68 再構築
意識が暗闇へと落ちていく。
底の見えない、真っ黒な深淵へと――
『骨格置換、完了。右腕パーツ、システムオンライン』
パチッン、バチ、バァヂヂヂヂッッッ!!!!!!
「うわぁぁぁああああああ!?」
ガバリと跳ね起きる。
視界が暗転したと思ったら、いきなり目を焦がすような強烈なスパークが奔った。
『リカバリー、コンプリート。余剰素材はストレージに収納します。通常モードに移行』
知らずに額の汗を拭っていたのは、俺の右手である。
「そうか。成功したんだな……?」
再生した拳を握ったり広げたりを繰り返すが、特に異常は感じられない。むしろ以前よりスムーズに動いているような気さえしてくる。ずっと悩んでいた肩凝りも治ってるかも? なんてね。いや、冗談ではないな。本当に滑らかに動くぞ、これ!
通常、人体へ義体パーツを接続するには繋ぎ目の役割を果たすジョイント部品が必要になるのだ。俺の場合は緊急手術だったせいか、その部分が即席の物であったらしく……年々、ほんとうに軽微ではあるが違和感を生じる機会が増えていた。先生の治療自体に問題はなかったのだが、俺の使い方が悪かったせいだろう。超過駆動をさせないためのリミッターを無視したりと色々やってきたからね、申し訳なさで心が苦しいよ。
作業台の上から降りて腕を軽く回しながら肩の具合を確かめたり、パンチをする動作をして体の調子を確認する。
うぅむ。全体的に軽くなった? なんだかダルさが解消されている。
『肯定。以前から使用されていた物よりスタープラチナムは軽量であり、剛性にも優れています。また、電導体にブリッツゴールドを併用したため、脳内より送られる信号をタイムラグ無しに実行可能になりました。骨格表面にはコアメタルとガルガリウムシルバーの合金を用いて対衝撃性能を上昇』
ふむふむ。とにかく強くなったってことだね!
『はい。右腕パーツにはブラストカートリッジ用のホルダーを再建しておきました。機能的にはほぼ以前と変わりませんが、骨格置換により内部発熱が抑えられているため高速リチャージはオミットされています』
それってあれだろ? ドラゴンブレスを撃つ時とかにカートリッジのエネルギー残量がゼロからでもすぐにいけるってやつ。
使ってない機能なんだし、別にいいかな。あ、でも。高速リチャージができないってことはブラストダッシュも封印か。あれにはたしか使っていた機能だったからね。しかたない、これくらいなら我慢しようではないか。
『……このままでも従来のアクセル起動時並みに――』
「ひぇええええ!!!? う、腕が生えてきたんだよ!」
中で何か言いかけていたようだが、デイジーの悲鳴によってそれはかき消されてしまった。
というか驚き過ぎだろ。腰を抜かすほどか? 化物でも見たような反応を姉にされると、さすがの俺でも傷つくんだが。
「や、えっと。あの」
「突然バチバチって電気が爆ぜたと思ったら、にょきにょきと得体の知れない物が傷口から伸びてきて……うぷっ。ごめん、ちょっと離れているね」
ぐすん。そういや破損部位が修復される時ってそんな感じなんだよね。内部に金属骨格があっても人間ではあるから再生のメカニズムは変わらない。傷口から伸びてきたという物はきっと細胞の塊や筋繊維などであろう。骨自体は置換だから一瞬で生えてきたに違いない。たぶんだけど。
「ふふ。嫌われてしまいましたね、奏響真」
デイジーが部屋の隅っこでオエッとしているのを落ち込みながら見ていたら、からかうような声が聞こえてきた。
どうやらブラックチェイサーの方も修復が完了したようである。まったく、タイミングのいいことで。
「うるさいなぁ。お前のせいだぞ、チェイサーくん?」
「これはこれは……。そうですね、あなたの右腕は美味しかったですよ」
マジか! 人肉は酸っぱいだけで他の味はしないと聞いたことがあるんだが。生きるために屍の肉を喰らう時代もあったと噂でね。まあ家畜みたいに品種改良を加えて肉質を改善していない物はだいたい独特の癖があるものだ。野生の動物はその雑味がかえって良かったりするけれどさ……あれ、なんの話してたんだっけ。
「ふむ。俺の味がわかるとは、褒めてつかわす」
「……………………」
え、ここで黙るのかよ!? ボケたんだからツッコミはよ!
しょせんは急造の物ってことか。こういう人間らしい高度な反応を期待するだけ無駄かな。それに、どうせもう壊すことは決まっているんだし。
俺は腰を落として脚部に力を込める。
狙うは先手必勝だ! 炎が通じないのだから、残りは打撃しかあるまい。
「――――アクセル!」
最短距離を駆け、彼にこの鉄拳を。
「って、あれーーー!?」
「ウガッぅ!」
腕がちょうど伸びきる所まで近付いて右ストレートをかましてやろうと思っていたのだが、
「ちょ!? ブルーノ、なにをしているんだよー!」
加速した勢いは止まらずに、壁の穴から空中へとまっしぐらだった。
もちろん、チェイサーは道連れである。気付いた時には真正面から体当たりをしていた。
くるくる。クルクルと、空を舞う。
「やばい。これ、助からないかも――!?」
最初に俺たちがいた部屋、研究室は地上約六十メートルの階層でいう二十階の所にある。いや、校舎の全体からみれば下の方だけれど、人間が落ちたら確実にグシャリといく高さだよね!
「なるほど、考えましたね奏響真。これでは私も無傷ではいられないでしょう。油断していました、まさかあれほどの速度が出るとは……しかし、あなたはどうするのです? このままでは、死にますよ」
「言われなくてもわかってる! えーと、ブラスト……あ、使えなねぇ!!」
ブラストダッシュに用いる瞬間的な爆風を下に向けて放ち、発生した風圧で衝撃を緩和しようと咄嗟に思いつくが――その願望は叶わない。何故なら、高速リチャージが使用不可なのであるからして。
俺はこのまま死ぬのだろうか。
通常チャージでは到底炎熱を放出することは出来ないであろう時間しか残されていない。
地面が迫ってくる。
「ああ俺はもう駄目だ。ごめんよ皆、最後に――」
スタンッ。
と、まるで階段を一段飛ばして下りたくらいの衝撃だけが体を伝う。
「え?」
『落下に伴う重力エネルギーをストレージに吸収しました』
「はい? えっ、どういうこと!」
『ですから、着地に成功した、ということです』
あきれたという声で俺は自問自答されている。左手のグローブは青く光り、いつの間にかエクステンドモードが起動していたようだ。それにより、物が落ちる時に発生する重力、引力ともいうそれを不思議空間であるポーチ内へ収容したらしい。なにそれ、便利……。イグニスがポーチにアクセスできるようになるだけで、ずいぶんと使い勝手が変わるものである。
「グギャッ!! フグゥゥウウウ……ッ!?」
だが、それは俺にしか出来ない芸当だ。
ブラックチェイサーは当然ながらそのまま落下して、硬いコンクリートの石材を穿ちながら幾度かバウンドしつつ動きを止めた。
「や、やったのか……?」
外へ放り投げるだけで勝つ。なんともカッコが悪いけど、それでも勝ちは勝ちだろう。ふふふ、我はここに勝利せり!
「ブルーノ、それは敵の生存フラグなんだよ」
「うおぉわ!? で、デイジー!」
「何をそんなに驚いているんだよ。むしろ驚愕したのはこっちの方なんだよ……突然タックルをかましたと思ったらお空へダイブしちゃうとかさぁ、思春期なの? ビックリして助けに来るのが遅れちゃったけど、大丈夫だったみたいで安心したんだよ」
思春期をなんだと思っているんだデイジーは。これだと非行ではなく飛行になっちゃうぜ。
「あのさ、どうやってここまで来たの? そうとうな高さがあるんだけど」
俺が着地してから数秒と経たずに彼女はここへ来ていた。校舎の中にはエレベータもあるが、それを使ったってこんなに早くは下りれないはずだ。
「そりゃ、これを使って――ビロ~ンと」
そう言って手に巻いていた光を乱反射する無色の糸を俺に見せてくる。これは……そうか。いつぞやかヒート・ナイフを防いでみせたあれか。
しゅるしゅると上階にかけられていたソレを回収する。すごいな、絡まったりしないのか。
「へくちっ。なんだか埃っぽいんだよ」
糸を全て巻き取りスカートの折り目に隠れたポケットへしまい込むと、デイジーは可愛らしいクシャミをしていた。
周囲には土埃が舞っている。チェイサーが落ちた場所の石材が粉々に砕けたせいだろう。
そういや彼はいったい――
「くははははは! 痛い、イタイですよ奏キョウまァ!! お前にも、同じ痛みをぉおおおヲぅ」
「ほら言わんこっちゃない。もう復活しているみたいなんだよ、あの黒犬」
「そう、だな。しかし、炎も駄目、過度な衝撃にも耐えるとか……なんて物を創り出してくれたんだ師匠は」
ここで俺はまだ試していない、というか忘れていたヒート・ナイフを一本彼に向けて射出してみた。
バキュンッ!! パパッッン、ポトリ。
「やっぱり効かないか。あいつの表皮、弾力があるからなぁ」
今でこそ崩れてきてはいるが、まだまだ滑らかなボディには当然ながら弾性があるためにナイフが突き刺さらないのだ。銃声を響かせ高速で飛来する鋭い金属塊。刃が欠け、少々小さい弾丸だが……それでも生物を傷つけるくらいの威力はある。本来ならたじろぐなりするものだろう。やはり、彼の体には対衝撃の何かが組み込まれているみたいだ。もしかしてダメージそのものをエネルギーに変換しているとか? リンネのアクセルブースターを転化した物だ、永続的にパワーを循環することからありえるな。
だとしたら、本当にまずい。
何も対抗策が思い浮かばないのだ。
「グルルルルゥウウウガァァアアアゥ!!」
「やっば、い」
眼前に迫る鋭い牙の並んだ顎を両手で押さえつけて噛み付かれるのを阻止する。
もう、右腕どころか指の一本ですらこいつに喰われたくはない。
「ブルーノ! 待ってて、今助けるから!!」
「いいからお前は下がっていろデイジー、守りながらじゃ、戦えない……ッ」
喰われそうになっている俺の近くに走り寄って来たデイジーのことを蹴り飛ばす。非力な彼女では俺の邪魔になるだけだと思ったのだ。
「んきゃ……!! ふげ、ぐご」
あ、結構吹っ飛んだな。すまん、力加減を間違ってしまった。生きてる……よね! めっちゃ睨んでるよおおお!?
「いたた。お姉ちゃんを足蹴にするとか、許さないんだよ。くらえ、スパイダーショット!!!!」
バシュンと、体勢を立て直したデイジーの方向から何か蠢く塊が――ギャーッ!? 蜘蛛じゃねぇかこれぇえええええ!
ギュオオオオン、キュルキュル、カチンッ!! 無数の蜘蛛から放たれた糸が俺とチェイサーに巻きついて絡まりあい、そのまま硬化する。
「ふははは! もう動けまい。これぞ私の最高傑作、スパイディシステムなんだよ!! あ、実際は人工的に創った蜘蛛たちから糸を拝借して使うだけなんだけどね。それと、射出した糸の硬化タイミングについては自由に選べるんだよ」
ご説明どうも。想定していた通りに動作が上手く決まると語りたくなっちゃうのは研究者の性ってやつだろう。でも、今はやめてほしい。状況を考えろ。ドヤ顔でフフンとかしなくていいから!
「それで、このあとはどうするのですか?」
俺と一緒に糸でグルグル巻きにされているチェイサーが真面目な声でそんなことをデイジーに問いかける。
「どう、とは?」
彼女はそれを聞いて、首を傾げてクエスチョンマークを浮かべた。どうやら質問の意図がわかっていないらしい。
「俺まで一緒に縛ってどうするんだって話だ。これ、一部分だけはほどけないのか?」
チェイサーを捕縛する考えは有効だと思う。破壊できないのなら、行動そのものを封じてしまえばいいからな。しかしながら、それに俺まで巻き込まれたとなれば話は別である。
このまま放置、ってのはさすがにされないだろう。しないよね? あれ、一生このままだったり……。
「あーうん。無理! 一定時間が経過するまでは絶対に解けないし、刃物とかでも切れないんだよ」
「そうか。じゃあ、時間が来るまでに――デイジーはできるだけ遠くに逃げてくれ。俺一人なら、こいつを機能停止させる方法があるから」
対衝撃なんて軽くぶち抜く必殺の秘密兵器が俺の両腕には備わっている。
下手したら自分も巻き込まれる可能性は否定できないが、それでも。なによりこの時間なら校舎にもう人はいないはずだ。彼女さえ去ってくれれば、あとは己の身だけ気にすればいいという好条件である。
ブラストカートリッジ二個を故意に傷つけ、位相を反発させて目標物を虚空の彼方へ消し飛ばす。使うのはもちろん中身が空の物だ。これなら延焼の心配もない。
トートバッグ等の大容量物を利用するよりかは小規模で済むと思う。俺の計算通りに現象が起るなら、だが。
「わかった。逃げない」
「よし、それじゃあ……って、なんでさ」
「だって、ブルーノはまた無理をしようとしているでしょ? 私はお姉ちゃんなんだよ。弟を守らなきゃ」
またか。この馬鹿姉は学習するということを知らないらしい。姉とか弟とか関係なく、力不足なんだよ……デイジーみたいな人間が俺の役に立とうとするにはさ。
パキリ。ッシ……ン!
「ちぃ、時間切れか。もう俺の方は緩んできてやがる」
糸の硬化時間が終わりを告げようとしていた。これではデイジーだけ逃がすという方法はとれない。
どうする。どうしたらいい。誰か、この堂々巡りな問題を解決してくれ――!
「あ、きょーま、みっけた」
それは加熱する思考回路をクールダウンさせる一言だった。
次回は明日、土曜日の更新になります。




