62 追跡者
赤い髪を揺らし、師匠はニヤリと笑いながら提案をする。
「ただし、一つ条件がある」
人差し指を立て、俺の鼻をツンと突いた。
「怪我だけはするな。君はなにかと自分の身を犠牲にし過ぎているからね」
「え、あ……はい」
それについては否定できない。以前シエルにも怒られたが、どうにも俺は自分の体について無頓着なのである。なまじ機械の腕や脚を持っているだけに、多少無理をしても平気だろうという考えがあるのだ。
たしかに普通の人間よりは頑丈である。首が取れたってすぐに戻せば元通りだしね。
しかし、それは。一歩間違えば死に繋がる危険な事でもあるのだ。例えば機巧獣との戦いで、もしアリアがいなかったら? 俺一人では確実に殺されていただろう。異常な回復速度があるとはいえ、それを上回る攻撃をされたらおしまいなのだ。それに、仮にシエルと再開していなかったのなら……わけもわからず、この身は焼けて灰になっていたはずだ。竜の息吹は現在も常に存在しているが、シエルと師匠のおかげでこうして問題にならずに済んでいた。それは紛れもない事実で――
「響真くん? どうしたんだ、いきなり」
眼前にあった師匠の手をいつの間にか握り締めていた。
「いえ。俺が無理をしたら、また助けてくれますよね。師匠なら、きっと」
「――――もちろんだとも」
俺の馬鹿な呟きに力強く返事をしてくれる。
「なんて言うと思ったか、このアホんだらぁ!!」
ポカンッと、師匠は足りない身長を補うべく軽く飛び跳ねて俺の頭を叩いてきた。
「私は君の保護者かなんかなのか!? なんで君のことをいちいち助けてやらねばならんのだ! 怪我したら全力で治すけれども! いや、違う! そもそも怪我をするなと言っているんだよ私はッ!!」
「し、師匠……痛い」
「反省が足らん!! もっと――あ、頭を抑えるなぁぁぁああああ! 届かないから!」
ふふふ。これが飛び越えられぬ壁というものなのだよ。いやまぁ、跳ねられないように頭上から体重を乗せているだけなんだけれどね。うむ、ちょうどいい高さに枕があるな。すぴぃ。
「なぜ寝る!?」
「師匠の毛髪枕、いい匂いがしてフカフカです」
手で押さえるのも疲れたので師匠の頭の上に顔を横にして乗せてみたのだ。枕代わりにね!
冗談のつもりだったが、少し癖のある赤い髪は極上の肌触りであった。
「う、うむ。や、えっと……おいデューク、笑っていないで助けてくれ」
俺の予期せぬ行いにうろたえた師匠はデュークさんに救助を要請していた。無駄だと思うけれどね。
「私のことは気にせずに続けてくれていいぞ。良かったな嫁の貰い手ができて」
「んなッ!?」
ほらね。デュークさんは俺と師匠の仲を知っているのだ。というか、色々と知りうる立場にあるのである。
「待てよ? お前が響真とくっつくってことは……お前、私の娘になるのか……え、マジか」
自分で肯定した事実に顔を青くする。
「はい? 何を言っているんだ君は。なんで私が君の娘になるんだい」
「お前こそ何を言っている。私は響真の父親なんだぞ。その、義理ではあるが自慢の息子だ」
ポッと、今度は顔を赤らめ――待て、その見た目でそういう仕草はやめてくれ。威厳もなにもないじゃないか。まったく。
「へ? 君が、響真くんの……お義父さんなの」
「あれ、知らなかったんですか師匠。デュークさんは俺の義理の父、そして母さんの夫――ぐぎぎ」
「響真。何度も言っているが、あれとは一切関係を持っていないからな? 好きならそう伝えるといい。特殊な家庭環境ゆえに法的にも何も問題はないと教えたはずだぞ」
人としての権利を得てはいるが、機巧人形は人間ではない。つまり、近親婚も可能なのだ。
当然そんなことは知っている。そうじゃなくて、なんだろう、書類上だけとはいえ誰かと結婚しているという事実が許せないのだ。そりゃデュークさんのことは嫌いじゃないし、どちらかといえば好印象だけれどさぁ。それとこれとは話が別なんだよ!
「はは。気持ちはわからんでもない」
ふくれっ面になっている俺の顔を見て、デュークさんが苦笑いを浮かべた。
「私も男だからな。自分の好いている女が誰かのモノだったら、同じようなことを考えるさ。うんうん。それで?」
「それでって?」
「とぼけるな。この強欲息子よ」
酷い言われようだな、おい。
「渡された書類に家族構成を記した紙が入っていたが、どの子が一番好きなんだ。参考までに教えてくれ」
別に教えるのはかまわないけど、顔に似合わずノリがいい父親である。
外見だけならどこぞの王様みたいなカッコイイ感じの渋さを持っているんだけれどねぇ。
「デューク義父さん、そろそろ話を戻していいかな」
……ん?
「おっと、すまない。お前の話が途中だったな」
「うん。呼び方は今後の課題だな、違和感がある。デュークとは歳があまり変わらんからなぁ……はっ!? 響真くん、こんな年増でも嫌いにならないでね?」
なんの心配をしているんだろうか。実年齢はともかく、見た目は俺とそこまで差がない気がする。沙耶なんかと比べると、師匠の方が俺の妹みたいな外見だったり。不思議だ。でも、そういうところまで含めて好きなんだよね。可愛さを愛でると怒るけれど。
「……響真、こんなババァでもいいのか」
「聴こえてるぞデューク!」
本当に仲が良いよなこの人たち。昔からの知り合いなんだったか。
ちなみに師匠曰くデュークさんは俺といる時といない時で若干性格が違うみたいだ。彼にとっても俺は唯一の家族らしく、そばにいると気が弛むとかなんとか。以前はちょくちょく我が家にも顔を出していたのにシエルが来てからは一度も帰って来る気配がないのだが……遠慮しているのかねぇ。今度、夕飯時に招いて大盛ごはんのデスコンボを味わってもらおうかな。デュークさんも大食漢だと教えてもらったことがあるけど、母さんとどちらが上なのか競ってみてくれ。見ているだけで胸焼けしそうだから審判は沙耶に任せる。
「はぁ。君と話していると疲れるよデューク……あと、響真くん。さっきは怪我をするなという条件を出したが、あれは訂正するよ。正確には――『彼』とは絶対に戦うな、だ」
急に話が戻った。
なるほど。怪我をするなでは戦闘の許可はするみたいなニュアンスだったものね。
つまり、逃亡者を助けたいのなら――あれ。これって無理難題なんじゃないか。
「それって、敵対行動全てをとるなって意味でしょうか」
「ああ、その通りだよ響真くん。その時の条件にもよるだろうが、最悪の場合……怪我だけでは済まないかもしれないからね。相手は任務を忠実にこなす猟犬だ。それもリミッターの外れた機械仕掛けの怪物、容赦はしてくれないだろう」
自分で作っておきながら散々な言い方だな。師匠らしいといえば、らしいのだけれど。完成した物に興味はない! って人だからねぇ。まあ今回は一応、想定外の事態ではあるか。
「俺が戦って勝てる可能性は」
むしろ許可さえしてくれるなら、背後からドラゴンブレスでドッカーンするよ?
地形に与えるダメージも考慮しないといけないので、実際には使うか不明ではある。無難にいくならヒート・ナイフでメッタ刺しかなぁ。変な所に飛んでいってしまっても人的被害は一切出ない安心設計。人の肌より先にナイフの刃先が壊れるからね! あ、でも……加熱していたら火傷するか。やっぱり周りを見てから使おう。うん。
「たぶん無理だろうなぁ」
断言はしないけど、希望は薄い。そんな感じの言葉だ。
「深夜の妙なハイテンションってあるだろ? あの状態の時に作ったからさ、使える物を全て積んでしまったんだよね」
わかる。俺も時々深夜に廃屋地帯を駆け巡っているからね! え、違う? そうか……。
「簡単に説明すると、ウサリーネ……じゃない、リンネだったか今は。彼女と同じアクセルブースターを装備していて、いくら使ってもエネルギー切れを起こさない感じだな。原理は単純で、響真くんが持っているイグニスの解析結果を利用して――排熱循環システムを構築した」
そういえば師匠に一度預けたんだったか。すぐに返してくれたけれど、ちゃんと調べてはいたんだな。
「ほうほう。それで」
「え」
「え?」
続きはないの?
俺のグローブ、イグニス・ハートには他にも拡張機能があるんだけど。
「……すまない。さすがにそこまでは再現出来なかったんだ。というよりも、イグニスはあくまで外部デバイスであって機能面では先ほど私が言ったような排熱を利用するシステムしかないみたいだぞ」
えぇ。じゃあ、エクステンドとかの詳細は師匠にも不明ってことなのか。
「これは憶測でしかないのだが、響真くんの拡張機能の秘密はココにあるのだろうね」
師匠は俺の胸の中央に小さな手を置いて首を傾げる。
「人間には分不相応な物だと以前にも言ったけど、君にはこれくらいのが合っているのかもしれないね」
「えっと、それだと俺が人じゃないみたいに聞こえます」
「はは。あながち間違ってもいないだろう? それとも自覚がないのかな。同じ物が入っているはずの機巧人形だって、これほど高機能ではないのだよ。元々、人間の体を模倣するだけの物であり、生み出される電力量はたかが知れているし、物質の再構成なんてせいぜい肉片を作り出すくらいだ。君も知っての通り、フレームが破損してしまうとコアだけでは修復なんて出来ないしさ。ああ、リンネは別だぞ? 彼女は元が生物だから――あれ、それだと響真くんも同じような物なのかもしれん」
人の体には金属の骨格なんて存在しない。当たり前だ。つまり、人間を模倣する機能ではそれを再現するのは無理があるということになる。リンネの場合はハイブリッド化により素体のコアも変容しているので、この括りからは外れるらしい。
だが、俺の場合はどうなのだろう。
市販品ではないことは確かなのだ。先生が創った人間寄りの機巧人形の素体に使われていたコアもまた、それ相応の機能を持たせられていたに違いない。詳細は先生に訊いてみないとわからないけどね。
「師匠に物扱いされた……でもイヤじゃないのは何故なんだろう」
「響真くん、さすがにそれは特殊すぎる思想だぞ」
あ、師匠が離れていく。どうして後退るように行ったのか。
「まぁ、とにかくだ。私は響真くんの行いを咎めたりはしないから安心するといい」
師匠……なんか遠いです。
「私が思うに、反抗するなら見つからずにやれってことだ」
デュークさんがニカッと笑顔を浮かべて変なことを言ってくる。
見つからずに……?
「だね。『彼』より先に君が逃亡者を見つけ出し、そして懐柔するのだ」
のだ、じゃねぇ。誰が当人かもわからないのに、ヒントも無しに捜せと言うのかこの幼女さんは。
「その場合、逃亡者の処分はどうなるんですか」
俺が捕まえたところで、最終的に結果は変わらないのではないか。そう思って質問をしてみた。
「君に任せる。しかしながら、デバイスの破壊だけはしてほしいかな。そうすれば少なくとも現物が他者に渡る事はないわけだしね」
「いいの?」
「何がさ。その疑問の眼差しに答える言葉が思い浮かばないんだけれど――うん? もしかして響真くん、逃亡者が捕まったあとに殺されるとでも思っていたのかい」
「ち、違うんですか!?」
「当たり前だ馬鹿者。処分というのは降格処分って意味だぞ。無論、破棄したデバイスの情報を外部に漏らさないという約束はしてもらうがな。もしくは記憶の消去でもいい。先日、短期間ではあるが経験した出来事の記憶を消すという装置も開発されたことだしな。安全性は未確認だが、実験結果は近日中に報告されるだろうさ」
驚く俺に対し、デュークさんが注釈を入れてくれる。
それってつまり、誰かの記憶を消す実験中ってことですか。なんて怖くて訊けないや。
短期間がどの程度のものなのか。それすらも不明らしい。さすがに消去したい記憶の指定は出来るみたいだけど、影響の出方が個人によって差があるとか。
イクスブラッドでは国民のためにと言いつつ、私利私欲のために成果を出す研究員もいないことはない。これもその副産物なんだろう。それでも使い方によっては困っている人を助けられるよね。ほら、心的外傷の治療にも有効ではないか! 俺の黒歴史も忘れることができるやもしれぬ。憶えておこう。周りの人が知っていたら意味ないけれども。
「響真くんて、時々恐ろしく物騒な考え方をするよね。君には私たちがそんなに悪者に見えるのかい」
返答に困る質問だな。
少なくともデュークさんは悪党のボスと説明されたら信じてしまう顔だよ? 服装も白一色だし……白髪なのにオールホワイトのチョイスはどうかと思う。そのうち『世界を全て白に染め上げる!』とか言い出しそうだ。星の滅亡を願う怪しい集団……考えてたらワクワクしてきた。俺はそれを内部から食い止める反対勢力の若者。その名も――
「おーい、響真くーん?」
「はッ!? そうです、俺が響真です」
「何を言っているんだお前は……」
妄想が過ぎてデュークさんにため息をつかれてしまった。てへ。
「すみませんでした。えと、なんの話でしたっけ」
「いいよ、もう。とにかく、君が達成すべき要点だけ教えるね」
猟犬に出会った場合、絶対に敵対しないこと。
上記注意事項を最優先とし、以下を可能ならば達成するように。
猟犬より先に目的の者を捜し出す。
デバイスを破壊し、その情報を口外しないと確約してもらう。
また、その後の当事者に行う処分については奏響真に一任する。
「こんなところかな」
「うむ。どのみちアレの方が先に見つけるだろうからな、響真は注意事項だけ守ってくれればいいぞ」
ほーう。そこまで言うのなら俺が先に見つけるもんねー。情報は一切ないけどさ!
「わかりました! なるべく頑張りますね」
絶対にとは言い切らない。何故なら、同じ者を追う以上は追跡者同士で鉢合わせになる可能性が高いからだ。というより、それを狙っていたりもする。こちらには情報がなくても、『彼』……チェイサーには捜索の目処が立っているのだ。であるならば、チェイサーを捜した方が俺としては早いことになる。彼に会って話をしてみて、どうしても意見が合わないのなら――その時は戦えばいいさ。仮にこちらの条件である、逃亡者を傷付けないという事を彼が承諾するのなら、そもそも戦闘になんかならないしね。楽観的な考えではあるが、それが最善だと俺は思う。
しかし、ここでふと疑問が浮かんだ。
逃亡者は何故、降格処分程度の事で逃げ出したのだろうか。
「ちょっと訊きたいんですが、降格処分の内容について知りたいです」
真面目な顔で手を上げて質問してみる。
まさか、降格処分そのものが命にかかわるとか……ないよね?
「ん? そりゃあ、普通に減給とかだよ。あとは始末書を書いてもらったり、そんなところだね」
「他には数日ほど奉仕活動を行ってもらうことになっている。ま、近隣のゴミ拾いでもさせるさ。それほどキツイものではないぞ」
ほうほう。結構一般的な対応なんだなぁ。
「でしたら、なんで逃げ出したのでしょうか? 逃亡したりしなければ、こんな大事になったりはしなかったはずですよね」
せいぜい始末書を書かせられるくらいだけで済んだろうに。もちろん、デバイスは破棄される前提であるが。
「さぁ?」
「わからん。そのあたりも記憶が曖昧なのだよ……もしかしたら、私たちはもっと重い罰を与えようとしたのかもしれんな」
「私はそこまで権限がないから、なんとも言えないけどね。きっと、デバイスを悪用されるとでも思ったのかも。ほら、この組織って……ねぇ? わかるだろ響真くん」
師匠はあきれたというジェスチャーをしながら、そんなことを嘯く。あなたもその一員ですよー。
「あはは……」
乾いた笑いしか出ない。
まぁ、なんにせよだ。現時点でこの人たちが逃亡者に対して危害を加える思惑はないらしい。
彼女らが話している言葉が全て真実であるという保証はどこにもないが、それでも嘘だという証拠もないのである。だったら、俺は師匠とデュークさんを信じるまでだ。
「それじゃ、俺はそろそろ帰りますね」
逃亡者の件で忘れていたが、今日は早く帰宅しなければならない日なのだ。
最近帰りが遅いとシエルがむくれていたからね。書類だけ渡して帰るつもりが長々と話してしまったよ。ここに師匠がいるとは思わなかったしさ。
「そうか。なんなら送って行くぞ? 今日は車で来ているからね」
「いいんですか? それは助かります」
この研究施設は郊外にあり、バスの運行ルートから少し離れているのだ。そのため、歩いてきたのだが……久しぶりだったせいもあってか、来る時にかなり時間がかかっていた。
いっそアクセルをかけて走るか、そう思っていたのだけれど。もう辺りは暗いため、あまりスピードを出すと衝突事故を起こしかねないんだよねぇ。実は先日、廃屋地帯の家を一軒だが倒壊させてしまったのである。あれは痛かった、帰宅後の家族の視線がね。傷はすぐに修復されても、服までは直らないしさ。気付かぬ内にボロボロになっていたみたい。今度から着替えもポーチに入れておこう。
「さっきのことだけど、ちゃんと守ってくれよ?」
車での移動中、助手席でうつらうつらしている俺に師匠が念を押してきた。
ちなみにデュークさんとは会釈だけして別れてきた。わりと頻繁に会っているので、いまさらという話である。今回みたいに書類を渡す時もそうだが、世間話をしに行く時もままあるのだ。男同士でしか話せない内容の会話とかを結構してるし、死んでしまった実の父親より、もしかすると親っぽい感じがする。あえて口には出さないけれどね。
「……善処します」
はい、とは言えない。
彼女にだけは嘘をつきたくないから。
「はぁ。いいよ、それで。響真くんが怪我をしないか心配なだけだからさ私は」
「すみません」
「謝る必要はない。君が決めたことだ、私はそれを邪魔したりはしないよ」
ハンドルを握る師匠の横顔は、とても優しい顔をしていた。
「送っていただいて、ありがとうございました」
眠気が覚める頃には自宅に着いていた。
時間を確認すると、来た時よりずっと早く帰って来れたみたいだ。俺も免許を取ろうかなぁと一瞬考える。まぁ、普段の生活だとバスの方が利便性が良いので意味はなさそうだけれどね。
「いいよ、ついでだったし。またな、響真くん」
「はい。おやすみなさい」
簡単な別れの挨拶をして師匠は再び車で走り出していった。
「さて、今日の夕飯はなんだろうか」
「おかずは、豚の生姜焼き、だって。あとは、炊き込みごはん……キノコのやつ」
独り言を言ったつもりが、思わぬ返答に驚く。
声がした庭の方を見ると、そこには金色に輝く二つの双眸があった。
「アリアか。ただいま」
「ん。おかえりなさい、きょーま」
暗闇に突如浮かび上がる瞳。普通なら恐怖する場面ではある。まぁ若干驚いたがいつものことなのだ。
アリアは家にいる時、だいたいこうして俺の帰りを待っていてくれる。タマさんと遊びながらね。
「シエルのやつ、怒ってない?」
車で帰って来たが伝えてあった時間より少しだけ遅れていた。
「大丈夫だと思う。夕飯作るのも、遅れたから」
「そっか。何かあったのか?」
「……うん。ちょっとした、とらぶる」
トラブルねぇ……とりあえず、中に入ってからシエルに聞いてみるか。
アリアを連れてリビングの方に行ってみると――
「ごめんなさい。本当にごめんなさいッス」
リンネが調理中のシエルに向かって土下座をしていた。
何事!?
「ただいま。何かあった――から、こうなってるみたいだけど。説明してくれるかな」
床に頭を擦りつけているリンネはともかく、沙耶と母さんまでおかしな事になっていた。
二人はテーブルに突っ伏したまま微動だにしていない。まるで電池の切れてしまったオモチャのようである。
「ああ、キョーマ。おかえりなさい」
炊飯器に炊き込みご飯に使う材料を入れ、スイッチを押してからシエルがこちらへやってきた。
今から炊き上げるのか。ずいぶんと遅いな、シエルにしては。
「聞いてくださいよキョーマ! リンネったらですねー」
次回も引き続き少し長めです。




