60 猟犬
「そういうお前も変わらんではないか」
白髪の男は背後から聴こえた声に相槌を打つ。
先ほどカズキたちを見送っていたのは彼一人だけではなかった。
「それ、嫌味だろ。くっそぅ、悪かったな、いつまでもチビでさ!」
そう言って男を睨みつけるのは赤い髪をした女である。
身長でいえば子供ともいって差し支えないが、顔や背以外の体つきは大人であると思われた。
「はは。馬鹿にしているわけではないさ。出会った頃から変わらず美しいと――いや、可愛いと表現した方が良いのかな。この場合だと」
くつくつと笑いながら男は先ほどまでぬくもりのあった椅子に座る。
「知るかッ! どっちにしろ嫌味だ、私にとってはね」
「ふむ、それはすまない」
女の怒った顔も素直に愛らしいと白髪の男は思ってはいるのだが声には出さない。それを言うとさらにトゲトゲしい態度になるのを知っているからだ。
「許さない。君もアレを使ってパクパクしちゃうからなッ」
「それは困るな。まだ私にはやる事が残っているのだ、これ以上邪魔をしないでくれ」
ふくれっ面になって脅してくる女の言葉を拒否するように白髪の男は突き放す。そんな暇は、遊んでいる暇は自分には無いのだと言いたげな表情だ。
「むぅ。別にいいけどさ、いつものことだし? それと、邪魔をする気なんて最初からないぞ。あの猟犬だって、君からの依頼だと聞いて創った物なんだからな」
それは初耳であった。禿頭は私に黙っていたどころか、彼女に対して嘘までついていたらしい。処分して正解だった、そう改めて思う。
「猟犬、か」
たしかにアレは四足歩行で動く道具ではあるが、狩猟に使われる訓練された犬のような主に対する忠実さを持ち合わせているか問われると甚だ疑問なところだ。
「そうそう。ま、正確には機巧獣という部類なんだけどね。ほら、憶えているかい? 先日、商店街で暴れた白いのがいただろ。あの後色々あってビーストは破壊されちゃったんだけど、残骸は残っていたんだ。で、それをちょいと拝借して技術を流用したのが『彼』ってわけさ」
拝借、そして流用。
明らかに今までの彼女では考えられないような手口であった。
「お前、中身は変わってしまったようだな」
「そうかな? うん、そうかもしれない。使えるものは何でも使う、自分のためなら他者から奪ってでも利益を得たい。最近はそう思うようになってきたかもね」
以前は、昔の彼女は自身が一から創り出すことに執着していた気がする。決して他人を利用せず、誰に摘まれることのない孤高の花。それが、私の知っている彼女だった。
「なるほど……否定はせん。私も同じようなものだからな」
生きていく上で己の思想なぞいくらでも変わりゆくものだと私が一番わかっている。かつて世界の全てを救おうなどとおこがましくも考え、この組織を作ったのはいいが……現在ではこの有様だ。あまりの独裁政権ぶりに部下に殺されそうになるとはな。笑い話にもならん。
「ふふ。ところで、機巧獣について一つ言っておきたいことがあるんだ」
眉根を寄せるかつての友人を見て、懐かしむように笑いかけ、女は赤い髪を揺らしながら言葉を続ける。
「アレ、人工知能だけは私が作ったものじゃないからね? だから、何かあっても責任はそちらにお願いするよ」
知っている。
あの禿頭が作った物が入っているのだろう?
「ああ。だいたいの事情は察している」
「へぇ? ずいぶんと物分りが良いんだね。なんだい、もしかして最初から機巧獣について知っていたとかかな」
「そうではない。たしかに前々からあのような代物を欲してはいたが……先ほどの顛末を見る限り、些か不信感が残るのだ」
私の身代わりに喰われた機巧人形。その体は有機物で構成された、もはや生身に近い代物だった。稼動限界まで数日しかない欠陥品ではあるが、それでも毎日顔を合わせる友とも呼べる人物が見間違うほどには精巧に作られていた。だというのに
「……アレにはリミッターが付いていないのか?」
機巧人形もそうであるが、人工知能を積んだ製品には人間を傷つけないようにするプログラムが入れられているのが基本だ。もちろん例外はある。特に昔の物だと現在より規定が緩いせいもあって入っていないことが多い。スペック的にも無駄を省くことに繋がるからな。
「うーん……どうなんだろう。そっち方面は専門分野じゃないからなぁ……今回だって、あの男がいたからこそ完成したようなものだしね。私には人工知能を一から設計するなんてことは、まだ出来ないからさ」
まだ。ということは、いつかは作れると算段がついているのだろうか。
「簡易的な物なら作れるんだけど、アレに使われているみたいな最初から完璧な物って中々難しいんだよね。ほら、市販品だって何年か学習期間がいるだろ? 『彼』のように受け答えがスムーズで、それこそ冗談を言えるくらいの高度な知能を初期状態から積んでいるなんて方が珍しいんだ。わかるかい?」
「わからん。もっと理解のしやすい説明をしてくれないか」
「えぇ……面倒だから勘弁してくれ」
赤髪の女は男の要求に対し、露骨に嫌そうな顔で拒否を示す。
「……そうか」
「おいおい、そんなに寂しそうな顔するなよ。わかったよ、馬鹿な君にも理解できるように説明してあげる」
たしかに彼女と比べれば馬鹿と言われてもしかたない知識しか持ち合わせていない。現役時代は戦場で駆ける以外の事をするなんて思いもしなかったからな。歳を重ねてから気付いてしまったのだ、このままではいけないと。そんな訳もあり、現在はこうして部下を持つ立場なのだが――
「聞いているのかい、デューク?」
「……すまない、少し考え事をしていた。続けてくれ」
「はぁ。いいけどね、君のそれは昔からずっとだし。それじゃ説明するね」
機巧人形の人工知能は大まかにわけて三種類ある。
一つが人間の赤ん坊と同じように何も知らない状態から学習させていく熟成型。
もう一つが、ある程度作られた雛形のデータを入れて用途を限定して使うタイプ。
そして最後が……記憶をそのまま引き継いだ、元が生物だったモノ。これについてはまだまだ謎が多いため、実用化には時間がかかるだろう。確実に成功するという保証がない以上、人間の延命に使えるかは疑問が残る。
「『彼』に使われたのは用途限定のだと思うんだけど、それにしては反応が良すぎるような気がするんだよね。会話を聴く限りは人間と変わらない応答をしていたしさ」
「む。だが、動物型用の人工知能で会話が出来る物なぞ存在していた記憶がないが」
「そうなんだよねぇ。人型と動物型では基本構造が別物だから入れ替えてもエラーになって起動しないんだ。きっと体の動かし方一つとっても人間とその他の生物とじゃ全然違うからだと思う。全てをプログラムで動かすっていうのは想像以上に複雑な処理が必要になるからね」
人工知能の容量の大半は自律稼動システムにより占められている。残りはほぼ全てが記憶領域になっており、追加で何かを入れるスペースはほとんど残っていない。よって、人型とそうでない物との両用は現実的ではないのだ。どちらかに特化させた方が処理が速くなるのは当然ながら、人型の場合は生活を送る上で覚えなければならない項目が多いので記憶領域の占有が過大になりがちである。もちろん、それらを最適化するプログラムも組み込まれてはいるのだが……けっして万能というわけでもなかった。最適化によってゴミとも呼べるデータの破片が生まれてしまい、削除も出来ずに容量を圧迫していくという事態も起きている。この問題は動物型にも当てはまる事項であるため、二つが合わさった場合、加速度的に不要なデータによる記憶領域の劣化が進むのである。
なお、雛形を使った場合においては上記の問題は解決される。新たに覚える事が少なく、テンプレートにほとんどの情報が記されているからだ。無論、こちらにもデメリットは存在している。使われた雛形にもよるが、基本的に初期状態以上のパフォーマンスを発揮できないのである。現在は多くを求められない動物型に使われることが大半だ。特に愛玩動物タイプなどは人に寄り添うという一点にのみ機能を絞ることができるため、記憶領域の縮小、デバイス自体の小型化に成功している。
人の言葉を理解し、そして人が理解できる言葉を返す。この機能は動物型には通常搭載されることはない。対人会話用のテンプレートを作成するのは可能ではあるが、人類の多彩な言語表現に対応するのは難しく、占有記憶容量に対してあまりにもコストパフォーマンスが悪いためだ。
「『彼』の身体を動かすプログラムはボディの構造をよく知っている製作者である私が組んだ物だけれど……会話をできるくらいになるデータを入れるスペースって余るのかなぁ?」
ボディには可能な限り戦闘に特化した機能を積んでほしいと注文があったため試行錯誤しつつ完成させたが、最終的に制御プログラムも煩雑な物になってしまった。本来なら会話どころか鳴き声すらデータとして入れられないはずである。
「規格外の物を創ったか、あるいは要らぬ部分を削ったか。そのどちらかだろう」
「うーん、だとしたら後者だと思う。私が組んだプログラム自体が既製品にしか対応してないからね。あの男が作ったのはあくまで頭の中身であって、外殻であるメモリとかは他の専門家にしか造れないはずだからさ。中には全て一人でやってのける神様みたいな人もいるにはいるけれど……」
あの男がそうではない可能性はゼロとは言い切れない。しかし、それならば私に依頼が来るというのはおかしな話であった。自分一人で出来るのなら秘密がバレるようなリスクを冒す必要はないのである。
「なるほど。たしかにお前の言う通りだ。あれは手先が器用な方ではなかった」
頭は良いがどうしようもなく機械音痴なのだ。この研究施設でも幾度となく実験設備を破壊しているのだから困ったものである。彼の研究していた物の成果と比べたら被害は軽微なのが救いではあったが。
「だとしたら、やはり」
「そうだね。削除したのはリミッター、倫理プログラムだと思うよ。動作に必須かと聞かれたら答えはノーだと言える物だしね。あんな物があったところでPETは命令によって人に危害を加えることも可能なんだ。結局のところ使う側次第ってことさ」
リミッターはあくまで自発的に傷害行動を起こさせないようにするために存在している。命令をすれば契約者の責任において人の殺害も可能という脆弱なシステムであった。仮に本人が嫌がろうとも道具である彼らは契約者には逆らえないのだ、残念なことに。
「うぅむ……」
赤髪の女の言葉に男は考え込んでしまう。
今回の件が片付いた後に『彼』をどう扱ったらいいのか。
「なにをそんなに悩んでいるんだい? 心配はいらないさ、どうせ『彼』は帰って来ないからね」
「…………はぁ?」
突然の発言に驚いて変な声が出る。
この女はいったい何を馬鹿な事を言っているのだろうか。
「ゴホッ、ありえないだろう。アレはお前が作った物で、命令だってちゃんと守るはずだ。頭脳に問題があるのは任務に関係のない部分で」
「ああ違う違う。性能には私も納得はしているよ。人ひとり捕まえるのには過剰ともいえるスペックだしねぇ」
サーチ機能を最大限使えば対象者が何処にいても確実に見つけ出して仕留めるだろう。おっと、捕まえるんだったか。まあ、どっちでもいい。とにかく、索敵能力は完璧なのだ。もちろん、戦闘能力もね。
「それなら、何故」
「はは。簡単な話だ」
そこでいったん句切り、バサリッと着ていた白衣をはためかせて赤髪の女は言う。
「この街には――」
「あれ? 師匠がここにいるなんて珍しいですね」
本日二話目。次回は月曜日に更新予定です。




