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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
イクスブラッド
66/98

66 ダウト

 前提が間違っていた。

 そう奏響真は結論付ける。


「おや? バレてしまいましたか。人間にしては頭が回るようですね。申し訳ありません、少々侮っていたようです」


 機巧人形などに使われる自律思考システムの応答について、取扱説明書より一部を抜粋。

 彼らは人間に対し嘘偽りなく物事を語る。また、命令が出されない限り人間の生命を脅かす行為は禁じられている。


「くっそ。騙されるところだったぜ……そうだよな、そうなんだ。お前には倫理プログラムが欠けているんだった。これじゃ会話も成り立たないわけか」


 曰く、彼に命令を出したのはデュークさんだとか。

 デイジー・クラフトを殺処分にしろだ? はは。笑えない冗談だぜ。


「デイジーがイクスブラッドから逃げ出した人物だとは、デュークさんや師匠……燈緋華は知らないよ。俺だってお前が言わなきゃ気付かなかったくらいだ。それにさ、施設のカメラに細工したのもお前だろ? 映像に人が誰も映っていなかったのはデイジーだけを消すと不自然だから、全員消してデバイスの作用のせいにしたって感じかな」

 そう言ってデイジーの方を見ると、彼女は俺の意図を理解して語り出す。

「ブルーノの言った通りなんだよ。私のこのデバイス――エクスチェンジャーにはそんな機能はないんだよ。その名の通り物質の分解、再構築くらいしかできないからね。認識阻害機能は副次的な物になるんだよ。分解と再構築……その際に出るノイズを利用して生物の思考回路に働きかけ、ある種の幻覚のような物を見せることができる。人工的に作られた回路を持つ機巧人形とかには効きが悪いんだけどね」

 そういやデイジーの変装を最初に見破ったのは母さんだったな。リンネ以外の機巧人形組は全く動じていなかった事から、元の姿も視認できていたのだろう。生物と機械のハイブリッドタイプであるリンネにはきっと俺や母さんたちとは違う物に見えていたのかもしれない。驚き方が異常だったしな。いや、死神に見えるって時点で十分怖ろしいんだけど、俺には幾分かデフォルメされたコミカルな感じに見えていたのだ。思考回路に働きかけるとは、結局のところ本人のイメージ次第で変わる物なのだろう。鏡を見たデイジー本人にも死神っぽく視認されていたようだし、ある程度は元の物を指定できるようではあるが。

「まぁでも、危険な物には変わりないんだよ。物質の分解と再構築がこんな小さなデバイス一つで出来てしまうことは、世界的にみても前例がない事だろうしね」

 はて? 物質の分解と再構築とやらをどこかで聞いた憶えがあるんだけれど――――あ。

「……これ、そんなに危ない物だったのか」

 俺は左手に装着されたイグニスを見つめてそんなふうに漏らす。いや、これはちょっと違うのか? 吸収と再構成だったよなたしか。しかし、吸収に際して分解はしているだろうし……うーん。ま、いっか。

 なにより、この機能自体はグローブではなく機械仕掛けの心臓に付加されているらしいとは師匠談である。放熱はイグニスを介してしか行えないようだが、内部使用のアクセルなどはグローブを装着していなくてもできる。つまりはそういうことだろう。どんどん人間離れしていってるな、あはは。

「うん、そうなんだよ。しかも困ったことにそこの犬は私の研究室で同時進行で作られていた物でさ、実稼動をしていないくせにメモリにデバイスの製作過程を記録しちゃってたんだよ。だからバラバラに分解して壊してやったんだけど……まさか機械が復讐しに来るなんて思いもよらなかった」

 俺が見ていたのはイグニスなのだが、デイジーはそうではなくエクスチェンジャーに対して呟いたものと思ったらしい。この場では訂正しない方がいいかもな、混乱するだろうし。

 しかし、機械が復讐とな。ありえない話だと思うぞ、バラバラにしたんなら記憶データも飛んでいるはずだからな。

「ふふ。まったくもっておぞましい体験でした、自らの体が壊されていくさまを間近で見ているのは」

 だというのに、チェイサーはその記憶すらあると発言する。

「驚くことはないでしょう? 私はイクスブラッド施設内のカメラ映像とリンクしているのです。というよりも、記憶データもあちらに保存していると言った方が正しいでしょうか。そこのデイジー・クラフトが職員の思考を乱してくれたおかげで運よく二号機が作られることになり、私はそこへ、この新しいボディへと再び舞い戻ることができたのです。しかしながら、感謝はしておりません。あの痛みは忘れられませんから。ですから、同じ痛みを味わっていただこうと思いました。身を引き裂かれる、痛みを」

 ジャキンッと尻尾の毛を鋭利な刃物に変え、黒い獣は敵意をあらわにし睨みつける。

「ブルーノ、そういうわけだから。結局、この犬を壊したせいでデバイスの秘密が他の職員に漏れて――私はこうして追われる身になったってことなんだよ。どうにも復讐のために施設の職員すら利用している感じだから、きっと今は映像とかを記録してないんだよね? 知られちゃマズイんだろうし」

「はい。記憶の蓄積設定はこの本体のみに変更してあります。私という個体、その全てがここに」

「そ。だとしたらキミさえ壊せば私はもう逃げる必要がなくなるんだよ。ブルーノの話では現状だと降格処分だけで済むみたいだし……それくらいなら甘んじて受けるんだよ」

「いいのか? 三ヶ月タダ働きとかかもしれないぞ」

「うぐッ! 具体的に言われると辛いんだよぅ。でも、学校に居ればご飯代は浮くよね!」

 まあ授業に出るという条件付きでいいのなら食堂の利用はタダだからな。それ目当てで在籍している生徒も少なからずいるし、デイジーだけ断るわけにもいかないか。

「そうだな。今まで通り生徒としてでもいいし、なんなら先生として働いてくれてもいいぞ。イクスブラッドみたいに高賃金は無理だけどさ、生活するのに困らないくらいには給料も出してやる」

 教師陣に給料を貰っている者は多くない。それでもお金が必要な者には支給しているのだ。働いたらそれに見合った金を得る、至極当然のことだと俺は思う。好意に甘えてばかりではいられない、社会とはそういうものだろう。

「あは、ホントに? だったら戻らなくてもいいかな、学校の方が居心地がいいしね。って、勝手に決めちゃダメなんだよ!? こういうのは運営する偉い人が決めるものであって、ブルーノみたいな下っ端が決めていいものじゃないんだよ」

「下っ端とかひどい。これでも一応校長なんだけれど……言ってなかったっけ。うん、忘れてたね。あの学校、俺の所有物なんだ」

「聞いてない。それにあんなに大きな土地を持っているとかブルーノって本当に規格外なんだよ。異国の貴族様なのかなキミは」

 デイジーの中でお金持ちといえば貴族らしい。異国のというのは、この国にはそういう古い制度がないからだ。皆が平等に権利を保有している、そんな当たり前が通じない国も世の中にはあったりする。

「あはは。と、そろそろか」

『――コンプリート。ドラゴンブレス、最大出力で放出可能です』

 話をしている間も竜の息吹に使う排熱エネルギーをブラストカートリッジに送り続けていた。

 限界まで炎を圧縮した物を撃つにはチャージが終わるまでに結構な時間がかかるのだ。


 俺は左腕をブラックチェイサーの立つ方向へ伸ばし、手の平をかざした。


『ターゲット、ロック』


「すまんチェイサー。お前はここで退場してくれ」

 俺たちが話している間、猟犬はその場を動くことなく、ジッと俺のことを見つめていた。

「来なさい、奏響真。絶望を見せてあげます」

 なるほど。受けて立とうってわけか……その性格、嫌いじゃないぜ。


『ドラゴンブレス、ファイヤ』


 ――――――――ッ、…………!!


 イグニスから放たれた高密度の炎熱は白い光となり周囲の音すらも飲み込む。


 ゴゴゴゴゴッッ!!!! バヂンッ、ゴシャ!! ズズ……ッゥウン!


 白炎はブラックチェイサーもろとも外に面する壁を吹き飛ばした。


 ヒビ割れ、崩れ落ちる石壁の残骸。実験なども行う研究室として用いられるこの部屋は、不測の事態に備えてある程度の爆発にも耐えられる造りになっている。だというのに、それが跡形もなく消し飛んでしまった。残るのは丸い円状に開いた空の見える穴だけである。


 通気性がよくなったよ。湿気がこもりやすかったからちょうどいいよね! ……あとで直さなきゃ。


「ふは。やりすぎちゃった」

 思わず変な笑いが出る。最大出力なんて初期使用時に右手のグローブを破損した時以来使用していなかったのだ。

 左手を見る。そこには若干の煤が付着しているだけで、傷など見当たらない綺麗なままの真紅のイグニス・ハートが現存していた。

『クールダウン。連続使用でなければデバイスの耐熱許容範囲です。問題ありません』

 あっ、そうなのか。たしかに熱源へ直接触れるわけではないからな、炎は手の平から少し離れた位置より生成されているし。そこらへんはちゃんと考えて設計されているらしい。それでも連続使用とか、長時間の使用、右手で撃った時みたいな場合は破損してしまうので気をつけた方がよさそうだ。こんな物を使う場面がそうそう訪れるわけはないと思うが、一応ね。


「ぶ、ブルーノ……? なな、なんなんだよ、これぇ」

 撃つ直前で俺の背後に来るように控えさせたデイジーが震える声で文句を言ってくる。

 何って、ただの竜の息吹ですが。なにか?

「ありえない。ありえないんだよぅ……こん、こ、こんな物を人間が使っていいわけがないんだよ。エネルギーの法則理論をブチ破ってるんだよ、これぇ。手の平から爆炎が吹き出る仕組みなんて危ない物、誰が考えたんだよ! あっついわボケ!!」

 ガツンと後頭部を殴られる。

 驚いているだけかと思ったら激情してきてたまらずに暴力に出るなんて……デイジーってばひどい。

 何も説明せずに撃った俺も悪いけどね。彼女の服の端は焦げて炭化していた。

「ごめんなさい。すみません。申し訳ありませんでした」

 こういう時は謝りの三段活用である。そんなもの存在しない? 俺が今考えた!

「謝ればいいってものじゃないんだよ!! まったく、死ぬかと思った」

 後ろにいたデイジーが死ぬなら、その前にいる俺も死んでるな。なんてよからぬことを考えてしまう。

 彼女の発言は正しいだろう。こんな物、本来は人間の使うべき代物ではない。そんなことは理解した上で必要だと思ったから撃ったのだ。

「あはは。ほら、結果的にこうして邪魔者はいなくなったわけだし、許してくれ」

「笑い事じゃないんだよ……って、ブルーノ!?」

「? どうした、デイ――ジィぃッあああ、あぃいぁぁぁぁあぅあ」

 怒りに赤く染まっていた顔を一瞬にして蒼白にした彼女の視線。


 その先を辿ると――――骨格を剥き出しにした猟犬が、俺の肩へと齧りついていた。


「離せ!! 離すんだよ、この駄犬!」

 デイジーがプスプスと残った表皮から香ばしい煙を上げる猟犬を引き剥がそうと黒焦げの胴体を掴み力を込める。


 ブチリッ。

 そんな鈍重な音を響かせ、ソレは離れていった。


「…………あ、あぁ。俺の、腕、が」

『ショックアブソーバ起動。痛覚遮断。右腕システム、オフライン』


「ふぅ、やっと取れたんだよ。この犬は最後まで――――え?」


 デイジー・クラフトはここでやっと気付く。


 自分が奏響真から引き離したのは、死に際に彼へ噛み付いた猟犬だけではなかったことに。


「…………………………」

「ブルーノ。私は、なんてことを」


 痛みは無い。

 ただただ、喪失感だけが残っていた。


今週はもう三話ほどアップ予定です。次回更新は金曜日になります。

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