表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
イクスブラッド
71/98

71 デューク

「おい、オッサン。これはいったいどういうことなんだ」

 白い壁、白い机に白い椅子。全てが白色で統一された、もはや幻想的ともいえる空間はイクスブラッドの幹部職員であるデュークの私室だ。

 彼はそんな部屋で胸倉を掴まれ、壁を背に逃げ場がない状態だった。

 しかし、その顔に恐怖はない。あるのはただ、侮蔑の眼差しだけである。

「――だんまりかよ。くそっ、だから大人は嫌いなんだ。いつだってオレたち子供を弱者だと思って利用しやがる……あの時だって」

「すまない。謝罪だけはしよう、それで納得してくれ」

 申し訳程度に口にした言葉には、もちろん誠意などこもってはいない。しかたないだろう、彼自身この惨状を悪いとは思っていないのだから。


 部屋の中央ではある場面が投影装置により流れていた。


 親友である奏響真が右腕を失い、命の危険にさらされている。


 虚ろな瞳を彷徨わせ、失った物を求め、彼は赤い液体に塗れて、それでも――――。


 映像データはそこで途切れてしまう。何らかの干渉によりノイズだらけの物しかイクスブラッドには送信されて来なかったらしい。記録媒体に保存されていた物はこれでおしまいだ。


「納得なんかできるかよッ!! ふざけんなオッサン、お前が、イクスブラッドが何をしたのかわかっているのか!?」

 激昂し、両手に加わる力がさらに込められた。デュークの首は着実に絞められていき、あと一歩で完全に呼吸ができなくなる所まできていた。

 それでも。彼は僅かに残った酸素を使い、声を、命乞いなどではない、真実を語る。

「ああ。わかっている……私たちイクスブラッドは人間を、それも子供の命を」

 ガクリと、デュークは全てを言い終わる前に意識を失ってしまう。口からは泡を吹いており、痙攣し始めた体はビクビクと震えていた。

 このまま殺しても誰も咎めないだろう。きっと、その方が

「やめろ、カズキ」

「オレに命令するんじゃねぇよ! なんで、どうして平気な顔してここに居られるんだよ……奏ぇ」

「――――っ、が、はぁッ……うぐぉ」

 奏と呼ばれた少年、今回起きた騒動の被害者である奏響真に腕を掴まれ、手に込められていた力が抜ける。

 デュークはその場に崩れ落ち、肺に新たな空気を送ろうともがいていた。血走った目の端からは涙が流れ、顔中が唾液に塗れたなんとも無様な光景を晒している。

 いい気味だ。お前は地に這いつくばっているのがお似合いだぜ。そんなふうにカズキは内心思う。

 だが、奏響真は違う心境だったらしい。

「大丈夫ですかデュークさん! 立てますか? 肩を貸します、ほら……これで顔を拭いてください」

「げほっ、ぐッ、はぁはぁ……すまない、響真」

 倒れ伏していた者に手を差し伸べ、ポケットから取り出したハンカチで汚れていた部分を拭っていた。

 何故だ? おかしいだろう!? お前が一番心を乱していないのは、どう考えても変だ。

「いえ、今回の件については俺にも責任があります。警告されていたのに、首を突っ込めばどうなるかなんて予想できていたはずなんだ。だからカズキ、デュークさんを許してやってはくれないか?」

 だというのに。あまつさえ、この物言いである。

「お前、頭おかしいんじゃねぇの!? こいつらのせいで怪我をしたんだぞ! 痛い思いをして、死にそうになって……生きていてくれて、本当によかった」

 知らず、カズキは嗚咽混じりな声になる。前々から感じてはいたが、自分の親友は人に甘い。どれだけ迷惑をかけられようとも、結果さえよければそれでいいと思っているようだ。

 そんなことでは、いつか本当に命を落としてしまいかねない。運が良かった、ただそれだけのことが続くわけはないのだ。良い神様が人間一人に何度も贔屓してくれるとは限らない。死神が鎌を持ってそばに控えているのが普通の人生なのだから。思い上がるのもいい加減にしてくれ。


「ありがとう、カズキ。心配してくれて嬉しいよ」


 奏は優しい声色でオレに語りかけてくる。

 自分の代わりに泣いてくれた、怒ってくれたことに感謝を込めて。


「馬鹿野郎、友達が危ない目に遭っているのに心配しないやつなんていないぜ」

「はは。そうだな、俺もカズキがピンチになったりしたら助けに行くと思うぞ。何かあったら言ってくれ、すぐに駆けつけるから」

 こいつはいつもこうだ。他人の心配なんてよそに、何処へでも。

 自分の命が一番大事だと豪語するくせに、人のために頑張ってしまうのだ。それこそ、死ぬ思いまでしてな。オレは過去に何度もそれに救われたことがある。だからこそ、怖いのだ。


 オレ一人だけ、置いて行かれそうで。


「そうか。ああ、そうだったな。お前はそんな奴か」

 誰よりも強く、鋼の心を持つ親友。それが奏響真だ。共に歩むなら、それ相応の覚悟が必要になるのだろう。こんな所で泣いてなんかいられない、彼は先を走っているのだ。追いつけるように頑張らなければ。

「だがな、奏。お前が許そうとも、オレはこいつらを許さないかんな。今回の件には他にも被害者がいるんだ、知ってるよな……デューク司令官?」

 奏のことはいったん保留だ。彼自身がそれでいいと言っている以上、オレが騒いだところで独り相撲にしかならない。加害者と被害者、双方が揃って初めて事件とは生まれるものなのだ。真相がどうであれ、裁きを下す権利を観測者である第三者は持ち合わせていない。歯痒く思うもそれが世の理であるなら従うほかないのさ。

 ただ、猟犬に関わる者において、もう一名重要な人物がいるのだ。イクスブラッドの思惑に利用されてしまった、憐れな老父が。

「さて、なんのことだろうか。ハウンド、貴様には直接関係のない話だろう? あやつの事に関してはな」

「しらばっくれるんじゃねぇよオッサン。久美子の親父さん……娘のことすら忘れちまったんだぜ。あれほど大事にしていた、大切に思っていた家族のことさえ何も思い出せねぇって泣いてたんだ。記憶を一部分だけ消すっていうナノマシンだったか? あんな不完全な物をオレに渡したのはテメェだろうが」

 カズキが禿頭の男性に胃薬だと偽り飲ませた錠剤。あれはイクスブラッドで開発中だった人体の記憶領域に作用する効果を持った極小の機械群、ナノマシンを詰め込んだカプセルだったのだ。

 依頼があった際に、イクスブラッド内で得た機密のみ限定して消去する薬だと言われ渡されたのだが……疑いもせず、カズキはそれを久美子の父親に飲ませてしまった。眠りから覚めたら、全て忘れている。そう言われていたにもかかわらず。

 最初から、結果はわかりきっていた。彼は、デュークは知っていたのだ。薬の効果を。

「うむ、そうだな。説明のしかたが悪かったと、今になっては思う」

「だったら……!」

「しかし、それを飲ませたのもまた、貴様なのだ。私に言われるがままでなく、己の判断で依頼を反故にするという選択肢もあったはず。違うか?」

 この男は何を言っているのだろう。あの薬を用意したのは、偽りの情報を準備してまで飲ませたのは――他ならぬオレ自身だ。

 渡されたのが効能の不確かな物だと判明した時点で、依頼を拒否すればよかったのだ。

「うるせぇ。依頼が未達成だった場合のペナルティだってあるだろうが」

「ふっ、それこそ言いがかりだ。貴様が今まで失敗していないだけで、依頼が未達成な場合の罰則を知らないから言える発言だな。響真、教えてやれ。イクスブラッドでの規則を、この愚か者に」

 急に話を振られた響真だが、拒否権はない。

 全ての責任を他者に擦り付けようとする、その行為は人として間違っていると理解していた。

「えと、はい。あー、俺はけっこう、というか何度も失敗しているんだ。このイクスブラッドから依頼された案件をな。それで毎回のごとく罰則を受けるんだが……やらされるのは施設内の掃除くらいだ。規則上、人間の尊厳を著しく貶めるような行為は禁止されているからな。お前が考えているような、痛みを伴う罰則はありえないんだよ。残念ながら、どこまでいってもイクスブラッドは表向きは白いからね。内側は真っ黒でも、そんなん人間だったら皆同じだろ」

 デュークが行った行為もまた正義とは言い難い。しかし、これには理由があるのだ。

「ふははは。そうか、響真もそう思うか。お前も真実に近付いているようだな、このイクスブラッドの存在意義に。まあ、恨むならそれでもかまわん。あの男に対する処置の方法は他にあったかもしれんしな。娘のことまで忘れてしまうのは、さすがに計算外ではあったが……死ぬよりはよかろう。現状、記憶以外には何も不便あるまい?」

「それは……うん。久美子に聞いた限りだと長年の悩みだった胃痛と、毛髪の抜け落ちとか色々改善されているみたいだ。一晩で髪がフッサフサになったのを見た時は驚いたもんだぜ」

 眠りについた久美子の父をカズキが連れ帰った翌日、様子を見に彼女たちの部屋へ行くと――男性はツルツルだった頭が黒々とした毛で覆われ、顔も幾分か若々しくなっていたのだった。

 しかし、記憶の抜け落ちに気付いたのは彼が起きてからだ。

 期間にして約二十年。久美子が生まれる以前までは憶えていると彼は言っていた。曰く、久美子の容姿が母に、自分の妻に瓜二つだとか。記憶の中にある妻と久美子が年齢的にも近しい頃合だったせいもあるだろう。数日経った現在では、その見た目から己の娘だと理解したらしく……事が起こる前と変わらないくらいには関係が戻りつつあった。

「ならばよい。失った物は大きいが、それに見合った価値を今後に見出してくれされすればな」

「? どういう意味だオッサン。何か理由があって、」

「カズキ。久美子さんの父親は、病気だったんだ」

 疑問を訊き終える前に響真が口を挟む。これ以上話をややこしくするのは得策ではないと判断した。

「……なんだと? 知っている事を全部話せ」

「わかった。俺も気付いたのはさっきなんだけどな、ちょっと野暮用で職員データを閲覧しててさ――」

 デイジーの個人データが断片でも残っていないか。それをデュークさんの許可を得てチェックしていたのだが、その際に偶然見つけてしまったのだ。

 久美子さんの父親、彼が半年ほど前に受けた健康診断の結果。そこに記されていたのは、全身に病巣が広がってしまい現代の医療でも治療不可能な物だった。日常から感じる胃痛はそのせいであったらしい。本人には何故か伝わっていなかったようだが。

 そんな中、デュークさんは思いもよらぬ解決策を発見することになる。

 当時イクスブラッドで研究されていた、人体に取り入れて使う極小のPETデバイスによって病巣を物理的に削除する方法を。

 本来は記憶領域たる脳内物質を破壊し、そこに内包されているデータを消し去るという使い方を想定して作られた物だ。多少の誤差はあれ、ほぼ思い通りにいくと研究結果にも記載されている。ただ、今回の場合は病巣を破壊すると同時に脳内になんらかの作用を及ぼしてしまったのだろう。専用に開発されたデバイスではなかったため、誤作動とは言い難いのだが……それでも代償は大きい。残された時間がもっと多ければ綿密に調整もできたのだろうが――。


「あとで医療機関で検査してもらうように言ってくれ。問題はないと思うけど、一応ね。なんなら俺が診てもいいしさ。それと、若返った感じになったのは細胞が活性化している状態だからだと思うよ。病気に巣食われていた所と一緒に色々と持っていかれてるはずだから、体はそれを治そうと必死になっている状態だ。たぶん今も寝たきりで動けないだろ?」

「ああ、意識ははっきりしているが体の自由が利かないみたいだ。歩けるようになるのは当分先かもしれねぇ」

「久美子さん、学校に来てたけど親父さんの世話って誰がしているんだ? たしか二人暮らしだったろ」

「問題ない。そこらへんはオレの知り合いに頼んであるからさ。どのみち久美子一人じゃ介護は難しいだろうし、しばらくはオレも手伝う予定だ。……何も知らされずに巻き込まれたのは気に食わねぇけど、結果は結果だ。オレも自分の非を認めるよ」

 事情を知ってカズキは大人しくなった。やり方に納得はしていないみたいだけれどね。まぁ、俺も他に方法があったとは思うよ? なんで本人に直接説明してやらなかったのか、とか。色々と疑問は残るけど、デュークさんにも思うところがあったのかもしれないしね。

 なんたって、こんな荒業が成功する確率はとても低かったのだから。絶対はない、だが助けたかった。

 自身がかつての友に疎まれているのを知っていても。諦めたくはなかった。


 結局、自己満足のために久美子さんの父親は生かされたのだ。


 あるいは、記憶を失ったのもデュークさんの思惑だったのかもしれない。

 全てを忘れて、娘と二人でのんびりと余生を過ごしてほしい。そんな考えをもって。


 彼の思惑は俺には理解できない。

 でも、否定をしてはいけない気がした。


 きっと、矛盾する思いこそが人間にだけ許された感情なのだから。


「そんで、奏は……なんで生きてやがるんだ」

 おっと、この話題に戻ってきてしまったか。やっぱり気になるよね。腕がちぎれるほどの大怪我をしたのに、こうやって元気に出歩いているわけだしさ。

 さて…………どう説明したらいいんだ!? うぅむ。助けてお師匠さまー!

 俺は困った時の最終兵器、赤髪のマッドサイエンティストこと燈緋華に頼ろうとその姿を探す。


 が、何処にも見当たらないのだった。


 あっれー? さっきまでそこに居たのに、いつの間にか消えちゃった!?


「おい響真くん。君は何をそんなにキョロキョロと……はっ!? もしかして、私がここに居るのに気付いてないのか! さっきからずっと人の頭をオモチャのように弄んでくれてからに。ちょっとヒドイんじゃないか? あまり体の小ささをからかわないでくれ、気にしているんだからさ」


 ははは。俺の目の前に居たわ。

 話している間、どうにも良い感触が手の平から伝わってくるなーとは思っていたけどね。それが師匠の髪の毛だとは……無意識に癒しを求めていたらしい。


「すみません。えっと、師匠の髪は今日も綺麗な色をしていますね!」

「苦し紛れに褒められても嬉しくは、なくもないか。ありがとう響真くん、君くらいだよ私の髪を称賛してくれるのは。赤い髪なんてものは不吉だとかで街だと不気味がられるからね。好きでこんな色をしているんじゃないんだが、君が気に入ってくれるなら、まぁ、自分の体質も嫌いにはなれないな! ふふふ」

 俺の言い訳を真に受け、師匠はムッとしていた顔を綻ばせた。も、申し訳ない。綺麗だと思っているのは本当だが、そんな事情があるとは思わなかった。たしかにこの国では圧倒的に黒髪の人が多いからなぁ。金や銀、茶色などそれに準ずる淡い色なんかは驚きこそすれど受け入れてもらえる。でも、彼女のような真っ赤な、それこそ血の色と言っても差し支えないような髪色は好まれないのかもしれない。俺は師匠の髪を見ていると生命の息吹を感じるので好きなんだけどね。どちらも血の色には間違いないが、受け取る人の感性によってそれは変わってくるのだろう。シエルも師匠の髪は綺麗で素敵だと言っていたからな。同士である。


「あのさぁ、いちゃつくのは後にしてくれないかな……」


 カズキはそんな仲睦まじい二人を見ながら溜息をつくしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ