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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
スクールライフ
53/98

53 授業開始

「――――それでは、午後の授業を始めます。久しぶりなので戸惑うこともありご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 俺は教壇に立つと、会釈をしつつ挨拶を述べる。

 緊張するなぁ。ここにいるのは知人ばかりではあるが、それでも誰かの視線が自分一人に集中するというのは慣れないのだ。特に俺が連れて来た二人からはジッと見つめられている。そんなに見られると照れるぜ。


「きょーま、きょーま。なにを遊んでいるの」

「そうですよ。皆さんの邪魔になりますから、大人しくこっちに座ってください」

 シエルは自分の座っている席の隣にある空いた座席をポンポンと叩きながらそう諭す。

「もうチャイムも鳴っているのに教師は何をしているのでしょうか? カズキさん、何か聞いていませんか」

「むにゃむにゃ、知らなーい。本人に聞いたらどうだー、そこにいるだろ奏センセーがさぁ……ぐぅ」

「かなで、せんせい――?」

 食事の後は寝るのが仕事と言わんばかりにカズキは机の上に突っ伏して寝息を立てていた。他にも数名同じような子がいるが、べつに怒ったりはしない。授業を受けるか受けないかは個人の自由なのだから。ただし、真面目に勉強をしてる人に迷惑をかけないようにな。静かにしている分には気にしないでおこう。

「響真ちゃん、もしかして教えてないのぉ? シエルちゃんとアリアちゃんが困惑しているわよぉ~」

「あれ、言ってなかったっけ」

 久美子さんに指摘されて思い返してみるが、言った記憶がなかった。何も説明せずにここまで連れてきてしまったというわけか。そりゃ困惑するのもうなずける。


「すまん二人とも。言うのが遅れたけど、俺がこのクラスの担任(・・)――奏響真です」


 よし、自己紹介も終わったことだし授業を再開するか。

 久しぶりではあるが俺がいない間に皆がどの程度勉強してきたかは他の教師から引継ぎ済みであるため、それほど気負う必要はないだろう。この分野の内容は俺にしか専門的なことがわからないせいか、以前よりたいして進んでいないのである。

「それじゃまずは、」

「って、なに普通に進めているんですかーッ!?」

 おや? 何か問題があっただろうか。とりあえず黒板に機材をセットしてっと。

「質問がある方は挙手をお願いしま……あ、痛い。そこはそんな向きに曲がらないからッ!?」

「きょーま、説明する。ちがう、説明をしろ」

 以前開発したウィンドウ発生装置を黒板に設置していたら、アリアに首を無理やりシエルの方へと向けられた。

「授業の説明なら今からするよ。そんな急かさなくても」

「そうじゃない。なんで、きょーまが、先生?」

 ああ、そういうことね。そうか、そこから紹介しないといけなかったわけだな。

「そうです! 何故キョーマが担任の教師なのでしょうか!? いえ、そもそも――」

 シエルはそこまで言うと教室にいる生徒の顔を見渡した後、当然ともいえる質問をしてくる。

「このクラス、年齢層がバラバラです。年少の子からご高齢の方まで、全員が同じ物を学ぶには些か不自然な気がします。どう考えても非効率というか、年齢ごとに一定のカリキュラムに沿って授業を受けるのが学校という施設だったと思うのですが……もちろん、飛び級という制度も理解しています。しかしながら」

「ねぇねぇ、シエルちゃん。あなたって外国から来た人なのよね?」

「え、あっはい。そうですが」

「そう。これは注意というか忠告ね。シエルちゃんがこの国についてどの程度認知しているかは知らないけれど、自分の知っている事だけが全てだとは思わない方がいいわ」

「それは、どういうことでしょうか?」

「無知なことを馬鹿にしているわけではないの。でもね、こういう学校もあるというのが事実なのよ……あなたの言う理想の学校がどのような物かは知らない。きっと皆が学びたいことを平等に学べる素敵な所なのでしょう。あ、私は現状に満足してるわよ? それでも、不満を持っている人だっているはずだわ。一応、受けたくない授業では静かに寝ているというのが暗黙のルールみたいにはなってるみたい。私は響真ちゃんの授業好きだしそんなことはしませんけれどね」

 あー、なるほど。どうりで寝てる人が毎回同じわけだ。たしかに万人受けする内容じゃないからなぁ俺の授業って。それに、教えるというよりも教わることの方が多い気もする。精進せねば。

「この学校、勉強するだけのところ、じゃない?」

「あら、アリアちゃんはキチンと周りを観察するタイプみたいね。その通りよ、ここは複合型スクールハウス……うーん、生活も出来るし勉強も出来るところ?」

「そうですね。理想としてはそんな感じです。とは言っても勉強するのはオマケみたいな物ですけれどね。みんなが安心して暮らせる所、居場所を作りたかったので色々頑張っていたらいつの間にか教師たちまで集まっていたという」

 実のところ、俺以外の教師たちは完全にボランティアなのである。誰かに強制されたわけではなく、さらに言えば給料だって出ない。俺としては対価を支払っても良いのだが、必要ないと。その分彼ら、生徒である皆の生活費に使って欲しいと断られてしまったのだ。日々の食事などは無料で食堂を使ってもらっているけれどね。何名かは生徒と共にここで生活している人もいるみたいだ。ちなみに、人数が多すぎて全ては把握しきれていない。

「ふふ。響真ちゃんには感謝してもしきれないわよ……ここがなかったら、きっと私たちは今頃……」

「久美子さん、これ使ってください」

「ありがとう丈治くん。でもこのハンカチは彼女たちに使ってあげて?」

 顔を伏せた久美子さんにそっとハンカチを差し出す紳士な丈治さんだったが、その布は涙を拭うことはなかった。

「すぴー」「くかぁー」

 気持ち良さそうにお昼寝中のリリとルルの口から垂れる唾液が丈治さんによって綺麗に掃除された。


「――――そうだったのですか」

 区切りがついたところでシエルに学校での俺の立場を説明することにした。

 要約して話すと案外すんなり受け入れてくれたらしい。

「きょーま、すごい」

 アリアは途中からこれしか言ってない。最後の方では理解することをやめてリリとルルの頬を突いて遊んでいたからな。大決壊して机が唾液だらけになった時はプチパニックを起こしたりしていたし。処理はもちろん丈治さんがやりました。


 この学校は俺が作った場所である。

 住む家を失った人や家族に見放され生きていくことが難しい子たちをどうにか救えないかと考えていたのだが、幸いにも俺にはお金があり余っていた。

 街から少し離れているところに人の住んでいない広大な土地があったのもタイミングがよかったのかもしれない。そこを購入し、建物を立て……人が増える度に増築を繰り返した結果、不思議な外観になったのがこの校舎兼住宅だ。螺旋階段は正直いらないと思う。

 立場としてはクラスを受け持つ担任教師というよりは校長先生として生徒から認識されている。理由としては創設者だからの一言で終わるけれどね。運営自体に俺が関わっているわけではないし。そういうのは人生経験が豊富な先達者に任せればいいのだ。下手に俺みたいな者が関わると混乱するだろう、ここでは年齢的にも低いからね。シエルも言っていたが、本当に年齢層の幅が広いよなぁ……それだけ困っている者が多いってことか。


「先ほどは取り乱してしまい、すみませんでした」

 あのあと授業を一通り終え、機材の片付けを行っているとシエルが教壇にいる俺の前で土下座をして謝ってきた。

 久しぶりに見る光景だなぁ。そんなふうに無言で物思いにふけっているとアリアが俺の横に立ち、シエルに向かってこんなことを言いやがりました。


「頭が高い、ひかえおろう」


 うん、もうこれ以上ないってくらい頭下げてるよね?

 シエルもなんか「ははーっ」とか言っておる。


「ん? なになに、時代劇ごっこか。オレもまぜてー」

「おぬしも、わるよのぅ」

 いつの間にか起きていたカズキが仲間に加わる。

「なぁアリア、遊ぶのは良いんだけど時と場合を考えてな? ほら、あっちに久美子さんたちがいるからカズキと一緒に行ってこい」

「らじゃー」

 アリアは俺の言ったことを素直に聞き入れ、カズキを引き連れて教室で談笑をしている女子グループへと突撃して行った。

「根は良い子なんだがなぁ……これも価値観の違いってやつなのかね」

 それにしたってあの状況で遊び始めるのはどうかと思うぞ。あとで一般常識を教えておかなきゃな。

「……なんだか、こうしてると落ち着きます。床が冷たくて気持ちいいかも、ふへへ」

 シエルにも。


「それにしても、キョーマが先生ですか。なんだか違和感がありますねぇ」

 俺が説得するとようやく床から頭を離したシエルがそう呟いた。

 どうにも授業を少々ではあるが妨害してしまい、貴重な時間を無駄にさせた事に対して謝っていたらしい。別に気にしなくてもいいのに。俺の授業なんて結局のところ開発したPET端末の機能説明くらいなんだし、そこまで重要でもないはずだ。

「そうだな。それに俺が教えられることなんて大したことじゃないしね」

 今回生徒に紹介したのは師匠が欲しがったので作ったウィンドウ発生装置と、あとはいつも身に着けているポーチくらいなものである。特にリリとルルはポーチに興味津々で、お菓子がどれくらい入るのか実験したいと騒いでいた。ポーチより容量の少ないポケット、現在はアリアのスカートにのみ付加されているそれですら結構な量を収納できるため実験は無理だと伝えたけれどね。街中のお菓子を集めてもポーチの中は満杯にならないと思う。試してみても面白そうだが、もしやるならポケットの方かな? アリアはスカートに付いているポケットをオヤツ入れにしているみたいだし、もしかしたらどれくらいまでお菓子が入るのか知っていそうだよな。以前、オヤツ用にとあげたお小遣いを一日で使い切ったくらいだからなぁ。気付くと何か食べているし、そこまで燃費が悪いのだろうか。それとも単にお菓子が好きなだけなのだろうか。永遠の謎である。

「そうでしょうか? 少なくとも私は勉強になりましたよ。ポーチとポケットの違いもそうですが、なによりあの端末は便利だと思います。ウィンドウ発生装置でしたか、あれは小型化が難しいとされていたのに」

「え、そうなの?」

「はい。バッテリーの問題もありますが、小さくするとどうしても画面を投影する位置がズレるので開発は断念されていたと記憶しています。使う場所が限られるので大型のままでも大丈夫という意見がありまして、現行機がリリースされたはずですよ。しかしながら、手の平サイズにまでしてしまうとは恐れ入りました」

「いや、画面のズレは板に対してポインターで照準を取れば解決することだろ」

 欠点といえばそこになる。大型の物はそのまま宙に画面を映し出して操作出来るのだが、俺の作った物は板が無ければ起動すらしないのだ。設置した端末から板の表面に微弱なパルス波を出して、それを動かすことにより画面が同期して反応する仕組みだ。当然ながら設置した板以外にウィンドウを展開出来ないため、大型の物とは使い勝手がかなり違う。こちらはただの板をデジタル画面として使うという機能だけに絞った特化品とでもいえば伝わるだろうか。

「バッテリーの問題だって板に画面を映してるだけだからそこまで消費電力がかからないしね。大型の物とは根本的に違う代物だと思ってくれ」

「うーん……だとしても、私はこちらの方が有用だと感じますけれどね」

 シエルはそう言いながら黒板に映し出されているウィンドウになにやら数式を書き込んでいく。

 どこかで見たことのあるソレは、たしか機巧人形の人工知能をプログラミングする時に使う物だったはずである。師匠がキーボードに入力しているのを盗み見したことがあるので、おぼろげながら記憶に残っていたらしい。

「ほら、これですよ! 手書きで入力した文字や数式を文書として即時変換するとか、向こうには真似出来ない芸当です!」

 ああそうだった。大型の物はウィンドウの操作までは出来るが、入力する時には仮想キーボードなどを使っていちいち書き込むという作業がいるのだ。こんなふうに手書きの文字をキチンと認識して変換するのは無理である。

「本当に便利ですね……研究が捗りそうです。これ、もらってもいいですか?」

「いいよ」

「なーんちゃって。やっぱり駄目ですよねぇ。再現が可能かわかりませんが、せめて製法だけでも――」

「だからあげるって。それに師匠へ試作機を渡してあるし、そのうち一般販売もされるはずだよ」

「……?」

 どうしたんだろう。シエルがきょとんと首を傾げてる。

「あの、キョーマは自分がどれだけすごい発明をしているか理解していますか?」

 そして、急に真顔になったと思ったらよくわからない質問を投げかけられた。

 すごい発明ねぇ……そういやこれの試作機を師匠に渡した時は驚かれたっけなぁ。

「ちょっとキョーマ、聞いていますか!? いきなり遠い目をしてどうしちゃったのでしょう。おーい、キョーマさんってばー」

「おっと、すまない」

 ゆさゆさと肩を揺すられ現実へと戻ってくる。

「いえ、少しビックリしましたがいつものことなので気にしてないです」

「うん、俺への評価はともかくだ! これ、シエルが欲しいなら進呈するぞ。ちなみに色違いが何機かあるんだが、どの色がいい?」

 先ほどまで授業に使っていた物とは別の色をした端末をポーチから取り出してシエルに見せる。

「なるほど。たくさんあるから一つくらいなくても構わない、ということでしょうか。それでは遠慮なく貰い受けます」

 そうだね。そういうことにしておいてくれ。

「それじゃ、これにします」

 シエルは俺の手の中からウィンドウ発生装置二号機、水玉模様の――

「シズクちゃんか。うむ、この子は挙動が素直だけど時々やんちゃをするから気をつけてな」

「はい?」

「俺が使ってるシルヴァなんか二回に一度は起動しない気分屋だし、今日の授業で使ったこのノーマが一番クセがないんだけどね。あ、でも予測変換が遅い時があるかなぁ? 処理能力が少し低いのかもしれん」

「いえいえ、そうではなくて」

「アンコちゃんは以前沙耶に貸したら暗黒面に堕ちそうな語句だらけにされちゃったからリセットが必要なんだよ。そういう意味ではシズクちゃんが一番オススメできるな。選んだあとに言うのもあれだけどさ」

「………………」

「どうかしたか? やっぱり違うのにするかい」

 久しぶりにキョーマが変です。端末自体に個性が出るのは規格をキチンと決めて製作してないからだと思うのですが、名前をそれぞれに付けるのはどうなんでしょうか。先ほど久美子さんに言われた手前、指摘するべきか非常に悩みますねぇ。一つ一つを大事にしているという証拠でもあるのですけれど、うーん……。

「これでいいです。シズクちゃん? でしたっけ。やんちゃというのが何を表しているのか少々不安ではありますが、見た目が一番好きなので」

 青、銀、白、黒。私が手にしたのは青地にキラキラと輝く水玉模様があしらわれた綺麗な物だった。

「そっか。気に入ってくれたならなによりだ」

「はい。大事にしますね」

 見たところメモリーカードを入れることも可能なようですし、資料の作成に役立ちそうです。これからよろしくね、シズクちゃん。


「奏~、もう帰っちゃうのかー?」

 シエルに端末を渡し機材の片付けが終わる頃になると遊び飽きたのかカズキが俺の所まで来る。

 上目遣いで服の袖を引っ張りながらそんなこと言われると、正直言ってあれである。

「やめろ、服が伸びる」

「冷たいなぁ相変わらず。でも、そんなところも好きだぜっ」

「お前に言われても全然嬉しくないな。それに明日も来る予定だし、っていうか授業中にも説明しただろうが」

 明日も予定が空いているので学校に来ると伝えてあったはずだ。シエルに目配せするとコクコクと肯いてくれたし、俺の勘違いというわけでもなさそうだ。

「あー、寝てたからわかんね」

「だと思った。来るか訊いておきながら肝心の授業中には寝てるとか、もう意味がわからねぇんだが」

「いやぁ、奏がそばにいるとよく眠れるんだよね。最近ちょっと忙しくて寝不足だったし、許してくれよー」

 カズキはそんなことを言いながら俺の肩をポンポンと叩いてくる。よく顔を見ればたしかに目の下にうっすらとクマができていた。

「なんかあったのか」

「およ? 興味あるのかオレのプライベートに!」

「別に。ただ、友達が困ってるなら力になってやりたいとは思ってる」

 衣食住が揃っているこのスクールハウスで寝不足になるほど忙しい事が思い浮かばない。

 しかし、だからこそ不安になる。


「カズキ、お前もしかしてまた――」



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