52 愛憎劇
「く、久美子さん……そんな、嘘だろ」
久美子と呼ばれた妙齢の女性は床に倒れ伏し動かない。うん、ちゃんと息はしてるけどね。そこまでは演技しないのか。あ、続きつづきっと。
「クミちゃん、なんでこんなこと」
「ジョーじぃが悪いんだー」「そうだそうだー」
委員長は久美子さんのそばに膝をつき泣きながら寄り添う。迫真の――演技じゃないって? いやだってさっき目薬さしてたし。
「きょーま、きょーま。なんなのこの茶番劇」
アリアもそう思うよな。でも、こいつらこれで本気なんだぜ……。
「もうすぐ給食の時間ですけど大丈夫ですか。終わります、これ? せっかく作ったのですし、なるべく冷めないうちに食べてほしいのですけれど」
大丈夫だろ、たぶん。終わらなかったら中断してもいいしね。え、無理なの。じゃあ早く終わらせようぜ。
「くそぉおおおお! これは全部お前の責任だ、響真さんッ!!」
あのさ、こういう時くらいはさん付けしなくて良いんだよ? 律儀な子だねぇジョージさんは。
「おいおい、俺が何をしたっていうんだ! 久美子が勝手にしたことだろう!?」
「ふぐ……呼び捨てにされちゃった……いやぁ~ん」
屍が何か喋ってますけど、良いのかこれ。完全に生きてるんだけど?
「ちょっとクミちゃん、今動いちゃ駄目でしょ」
ほら、委員長に注意されたじゃないか。もっと言ってやれ。
「えぇ~、だって嬉しかったんだもの~」
「く、久美子さん!? 生きていたのですね! 待っていてください、今助けを――」
無理やり続けた! ジョージさん、それは無理がある! でも頑張れ、もうすぐ時間になっちゃうから。
「ん? ああ! ……ぐッ、丈治君……行かないで。最期まで私のそばに、いて」
「お腹空いたー」「私もー。チャイムまだかなー」
「もうすぐだから我慢してねリリ、ルル。今いいところだからね」
「久美子……わかったよ。俺は君の手を離さない」
「ありが、とう。はぁ、ッ……あ、好きよ、丈治、く……ん」
「久美子? くみこ…………クミコーーー!!!!!!」
かくして、愛を求めた一人の女性は彼女を追い求め必死に生きた男の腕に抱かれ、その生涯を閉じたのでした――――つづく。
「続くの!?」
おい、予期せぬモノローグに思わず声に出してツッコミしてしまったぞ。
キーンコーン、キン、コーンカーン、コン
「チャイム鳴ったからもう良いよねー」「キンコン鳴ったー」
久しぶりに聴いたけど、この学校のチャイムって何故か途中で止まるんだよな。中古で手に入れた物を修理して使っているせいかもしれないけど、俺もみんなも既にこの音に慣れてしまっているので問題ないか。
「今のがチャイムなのですか。少し想像と違いましたね、独特な音色です」
「ん。特定の周波数のみ潰れていて鳴っていないみたい。鐘が歪んでいるのかも」
シエルとアリアには違和感があったみたいだけど……これが仕様なのだ、諦めてくれ。
「あー面白かった。次はいつやる~?」
「クミちゃん、そろそろちゃんと台本覚えてくれないかな。せっかく私が徹夜して書いてきた話が台無しだよぅ」
「あっはっは」
「まさか俺まで巻き込まれるとは思わなかったぞ。もしかして、そのために今日を指定されたのか」
「なんだ奏、気付いてなかったのか? そうだよ。お前のためにみんなで考えたんだ、楽しんでくれたかー?」
楽しいというよりは疲れたかなぁ。それに、みんなで考えたというわりには配役が少ない気がした。今回の話に参加していない生徒だってこのクラスには大勢いるのだから。なんで草や木の担当が十人近くいたのだろうか……言わせてもらうが、何しに学校に来てるんだ君らは。
「むぅ。勉強?」
「疑問系で言うな」
「まぁまぁ、これも勉強の一つですよ響真さん。人付き合いに失敗したらどうなるか――それを題材にした愛憎劇を行うことによって、同じような失敗を現実の人生でしないようにするためのね」
「はぁ。いやまぁジョージさんがそう言うなら」
納得はできないが、ここで反論してもしょうがないだろう。それに、今日この愛憎劇をした事が全く役に立たないとも言いきれないわけだしね。人生何があるかわからないしさ。
「――それでは、話も纏まったところで食堂に移動しましょうか」
タイミングを見計らって委員長がクラスメイト全員に聴こえる声でそう宣言するのだった。
この学校ではクラスごとの教室で昼食をとるということはしない。
階層ごとに食堂が用意されているので、そこへ皆で集まって食べるという決まりになっている。
給食室から教室まで昼食を運ぶのは大変手間がかかり、配膳ミスや不測の事態が起こるのを防ぐためだ。
食堂に着くと各々自分のトレーに食べたい物を取り、席に着く。
給食と銘を打ってはいるがバイキング形式を採用しているので好き嫌いの多い子には嬉しい設計だ。
俺は事前に訊いておいたシエルが調理に関わった物を中心にバランスよく盛った。
「いただきます」
「もぐむぐ。おいしい」
アリアは既に食べ始めていたみたいだな。チラリとトレーの中を覗き見ると、肉と米しか盛られていなかった。
「他にも色々あるけど、それで良いのか?」
「ん。カロリー優先。それにこれもシエルが作ったやつだから」
なるほど。絶妙な焼き加減で油のしたたる良い肉だ……じゅるり。俺も同じの食べようかな、まだあるといいけど。
「はい、キョーマ」
と。追加で肉を取りに行こうかと立ち上がろうとすると、俺の前に肉を山のように盛った皿が置かれた。
「シエル、これはいったい……?」
「たくさん食べてくださいね、キョーマは育ち盛りなんですから。それと、アリアにはこちらを」
う、うん。食べるよ? 美味しそうだしね。ただ、この量はキツイと思うんだ。まぁ、無理だったらポーチの中にでもシュートすればいっか。あとで食べれるしね。
「………………」
そして、俺と同じくアリアの前にも山盛りの皿が置かれたのだ。とはいっても、中身は全く正反対で野菜だけみたいだが。バランスよく食べろと言いたいのだろう。
心なしかギギギと油の切れた機械のような音を立てながらゆっくりとシエルの方を見る。その表情はいつにも増して表情筋が硬くなっているみたいだ。もしかして、アリアって野菜が嫌いなのか? 家で食べている分にはそんな素振りなかったけどなぁ。
「ああ! せっかく心を込めて作ったのに、アリアは一口も食べずに食材はおろか私の努力すら無下にするというのですねぇ!!」
うっわ、露骨すぎる。いくらなんでもそれで――
「うぐッ……わ、わかったよ。食べる」
アリアさんチョロイ! えぇ……なんだこれ。
「はい。それでいいのです。まったく、アリアったらいつも野菜だけよけてキョーマのお皿に入れてるんですもん。バランスよくお野菜も食べないと体に良くないのですよー」
えっ、そうだったの? うーん……たしかに思い返してみれば最近野菜多めな食事だなぁとは感じていた。あれって俺の方にアリアの分も入っていたからだったのか。謎が一つ解けたな。
「もぐむぐ、苦い……ピーマン、きらい」
べぇと舌を出して美味しくないよとアピールするアリアが子供みたいで可愛い。
「なるべく苦味の出ない調理法を試したのですが、やっぱり駄目ですか。あぁでもキャベツとかニンジンは大丈夫なんですね。ふむふむ、今後の参考にします」
野菜を頑張って頬張るアリアを観察しながらメモをとるシエルだが、意味があるのだろうかそれ。食べたくない物まで無理して食べる必要は無いと俺は思うんだけど。
この食堂での給食だってそういう理念で作られているからな。食事は楽しむものだろう、何故無理してまで嫌いな物を口に入れなきゃならんのだ。好きな物をお腹いっぱいになるまで食べられる幸せを皆に味わってもらいたくて――――あれ、考えていたらイライラしてきたぞ。
「なぁシエル、どうして」
「おい奏、その先は言わない方がいい」
一言文句を言ってやろうかと口を開きかけたらいつの間にか隣で食べていたカズキに制止されてしまった。なんだ、お前はシエルの味方をするっていうのか。
「? キョーマ、どうかしましたか」
「いやいやこっちの話。シエルちゃんは気にしなくていいんだよ。な、そうだろ奏?」
「…………」
「冷静になって考えてみろよ奏。彼女は奏たちの健康を考えて行動しているだけなんだぜ。そこに悪気は一切ない、それはわかるな」
ああ、理解はしているさ。でも。
「奏は彼女が普段、何を考え、何を思い、何のために生きているか……それを知っているのか? 知らないよな。オレにだってそれはわからない。何故ならオレたちは違う人間だからだ。みんながみんな同じってわけじゃあないのさ。だから戦争なんてものも起こる、こうやって些細なキッカケでね」
それは、そう、だけど。
「意見が食い違ったからって、相手も自分と同じ考えにさせようとするのは傲慢過ぎるとは思わないか。なんで解り合えない。なんで相手を知ろうとしない。お前の意見は本当に正しいのか。相手が言っている言葉の正当性を考えたことはないのか」
カズキの言葉に俺は何も反論できない。何が正しくて何が間違っているのか、そんなの――
「そうだ。それが答えだよ奏」
「……止めてくれて助かった。ありがとうなカズキ」
取り返しのつかない過ちを犯すところであった。もし、あのままシエルに文句を言っていたらと考えると怖ろしくて震えが起きる。
「どうってことないぜ。心配しすぎだとは思ったけど、せっかく友達が幸せな生活を送っているんだ。それを守るのもオレの役目ってやつだし」
カズキはそれだけ言うと食べ終わっていた自分のトレーを片付け、食堂から出て行ってしまった。
今度何かお礼をしなければな。カズキが好きな物ってなんだっけー。
「シエル、一つだけ言わせてもらっていいかな」
昼食を済ませた俺たちは教室に戻る前に保健室に寄ることにした。
最初にアリアが来たという元の場所ではなく、新たに教えてもらった仮の部屋である。
「はい? なんですかキョーマ。おっとと、結構たくさん入れてありますねコレ。落とさないように注意してくださいねアリア」
「ん。これは上の棚で、こっちのは――」
現在はトートバッグの中に入っている薬品類を棚に移す作業の真っ最中だった。
バッグのまま保管していてもいいのだが、使い勝手を考えると一度棚に出して整理した方がいいと思ってさ。緊急時とかに目的の物があるかどうか一目でわかる方が良いだろ。かさ張る物だけは出さないけどね。仮設の保健室はそれほど広くないし。
「いや、食堂での話の続きになっちゃうんだけど……機巧人形って野菜食べる必要性あるの?」
「え」
ピシリッとヒビが入る音がした。
「あのあと冷静になって考えてみたんだが、たしかエネルギー変換装置って有機物ならなんでも電力にできるわけだろ? それだったらカロリー優先で肉食の方が効率良いんじゃないかと思ってさ」
カロリー優先とはアリアが言っていたことでもある。彼女たち機巧人形の、人間でいう胃に相当する所に入っているエネルギー変換装置はあくまで補助的な役目しかないと聞いたことがあった。機械仕掛けの心臓が生み出すエネルギーはもとより膨大なため、基本的に電力不足ということは起こり得ないのだ。アリアはちょっと他のより消費が激しいので足りなくなることもあるみたいだけど、それだって外部充電で補うこともできる。つまり、というか本来、機巧人形が行う食事というのは見せかけだけの物であると言えるのだ。食べなくても餓死したりしないし、水分補給だって空気中からの吸湿機能で事足りる。とはいっても、食事行為全てが無駄というわけでもないのだが。彼女たちだって物の味を理解し、それによって精神的な影響が出ることは少なからずある。お気に入りの味、例えばプリンなどを食べるとテンションが上がるのがその最たるものだな。この現象を利用して人工知能の育成に利用できないかと研究者たちの間ではひそかに検討されているらしい。本当かどうかは定かじゃないけどね。しかし、否定も出来ないのがまた事実だ。アリアがピーマンを食べて苦いからと言って舌を出すリアクションをしたのは人間がするのと同じだったし。そもそも好き嫌いがあるというのが不思議といえばそうなんだよなぁ……。
「そうですね。効率重視ならキョーマの考えが正しいかと思います」
ビキ、パリンッ、ガチャン!
アリアは無言で俺たちの会話を聴いていたが、ついには持っていたビンの一つを粉々に砕いてしまった。中身は……なんだ、ただの消毒液か。掃除は慌てて駆け寄ってきた保健室の先生に任せておけばいいよ。怪我はしてないだろ? それならいいんだ、うん。さて、続きをどうぞシエルさん。
「あっ、はい。しかしながら、変換されるエネルギー全てが動力源として使われるわけではないのですよ」
「というと?」
負のオーラ漂うアリアの視線に気圧されることなくシエルはゆっくりと話を続ける。
「うーんと、アリアの体が既製品と同じという前提で説明させてもらいますね。機巧人形のボディはフレームの上に特殊金属の筋肉を被せて、さらにその上に合成ラバーの皮膚があるのですが……それらのパーツが壊れた際に使用されるのは電力だけではないのはわかりますよね? 機械仕掛けの心臓は人間の体を模倣する機能があるのですが、それにも限度があります。折れたり、欠けた程度ならいいのですけど、失ってしまった場合は新たに作り出さなければなりません。では、その材料は何処から持ってくるのでしょうか。答えは二つあります。一つは体の他の部分を変換して使うこと。これはボディ全体の強度が下がるのでオススメできませんね。そして、もう一つは……外部から摂取することです。食事がこれに当たりますね」
無から有は作れない。存在している物質を違う物質へと変えることにより、機巧人形はその体を保っているということだろう。
「ちなみに、大部分を失った場合は出来合いのパーツをくっつけちゃった方が早いです。その方が負担も少ないですし」
「ああ、それはなんとなくわかる」
「……キョーマの場合は、ちょっと違うんですけれどね」
俺の考えていたことを察したのか、シエルは声のトーンを少し落としてそう言った。
「話が、よく、わからない」
と、先ほどまで黙って聞いていたアリアがついに口を出す。
「シエルの言っていることは、正しい。欠損を直すには、電力以外に有機物も使用する。だけど、それは、お肉を食べてるだけじゃダメなの?」
それは俺が最初に聞いた質問に似ている。結局のところ、野菜を食べなければならない必要性はなんなのだろうか。
「駄目というわけではありませんが、肉食に偏るとエネルギー変換装置が劣化していくというのが事実です。そして、野菜を摂取すると少なからずその劣化が和らぐという実験結果もあります」
「ふむふむ」
「アリアは普段からエネルギー不足で困ってるので、きっと変換装置を酷使しているはず……だったらその負担を少しでも減らせたらと思い、色々と試行錯誤していたのですが」
その努力もむなしく、普段の食事で野菜は俺の胃袋へと収まっていたわけだ。
「でも、野菜、おいしくない」
「具体的にはどの野菜が嫌いなんだ?」
「全部」
あー、質問を間違ったかもしれん。
「すまん、聞き方が悪かった。アリアはどんな味が苦手なんだい」
「味? ……苦いの、ダメ」
両手の人差し指で口の前にバッテンを作り、そんな感想を述べる。
さっきも思ったがこれって単純に食わず嫌いなんじゃないかな。食堂では文句を言いつつもキャベツやニンジンを食べれていたのだし、苦味が少ない物なら大丈夫なのだろう。
「だそうだ。シエル、今後は苦い物以外で頼む」
「了解しました。そうですね、苦くない野菜も色々ありますし試してみます。アリアは苦味に敏感だっただけなのでしょう。なにも嫌いな味のする物を無理に食べる必要はありませんからね。今日だってキャベツとかニンジンは食べられるみたいでしたし、そちらの甘さが出る物を重点的に今度から使うことにします」
解決したようでよかった。
しかし、俺はニンジンを甘く煮たやつが嫌いなのだが……言うべきなのだろうか。
保健室での作業を終え、教室に戻る。
さぁ、これから授業の始まりだ!




