63 バチバチ
事情を聞くと、それはもう笑うしかない出来事が起きていた。
「ちょっと! 笑い事じゃないですよキョーマ!! 大変だったんですからね」
「ごめんごめん。でも、うん……リンネ、体の調子はどうだ? どこか変な感じがしたり、痛みとかはないか」
話は単純で、リンネが外にある電線をぶった切ってしまったということらしかった。
「はい。その点は心配なく……目の前にお星様が飛んだくらいで、特に異常はねぇッスよ。くそぅ、美味しそうな鳥がいたんで捕まえようと思ったんデスけれどねぇ」
と、彼女が事の顛末を話してくれた。
野生の狩猟本能がそうさせたのかな? ともかく、怪我がなくてよかった。
「りんねはもう少し反省した方が、いいと、思う」
「そうですね。おかげで沙耶さんたち、止まっちゃいましたから……」
なるほど。全く動かないと思ったら充電切れか! 久しぶりに見たけれど、これで眠っているだけなんだぜ。
「外部充電中に突然電力が停止したので、切り替えも間に合わずにそのまま落ちてしまったようです。メモリなどに影響はないようなので、あまり心配はないんですけれどね。そろそろ起きるんじゃないでしょうか」
母さんと沙耶は市販品のパーツで構成されているため、数日に一度こうして外部充電をしなければならない日があるのだ。内蔵バッテリーを長持ちさせるためらしいが、詳しい理屈はわからない。今みたいに眠っているだけでも体内でエネルギーの生産は可能なのだから、外部から入れる必要はあるのかね? 暇がある時にでも調べてみるか。イクスブラッドから渡された機巧人形の取扱説明書がたしかあったはずだ。今まで一度も読んだことないけれど……。
「……ふぁあ。うみゅ、なんだか体が重い」
「あ、うぅ。息子、状況説明を……あと、空腹」
シエルが話していたら、タイミングよく起き出す二人。
気だるそうに視線を彷徨わす沙耶に、くぅーという可愛い腹の音を鳴らす母さん。うん、問題はなさそうだ。よかったよかった。
「もぐもぐもぐ、おいしい。何故か今日のごはんは格別な味がする」
炊き込みご飯ができたので、夕食を食べ始める。
母さんは頬をめいっぱいに膨らませ、リスのような顔になって涙ぐみながら咀嚼していた。普段は無言で食べているのに、今日は感想を言うくらいには感動しているらしい。
「わかる。お肉の脂身がこれほど体に染み渡る感覚は今まで感じたことがないよぅ。お兄ちゃん、一枚もらうねー」
「あ、うん。いいけど」
沙耶は俺の分に盛られた皿から生姜焼きの肉を一枚かっさらっていった。急がなくてもシエルが追加で焼いてくれているから安心しろ。とりあえず俺は肉汁の染みた付け合せのキャベツでも食べていよう。これはこれで美味しいからね。シャクシャク……俺も肉食べたい。
「申し訳ねぇッス、マスター。私の分を食べてください」
そんなやりとりを見ていたリンネが自分の皿から肉を渡してきた。なんていい子……原因を作ったのもこの子だけど気にしてはいけない。
「気にするなって。誰にでも失敗はあるさ」
「マスター……」
くっ。なんて可愛い顔なのだろう。リンネのやつ、瞳を潤ませながら見つめてきやがる。
「きょーま、あーん」
「あむ。もぐむぐ、ありがとうアリア」
アリアは俺の口に肉を直接入れにきた。
が、噛んでて気付く。付け合せにあった、自分の嫌いな野菜を包んできただけだと。
「新しいのが焼けましたよー。どんどん食べてくださいねー」
「ごはんのおかわり、できる?」
「あ、私もー」
肉を山盛りにした皿を抱えてきたシエルに母さんと沙耶は更なる要求を述べる。
「もちろんですよ。ほら、キョーマも遠慮せずに食べてくださいね」
「うん。ちゃんと食べてるから心配すんな」
むしろシエルの方こそ食べないのかね? さっきからずっとキッチンに立ちっぱなしのような……。
「はい? ああ私は大丈夫ですよ。味見とかで結構パクついてますからねぇ」
俺の視線に気付いてシエルはそう答えた。それならいいんだけどさ。
夕飯が遅れた原因は電線が切れた事による停電らしい。
沙耶たちの充電もそうなのだが、この家には電気を使う物が数多く存在するのだ。
キッチンにある炊飯器などの調理器具はもちろんのこと、生活を送る上で電力消費をしない物の方が少ないだろう。つまり、電気の供給が途切れてしまうと何も出来ないのである。これは対策を考えておかなければならないかもしれん。いざとなったら非常用電源もあるにはあるが……容量が心許ないんだよなぁアレって。電圧も不安定だし、あくまで非常時に使う物だ。
リンネがやらかしたのは昼過ぎ頃で、修理の業者が到着したのが夕方になってからだったそうだ。
まぁ、切れてしまった電線の代わりを用意する時間は必要だししょうがないか。連絡をくれれば俺が、とも思ったが、それは出来ないんだよね。うちに来ている電線って高圧の物だから素人が触るわけにはいかないし、下手に弄ると接触不良でショートしたりで大変なことになる。こういうのは専門家に任せた方が確実で早いし安全である。
「ごちそうさまでした」
「はぁ、生き返ったーーー!! 突然視界がブラックアウトした時は死んだかと思ったよー」
食べ終わると沙耶と母さんは自室へと戻り、一眠りするとのことだった。
さっきまで寝ていただろ。なんて文句は絶対に言ってはいけない。沙耶の言う通り、一歩間違えば大惨事だったのだから。
システム上、充電中のアクシデントは想定内である。しかしながら、今回のように電線が切れた場合、一時的に電圧の不安定な電流が機体に流れることがある。通常、供給が切れるだけなら何も問題はない。充電用の接続プラグが抜けてしまったなど、よくある話だしね。でも、想定以上の電流が流れたりした場合が危険なのだ。下手をするとシステムそのものが狂ってしまう可能性だってあるからなぁ。今回は大丈夫だったけれど、毎回平気とは限らないのさ。トラブルはない方がいいに決まっている。
「二人ともおやすみ。ゆっくり休んでくれ」
「おやすみ」
「ふっ、闇が私を呼んでるぜッ」
沙耶……。
「マスター。私はどうしたらいいんでしょうか」
二人が自室で寝息を立てている頃、俺はリンネに真面目な相談をされていた。
ちなみにアリアはもう寝ている。ソファの上で俺のふとももを枕にしながらね。さらさらの黒髪がなんとも触り心地がいい。
「どうしたら、って。何がだ?」
「いや、あの。今日の失態についてです……」
別にどうもしなくていいと思うけれど? 誰も怪我してないし、大変だったのはシエルだけだよ。
「私は気にしていませんよ。ちゃんと謝ってもらいましたしね」
「だってさ。沙耶と母さんも特に問題ないみたいだし、落ち込むなよそんなに」
「ですが…………」
うなだれてしょんぼりするリンネだが、こんな人だったのかウサリーネさんって。
考えてみれば彼女のことをあまりよくは知らないんだよなぁ。一緒に住むようになって日が浅いせいもあるが、いまいち性格がわからん。突拍子もない事をしたと思ったら、それに対して責任を感じてこうして落ち込んでみたり。
「俺としてはリンネの方が心配なんだが」
「私、ですか……?」
「うん。目の前に星が、とか言っていたけれどさ――視界にそんなモノが映るってヤバくないか。どう思うシエル」
「はい。私も少し心配です。言動に異変は感じませんけれど、内部で小さな故障が起きている可能性は捨て切れませんねぇ」
人間であれば何かがあって視界がブレることは結構ある。処理しているのが脳である以上、眼球で捉えていない物が見えるなんてのも不思議じゃないしな。だが、機巧人形は別だ。実際に見えていない物が見えたとしたら――それは誤作動なのである。特に星が見えたというあたり、機体に電流が流れてスパークしたというのが正しいだろう。現在は平気でも後々問題が起こるかもしれない。明日にでも師匠の所に連れて行って検査してもらうか。
「つーわけで、リンネは明日師匠の所で検査な。拒否権はないから」
「ですねぇ。私もそれがいいと思います。ちょうど研究室に行く予定でしたので、一緒に連れて行きますよ」
お、それは都合がいい。
俺は明日から少し予定があるからな。急ぐ必要はないと思うが、できるだけ情報は集めたいところだしね。
「そっか。それじゃ、シエルに任せる」
「はい。任されました」
この日はこれで話は終わる。
リンネは市販品と違ってハイブリッドタイプなので内部も繊細なのだ。用心に越したことはないだろう。
翌日、シエルはリンネを連れて研究室へとやって来ていた。
「久しいなウサ……リンネ!」
ちょっと言い間違いそうになる緋華さん。別にどちらでも彼女の名前なんですし、いいと思いますけれどね。なにか理由があるのでしょう。追及はしない方がよさそうです。
「おいッス。ちょっくら検査してくれッス」
と。そんな緋華さんに気軽な感じで検査してほしいとお願いするリンネさん。頼み事をする態度ではないと思います。私が注意するべきでしょうか?
「それはかまわないけれど……なにかあったのかシエルくん」
「えっ、あ、はい。ちょっと事故がありまして、リンネさんの体内に高圧電流が流れた可能性があるのですよ。それでキョーマと相談した結果、ここに連れて来るのが最善という話になりまして」
事故とはいっても本人が起こした自業自得の物である。しかしながら、ここでそれを言うほど私は悪い性格をしていない。はず。たしかに昨日は調理時間が遅れてしまいましたが、私自身は何も被害を受けていませんのでいいのです。はい。でも、少しくらいなら本当の事を言っても――
「すみませんッス。電線に飛びついてそれを切ったあげく、体がシビシビしたので検査をしてほしいデス。自業自得なのは理解していまス。でも、マスターたちが心配だと言うので……お願いしまス」
あれ? 自分で言っちゃいました!
気を使う必要はなかったみたいですね。あはは、よかった。嫌味を口に出さないで。
「そうか。うん、わかったよ。正直に言ったから検査してやる。服を脱いでこっちの部屋に来い」
「りょーかいッス!」
その場で着ていた衣服を脱ぎ始めるリンネさん。
わぁ!? なんで、どうして!! 私もいるんですよ!?
「何を慌てているんだシエルくんは。女同士だろ、気にしすぎはよくないよ」
「そうッスよー。マスターなんてじっくり観察してくるッスからねぇ」
「え゛」
衝撃の事実に思わず変な声が出てしまう。
そんな、まさか。キョーマが――えぇ!! あれ、でもキョーマなら……
「冗談ッスよ? 人にはみせてはいけない顔で驚かれると、こっちとしてもちょっと反応に困るッス」
「おい。ウ、ウサミリンネ! 察してやれ。それだけ彼のことを信頼しているということだろう」
「はぅぅ。ごめんなさいですキョーマ……」
はたしてそれは何に対しての謝罪だったのか。それは誰にもわからない。
ややあって、リンネさんの検査が終わった。
「うむ。何も問題はないようだね。当時あった現象については、たぶん一時的なものだろうな」
「そうッスかー。よかったッス! これでマスターの悩み事が一つ消えました」
精密検査をした結果、特に異常は見られないということらしい。やはり専門家に調べてもらうと安心感がある。いや、私も一応専門家だったような……。気にしてはいけない。ほら、リンネさんはハイブリッドタイプで普通の機巧人形じゃないし。ね?
「まったく。あんまりやんちゃな事をするんでないよ。君はもう一人の体じゃないんだからね」
「はい……大事に育てるッス」
そう言ってリンネさんはお腹のあたりを優しく撫でる。え? それってつまり!?
「シエルくん。ごめん、冗談だから。そんな泣きそうな顔しないでくれ」
「はわわわ。さっきの流れからいってジョークだと理解してくれると思ったんデスがッ」
何故だか二人の方が慌てだしてしまう。わ、私は別に、そんな……。
「だ、ダイジョウブですよ? わかっていましたから」
「ほんとに?」
「………………」
帰りたい。
「さて、それではシエルくん。共同研究の続きをしようか」
リンネさんの件も無事に解決したところで緋華さんが話を切り出してきた。
そうだった。私はそのために今日ここへ来たのだった! ついでの方が主目的になっていました。
「あー、私は帰っても?」
「いいぞ。君にはわからん話だろうしな。邪魔をしないというなら、そこらにいてもいいが」
「いや、たぶん邪魔になると思うのでもう帰るッス。本日はありがとうございました、燈センセー」
スチャッと敬礼をしてそそくさと研究室から去ってしまうリンネさん。
彼女にとってここはあまり居心地の良い所ではないらしい。私は好きですけれどねぇ、この雑多な感じがまた懐かしくて。
「ふむ。まあいいか、どうせ役に立たんしな」
少し寂しそうなのは何故なのか。ああ、そういえば一緒に生活していた時期があるんでしたね。なるほどなるほど。
うんうんと頷く私の顔を見て、緋華さんは微妙な表情をする。
「そういうんじゃないからな?」
「ふへへ。わかってますよー」
「絶対わかってなーい!!」
そんなこんなで楽しい会議の始まりだ。
緋華さんとは話のレベルが合うというか、専門用語を使っても理解してくれるので会話が弾みます。
キョーマも多少は理解してくれるんですが、どうにも知識はそれほどでもないもようでして……。発想の奇抜さや応用の具合だけで言えば天才と称しても間違いない少年なのです。しかし、考え方そのものに経験の浅さが出ているというか。こればっかりは時間がかかりますからねぇ。仕方ありませんか。
「いやまて、その式はこちらの方が――」
「なにを言っているんですか。こっちのが早くて――」
「ほうほう。それもアリだな」
「でしょう? あ、緋華さんの考えた設計も後半の方は私の物より緻密ですよね。もしかして、起動プロセスの――」
本当に楽しい。
誰かとこうして同じ物を創り上げることが出来るなんて、夢にも思わなかった。
先生を追いかけている日々も、それはそれで充実していたが……比べるまでもない。
「ふへへ」
「? どうしたシエルくん、突然笑い出して」
おっと、幸せすぎて顔に出てしまった。
のんびりと時間を忘れて討論を繰り広げられる平和な世界。そんなモノがこの世にあるとは昔は思いもしなかったなぁ。先生と行く所は基本的に命のやりとりがある戦場だったしね。もう戻らなくてもいいのかもしれない。この幸せが続くのなら、それが私にとっての最良だ。
「いや、平和だなぁと思いまして」
「む。そうか……たしか君は……」
「あれ? そっか、キョーマに聞いたんですね。そうです、私はこの国に来るまで戦場を駆けていました。でも、それを大変だとか不幸だとか思ったことはなかったんですよ。目標にする人の後を追うのに忙しくて、他の考えなんて何処かに忘れてきちゃったんです。でも、キョーマと再会して……アリアに出会って、緋華さんとこうして友達になれて」
話していたら涙が流れていた。
どうしてだろう。今のこの時間さえ幸せだというのに、先生の顔を思い浮かべてしまう。
「……シエルくん。君は今後、どうするんだい」
「どう、とは」
「そのままの意味さ。ブリジットといったか? その先生とやらの元に帰るのか。それとも、このまま響真くんの所で世話になるのかだ」
それはもちろん。
「帰りません。私の居場所はここです!」
考えるまでもない。キョーマと離れるなんて、もう考えられないのだ。
彼とは、きっと。私の一方的な気持ちだったとしても、ずっと共に生きていきたいと思っている。そう思えるに足る人物なのだ、奏響真という男の子は。
「そうか。なら、君はライバルだな!!」
へ? なんでそうなるのでしょう。
「えっと。あれ?」
「何を呆けているのだ君は。同じ男性を取り合う仲なのだから当然であろう? まぁ、響真くんは全員娶ると思うけどさ……誰が一番なのかって話だ。私は図らずも強力な敵を作ってしまったからなぁ。リンネのやつめ、顔だけは彼のタイプど真ん中だし。くそぅ、本来なら私があのポジションにいるはずだったのにぃ」
悔しそうに机をバンバンと叩く緋華さん。って、そうじゃなくて。
「キョーマは、私なんかを選んでくれるのでしょうか……?」
彼の周りには魅力的な女性がたくさんいる。アリアはもちろんのこと、沙耶さんやお義母さん。リンネさんもそうだし、緋華さんは一番強敵だ。なんたって彼の命の恩人だという。彼女に勝つなんて私には不可能に思える。
だって、私はただの居候だし……。うん。考えてみれば、私だけ部外者じゃないか。
キョーマは家族だと言ってはくれているが、なんだか他の人はと違う気がする。
「あっはっは!」
と、不安に思う私のことを緋華さんは大笑いしてくれる。ひどい。
「おっと、ごめんよ。馬鹿にしたわけじゃないんだ。どうしてそんなに自信がないのかと思ってさ、想像してみたら、つい、ね」
「それって、結局馬鹿にしてません?」
「あーうん。そうかも」
「ガーン」
「ふはは。だって、君は響真くんに必要とされてないとか思っているんだろう?」
そんなことは……ないとも言い切れない。特にここ最近は人が増えたせいか、キョーマは私に対して素っ気ない態度を取ることが増えた気がするし。
「それは絶対にありえない。私が保証する」
「本当に、そうでしょうか」
「考えてもみろ。君は彼によく頼まれごとをされないか」
「んー……されますね。おつかいとか、誰かの面倒を見てくれだとか、留守番を頼まれたり?」
だからなんだというのか。そんなの、ただの小間使いでしかないじゃないか。あ、言ってて悲しくなってきた。ふぇ。
「それは彼の信頼の証だ」
「は?」
「実はな、響真くんは一時期人間不信に陥っていた事があって……まぁ、それが私と出逢った時期でもあるんだが。あの時から彼は基本的に人間を信用していない。いや、事故が原因なんだろうが、そんな事はこの際どうでもいい。私だって彼に頼まれごとはされないんだ。君が言うところの、一番である私がだよ? つまり、信用されていないってことだ。完全にはね。きっと、大人は嘘をつくものだと思っているんだろうさ。間違っていないのが、なんとも笑える話だけど。それでも、君にはちゃんと頼みごとをする。彼にとって最も重要な場所である拠点、我が家を任せるなんて信頼しきっている証拠じゃないか。そうは思わないかい」
そう言われてしまうと反論できない。
思い起こしてみれば、キョーマの周りにいる者は機巧人形が多い。あの家にいる者だけで絞ってしまえば、私だけが人間なのである。それなのに、あえて私に頼みごとをするのは何故なのか。
おつかいくらい沙耶さんでも出来る。現に一度私が不在の時に頼んでいたみたいだし? それでも、私が在宅の時には必ずといっていいほど頼まれる。留守番もそうだ。よく考えたら沙耶さんとお義母さんがいつもいる! あれ、だったら――
「うーん?」
考えが纏まらない。
結局、緋華さんは何が言いたいのだろう。
「難しく考える必要なんてないんだけれどなぁ。単に君が響真くんにとって誰よりも必要な存在ってだけなんだから。悔しいが、出会い方からして強烈なんだよ君の場合。ちゃんと聞いたことはないけど、あの時狂わなかったのは君がいたおかげだって彼は言っていたよ」
ああそうか。キョーマに出逢ったのは私の方が先なんだ、緋華さんよりも。
特別何かをした覚えはない。しかし、彼はそれに感謝しているのだという。不思議な話だ。
「ですが、やっぱり納得できません。信頼されているとしても、それが、その感情が私の求めているものとは言えないですからね」
「面倒な子だなぁ。ま、否定はしないがね。そう思うのも君の勝手さ、せいぜい足掻くといい。それもまた人生なり」
「なんですか、それ……」
キョーマのこととなると、どうしてこんなにもムキになってしまうのでしょうか。わかりません。
自分で自分が何に対して怒っているのか、その理由を理解する日は来るのですかね。
この日の討論はここでお開きになる。
「私はいったい何をしにあそこへ行ったのですか」
研究室を後にし、暗くなった空を見上げる。
その疑問に答えてくれる者は当然ながら誰もいない。
「帰りましょう……今日の夕飯は何がいいですかねぇ」
家族の誰の好みに合わせるか。そんな普通でありきたりな事を考えている時点で、彼女の悩みは晴れている。それに気付くのは、まだ先の話であった。
本日二話目。次話から三部終章に入ります。
更新日については未定。それほど遅くはならないと思います。




