61 疑問
「………………」
「あ、これ頼まれてた書類です。あと、家族構成が少し変わったので、そちらについても別途記載しておきましたので確認しておいてください」
パーカーのフードを目深にかぶった少年が白髪の男、デュークへと紙の束を手渡す。
「う、うむ。ごくろうだったな」
受け取った書類はズシリと重い。彼に依頼していたのは次世代型PET端末における空間拡張エネルギー論についてのレポートだ。トートバッグという何でも入る袋が一般庶民に普及してきているが、あれがどのようにして内蔵する空間を維持しているのか。また、電気的なエネルギーを供給する装置もなく如何にして機能しているのかをまとめてもらった物になる。レシピ通りに作れば同じ物が作製できるのは確かなのだ。しかし、その完成までのプロセスを我々は理解しているとは言い難い。
「いやー、まとめるの大変でしたよ。俺自身そこまで詳しく理解しているわけじゃなかったんで、特定の条件下で起動するかしないかをあらためてチェックしたり、その過程で新たな元素を発見したりと色々ありました」
「なるほどな。しかし、新たな元素だと? まさかそれが空間拡張の要だったということなのか」
「いえ? それとは特に関係ないです。詳しくは渡した資料を読んでもらえればわかると思うんですけど、空間拡張に際して必要な物は――」
「……………………」
「? どうしたんですか師匠、そんなに俺のことを見つめて。あれ、そういえばさっき何か言いかけてましたよね。すみませんでした、邪魔しちゃったみたいですね」
「そうだった。何を言おうとしていたのだお前は? なにやら自身ありげな顔で宣言しようとしていたみたいだったが」
パーカーの少年とデュークに聞かれ、赤髪の女は思わずたじろいでしまう。
話というのはタイミングが重要なのだ。出鼻をくじかれた状態で進めろというのか。
「君たちは鬼か。わざとやっているだろう」
「そんなことはないぞ。私は純粋に知りたいのだよ、お前の発言の意味をな」
意味なんてない。単にカッコつけながら言いたかっただけだ。そういうことなので、あまり深くは追及しないでほしい。
「……はぁ。わかったよ」
とはいえ、要求がある以上無視するわけにもいくまい。
渋々ながら赤髪の女は語り出す。
「デューク。君も知っての通り、そこにいる彼はお人よしだ。困っている人がいれば、自分がどうなるかも考えずに人助けに行くおバカさんだ」
「師匠ひどい」
「反論する余地はないと思うがね。機巧獣の件、忘れてないだろう?」
「いやあれは! 俺が行かなければ、商店街の人たちが危なかったし……」
「言い訳は聞きたくない。私はもう少し自分の身を大切にしろと君に教えたいだけなんだ。危険に自ら飛び込むようでは、命がいくつあっても足りないからね」
「はい……」
「うむ。大人の助言を素直に聞き入れる良い子でよかった。それで、この子と『彼』が何か関係あるのか?」
落ち込む少年の頭をデュークはポンポンと軽く撫でつつ赤髪の女に聞き返す。
「羨ましい……」
「なんだ、お前も撫でてほしいのか?」
「違うわ! 撫でる方だ。私だと頭まで手が届かないんだよ、残念なことにね」
「そうか。すまん」
「謝られても困る。もう! 話の続きをするぞ」
「我々は国民に対し、より便利で、より豊かな生活を提供することを目的に活動している」
「ああ、その通りだ。私たちはそのためだけに存在している組織だからな」
「うん。そして、先日……とあるデバイスを創り出した者がいた。それを前提に話を進めるぞ、響真くん?」
話を振られたパーカーの少年、響真は赤髪の女の言葉に頷いた。
「よし。現在、デバイスを創り出した者が逃走したため追っているのだが――その追跡をしているのが『彼』だ」
手近にあった機器を操作し、宙に画面を映し出して説明を続ける。
投影されているのは全長二メートルほどの大きさをした黒い犬だ。
漆黒のボディに赤く発光するラインが入った、闇の眷属みたいな姿をしていた。
「あれ? この犬、さっき会いましたよ。一瞬のことだったんで、よくは見えませんでしたけど」
ここに来る途中ですれ違ったのだ。肉眼では黒い影にしか見えなかったが、義眼では姿を捉えていた。
「そうか。それなら話が早い。響真くん、今後『彼』に出会っても絶対に反抗するな」
「なんでですか? いやまぁ、師匠が注意を促すくらいですから俺はそれに従いますけれど。理由くらいは聞かせてくれるんですよね」
「もちろんだとも。えっとな、この黒いワンコなんだが……リミッター、倫理プログラムが欠落している可能性があるんだ。だから任務をこなす上で邪魔になる者がいた場合、敵味方問わずに攻撃されるおそれがある。ただ、響真くんの場合は我々と同じ識別コードに属する者なのでよほどのことをしなければ大丈夫だとは思うが……一応忠告だけしておこうとな」
『彼』は俺も所属している政府直轄の開発機関、組織名イクスブラッドの仲間らしい。いや、俺の場合は所属するというか間接的に関係しているというだけであって、仕事などの強制はないんだけれどね。ほら、昔……先生に助けられた後、俺をこの国まで連れてきてくれたのが彼らイクスブラッドの人々なのだ。沙耶や母さんなどもこの組織から与えられたモノであり、俺が現在まで生きてこれたのはイクスブラッドの支援があってこそである。実の父が残した遺産があっても、お金だけでは子供は生きていけないからな。今はもう大丈夫なんだけどさ。沙耶と母さんの所有権利も俺個人に移譲してあるしね。
「はぁ。それは大変ですね」
倫理プログラムについては、さほど気にしていない。
うちにいるアリアにだって入っていないからな。あ、リンネもそうか。身近にいるから危機意識は感じないんだよね。
「ずいぶん落ち着いているのだな響真よ。危険な獣がそこらを歩いているのだぞ? 心配ではないのか」
他人事だと思っている俺の顔を見て、デュークさんがあきれたと言わんばかりの声をかけてくる。
「そうですねぇ……少なくとも、心配はしていません。さっき師匠も言っていたじゃないですか、邪魔さえしなければいいって。つまり、それくらいの判断能力は残っているってことでしょう? 『彼』とかいう獣には」
誰彼構わず襲うというなら止めなければならないだろう。しかし、そうではないのだ。
自分で考えて行動出来るのなら、それを邪魔する権利は俺にはない。
「それは、そうだが……」
「というか、作った側のデュークさんが心配する意味がわからないんですけど。それを承知の上で作製したんじゃないんですか?」
国内で販売されるPET、特に機巧人形シリーズはここイクスブラッドにて開発されたモノだ。世界的に見て、ここより技術者が多く結集している施設は存在しない。それを知っているからこその発言である。動物型は師匠が専門だし、黒い犬、機巧獣か? それも彼女が作ったのだろう。たぶんだけど、先日のマシンビーストからヒントを得たのかもね。残骸は政府が回収したみたいだし、解析と調査をイクスブラッドが任されたのだろう。
「うむ……言い訳をするわけではないのだが、少々手違いがあってな。リミッターが存在しないというのは、私も先ほど気付いたのだよ。今さら仕方のないことではあるがな……戻ってきたら、早々に処分することにする」
俺の指摘に落ち込むデュークさん。まぁ、欠陥があるのがわかってるんだし処分も致し方ないか。口振りからして後から倫理プログラムを追加するのは難しいのだろうことがわかる。俺は専門家じゃないからなんとも言えないけれどね。
「ん? 遠隔操作とかは出来ないんですか。問題が起こる前に回収するとか」
戻ってきたら、ということは任務を終えたらということだ。それまでは何もしないのか?
「あー、私もそれを考えていたんだけどねぇ。無理だったよ、残念ながら。問いかけに反応が無いわけじゃないんだけどさ、帰還命令だけは受け付けないって返ってきた。戻る時は任務を終えた時だ! って怒られたよ……ちッ、あとでスクラップにしてやる」
そういや師匠はPETが自我を持つことに反対派だったっけ。リンネの件もあって最近は忘れていたよ。
「あはは……」
「む。だったら何故、お前はアレが帰ってこないなんて言っていたんだ。話が矛盾しているぞ」
おや、そんなことを言っていたのか師匠は。たしかにさっきあとで廃棄物にしてやるとか怒っていたし、それだと矛盾するな。どうなんですかね、師匠?
俺が疑問の視線を師匠に向けると、彼女は露骨に目をそらしていた。
「はは。なんのことかなぁ」
えぇ。マジか。
「いや、勢いで……つい。それに私の見立てでは無事に任務を遂行出来ないと思っている」
つい、じゃないよ。適当に物を言うのはいつものことだけどさぁ。デュークさんが困ってるぞ。
「ほう。その根拠は?」
「響真くんがいるから?」
え!? 俺に何の関係が! あと、なんで疑問形。
「だって、響真くんは困っている人がいたら敵だとしても助けるだろう? 違うかい」
「場合によります。でも、『彼』が追っているのはここから逃げ出した人なんですよね? あれ? なんで逃げたんですか。そもそも、何を。どんなデバイスを作り出したんですか、その人は」
肝心な事を聞いていなかった。
逃亡者は何を創り上げ、そして、何故この施設から逃げるに到ったのか。
「奴はこの世に存在してはならない物を完成させてしまった。ただそれだけのことだ」
デュークさんが冷たい目で、俺に告げた。
師匠も頷き、肯定する。
「もしアレが他国に渡った場合……この国は滅ぶだろうね。それも、何をされたかもわからない内に」
どういうことだろう。そんなに危ない物なのか?
「国が滅ぶって。この情報化社会で大規模な、それこそ国が滅ぶような事をされて誰も気付かないなんてことあるんですか」
街には監視カメラが多数存在しているし、空の上にある宇宙には衛星も飛んでいる。俺が使うマップなども衛星からの情報により機能しているからね。基本的に建物の中以外は見えるらしいよ、衛星のカメラって。それにすら映らないなんて不可能なんじゃないかな?
「疑うならこれを見るといい。実際に自分で確かめた方が納得もするだろうさ」
師匠はそう言って、施設に設置されていたカメラの映像を見せてくれた。
だが、そこには誰も映っていない。いや、機器類はあるんだけどさ。職員すらいないというのが不自然だった。
「人が消えている……?」
「ああ。当事者だけでなく、一人として画面に映らないなんて――それこそありえないだろう?」
問題のあった時間帯のみ、施設から人が突如として消えてしまったかのような映像だ。
違うウィンドウには職員の入室記録があり、その時間帯に部屋に誰もいなかったというのは否定される。
「人間をカメラというか、電子機器に記録させないようにするデバイスですか」
なるほど。これはたしかに危険だな。仮に悪意を持って何処かに侵入されても証拠が残らないのだ。いや、それどころか――映っていないのが逆に証拠になってしまう。誰もそこに入っていないという事実として皆が認識するからな。
「一つ聞きますけれど、合成とかじゃないですよね? 映像を差し替えられた可能性は」
「ない。識別用タグと熱感知センサーを複合して調べたんだ。機器類の動作からして、この映像自体は本物だよ」
そうか。背景に映っている物が実際に稼動していた物と違わないなら、この映像は騙すために作られた物ではないということになる。
「ただ、君は一つ勘違いをしている」
「というと?」
「使われたのは人をカメラに映らなくする物なんかじゃない。そうだな……わかりやすく言えば、存在自体を書き換える事が出来るデバイスなんだ」
「人の姿形だけではない。それを観測する者の記憶にすら作用する広範囲型事象変換装置――起こりうる結果をある程度だが使用者の思い通りに操作することが可能になる……響真、お前の好きな言葉で例えるなら『魔法』のような代物だ」
と、デュークさんは俺にも理解できるように説明してくれる。
しかし、魔法か……え? デュークさんにも黒歴史を知られていたのか! 恥ずかしい……。
「ま、私たちも詳しくは知らないんだけれどね。逃亡する際に最大出力で使われたみたいでさ、色々と記憶がおぼろげなんだ。施設全体に効果を及ぼしたせいか完全には忘れてないんだけど、誰が逃げたのかまでは思い出せない。そんな感じかな」
誰かが施設から逃げ出した。それも重要機密と共に。
しかしながら、当事者について知る者は存在しないらしい。
「あれ? それじゃあ捜そうにも見つけることってできないんじゃないですか」
「いいや、大丈夫さ。現在追跡に携わっている『彼』には優秀なセンサーが付いているからね。カメラに残されていたノイズを元に、デバイスの使用時における反応がわかるみたいだ。逃亡者もおいそれと機能を止めたりはしないだろうし、見つかるのは時間の問題なんじゃないかな」
追われているのなら存在を隠蔽するのをやめないということか。
ん? まてよ……それだったら、デバイスさえ止めてしまえば『彼』は逃亡者を見つける手段を失うということになるぞ。あの黒い犬にだって本人の顔や名前は知られていないのだろうし。というか『彼』自身に名前は無いのだろうか。呼び難くてしかたない。追跡者……黒い体……ブラックチェイサー? おお、なんだかカッコいいじゃん。『彼』のことは今後はチェイサーと呼ぶことにしよう。師匠の前では言わないけれどね。笑われそうだし。
「事情はわかりました。それで、見つけたあとはどうするつもりなんですか」
まさかとは思うが、殺したりはしないだろうな。秘密を知られたからには、みたいなさ。
「うん? そりゃ、処分するよ」
「そうだな。機密を持ち出したのだ、容赦する道理はない」
……あはは。そのまさかでした。
「えっと、なんとかならないんでしょうか」
大人たちの冷たい発言に思わず口ごたえしてしまう。
だって、そうだろ? いくら逃げ出したからって……それだけで消されるなんて納得がいかない。
「ならん。元より、あのデバイスを作り出した時点で処分は決まっていたのだ。もはや設計図などは残っていないのだから、あとは製作者が消えれば済む話であろう?」
「もちろん最後の一つである持ち出された物も破壊しないといけないけどね。それは後からでもいいかな、国外に渡りさえしなければさ。とにかく、あんな物が存在したという事実すら知られるわけにはいかないんだよ、わかるだろ響真くんにならさ」
「それは……」
たしかに理解はできる。
デバイスの機能を有効に使えば、現在も続いている国家間の戦争も簡単に勝ててしまうのだ。つまり、そんな物がある我が国は他国より完全に優位となり、対等ではなくなってしまう。戦争中でも国民が平和に暮らしていけているのは、条約があるからであり……それは対等な国同士でしか適用されない。かといって全ての国に同じ物、今回問題になっているデバイスを配るわけにもいかないのだ。そんなことをしたらどうなるか、俺にだってわかる。劣等感を抱いた国が悪意を持って使うに決まっているのだ。人は得てして他人を羨むものだからな。そうでなければ戦争なんて最初から起こらないんだ。悲しいことに人々は争う運命にある。より良い生活をしたい、それすら争いの火種になってしまうのが現状だった。
「もし、響真くんが逃亡者を助けたいのなら止めはしないよ」
葛藤する俺に対し、師匠がそんな言葉をかけてきた。
昨日投稿したつもりができていなかったという……。
とりあえず、今週はもう二話くらいアップしないと終わらんぜよ。




