります。じゃなくて! えっとさ、俺が言ってるのはコレのことなんだってば」
ぐいぐいと詰め寄ってくる二人を引き剥がし、俺は床に転がしておいた物を一つ拾い上げた。
淡い緑色の光を放つ、透き通っていて小指の先ほどしかない小さな石。
産出量の少ない希少金属なんかよりも、さらに数が限られているので今まで見たこともなかった。
石の名は、
「レッド、クリムゾン――――賢者の石か」
ささやくように言葉を紡ぐ。
知られたくなかった秘密を暴かれてしまったかのように、ただ静かに師匠は目を閉じた。
「緑色なのにレッドっておかしくねぇか? つーか、なんかさっきからパチパチ光ってるような気がするんだけど、オレの勘違いなのかな」
カズキは俺の手の平で発光する石を見て、外観と矛盾する名前に疑問を持ったようだ。
「石の内側で爆ぜているのは微弱な電流だよ。俺の手や空気中の熱を電気へと変換しているんだ。そんでもって名前の由来についてはあれだ。今から見せる」
ポーチの中に手を入れプラスとマイナスからケーブルがのびているソケットを出し、乾電池をセットしてから両極の端子を石に触れさせた。
パチパチ……ポポポッ!
「んあ!? 色が変わったんだけど! なんだこれ――石の中で火が着いている?」
緑から赤へ。石の内部では小さな火の粉が舞い、断続的に熱量を持った炎が生成されていた。
って、あちぃ!! 火傷しそうになり、すぐさま石から端子を離す。
「ふー、ふー。びっくりしたぁ、ここまで効率が良い物なんだなコレって。お、もう色が緑に戻ってるな」
外部から加わる電流が途絶えると今度は熱を電気へと変換し始める。その際に色も変化するのだ。
「いったいなんなんだこいつは。えっと、賢者の石とか言ってたか」
カズキは不思議な現象を目の当たりにして驚きを隠せない様子だ。それもそのはずで、俺だってこれが賢者の石だと知った時は動揺したものである。今考えてみれば、ブラックチェイサーの異常な耐熱性はこの石が要だったのだろう。
「本来は赤い石だったはずだが、響真くんが撃ったという竜の息吹、その炎熱を限界まで吸収した結果……このように変質してしまったのだろうね。まだ変換能力が失われていないところから察するに、許容上限に達する前にラインが途切れたかなにかしたのかもな。ふふ、面白い。君は本当に偉業を成し遂げてくれる奴だ、感動ものだよこれは」
興味津々といった雰囲気で石を見つめる師匠の顔、そこにあるのは暗い感情だったかもしれない。
「やっぱりそうでしたか。最初は文献にある通り真紅の赤、つまりレッドクリムゾンだったわけですね……猟犬の体内から出てきた時はコアに入っていたやつかと思っていたんですけど、調べたら違うとわかり慌てました。これは勝手に貰うわけにはいかないなーってね」
機械仕掛けの心臓、その中にはコレと同じ形をした石が入っているのだ。機巧人形を動かすための大電流、それを生み出す青色に光る物がね。あちらと違うのは賢者の石は電気を炎に、熱を電気に変換するという元と違う作用をこれ単体で起こせるところだ。もちろん生成されたエネルギーを取り出すには専用の装置が必要になるけれどね。ちなみに、コアに内包されている方は一種の蓄電池と思えば区別が簡単かもしれない。見かけは似ているが、役割は別物である。
「うーん、厳密には違うとも言い切れないんだけれど……すまん、私も詳しくはわからんのだ。この石も偶然手に入れた物で、使えそうだったから搭載したまでのこと。コアから生まれた電流で駆動し、内部で生成された排熱は石により電流へと戻り、エネルギーとして再度利用される。そんな感じかな? 悪いけど創った時の構想なんてもう記憶の彼方なんだよね。君は知ってるだろ、私が完成品に興味ないのは」
同じ物は二度と創れない、過去にそう豪語されたことすらあった。設計図とか無視してアレンジしちゃうからとは聞いたことある。たしかに製作中に色々とアイディアが浮かぶことはあるので否定はできないかもね。俺も同じようなものだからさ。
「あはは。それもそうでした。しかし、偶然で手に入る物なんですか? 賢者の石はかなり貴重だったはずですけれど」
「そこはほら、仕事の関係ってやつさ。深くは訊かんでくれたまえ」
入手ルートについて気にはなるが、教えてはくれないみたいだ。しかたないか、俺も自分が逆の立場だったら断るかもしれないし。
「ねぇねぇ、オレを無視して話進めないでほしいんだけど? 結局さ、この石はなんなの」
「そこに戻るのか。カズキって察しがいいわりに頭は良くないよなぁ」
「否定はできない。少なくともお前らと比べたら皆同じだろうさ! 自分のハイスペックさを勘定に入れて発言しろよな。いいから馬鹿にもわかるように説明しろってば」
しょうがない。教えてやるか。
賢者の石とは万能の鉱石である。
一を十に。百を万に。そして、無を有に変えうる物なり。
「ってのが文献にあるやつだな。ま、何もない空間から何かを取り出すっていうのは勘違いなんだろう。空気中の熱量すら電力として変換できるんだし、きっとそれのことかな。そもそも、まったく何も存在しない空間ってのがありえないともいえるしね。そんな場所で賢者の石を使って、さらに現象を観測できるわけがないんだ。矛盾する方程式ってこった、研究している人には申し訳ないけどさ」
前述の部分は実現している。しかしながら、後半部分は嘘っぱちなのだ。
炎や電気が発生しなくとも、この賢者の石――レッドクリムゾンは粒子の一粒さえ別の物へと変換する。何も無い所は、この世のどこにも存在しない……理論上はね。あまり深く考えると哲学的な何かになってしまうので、話はここで終わりにしよう。俺は星の始まりについてまでは知りたくはないしさ。そういう難しいものは専門家に任せることにする。
「…………な、なるほどね! よーくわかった。少なくとも、オレには理解できないってことが」
「ふふ。あまり落ち込むなカズキくん。私もわからないから! 響真くんの説明はいつも難解なんだよ、誰にも彼の考えを読み解くことはかなわないのさ」
なんか酷い言われようをしているような? 気のせいかな。うん、きっとそうだよね。
「とりあえず、俺からは以上なんですが――コレ、返した方がいいですかね」
だいぶ話がそれてしまったが、俺の思惑はこれに尽きる。賢者の石が手に入るか否かによって、ちょっとこの後の対応が違ってくるのだ。
「ん? あー、どうしよう。私としては変容してしまったソレに興味がないわけでもない。けど、君が必要だと言うなら別だ。迷惑料だと思って受け取ってくれ。なんなら今後、いつになるかは知らんが同じような物を見つけたら君にあげるよ。あまり私の野望に関係なさそうな代物だしね」
と、師匠は大盤振る舞いをしてくれる。これを売ったら一生研究に没頭できるくらいの資金になるとも知らずに。
あえては言わないよ? だって俺もこの石が欲しいんだもん。たまにはわがまま言っても許してくれるよね。彼女が二個目を手に入れるようなことがあれば価値を教えてあげようかなとは思う。たぶん。
「ありがとうございます。大事にしますね」
くれるならありがたく貰っておかなきゃだよな! ここまで誘導するの疲れた……正直言って俺も賢者の石については残されていた古い文献を丸暗記したにすぎなかったり。暇な時に図書館の本を読み漁っていて身につけた知識が役に立った。
「頭痛いからもう帰る」
普段使わない頭を酷使したせいでカズキは疲れた顔をしていた。はい、さようならー。
「……久美子さんのことよろしくな」
父親の状態を聞く限りは精神的な問題だけではある。でも、それが厄介ともいえるのだった。
「ん? もちろんだぜ。久美子はオレがちゃんと見てるから安心しておけ。親父のことも同じくな。ま、なんかあったらすぐお前にも伝えるからさ」
「うん、頼んだ」
俺が返事をするとカズキは手をヒラヒラと振って部屋を出て行く。
さ、これで残るは師匠と俺の二人だけ……ごくり。




