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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
イクスブラッド
67/98

67 分解

 響真はその場に膝をついて、視線を彷徨わせる。


 体に力が入らない。

 腕だけではなく、全ての感覚が鈍い。


「俺の、右腕は……どこだ」

 右の肩口からゴッソリと肉を持っていかれ、こうしている今もダクダクと失ってはいけない何かが流れ出ている。

 赤く、それでいてサラサラとした光沢のある液体。鉄の匂いのする、生命の源。


『体液循環停止。頭部及び必要臓器にのみ血液を送ります』


 なくなった右腕が復活することはない。

 内部フレームどころか義体結合用のジョイントが砕かれ、元の人体骨格すらも破損していた。

 状況からいって、修復不可能である。もはや彼の右腕は機械仕掛けの心臓では新たに造り出すことはかなわない。


「……あった。それ、俺のなんだ。返してくれ」

「グルルルゥッ!!」

 腕の半ばほどまで咀嚼され、肘から先の部分しか残ってはいないが――そこに在るのは、かつて俺の右腕だった物に間違いない。

 パチン、バヂンッと。硬い物をよく噛んで飲み込んだ猟犬の体から紫電が奔る。

 どうやらこいつは修復中らしい。かなりのダメージを受けてはいるようだが、新たな素材を吸収して己の身として活用しようとしていた。

「あとはやるよ。どうせ、もう」

 この腕は使い物にならない。

 拾い上げた物のホルダー内に収納されていたブラストカートリッジを抜き取り、未だ鮮やかな汁の滴る肉片を猟犬の大口へと放り込んだ。

 残念だが致し方ない。しかし、カートリッジが喰われなくてよかったと心底思う。


 もし、これが破壊されていた場合。

 学校の敷地全てが吹き飛んでいただろうから。


 超小型エネルギー圧縮装置。ブラストカートリッジは破損すると内包する物を周囲にばら撒いてしまう。

 トートバッグに同系統の物を入れた時のようにマイクロブラックホールが発生するだけなら、まだいい。被害はごく狭い範囲だからな、対処のしようもある。

 だが、カートリッジについては別だ。これ単体が甚大な被害をもたらす爆弾みたいな物であるのだ。俺の体内から発生した熱を延々と内部へ圧縮しているため、破損すればそれが一気に開放され――瞬間的に広範囲へと炸裂する。

 なおかつ、そんな危険物が三つもあったらどうなるだろうか。

 答えは考えたくもない。一つが破裂すれば近くにあるもう一つが、そして三つ目も。連鎖が繋がり、数キロ四方が焦土と化す。


 腕だけで済んで助かった。今はそう思うことにしよう。


「ごめん、ブルーノ……私のせいで」

 デイジーが嗚咽をこらえ、俺に謝罪を述べてくる。は、謝られたってどうしようもないだろう。

「悪いけど、邪魔だからどいてくれ」

 進路をふさぐように立たれると困る。ふらつく脚が絡まって倒れそうになってしまう。

「あ、う。どこに連れて行けばいいの」

 横に移動したデイジーは俺の左脇に滑り込み体を支えながら指定した所へと運んでくれた。


 部屋の隅、そこに人がちょうど横たわれるような大きさの天板がある作業台が置かれている。

 俺はその上で目を閉じ、しばし考え事をすることにした。


「まず、生き延びる方法を考えよう」

 ドラゴンブレスでの焼却は失敗に終わった。

 どういうわけか、ブラックチェイサーの本体は機能を停止していないのだ。

 つまり、修復が終わり次第――俺たちは殺される運命にあるってことになる。逃げたところで結局は見つかるだろうな、イクスブラッドのシステムを使えばこの星にいる限りどこへだって追跡可能だと思う。

 手出ししなければ俺は見逃してもらえたかもしれん。いまさらではあるが。まぁ、デイジーだけを犠牲にするっていう選択肢ははなから存在してないけれどね。とにかく、やり方を間違ったのだ。己の力を過信していたらしい。人間の領域外の物があるからって、人ならざるモノに勝てるわけではなかった。

「……ねぇ、ブルーノ」

「なんだいデイジー。その天才的な頭脳で何か良い考えでも思いついたのかい」

 傷口が外気に当たり少々ひんやりとはするが、痛みがないというのは大きいな。こうして笑いかけることもできる。

 ちなみに出血はほぼ止まっているのだ。露出した血管は使えないので、残った組織を軽く修復して体液が漏れ出ないようにフタをしている。生命活動に問題はないと思う。あくまで現状は、だが。


 俺の皮肉めいた台詞にデイジーは俯き、唇を強く噛み締めてから続きを口にする。


「うん。思いついたよ、だから」


 この腕、あげるね。


 ……ーン、チリーン。

 鈴の音が室内に反響して鼓膜を震わす。


 淡い光がデイジーの右腕を包み、それを分解しようと――


「って、やめーい!」

「あうちッ!?」

 ポカンとデイジーの頭を叩く。いったい彼女は何を考えているのだろうか。

「いたた……ブルーノ、お姉ちゃんの頭を叩き過ぎなんだよぅ。これ以上アホになったら責任取ってもらうからね」

 自覚はあったのか。いや、そうじゃなくて。

「何をしようとしてんだよデイジー……この馬鹿姉が」

 ひとしきり軽く叩いたあと、左手を頭に乗せたまま俺は彼女の顔を見つめる。

 申し訳なさと後悔の念に苛まれ、涙に塗れたぐしゃぐしゃの顔だ。せっかく美人なのにもったいないなぁ。そう思い、服の袖で顔を拭ってやる。

「うぁっぷ。に、なゃに、を」

 あ、煤が顔中に付いてしまった。俺の服も汚れていたらしい。すまんデイジー……正直言って面白いことになっている。

「……むぅ。せっかく私が腕を治してあげようとしていたのに、なんでキミは笑っているんだよ」

「あはは、ごめん。俺に芸術の才能はないみたいだ」

「? なにそれ」

 着ていた服の比較的綺麗な部分で拭い直し、今度こそデイジーの顔はキレイになった。元があれなのでたいして変わらない気もするがな!


「それで、腕を治すってのは……だいたい理解しているけれど、説明しろ」

 落ち着いたところで先ほど彼女がしようとしていた行為について問いただす。

「えと、その……エクスチェンジャーを使って、私の右腕をブルーノに移植しようとしてました。分解する過程で細胞単位になるから、拒絶反応とかは起らないと思う。幸いにもキミと私は同じような体形をしているし、それほど違和感なく元通りになると推測している。ただ、このデバイスに内臓のバッテリーはあと一回起動したら尽きてしまうんだよ。今日までなんとか節約して保っていただけなの。だから、失敗は許されない――腕だけで足りなかったら、全てキミにあげる覚悟なんだよ」

 と。決意に満ちた目で語るが、右から左に聞き流してやった。

 顔だけじゃなく、頭ん中までアホらしい、この姉は。

「あのなぁデイジー……それ、お前が死んじまうってことだろうが」

「わかっているんだよ。腕だけなら止血すればなんとかなるかもだけど、さすがにそれ以上持っていかれたら自信はない。でも、こうなったのは全部私のせいだから」

 それに、

「私が死ねば、もしかしたらブルーノは許してもらえるかもでしょ。さっきのは合意の上でやったことなんだからさ」

 たしかに。俺が攻撃する前にチェイサーのやつは受ける覚悟があった、それは間違いない。

「………………」

「死ぬなら、腕の一本や二本無くなったってかまわないんだよ。可愛い弟のためなら、なおさらね」

 デイジーは再びエクスチェンジャーのスイッチを入れようとする。

 俺はなんと返せばいいのだろうか。正解がわからない。


 腕をくれるというのなら、もらっておこうか。


 どうせ死ぬ人間だ。


 デイジーが死んで、俺は五体満足で生き残る。


 それで? 家族の命を犠牲にして、本当にいいのか。


「! 待て、デイジー」

「ちょ、止めないでブルーノ!? ああ、ボタン押しちゃったんだよ……もう後戻りできないからね」

 エクスチェンジャーの電源スイッチをオンにした状態で俺はそれをデイジーから取り上げる。

「あとは分解する所を指定して、再構築する座標を合わせればいいだけなんだよ。だから、返して」

「い・や・だ。これは俺がもらう」

「うん? 私の右腕ならあげるんだよ」

 違う。そうじゃなくって……ああ、実際にやって見せた方が早いか。


『エクステンドモード、起動します』


「は? き、消えちゃったんだよエクスチェンジャーが!! や、ど、隠しても無駄なんだよ!? 早く出して、電池が切れる前に使わなきゃ――」


『個体名・エクスチェンジャー、インストール開始』


「まぁまぁ、あせるなって」


『構成材質、解明』


 俺の中にデバイスの情報が流れ込んでくる。

 ほうほう、物質を電子により分解して新たな物質として再構築する、と。意味がわからん!

 そもそも電子って原子核の周りにあるアレだよな? そんな物をきちんと制御なんて出来るのだろうか。いや、可能だからこそ――


『内臓データ取得、バリアブルコードをアップデート』


 ふむ。なんかバリアブルコードってのをアップデートしたらしい。元からあった物を更新したって感じなのか。エクスチェンジャーに搭載されていた物の方が最新式だったっぽい。やはり吸収機能には分解が関わっていたみたいだな。俺の予想は正しかったと証明されたわけだ。


『アクセス権限、拡大。パラレルポケット、ポーチへ接続……オンライン』


 えっと、これはどういう意味なんだろう?

 単純にイグニスから直接ポーチ内へ干渉できるようになったってことかな。今までグローブを装着しているとブラストカートリッジの反発で左手はポーチに手を突っ込めなかったんだが、それが改善されたとなれば嬉しいことである。もしかしたら手の平からなんでも出せるようになっていたりして。カートリッジから取り出す炎の如く、ポーチに収納されているアレやコレを……うーん。なんか制限がついていそうだな。確認するのは後回しかな。


『機能チェック中………………コンプリート。バリアブルエクステンドが使用可能になりました』


 エクステンドの種類が増えた、だと!?

 おいおい、元々のすら使いこなしていないんだぞ。マニュアルをくれ、紙の取扱説明書な。もちろん目次付きで!


 さて、一人問答してないでそろそろデイジーの相手をしてやるか。さっきから耳元でうるさいんだよね。


「ブルー……ノ。ねぇ、ブルーノってば!! どうしちゃったんだよ、黙ってないで何か言ってよ……」

「ん。ああ、悪い。ちょっと内部システムを書き換えてたから――あれ、なんでそんなに泣いてるんだよデイジー?」

 内なる声に耳を傾けている間、俺の意識は薄れている。それこそ、まるで夢でも見ているかのように。

「だって、だってぇ!! 急に静かになるから、死んじゃったのかと思ったんだよぅ」

 俺の胸にすがりつき涙で服を濡らす。

 言うべきか迷うな。自分が死ぬことより、他人が死ぬことの方が嫌なのか君は? 先ほども俺のために命を懸けるみたいな台詞を吐いていたし……ありえない。


 人間は自分の命こそ、一番大事にするべきだ。


 自身が死んでしまった後の事なんて、考えても無駄だろう? だってそれは、何の利益にもなりはしないんだから。


「はは。俺は死なないよ……死んでなんかいられない。全てを見届けるまではね」


『右腕損傷をリカバリーしますか?』

 お、いけるのか! 答えはイエスだ。やはりエクスチェンジャーを取り込んで正解だったな。

 元々の機能で修復が不可能なら、新たなルートを模索する。当然、そこで重要になってくるのが機械仕掛けの心臓に備わっている拡張システムである。

『骨格生成材料、不足。追加ストレージ、パラレルポーチ内より代替品を検索開始』

 あ、なるほどね。もはや身に着けているだけのポーチすら俺の体の一部として認識しているらしい。これがアクセス権限拡大ってことか。

『……コンプリート。仮名、勇者の剣がフレーム構成物質として認定されました』

 よしよし。ちゃんと使える物が入っていたようだ。

 って、ん? 勇者の剣とはアレのことか!? マジか……大き過ぎて振れないから使ってないし、ここで消費するのはいいんだけど――剣を体に取り込むとか大丈夫なの? 中から刃が生えてきたりしないよね?

『……はぁ』

 溜息をつくなよ! わかってる、ただちょっと不安になっただけさ。

『それでは、次に神経回路用に金塊を使用します』

 ああうん。金は電気伝導がいいからね。たくさんあるし、どんどん使っちゃってくれ!

 しかし、右腕一本作るにしては大掛かりな気が……?

『否定。フレームのバランスを考え、骨格全てを新規に作り変えます。また、その際に置き換えられた古い骨はストレージに保存されますので、後ほどご活用ください』

 おぉう……俺の体、ついに骨格がフルメタルになるのか。そうか。そうなのか……。よし、やっちゃえ!! 考えるのは後だ。今は任せておけば問題ないはず。あとさ、古い骨って人骨も含むんだよね? 何に活用するんだよ、それ。骨格標本として部屋にでも飾っておくか? はは。自分の骨を眺めて生活するとかどんなマッドサイエンティストだってんだ。若干、師匠が喜びそうな気がしないでもないのが怖い。


 それにしても、だ。

 こんなに悠長にしていて大丈夫なのだろうか。

 すぐそこではブラックチェイサーも修復中なんだぞ。少しは焦ろうぜ俺……。


『思考速度を加速しています。問題ありません。ただいま通常の二千倍にて稼動中、処理能力に異常なし』


 もう何も言えない。

 たしかに体は動かないけどさ。たぶんこれ、意識だけ切り離されている状態なんだろうなぁ。人間の機能的には頭が冴えている状態って言った方が無難だろうか? ま、大丈夫だろ。普段から運動能力に対してアクセルをかけているから、いまさら脳内だけ活性化してますと言われても驚きはしない。許容範囲である。


『骨格置換、右腕パーツ構成材料が揃いました。これより、作業を開始します』


 勇者の剣と金塊以外にも失ってしまった右腕の再生に関わる素材がポーチ内より多数抽出された。

 骨格は剣の刀身だけで済むが、皮膚組織についてはやはり完全な金属というわけにはいかないのだ。ベースが人間である以上、色々な物質が複雑に絡まりあい、それは出来上がる。


『バリアブルモード、起動』


『仮名、勇者の剣を分解……星の記憶/スタープラチナム、大地の核/コアメタルを取得』


『同素材にストレージより金塊・ブリッツゴールド、ガルガリウムシルバーを分解、混合』


 バラバラに分解され、混ざり合う希少金属たち。


 細かな粒子が集まり、新たな物質として生まれる。


 バリアブル……可変――――それは、世界を変えうるもの。

本日は夕方にもう一話アップします。推敲がいつまでも終わらない無限ループに突入している……。

ブクマありがとうございます。非常にスローペースな更新でも読者がいるというのは本当に嬉しいですね。頑張ります。

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