55 仮面を着けた不審者
「ふふ、キミに逢うために頑張ったんだよ私。できれば抱き締めて褒めてほしいなっ」
女は身動きが取れない俺に近付くと、指を体に這わせつつしなだれかかってくる。
彼女が誰なのか、そもそも女で合っているのかはわからない。
顔を覆うほどの大きな仮面を着けているため、声から判断するしかないのだが……たぶん少女だろう。
「ねぇねえ! 聞いてるのかいっ? ちょっとは反応してほしいんだけどっ」
仮面は白く、髑髏を模したデザインをしているのだが……赤い血飛沫の跡があって恐怖感がわいてくる。本物の血なのか? いや、それよりも。
なんでこの仮面、彼女が喋るとカタカタと動くのだろうか!
こっわ! 眼窩と口の中が光の差し込まない暗闇になっているのが特にヤバい。仮面じゃなくて、この子の顔自体が髑髏なんじゃないかと思えてきてしまう。たぶん、中が見えないようにする仕掛けがあるんだろうけれど……。
「えっと、誰?」
声だけでしか判断できないとはいえ、少なくとも俺の知り合いにこんな子はいなかったはずだ。身長は俺より頭一つ分低く、シエルと同じくらいだな。
「誰って――え?」
「いや、だから君が誰だか知らないんだけど俺。どこかで会ったかな?」
ここは正直に聞いてしまおう。状況は最悪だし、下手をすると命の危険もあるけど……俺が忘れているだけという可能性だってあるからね。
しかし、
「う、嘘でしょ? ねぇ、冗談だよね!? 本当に私のこと、忘れちゃったの……?」
黒衣を纏った少女は大げさなほどうろたえ後退り、しまいには尻餅をついてその場にへたり込んだ。
かける言葉を間違ったかもしれない。
彼女のことを知らないのは本当だが、もう少し言い方ってものがあった気もする。いまさらだけど。
「ごめん。申し訳ないけど、憶えてないんだ。でも、顔を見れば思い出すかもしれない。悪いんだけど、仮面を取って素顔を見せてくれないか?」
こんな不気味な仮面を着けているからには意味があるのだろう。しかしながら、顔を見ないことには思い出せそうになかった。
いや、元々知らない子ということもあるんだけどさ。確認してみないと断言できないしね。
「……そう。わかった」
彼女はそう言うと、指でパチンッと音を鳴らして響かせる。
「うぉっと」
その音を聞いた途端に俺を拘束していた糸が跡形も無く消え失せ、体が自由に動くようになった。
え、実は幻の類だったのかアレって? そもそも、どうやって固定していたんだろうか。まるで宙に磔にされたかのように糸が絡まっていたわけだし、こんな一瞬で解くのは不可能に近い。となれば、金縛りみたいに動けなくさせる幻術をかけられていたという方が説明がつく。後者も可能かどうか問われれば返答に困るが、何か科学的にその現象を起こす装置を彼女が持っていることだってあるだろう。
『エクステンド/ダブルアクセル』
すぐさま動けるようにパッシブのアクセルをダブルでかけておく。使うかどうかは彼女の今後の出方次第だ。人間に向けて使いたくはないが、ドラゴンブレスもチャージしておくか……?
『エラー。アクセル使用時にはチャージ不可です』
なるほど。物理的かシステム的にかは不明だが多重起動は無理らしい。使えてヒート・ナイフ程度か……あの糸が切れないとわかっている以上、防がれたら終わりだな。
髑髏の口が無言でカタカタと揺れている。
正直言って超怖い。できれば直視したくねぇ! もうこのまま逃げちゃおうかなぁ……。
ぐぅー。きゅるきゅる、くきゅ~!
「………………」
何故か懐かしい音が聴こえた気がする。
いや、まあ、うん。そろそろ夕飯時だしね、わからなくもないよ? 俺も早く帰ってシエルの手料理食べたいしさ。
でもね、襲ってきた君が鳴らすのはどうなんだろうか。もうちょい緊張感がほしい。
「もういい。帰る」
彼女は表情を変えることもなくのそりと立ち上がると、踵を返して歩き出す。あ、顔が見えないんだから表情もなにもねぇか。なんとなく、そう、なんとなくだが無表情だと思ったのだ。
あちらが帰るというなら止める理由はない。むしろ好都合である。これ以上おかしな事に付き合わされてたまるかってんだ。
「……帰る、よ?」
「あ、うん。さようなら」
確認はいいからさっさと消えてくれ。その髑髏の仮面怖いんだってば。
「…………今日の夕飯、なに」
「え? あー、カレーじゃないかな。朝、シエルが仕込みをしてるの見てたし」
たしか野菜を煮込んでいたと思う。具材からいって肉じゃがになる可能性も捨てきれないが、それだったら味が染み込むように最初から調味料入れてるはずだよな。今日のは単純に野菜が溶けるまで煮込んでアリアに強制的に食べさせようと画策した物だった。苦いの以外は大丈夫とわかったので意味がなくなってしまったけど、メニューに変更はないだろう。
俺の返答を聞き、少女がなにやら考え込んだ素振りを見せる。
「私は、お腹が空いている」
うん、知ってる。あれだけ気持ちのいい腹の音を聴かされればね。
「家、どこ」
「えっと、ここからだと――歩いて五分くらいかな?」
暗くなってきたので急ぎ足で歩いていたからなぁ。いつの間にか近くまで来ていたらしい。訊かれて周りを見てから気付いた。
ところで、なんで家の場所を訊かれたのだろうか。
「カレー、食べに行って、いい?」
「いいよ。うちの夕飯はいつも多めに作ってるから、一人くらい増えても支障はないし」
普通は断る場面である。が、この状況自体普通じゃないんだよね! それに、どうやら俺を襲うのが目的じゃなかったみたいだし。一緒にごはんを食べれば何か判明するかもしれないだろ? 楽観的過ぎるとは思うけどさ。
「ありがとう」
「ん。だけど、一つだけ約束してくれ」
「なにかな、ブルーノ」
そういやさっきも俺のことをブルーノと呼んでいたが、やっぱり誰かと勘違いしてるんじゃないかな。
あえて訂正はしないけどね。どうにも話に統合性がない子みたいだし、夕飯だけ食べてもらってお帰りいただこう。
「いや、うちには家族が多いからさ。もし……うん、ありえないとは思うんだけど、うちの家族を傷つけたりしたら――」
その時は灰にしてやる。
連れて行かなければいい。それもアリだ。しかし、ここまで関わってしまった以上、ほうっておくのも後々面倒なことになるかもしれない。だから、責任は俺が持つことにする。
「安心して。キミも、その大事な人も私は傷つけないから。さっきはちょっとビックリしちゃった、ブルーノってば……あんなに激しく動くんだもの」
彼女の言葉で思い出す。
そういえば、攻撃と呼べる物を彼女は一切してこなかった。
「いきなり縛られたりしたら普通は誰だって暴れるだろう」
暗闇で突然動けなくなる恐怖がわかるだろうか? ましてや、目の前に現れたのは髑髏の仮面を着けた不審者である。命の危機を感じても不思議ではあるまい。
「ごめん」
「よし許す!」
なんてね。それでも油断はしないでおこう。最近行っている戦闘訓練でアリアが最初に俺に教えた事ってなんだと思う? 少しでも信用できない所がある者は全て敵だと思え、だぜ? ここは戦場じゃないっての。たしかに家族を守るならそれくらいの心構えが必要だとは思うけれど……。
「ふふ。やっぱりブルーノは優しいね。よかった、変わらないでいてくれて」
俺が即答したことに対して懐かしむように声を出す少女はカタカタと髑髏の仮面を揺らすのだった。
そして、家に到着しました。
まあ、近かったからね。あと、ドアを開ける前からカレーの匂いがしてるよ! 俺の推理は正しかったんだ。え、誰でもわかるだろうって? うん、そうだね。いいから入るよー。はい、ただいまー!
「いよっしゃー!! 完全攻略ッスよ妹ちゃん、これで街は救われた!」
「いえ、まだです! 主を失った悪意が、私の右手にーーー!! あ、お兄ちゃんおかえり」
右手を抑えながら華麗にターンを決めたあと、一瞬にして素に戻り俺を迎えてくれる。のはいいんだが……あまりの切り替えの速さに驚いて髑髏の仮面から顎が外れる音がしたぞ。カコーンって。
「ん? ああマスターおかえり、ッス……?」
と、そこでリンネは俺の背後を見てしまった。
そう、背後にいる――――顎の外れた髑髏仮面をなッ!
「ぎぃィやァあぁーーー!! し、死神がマスターに憑いているッスーーー!!!?!?」




