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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
スクールライフ
56/98

56 それは刹那の一日だった

「ねぇ、きょーま」

「ごめんなさい」

「私はまだ何も言ってないよ。それなのに、なんで謝るのかな。ねぇ、きょーま。きょーま、きょーまってば」

「本当に、すみませんでした」

 夕飯のカレーライスを食べながら少女について説明を、いや、釈明をする俺である。

「ブルーノを怒らないで。私が勝手について来ただけなんだよ!」

 知らない人を自身の本拠地ともいえる家に連れてきたのだ。アリアに怒られるのは想定の範囲内だぜ。これが責任を持つってことなのさ……ぐすん。

「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。ほら、せっかくの食事が冷めてしまいますよ」

「シエルは黙ってて。これは私ときょーまの問題なの! 何度も教えたよね――」

「この子は信用できる」

「ふーん? こんな格好をした奴を、きょーまは一目見ただけで信用しちゃうんだ!? どうかしてるんじゃないかなぁ!」

 その通りです、はい。

 でもなぁ……

「まったく。さっきはそこの桃髪に死神だとか言われるし、この子はこの子で私のことをまるで不審者扱いして……いくら私でも傷つくんだよ? おまけにブルーノは私のこと忘れちゃってるしさ」

 不審者だし、見た目は完全に死神だよね。鎌は持ってないみたいだけど。

「なるほど」

 と、そこで母さんが何かに気付いたらしい。

 チャチャっと皿の残りを食べきると、自室に駆けていく。

「どうしたのかな、お母さん。それにしても、我が解放されし闇が疼く容姿よのぅ」

「こら沙耶、話がややこしくなるから今は封印しておきなさい」

「はーい。あ、戻ってきた」


 母さんが部屋から持ってきたのは一枚の手鏡だ。

 あと、戻ってくるなりシエルにカレーライスのおかわりを要求していた。その小柄な体躯の何処に入っていくのか不思議である。


「ドクロちゃん、これ」

「なんです? 私の顔に何か付いて――――――あれ」


 母さんに渡された手鏡を覗きこんだドクロちゃんは瞬間、動きを止め……ギギギと油の切れた機械のように首を動かしながら俺に視線を向けて、こう述べたのだった。


「ごめんブルーノ、これは不審者で死神だよ……うげ、きもい。何故気付かなかったんだ私はぁ」


 肩を落としたドクロちゃんは、顔に着いていた仮面を剥ぎ取るような動作をする。


『バリアブルモード、解除』


 空間が揺らぎ、少女を覆っていた黒衣が消えていく。

 手を離れた仮面は霧散し、くすんだ色だった髪が輝きを取り戻して彩られる。


「ふぅ。いやぁ、施設を抜け出す時に変装したのすっかり忘れてたんだよ! ごめんごめん。ほらブルーノ、これなら私が誰かわかるでしょ?」


 お日様のような笑みを浮かべ、少女は大人へとなったのだった。


「誰ですかあなた」

「え!?」

 そんなバカなッ、という表情で驚かれた。

 本当に――知らない? いや、このアホそうな顔は間違いなくあの人だ!

「お久しぶりです、デイジー……さん」

「ヒドイんだよブルーノ。私はあんまり冗談が好きじゃないって知ってるでしょ。ああ、好きな子には~ってやつかな!」

「うん」

「…………それはどっちに対しての返答なんだよぅ」

「え、両方だけど。デイジーのことはよく知っているし、好きか嫌いか聞かれたら大好きって答えるかな」

 嫌いになれという方が無理である。だってこの人は俺の、


「って、なんで話が進んでるんですかーーー!」


 談笑していたらシエルが怒り出してしまった。


「ドクロちゃん、本当は可愛い顔してる」

「お母さん、この人ってアレだよね」

「死神が人間に化けたッス……あわわわ」

 それは逆じゃないか? 人間が死神に化けていたという方が正しい。

「キョーマもキョーマです! どうしてこの人を先ほどまで知らない人だと言っていたのですか!?」

 それは……なんでだろう?

 本来は忘れるわけがないのだ。だって、デイジーは俺の大切な家族の一員なのだから。

「それについては私が悪いんだよ。実はさっきまで認識阻害の機能を持った機械を使ってたんだよ」

 デイジーはそう言ってコトリとテーブルの上へペンダントを置く。

 黒い地金に白の装飾で髑髏の描かれたソレは一見すると単なるアクセサリーのようだが、端の方に小さなダイヤルとボタンが付いているため機械を内臓しているとわかる。

「効力を最大にして起動していたから、私の存在自体が別物として認識されちゃってたんだよ。だから、ブルーノは何も悪くないんだよ」

 俺が彼女から何と呼ばれていたか。それすらも思い出せなくするほど、この認識阻害装置の能力は高いのだろう。仮に犯罪にでも使われたりしたら大変である。何があったのかすら周囲の人間は気付けないのだから。

「俺のことはいいです。それよりコレ、どこで手に入れたんですか。場合によっては……」

「それは心配いらないんだよ。もう設計図は破棄したし、この一台しか完成品は存在しないんだよ」

 だったらいい。彼女が持っている分には悪用されないと思うし。

「ねぇ、きょーま。結局、こいつ誰なの。ううん、違う……きょーまのなんなの、この人」

「そうでした。キョーマのことをブルーノと呼んでいますが、いったいなんのことなんですか?」

 おっと、そういえば説明していなかったか。沙耶と母さんは気付いているみたいだが、他の三人は俺と彼女の関係を知らないのは確実だからな。

「ああ、うん。彼女の名前はデイジー。俺の家族で、姉みたいなものだ」

「そうなんだよ。私はブルーノのお姉ちゃんなんだよ! 血は繋がってないけどね」

「以前のことなんだけど、沙耶と母さんが定期メンテナンスで家を留守にする代わりに派遣されてきたのが彼女なんだ。一緒に暮らしたのは数日間だけだったけどね。それでも俺にとってはかけがえのない日々だったのを憶えているよ」

 そう、デイジーのことはよく憶えている。彼女はドジで何をやらせても失敗ばかりするトラブルメーカーだった。しかし、そんな彼女にも一つだけ特技といえる物があり――まぁ、今はその話はいいか。

「あはは。キミは昔より背が伸びたしカッコよくなったんだよ」

 ポンポンと俺の頭に手を乗せて懐かしむデイジー。現在では彼女と目線の高さがほとんど変わらないな。認識阻害をされている時は体格すら騙すのか、少女のような背格好だったのだが。

「デイジーが俺のことをブルーノって呼ぶのはこの義眼のせいだったよな。なんでも、色が綺麗だとか」

 俺の片目はブリジット先生によって機巧人形の眼球が入れられている。その虹彩の輝きは人間の瞳とは少し違う。特に顕著なのが色で、俺の場合は青いのだ。ブルーの瞳をしているから、ブルーノ。なんとも安直だが、俺はその呼び方が嫌いではなかった。

「うんうん。この吸い込まれそうな色合いが好きなんだよ。キラキラしていて、まるで星空みたいでさ」

 スターライトアイ。機巧人形用の眼球は製造時にごく稀ではあるが部品が化学変化してしまうことがあり、それがちょうど虹彩部分だと夜空に星が光るみたいにキラキラした見た目になることからこう呼ばれるらしい。アリアの瞳もこれと同じだな。俺は好きだけど、欠陥品として市場には出回らないみたいだ。もちろん機能的にはなんら問題のない物なんだという。俺のもそうだし、アリアなんかは両目だからブリジット先生が好んで使っている可能性もあるよな。狙って作れるのかはわからないけれどね。


「それじゃ、私はもう行くんだよ」

 デイジーのことを説明してから夕飯が食べ終わり、食後のデザートであるプリンを頬張りながら彼女は別れを告げてくる。


「もう帰っちゃうのか。ゆっくりしていけばいいのに。なんなら泊まっていってくれてもいいんだぞ」

 せっかく数年ぶりに会えたのに、何日かうちにいればいいのにさ。

「ううん。それは出来ないんだよ、ごめんね」

「何か急ぐ理由があるのか? もし、困った事があるなら」

「大丈夫なんだよ。ブルーノ、お姉ちゃんは強いって知ってるでしょ」

 いやまあ、たしかに俺が手も足も出なかったくらいだもんね。認識阻害装置の他にも色々隠し持っているみたいだから、心配するのも野暮ってものか。

「今日は久しぶりにブルーノに逢えてよかったんだよ。それに、私と一生逢えなくなるわけじゃないから安心するんだよ」

 またすぐに会える。それだけ言い残してデイジーは去って行った。


「なんだか忙しい人でしたねぇ」

 デイジーが帰ったあと、お茶をすすりながらシエルが彼女の感想を述べる。

「そうだな。昔からデイジーはあんな感じだ」

 変わらない姉に俺も嬉しく思う。

 顔だけは前より美人になった気がするけどね。

「あれ、そういえば」

 と、シエルはテーブルの上に置いたままになっていた物を見つけて手に取る。


「忘れ物したんだよっ!!」


 バーンッと大きな音を立ててリビングのドアが開かれた。


「これが無いと簡単に見つかっちゃうから大変なんだよ。すぐに気付いてよかったー」

 置き忘れたペンダントを受け取り、心底安心したような顔を見せる。そんな大事な物忘れるなよと言いたい。

「あと、これも忘れてたんだった」

 小声でそう言ったデイジーは俺の頬に軽くキスをすると、今度はドアをそっと閉めて帰るのでした。


「……きょーま、ニヤけてる」

「そ、そんなことないし!?」


 月明かりの隠れた暗闇の中、一軒の家から明かりが漏れている。

 そこでは絶えず笑い声がして、とても楽しそうだ。


「よかったね、ブルーノ。キミの夢は、もう叶っているんだよ」

 彼はかつてこう言っていた。

『誰もが笑って過ごせる世界にしたい』

 あの時は私にもどうしたら良いのかわからなくて何も語ってあげられなかったけれど、今ならわかる。

 世界を変えるなら、まずは自分が変わることだ。そうすれば、周りは自然と笑顔になる。

 奏響真と最初に出逢った時、なんて無愛想な子なんだろうと思った。誰も彼もが敵で、世界なんて無くなってしまえばいい。だけど、本当は家族が欲しかっただけなのだ。大事な物を全て失くした彼には何も残っていなかったのだから当然だ。しかし、現在の様子を見る限りは大丈夫であろう。無理をして逢いに来た価値はあったみたいだ。


 白い髑髏の仮面を着け、黒衣の少女は歩く。

 行き先は決まっていない。――が来ないなら、ここでしばらく生活するのも良いかもしれないと思う。


「家族を大切にするんだよ、私の愛しい弟くん」



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