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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
イクスブラッド
64/98

64 ヒナギク

「んみぅ。もう食べられない……」

 艶やかな黒髪に太陽の光を受け、ポカポカ気分で熟睡中のアリア。

 結局、彼女は授業中に寝ているだけである。

「アリア、寝るなら家に帰ってから布団で眠った方がよくないか? 疲れるだろう、椅子の上だと」

 俺もよく自室での作業中に居眠りしたりするけど、起きたあとの体の疲れ具合は尋常ではない。

 眠気は取れるが体の休息には向いていないのだ、座ったままの仮眠はな。血行が悪い姿勢で長時間過ごすのが原因だと思う。椅子の上じゃ寝返りもうてないしね。

「ふっ、わかってないな奏は。授業中に寝るから気持ち良いんだろうが。この背徳的な感覚がまた」

「お前には聞いてないよカズキ。って、窓際組はみんな寝てるのか……」

 アリアにカズキ、リリとルル。そして――

「そ、そこは触っちゃダメなんだよ……ふぅぁ」

「ヒナギクさん? あなたもですか」

 どんな夢を見ているかは追及しないとして。えっと、あんまり艶かしい声を出されると困ります。ほら、ジョージさんまでジッと食い入るように見てるから!

 ……と思ったら久美子さんの方を見て、うんうんと頷いている。一時の気の迷いだったんだね。

「奏先生。続きをお願いしても?」

「あ、ごめん。そうだね、真面目に聞いている子を優先するべきだった。本当に申し訳ない。それでは――」

 居眠り連中に気を取られていたら他の生徒に指摘されてしまった。今後は注意しないとね。


 その後はつつがなく授業が進んでいった。


「今日はここまでにします。わからないことがありましたら、連絡を下さい。なるべく返信するようにします。では、また明日」

「きりーつ、れーい。ちゃくせーき」

「え!?」

「間違えた。ごめん、みんな帰っていいよー」

 号令をかけていたカズキが舌をペロっと出して生徒の皆に謝罪して終わる。

 お前、絶対わざとだろ……。

「あはは。寝ぼけてたわ、奏の声を聴きながらだとよく眠れるから不思議だぜ」

「ったく。あんまりふざけてると委員長とかに怒られるぞ? というか、なんだそれ。俺の声が子守唄代わりにでもなってるとか言いたいのかよ」

「ん。わかる」

「たしかに。先生の声は耳触りがいいから落ち着く」

 あれ? アリアとヒナギクさんがカズキの意見に賛同しやがった!

 くっ。俺の圧倒的不利ではないか。

「冗談はこれくらいにして。奏、今日はどうするんだ?」

「あのなぁ……。どうするって何がだよ。予定なんかあったか」

 黒板に設置されたままのデバイスを操作してスケジュールを確認するが、特に何も記載されていない。今日はこのまま帰ってのんびりするつもりだ。

「うんや? 予定がないのが予定……おわ、そんなに恐い顔するなってば。用事がないのなら、ヒナギクの奴に校内を案内してやってくれないか。オレは今日、ちょっと行かなきゃならねぇ所があっからさ」

「それは別にいいけれど。なんだ、デートか?」

「ふふ。そうだったら良かったんだがな。あいにくとそんな相手はいない!」

「そうか」

「おやぁ? なんだい奏くーん。安心したか? オレが同類だってことを知ってさ」

 何故そうなる。残念ながらカズキと違って俺には相手がいるもんね! デートだって……ん? そういや最近は誰かと出かけたりしてないかも。

「はいはい。そうですねー。行く所があるなら、早く行きやがれってんだ。遅刻しても知らんぞ」

「つれないなぁ。ま、奏だからしゃーないか。それじゃ、ばいばーい」

 カズキはそう言って教室から出て行く。もう戻って来なくていいぞ。

「行っちゃった。ふむ、私のエスコートは先生ってことで良いのかな?」

 まさに疾風の如く去って行ってしまったカズキを見送ると、ヒナギクさんが俺の手を取り笑顔を向けてくる。

 なんというか、人懐っこそうな顔だ。アホっぽいという方が表現として正しいか? 美人の範疇にはあると思うけどね。好みかと聞かれると疑問が残る。

「あ、はい。転校生の校内案内も教師の務めですからね」

「むぅ。その言い方は気に入らないんだよ。イヤなら断ってくれてもいいんだよ」

 なんでかヒナギクさんが不機嫌になる。おかしい、変なことでも言ったかな。

「きょーま。私も、手伝う?」

「大丈夫だ。学校の案内くらい一人で十分だろ? それにアリア、今日は観たいドラマがあるんじゃなかったか」

「! そうだった。ごめん、先に帰る」

 今思い出したのか。慌てなくても放映まで時間はまだ余裕があるぞ。


 アリアは自宅へ向けて駆けていった。

 それはもう目にも追えないスピードでね。どれだけ楽しみにしているんだ……怖ろしいな時代劇の魅力って。


「さて、ヒナギクさん。どこから周りますか」

「つーん」

 えぇ。まだ機嫌が直ってないのかよ。

「はぁ。それだったら、今日はそのまま帰りましょう。気が向かないみたいですしね」

 俺と一緒なのが不服なのかもしれないし、明日改めてカズキに案内を任せようと思う。最初からその予定だったみたいだしさ。

「え? いや、行くよ。ごめん、ちょっと大人気なかったんだよ。キミのことが嫌いなわけじゃないからね。そこのところ誤解しちゃヤなんだよ」

 ため息をつきながら握られていた手を離そうとしたら、急に焦り出すヒナギクさん。

 嫌われているとは思っていないよ。それだったら手を握ってきたりしないもんね。

「わかりました。うーんと、それだったら――」

 離れかけていた手を握り直し、俺は学校案内を開始する。


「まず、ここが保健室になります」

 教室から一番近い場所がここだった。

「え!? そ、そんな……いきなりはちょっと困るんだよ。心の準備というものが」

 彼女は何を言っているのだろうか。

「怪我をした場合はここにまず来てください。腕が取れたとか、体の欠損をしたとかの大怪我じゃなければだいたい治りますので」

「…………あ、そうだね。それにしても、欠損以外治るとかどんな医療施設なんだよ」

「まぁ、生徒の多い学校ですからね。それなりに怪我をする人はいるんですよ。だから、もしもの事態に備えて専門的な知識を持っている方に来てもらっています。さすがに手術は出来ませんが、簡単な医療行為くらいは可能ですよ? 他には消毒液なども当然ありますし、貼るだけで裂傷をふさげるテープとか、色々と揃っています」

 以前、校内で喧嘩をした生徒が相手に刃物で腹を切りつけられて内臓が飛び出てしまったという事件がある。

 幸いにも俺が登校していたのですぐに治療できたのだが、あれは焦った。そのため、治療の専門医を学校に雇い入れるという事にしたのだ。もちろんこれは俺のポケットマネーから給料が発生している正式な雇用になる。さすがに善意のボランティアで医者は来てくれないからね。

 ちなみに、俺が普段から着けているポーチの中には医療器具もバッチリ収納済みなのだ。人生何があるかわからないからね。本来は資格が無ければ医療行為をしてはいけないらしいが、黙ってれば大丈夫だろ。緊急事態だったし。それに現在はちゃんと持ってるからね、資格。えっへん。医療用PETデバイスを如何に巧く扱えるかが資格を取れるかのラインらしい。慣れれば簡単なのに取得者数が少ないのが残念だ。


「そして、ここが食堂です。普段から使っていると思いますが、一応」

 お次は皆大好きお食事処である。

 本日も昼食時に使ったので、あえて説明はいらないと思うけれど。

「うん。ここは知っているんだよ。ビーフシチューがとっても美味しいから気に入ってる」

「そうですか。パンとご飯、どっち派なの?」

「それはもちろん、ご飯? あれ、パンも頼めるの」

 おや。知らなかったのか。たしかにメニューには書いてないよなぁ、改善します。

「シチュー専用のバターパンがあるよ。普通に並んでるのと違って固めに焼き上げたやつがさ。食堂の人に言うと出してくれる」

 そのままではガリガリ、モソモソで食べづらい。しかしながら、液体につけると途端に様変わりするのだ。ほかほかモチモチのバターの風味が香るとても――

「先生。よだれ出てる」

「おっといけない。想像してたら、つい」

 これは恥ずかしい場面を見せてしまった。でも、アレの美味しさを知らないのはもったいない。ぜひ次回からは注文してほしい。

「そんなに美味しいのか……わかった。今日の夜にでも頼んでみるんだよ」

 うん。それがいい。


「最後はここかな」

 あの後、乾いた唾液の跡をヒナギクさんに笑われつつ校舎の中を案内して最後に行き着いたのがここだった。


「ここは――?」

 入った部屋には所狭しと金属の塊が置かれていた。

 書類の束と、作りかけの何かのフレーム。


「ようこそ。俺の研究室へ」


 そう。ここは俺がPET関連の機器を開発するのに使っている部屋だ。

 自宅の部屋では広さが足りない時などにここを使っている。いや、いた。というのも、最近はそこまで大掛かりな物を作ることをしないからだ。以前は大きなロボみたいな物を造ろうとかしていたんだが、機巧獣と戦ってからというもの……大きさに魅力を感じなくなってしまったのだ。自分ではあれほど緻密な設計の物を作れないと悟ったからかもしれない。誰かが作れるなら、あえて俺が作製しなくても――そんな気持ちになってさ。


「………………」

 ヒナギクさんは落ちていた紙、設計図かな? それを拾い上げ、まじまじと観察している。

「研究室と言っても現在は既に使ってないんですけれどね」

「そうなの? こんなに色々あるのに」

「ええ。創作意欲が萎えてしまったとでも言いましょうか……以前ほどはね」

「ふーん」

 もはや過去の自分が何を目指していたのかすら思い出せない。設計図に描かれたイラストを見る限りは、ロボなんだけれど。でも、自律型ではないのかな? よくわからん。


 その後もヒナギクさんは部屋に転がっている金属片を手に持って熱心に設計図とにらめっこしていた。


「……気に入りましたか?」

「うん。ここは宝の山なんだよ! ほらこれ、この金属!! どうしてこんなに大量に持っているんだよキミは。すっごく高いんだよ、コレ」

 ブンブンと金属でできた棒を振り回すヒナギクさんの顔はとても興奮した様子だ。ワクワクが止まらねーという感じだな。

「へぇ。入荷したのを片っ端から購入していたので、値段とか気にしたことありませんでした。そんなにレアな物だったんですねぇ」

 あの頃は単純に師匠に追いつきたい一心だったからなぁ。それにいくら使っても減らない財産があったのも原因かもしれない。買える物ならなんでも手に入るというのは、それだけで金銭感覚がおかしくなるらしい。沙耶に時々怒られるし……。

「あっ、そうだ!」

 ここで良いことを思いつく。

 宝の持ち腐れなこの部屋を彼女に使ってもらうのはどうだろうか。

「ヒナギクさんって、物を作るのは好きです……よね。だったら、この部屋を使いませんか?」

 聞くまでもないことを質問するところだった。見てわかるだろという話である。

「え!? それって、つまり」

「いえす。ここにある道具と素材を使い放題になります。どうせ俺はあまり利用してないですし、教材を置くスペースだけ残しておいてくれれば、あとは好きに使ってくれて良いですよ?」

 学校で使う物を置く棚だけは使用していたりする。部屋に入ってすぐの所にある木目調のやつだ。ジョージさんが作ってくれた物なので、これだけは俺専用にしたい。結構気に入っているのだ。

「マジか! いやっほい、研究室ゲットなんだよー!!」

 すごい喜び様だ。

 彼女がこの学校に来た目的もこれで達成し易くなったはず。

「はは。良かったですねヒナギクさん」

 小躍りする彼女の動きで申し訳程度に纏められていた書類の束が散らばる。

 どうせだから少し片付けておくか。そう思い、屈んだ瞬間。


 何かが頭上を通り過ぎて行った。


「へぎゃ……ッ!!」


 え!? なんだ、何が起こった。

 断末魔のような叫び声に驚き、慌てて顔を上げる。


「ヒナギク、さん……?」


 そこには、


『見つけましたよ。デイジー・クラフト』


 覆い被さるように彼女を押さえつける、黒い猟犬がいた。



第一部一章の奴が来た編の誤字脱字修正終わったー。あとはちょろちょろと話の大筋を崩さない程度に加筆しましたので、幾分か読み易くなった……はず。

というわけで、第三部の最終章始まりました。これで週一更新すれば年内に終わるね! ストックはないけれども!

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