69 ノワール
一度帰ったはずのアリアが、何故ここにいるのか。その理由は彼女の口からすぐに教えてもらえた。
「時代劇、観終わってのんびりしてたら、きょーまが帰って来ないって、シエルが心配してた。だから、迎えに来てあげたの。えらいでしょ」
薄い胸を張り、自慢げにアリアは俺を見つめる。顔はあいかわらず無表情ではあるが、キラキラと光る瞳が内面を映し出していた。
俺はそんな彼女に対して何を言ってやるべきなのだろう。よくやった? ありがとう? それとも、ごめんなさい……かな。力の無い者は生きるための努力をするべきだとアリアは教えてくれた。だというのに、俺は浅はかにも己の力を過信し、腕を失い……もう少しで死ぬところだった。もはや弁解の余地すらないだろう。
「ああ。君に出逢えて、本当によかった。来てくれて嬉しいよ、アリア」
それは心からの言葉である。
きょとんと目を丸くする姿すら愛らしいぜまったく。
「――――そう。事情は、理解した」
放課後に起きた出来事、その一部始終を説明するとアリアはコクリと頷き……俺の頬を力いっぱい叩いた。
「え……?」
ズキズキと痛む頬を押さえることすらできない。なんで俺は彼女にぶたれたのだろうか。
「きょーま、なんで、すぐに私を呼ばなかったの。家にいたんだから、連絡もらえれば、駆けつけたのに」
そうだ。彼女自身には連絡の取りようがなくても、家には沙耶や母さんがいる。連絡用PETデバイスを使えばそこから取り次いでもらうことだって可能であったはずだ。
しかし、俺はそれをしなかった。思いついていたにもかかわらず、だ。
デイジーを守るためと自分に言い聞かせ、愚かにも一人で解決しようと躍起になっていたのだ。
「……ごめん。俺が悪かった、君のことを」
信じることができなかった。
「ん。それでいい。きょーまに、期待はしていないから」
アリアは冷たく言い放つ。その瞳はもう、俺のことなんて見てはいなかった。
「ちょっと! なんてこと言うんだよキミは!? ブルーノがどれだけ頑張ったのか、さっきの話を聞いてなかったのッ。ヒドイんだよ、そんな突き放し方は!!」
「ふん。別に、元から信頼関係なんてないもの。きょーまは人間で、私は機巧人形。所詮は相容れない存在だから、馴れ合う必要なんて――ない!」
バギンッと。猟犬の上下の顎をアリアは両手で掴み、それを引き離すように力を込めた。
「ガぁぁあアああ!!!? い、イタイ。痛いです」
口が動かずとも声は出せる。発声器官が胴体部分に格納されているせいだ。
「黙れ。お前はきょーまを、傷つけた。絶対に、許さない」
ボグンッ、ゴシャ!! ゴンッ……ベリ、バリリッッ!!
蜘蛛の糸に絡まり身動きの取れない猟犬の顔や体を殴り、蹴り、皮を剥いでいく。
「ひ、ぃ、あぁ!! や、やめ……ふぐッ!?」
いくらダメージを受けても漆黒のボディはバチバチと紫電を奔らせながらすぐさま修復され、あとからあとから止めどなく避けられぬ暴力の嵐を終わることなき絶望として味わう。
いつしか彼は何も言葉を発しなくなっていた。
「ブルーノ、この子は、いったい何なんだよ」
あまりの惨状にデイジーは目を伏せる。それでも鼓膜に響く生々しい音だけは気分を悪くさせた。
「アリアは……俺の家族だ」
それ以上でも、それ以下でもない。二人の間に信頼はなくとも、きっといつか、分かり合える時が来るさ。
「ふーん。ちょっと妬けちゃうかも。大切にしているんだね、アリアちゃんのこと」
「当たり前だろ。家族を大切にするのなんて」
「あはは。そうだけど、そうじゃなくてさ……」
デイジーは何が言いたいんだろ。姉のことも俺はよくわからないのであった。
「そろそろ、疲れてきた」
黒髪を揺らしアリアは俺の眼前へと顔を近づけてくる。
「ねぇきょーま。あれ、貸して」
「? あれってなんだよ。アリアが使うような物、俺が持っているわけが――」
「むぅ。察してよ、バカ。ほら、前にポーチの中に入れてたでしょ。でっかい、剣。えと、ゆうしゃのつるぎ、だったかな」
ああ、それか! なるほど……アリアみたいなパワータイプだったらギリギリではあるが大剣すらも使用可能な範囲ではあるのか。たしかに切れ味の鋭いあの剣であれば猟犬の体を切断することもできるだろう。しかし、それは無理な要求である。……勇者の剣はすでに原形をとどめていないのだから。
「あ、えっと。さっきは説明してなかったんだが、ちょっくら怪我をしたので骨格の構成材料として使っちゃった」
てへ。
ちなみにアリアには右腕を失うほどの大怪我をしたとは最初から教えていないのだ。猟犬に追われてデイジーと共に逃亡劇を繰り広げていたとだけ伝えてある。だって本当のことを言ったら絶対に怒るだろ。心配もするだろうし……現状、問題がないのだ。結果だけ正直に言えば許してくれるよね?
「はぁ。だからきょーまは、きょーまは…………怪我、大丈夫なの」
「ああ、うん。以前より調子がいいくらいには回復している。元々俺の中に入っていた人骨部分も一緒に新しくしたからだと思うんだけど、不明瞭な違和感はなくなっているよ。でも、力が出過ぎるから戦闘するならリハビリが必要かもしれない。さっきもそれでピンチになったし……おかげでこんな状態なんだがな」
この際だからと現状報告を済ませる。アリア教官に嘘はつけねーぜ、特に体のことについてはな。
「そう。ならいい」
そっけないと思えば、怪我の心配をしてくれたり。関心がないわけではないのだろう、こうしてアリアはわりと俺のことを気遣ってくれるのだ。
だからこそ、彼女の願いを叶えられなかったのは辛い。ナイフ以外の刃物なんて俺は所持していないのだ。
ストレージの中を探る。
ポケットやポーチにはおよそ武器と呼べる代物はなく、あるのは……素材だけだ。
「バリアブルエクステンド――」
勇者の剣、その柄に使われていたコアメタルがほぼそのまま残っていた。これは強度だけみれば現存する金属の中でも最硬だが、その分重量があるため骨格へは負荷がかかる部分にしか使わなかった。
刀身から柄にかけてはこれでかまわないだろう。光をいっさい跳ね返さず、全てを吸い込む深黒の地金へと再構築。
刃には星の記憶とも云われるスタープラチナムを焼き付ける。こちらは骨格の主材料として使ってしまったため一握りしか余っていないのだ。ただ、極限まで薄く研いでもその特性は失われることなく、触れた物をみな切り裂く凶刃と化す。
最後に全体へブリッツゴールドの金細工をあしらう。ガルガリウムは使用しない。電導性には優れているが脆いので武器には不向きなためだ。
チャキッ。
新たに色の変わったイグニス、黄色い炎を纏いしそれから生まれた物を使い蜘蛛の糸を裂いていく。
サクサクと、抵抗もなく拘束が解ける。硬化した状態でも弾性があったためにナイフでは切れなかったのだ。
「きょーま、それって」
「うん。今、創った。勇者の剣はほとんど俺の体に入っているけど、これもまた同じ素材からできている。……ほら、受け取れアリア。君の物だ」
くるりと刀身を回して柄を上に向け、アリアへと渡す。
「いいの? 私がもらっても」
「ああ。戦利品の分け前だ。ビーストと戦った時のな」
今まで俺が預かっていただけで、本来ならアリアにだって勇者の剣を持つ権利はあったのだ。それを勝手に使ってしまったのは申し訳ないと思っている。
「素材のこともあって形を変えちまったけど、気に入らないなら直すぞ?」
アリアのことを考えてイメージしたので、形状としては刀という分類になる物を作成した。取り回しやすさをみるともう少し短くてもよかったかもしれないな。これでは刀より太刀と呼んだ方がしっくりくる。
「ううん。これがいい。これじゃなきゃ、ダメ! きょーま、さすが私のマスター!!」
あれ、なんだか初めて褒められた気がする。結構即席で創ったんだけど、気に入ってくれたようだ。
「黒くて白くて、金ピカで……さいっッこうに、かっこいい! この国に来てからずっとこんな物が欲しかったんだ私。商店街だとなんでか両刃の物しか扱ってなくて悩んでたの。ありがとう、きょーま!!」
アリアさんはテンション爆上げである。
ぶんぶんと振り回すのはいいけど、そのままこっちに来ないでーーー!?
「……ごめん。ちょっと、はしゃぎ、すぎた」
危うくバラバラにされるところだったぜ。目的を見失うなよ、試し斬りがしたいなら俺じゃなくて――
「ん。これならトドメ、させる」
「……………………ひッ」
シャン。
「切れ味が、すごい。昔使ってた、ぶりゅんひるで、みたい」
チャ、スパッ、カッカ!! シャーーー、プツンッ。
「金属を斬っても、刃こぼれ、しない? それに、横に力を加えても、歪んだりしないんだ。見た目だけじゃなく、性能も一級品……気に入った」
抵抗もなく力を加えた方向へと刃は進む。
刀身のコアメタルは大地の核というだけあってアリアの無節操な太刀筋にも揺るがず、彼女の思い描くまま寸分の狂いもなく駆け抜けた。
ブラックチェイサーは自己修復が不可能なほど細かく割断され、あれほど苦戦していたのが嘘だったかのように自律稼動システムを停止する。
俺はその残骸を――――
バリアブルエクステンドはイグニスで触れた物を分解し別の物へと再構築することができる。
つまり、素材さえあれば俺の思い通りの物が創り出せるってわけだ。
「つーわけで、デイジーにはこれを返しとくな」
髑髏の意匠があるペンダント。バッテリーが切れる寸前だったエクスチェンジャーデバイスを満充電してからデイジーへと手渡した。
どうにも外部充電は出来ない構造だったようで、本来は使い切りタイプだったらしい。それを改良して、空気中に漂う元素から電力を得ることができるようにしておいた。彼女には今後もこれが必要になるはずだからな。
「ふぇ? なんか機能がアップグレードしているんだよ!?」
「あはは。きょーまが触ると、みんな、そうなる」
おいアリア。それはどういう意味かな? 俺だってなんでもかんでも改造しているわけでは……なくもないな。気になった物は基本的に自分が使いやすいようにチューニングしてたか。部品の削り出しやらなんやらで時間がかかるから、あまり頻繁には行っていなかったけどね。
自室や学校の研究室では大型の機材が使えないから硬度の高い部品がある物はいじれなかった、というのが本音である。細かいギアなどを作る場合には師匠の所に行って専用の道具を借りるなどをしていたのだ。個数が必要なわりに正確なサイズでなければ狂ってしまう、そんな物を手作業で一つずつなんてやっていられないからね。向こうではデータさえ入力すれば自動で機械が作製してくれる。それこそお茶を飲みながら師匠と談笑しているだけで。
それがこれからは頭で考えるという行為のみで行える。イメージ力が問われるとはいえ、設計図とにらめっこしていれば済む話だろ。簡単かんたん。あとはどれだけズレが生じるかだけ見極めれば完璧だと思う。アリアに渡した刀剣も予想よりちょっとだけ長かったし、こればかりは慣れが必要かな。
「ブルーノの話を聞く限り、私はもう命を狙われてないんだよね?」
エクスチェンジャーを再び起動するかどうか迷いながらデイジーは俺にそんなことを再確認する。
ブラックチェイサーの語った話が虚構だと仮定すれば、イクスブラッドに彼女が戻ることは問題ないはずだ。しかしながら、違う選択肢も用意されている。それは、このまま学校で生活するということだ。
「師匠たちは施設から逃亡したのがデイジーだとは知らない。だから処分の内容以前に、そもそも戻らなければ悩みは解決するよ。ふとした瞬間に記憶が戻るってのはないんだろ、それで消してしまったら最後」
デイジーの胸元に揺らめくデバイスは、副次的作用として人の記憶を乱すことができる。その過程で内蔵エネルギーを消費すればするほど効力を増して最後には対象者の思い出すら消去することも可能だという。
「うん。脳内の記憶領域から消すとそうなるね……不可逆的作用になるんだよ。見た目だけ騙すのとは別でさ、あんまり乱用しちゃダメな機能なんだよ。でも、名前すら忘れているとなると――戻っても仕事をさせてくれるか怪しいところだよね。今まで築いてきた信用も何も全て虚空の彼方に消え去っているんだからさ。いきなり以前みたいに自由な研究をさせてくれるかな?」
それは無理だと思う。実のところデイジーがミスばかりしても追い出されなかったのは、彼女の父親が元々イクスブラッドの職員だったからにすぎない。その彼も現在は引退している身で、なおかつデイジーに関わる記録は消されている。チェイサーが何か細工をしたらしく、書類や保存されていた彼女の個人データも残っていないのだ。本気で殺しにかかっていたのだろう、肉体だけではなく社会的にもな。
「……ふぅ。いいよ、だいたい察した。私自身、イクスブラッドに固執しているわけじゃないしね。逃げ出した時点で決まっていたような運命だし、受け入れるんだよ」
「ごめん。俺がなんとかできたらよかったんだけど」
「へ? なんとかしてくれるんじゃないの」
「?」
「いや、学校に置いてくれるって話だったでしょ? 研究室も壁が壊れちゃったけど、エクスチェンジャーを使えばすぐに元通りになるし問題はないんだよ」
「あ、うん。いいの? あんまり高賃金では雇えないと思うけれど」
そもそもイクスブラッドが異端すぎる。そこに寄せてしまうと今度は他の職員から反感をかってしまうのだ。姉だからといってデイジーだけを特別扱いはできない。しかしながら、全員に等しく配分するのも難しい。我が校は皆が生徒であり教師でもあるという特殊な教育環境だし、衣食住以外には極力無駄を省きたいのだ。誰かを優遇するなら、その分生活が大変な者を受け入れたいと俺は考えている。
「いいよ。ご飯だって毎食出るし、暖かい寝床もある。しかも研究室付き……あれ、元より良い暮らしな気がするんだよ? 時間が空いた時に固形の栄養食を食べて、実験資材が足りなければ下げたくもない頭を床に擦りつけて上司に媚びたり、寝たのが二日前とかはいつもだし、お風呂も毎日入らせてくれない。はは、馬鹿らしい。社会人になんてなりたくなかったんだよ……」
自分で言っていてどんよりと顔を暗くする。聞いている限りでは噂のブラック企業というものにそっくりではないか。あちらと違うのは働きに見合うだけの給料が歩合制で増えるってところかな? そんな所で今まで働いていたんだし、さぞや貯金がたんまりとあるんだろう。逃亡資金も潤沢だったわけだ。
「しかも逃げてる途中でお財布落としたから所持金も少ないし……あ、その節はお世話になったんだよ。カレー、美味しかった。運よくブルーノに会えなかったら飢えていたところなんだよ」
「言ってくれたらお金貸したのに。困ったらまず相談、ってのはデイジーが教えてくれたと思うんだが?」
「ふ。そこは姉の意地が! 大人は子供に弱みを見せられないものなんだよ」
「でも、弟の下でこれから働くんだよねっ!」
あ、デイジーが崩れ落ちてオロオロと泣いている。彼女の琴線に触れてしまったらしい。事実を言ったまでなんだが、ふざけすぎたか。ごめんなさい。
次回は少し置いて木曜日の更新になります。もうちょっとで三部のエピローグ部分が書き終わりそうなので集中したい。予定では残り三~四話程度になります。
あと、評価ありがとうございます! おかげで日間と週間のランキングに載りました! ジャンル的にさほど変わりはないと思いますが、これで読者が増えると嬉しいなぁ。




