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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
交差する思惑
59/98

59 カズキ

「あれ、ジジィだけか。あの野郎はどうしたん?」


 彼に命令を下したあと、実験用の機材を片付けている時にその子は現れた。


「やぁ、カズキくん。久しぶりだねぇ。以前に会った時よりずいぶんと背が伸びたんじゃないかい?」

 この子の名前はカズキ。中性的な顔立ちで男女共に好かれる人気者だという。まぁ、同じ学校に通っている娘からの情報なので信憑性には欠けるが、私から見ても綺麗な顔だとは思うのであながち間違いというわけでもないのだろう。

「アホか! そんなにすぐ身長が伸びるわけないだろジジィ。先月も小遣い貰いに来たじゃないか、ボケるにはちょっと早いと思うぜ」

 強いて言えばこの口の悪さが一番の欠点だろうね。若い内はワイルドだなんだともてはやされても、社会に一度出てしまえばそれは悪い意味しか持たないんだ。ああ、そうだとも。私のことさ……。

「はは。これは手厳しい。でも、カズキくんは成長期なんだし――おっと、そんな恐い目をしないでくれないか。別に変な意味で言ったわけじゃないんだからさ」

「わかってるけどさぁ。最近久美子のやつ、あんたの視線がすげー気になるとか言ってたぞ。可愛いのはわかるけど、変な態度をとって嫌われないようにしろよな」

「うぐッ……中々痛いところを突いてくるねぇ、カズキくんは」

 たしかに、この頃は娘の成長が著しく色々と世話を焼きすぎていたかもしれない。

 だって、だってさぁ。うち、母親いないし……私は父親として、

「それが迷惑なんだよ。子供なんてちょっとくらい放置しておいても勝手に何とかするんだから、心配することはねぇってば」

 まるで見てきたような言い方だ。そうか。カズキくんの家は、そうだったな。

「……すまないね。私はこんなだ。どうか娘を、久美子のことを頼んだよ」

「えぇ。オレ、そんなに暇じゃないんだけど。ま、どうしてもって言うならしかたないかなぁ」

 下手に出たらこれである。まったく、そんなにチラチラと視線を送られたって――いくら欲しいのかね。

「こういうやり方は私だけにしておくんだよ? 他の人にしちゃ駄目なんだからね!」

「わかってるって! ありがとうね、ジジィ」

 あ、そこは呼び方変えないのか。ちょっとショックだ。しかしまぁ。カズキくんは可愛い孫みたいなものだから、こうやって甘えられると嬉しいけどね。


「それで、あの野郎は始末したのか?」


 空になった財布の中を眺めていると、不意にそんなことを言われた。


「な、なんの、ことかね」

「いやいや。隠したって無駄だぜ? この部屋――血の匂いがするもん」

 馬鹿な。床に流れていた血は全て拭き取ったあとに洗浄しているんだぞ。さらに、上からは実験用の機材に使われているオイルをばら撒いたのだ。現在は油の臭いはすれども、血の香りは消え去っているはずだ!

「……仮にそうだとして、君は私に何をしろと?」

 って、私はアホか。これでは認めているも同然じゃないか!?

 だというのに、カズキはよくやったと言わんばかりに私の顔を見ながら笑いかけてきた。

「別に、何も。だって、オレもあの野郎のこと嫌いだったし。小遣いを貰うあてが減っちゃったのは少し残念だけどさぁ、自業自得だと思うんだよね。お前が一番偉いのかよって……あれ、本当に偉かったのか? よくわかんねーけど、清々したぜ。さすがはジジィ、オレには出来ないぜこんなこと」

 パチパチパチと、気の無い拍手を送る。

「あはは。まさか褒められるとは思わなかったよ」

「うん、オレも意外だったわ。あんただけは、そんなことをしないと思ってたからね」

「………………」

「いいよ。久美子には言わないでおく」

「……感謝する」

 私の手は血に染まってしまったが、娘の生きる世界は明るく清い物であってほしい。そのためには何も知らないでいてくれないと困るのだ。できれば、永遠に。


「あとさ、さっきのアレ――何なの? めっちゃヤバそうな雰囲気出してたから、関わらないでおきたいんだけど」

 関わりたくないのに情報は知りたいのか。

「ま、場合によっては避けられないだろうしねぇ」

 なるほど。君にも守りたい物がある、ということか。

「心配することはないよ。彼に命じたのは、脱走した職員の捕獲だけだからね」

「ふーん?」

「その他の人間には手出しすることは絶対にありえない。ただし、対象者が抵抗した場合は多少痛めつけてもかまわないと言ってある」

 逃げられないとわかれば大人しく帰ってくるだろうさ。周りを巻き込むなんてことは、あれにはできないはずだからね。

「経緯はどうあれ、ずいぶんと信用してるんだな、その『彼』ってやつを」

「はは、当たり前だろう? 彼は私が一から設計した人工知能を積んだ傑作だからね! 命令は絶対に、そう……忠実に守るに決まっているんだ。そうでなくてはならない、そうあるべきである!」

 前々から思ってはいたが、このジジィ……思想が狂ってやがる。誰かに依存しなければ生きていけないくせに、その誰かが自分の思い通りにならないと気が済まない性分なのだ。白髪のオッサンがいなくなったことで、耐えていた何かが壊れてしまったのかもしれないな。オレには直接関係のないことだけど、久美子の様子には注意しておいた方がいいか。父親の本性がこんなだって知ったら、もしかするとあいつ自殺しかねないし。現在は学校に大勢の友達もいるし突然いなくなるなんてことにはならないとは思うけどね。心配なのさ、オレだって久美子には世話になっているからな。それに、うん、まぁあいつのことはいいか。

「はいはい。すごいですねー」

「そうだとも! 私はすごいんだ、誰よりもな!!」

「調子に乗るのもいいけど、オレに迷惑だけはかけないでくれよな。もし何かあった場合はお前も消えることになるから覚悟しとけよ」

 そう言って見せる笑顔はいつものカズキが見せる物とは違い、魂まで凍りそうになるほど冷たいものであった。

「ひィ……」

「あっはっは。なんて顔してるんだよジジィ。別に今やるとは言ってねーだろ、そんなにビビんなよ。ったく、自信家なんだか小心者なのかわかんねー人だねあんた。だからこそ、オレも嫌いになれねーんだけどさ」

 完全に忘れていた。

 この子、カズキくんは怒らせると誰よりも恐いことを。

 普段は孫のように可愛く甘えてくるとしても、その実、内面は私なんかよりよっぽどドス黒いナニカを抱えているのだ。気持ち悪いとは思わない。むしろ、それくらいでないと張り合いがないとも感じている。


「んじゃ、そろそろオレ帰るわ。貰う物も貰ったしね」

 カズキは禿頭から奪った金を手にニヤニヤとそれを数えていた。

「くっ、カズキくんは鬼か何かなのかな? 私のなけなしのお小遣いが全て君の懐に消えている気がするよ」

「ひどい言いがかりだな。ちゃんと毎月オレにくれる分用意してるくせにさ」

 バレてたか。いや、いつも同じ金額しか財布に入れてなければ、誰だって気付く事だったね。

「はは。給料日の翌日に毎回持っていかれる身にもなってほしいものだね」

 この際だ、少々嫌味を言わせてもらおう。……大丈夫だよね? いきなりぶっ飛ばされたりしないよね?

「それは……ごめんね。だけど、来月からはもっと金額増やしてねっ!」

 そうきたかー!? あああ、そういえば貰う人が減ったのは私のせいなんだもん当然だよね!

「わかったよぅ。その代わり、頼んだよ?」

「おっけー。任せておいて、報酬分は働くからオレ」

 不安だ。悪いのは私なのだから、しかたないとはいえ。


 ルンルン気分で部屋を出て行くカズキくんを見送り、私は椅子に腰掛けて一息ついた。


「見つかったのがカズキくんでよかった……」


 もし、他の職員に事の内容を気付かれたらと思うと胃が痛くなる。

 その点、あの子なら心配はいらない。


「歳は孫っていえるくらい離れているけど、実際はカズキくんの方が階級が上なんだよねぇ」


 白髪の男はあくまで直属の上司というだけで、その上がいないというわけではなかった。

 カズキくんもまた、私より偉い立場の人間なのである。あの年齢でよく頑張れるなぁと感心するよ、学校にも通っているのにね。


「……あれ? 上司が部下にお小遣いをたかるってどうなんだ」

 現実的に考えればおかしな話である。小遣いを貰わなくても、それなりに……少なくとも私よりは給金を得ているはずなのだ。

「まぁ若い子は無駄遣いが多いって聞くし、カズキくんも色々と大変だからねぇ」

 あの子の家庭環境はすごく複雑だ。それこそ私と久美子の関係が羨ましいと言うくらいには。

「母親がいないのは私のせいだというのに、久美子はいつも笑顔で接してくれている。本当に良い娘を持ったものだ」

 ああ、そうか。カズキくんが言うのはこの事なんだな。

 お互いがお互いを思いやれる存在、それが私と久美子の関係性だ。家族だからという一言では説明がつけられないくらいには私は娘を大切に思っている。自分の命と娘の命、どちらかをと問われたら迷わず娘の方を選ぶね。

「なんて、実際にそんな状況に陥ったら私は逃げてしまうかもしれないけれど」

 結局のところ、私は自分が一番でなければ気が済まないのさ。今までずっとそうやって生きてきたからね。娘のためとはいえ、己の性分までは変えられないだろう、きっと。


「うん? なんだこれ」

 椅子に寄り掛かったままなのも疲れるので、机の方に突っ伏そうと思ったのだが――

「カズキくん……」

 机の上には錠剤の入った透明な小瓶が一つと可愛らしい絵柄の描かれたメモが置かれていた。

『これ飲んで早く寝ろ。』

 私が普段から胃痛に悩まされているのを知っている、あの子らしい優しさのある気遣いだった。

 キリキリとした痛みが限界に近付いていたので、これは素直にありがたいと思う。

「とりあえず、二錠くらいで良いのかな」

 小瓶のラベルには胃薬と書いてあるだけで、摂取用法や用量の記載がなされていない。中を覗き見ると約十錠ほど入っているので一か二錠ずつ飲む物だと推測する。まぁ、飲みすぎて困る物でもないしな。こういうタイプは炎症を抑える物だし、最悪、気分が悪くなるだけだろう。

 今までの経験から妥当だと思われる数を手のひらに出して口に含んだ。

「ん……ごくんッ」

 いつも水無しで飲む習慣がついてしまっているのでそのまま飲み込んだのだが、少し違和感がある。食道の方までただれていたのかもしれない。朝から大変だったからねぇ。


「ふぅあぁ、うん……眠いな」

 効くまでジッとしていたら眠気が襲ってきた。きっと成分的な問題だろう。

 どうせ急ぐ用事もない。短時間なら寝てしまっても、誰も、私を――――


 思考はそこで途切れてしまう。

 待っているのは……暗闇だけだ。


「………………」


 眠ってしまった。

 たぶん、彼が目覚めることは二度とないだろう。


「ジジィ、良い夢見ろよな」


 コトリと。机の上に置かれたままだった小瓶をカズキは手に取り、静かに服のポケットへとしまう。

 その代わりに置かれたのは、取扱注意のマークが描かれたラベルを貼られたビンだ。


「……ああオレだ。言われた通りにしたぞ、約束は守れよな」

 カズキは通信用端末を耳に当て相手の返答を待つ。

『わかっている。ご苦労だった、ハウンド』

 嫌味な奴だ。オレがそう呼ばれるのを不快に思うのをわかっているのに、あの白髪の野郎はわざわざコードネームを使いやがる。

 それになんだ、この作戦は。自分が死んだと見せかけて、油断させたところを毒殺とか……どんだけ恨まれてたんだジジィ。お互いに殺し合おうとするほど仲が悪いようには見えなかったんだけどなぁ。大人は怖い生き物だぜ、まったく。


「ふむ。さらばだ、我が友よ」

 どこからともなく現れた白髪の男が禿頭を見て呟く。

 その顔は悲しげだ。それもそうか、仲違いしていたとはいえ友人を殺したんだ。これで無表情だったりしたら、オレは本気でこいつを嫌いになる。

「ちっ、胸くそわりぃ」

 それでも、結果は結果だ。手を下したのはオレだけど……はは。明日から久美子に合わせる顔がねぇな。

「さて、これの後始末は頼んだぞハウンド。どうするかはお前に任せる」

「あいよ。それでオッサン、あんたはどうするんだ?」

 カズキは眠ったままの禿頭の男性を背負い、白髪の男に今後の進退について問う。

「決まっている。アレを使って捜索するのみだ。私にこんな物が在る事を隠さなければ処分されることもなかった。それにまさか、影武者にしていたモノが壊されるとは思わなかったぞ」

 アレとはジジィの言っていた『彼』のことだろう。ジジィは彼の存在を今日まで隠してきた。だからこそ、こうして――

「? なんだ、身代わりになったのは人間じゃなかったのか」

 殺される、ではなく壊される。その言葉の違いは大きい。

「当たり前だろうが。アレは私に似せて作った模造品に過ぎないただの機巧人形だ。関係ない者を巻き込むわけにはいかぬからな」

 なるほど……たしかにそうだ。命を失う危険がある以上、人間を使うことは許されない。それは上に立つ者として当然の判断だろう。

「ならいいや。アレの指揮権は移譲済みなんだよな?」

「ああ。その点は心配無用だ、全て計画通りに進んでいる」

「そっか」

 あんな物まで使うほど事態は切迫しているのだろうか。逃亡しているという者はいったい何をしたらこんな大事になるのやら。面倒だし、これ以上は関わらない方が良さそうだ。早くここを出て行くとしよう。


 カズキは今度こそ本当に研究室を後にする。

 背中にある重みを落とさぬよう、慎重に――


「ふぎゃッ!?」

「……大丈夫か?」


 途中で足が絡まり転んでしまったが問題はない。ないったらないの!

 顔を赤くしつつ内心言い訳をして、禿頭の男性を背負い直してから足早に出て行くのであった。


「変わらんな、あの子は」



本日はもう一話投稿予定です。夕方くらいにはなんとか……。

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