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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
スクールライフ
51/98

51 驚愕

「見た目通りではありませんよ!?」

 開口一番、シエルが口にしたのは全く予想外の一言であった。

「これを見て学校と気付く人はキョーマくらいなものですよ……なんですかこの大きくて円柱状の建物は。しかもガラスから透けて見えるのは螺旋階段ですか!? ありえない、アリエナイでーす」

 おいおい、現実逃避まで始めてしまったぞ。なんだ、なにか問題があったのか?

 背後にある校舎を見るが、どこにも違和感はなかった。いつも通り綺麗な外観で採光用に取り付けられた窓ガラスには曇り一つ無い。近付けば顔すら映るほどに磨かれているに違いない。その証拠に生徒の一人であろう女の子が校舎の入り口付近にあるガラスの前で髪をいじりながら寝癖を直している最中だ。中からも見えていることを忘れているらしい。昇降口にいる男子生徒の視線がそちらに向いており、顔が赤くなっていた。よほど可愛い子だったのだろう。俺も見たいなぁ、すげー気になる。あ、ああ! そこまで直すの!? いや、それはさすがに外でするべきじゃないだろう! お、動きが止まった。そうか……自分の犯した失態に思考が停止したのか……可哀そうに。強く生きるんだぞ。

「ん。シエルの意見には同意する。私の知っている学校とこの建造物の類似点はほぼ見受けられない。学校というのは一般的に三階建て程度の横に広い面積のある建造物であって、こんなふうに天へとそびえる塔のような外観はしていない。さらに言えば、外からも見えるけど螺旋階段があるなんてお城かなんかなの? 詳細を知りたい、早く中に入ろう」

「……そうですね。ここで驚いていても仕方ありませんし、行きましょうか」

 アリアが意外にも大きく反応してくれたおかげか、シエルが現実に戻ってきてくれた。アリアはワクワクが止まらねーぜという顔をしている。俺の想像でだけどね。


 正門をくぐり、校庭を抜けたあと昇降口へとやってきた。


「この国にある学校では靴を内履きに履き替えると聞いたことがありますが、ここではそうじゃないんですね」

「ああ。履き替える手間がかかるから、そのまま入ってくれて構わないよ。来客用にスリッパの用意はしてあるけど、誰かが使ってるところみたことないなぁ」

 最初から要らなかったかもしれんな。まぁ、捨てるのはもったいないし何かに使えるだろうからとっておくけどさ。

「あはは。理想と現実の違いというやつですねぇ。それじゃあ失礼して――って、え?」

 昇降口の手前にある人工芝でできたマットで靴底の土を落としたあと中に入るが……両足を踏み入れた瞬間、異常事態が起こった。

 カシャン、ガッ、ギュルンギュルン!! ザァザーーーっ!!!!

「それと、言い忘れてたんだけど――――ごめん」

「いえ、だ、だいじょうぶ……です」

 シエルは心底驚いたのか、胸の辺りに手を置いてバクンバクンと脈打つ鼓動を抑えるような仕草をしていた。

「いやほんとマジですまん。ここ、靴で入ると自動洗浄で汚れを落とす装置があってさ。そのシステムの予備動作で靴が一瞬固定されるんだ。驚かせて悪い、怪我とかしてないか?」

 靴底を固定して高速回転するブラシと洗浄液による清掃。それは一秒にも満たない短時間で行われるが、普通に歩こうとするとどうしても躓いてしまう。そのため、入り口には注意書きをした看板が置いてあるのだが彼女は見ていなかったのだろう。アリアはちゃんと確認してから入ってきたから大丈夫だったみたいだけどね。どっちにしろ俺が説明するべきことだったし、それを怠った責任は大きい。

「はぁ、ふぅ……心配いりませんよ。足が止まったことは何も問題ありませんでしたから。ただちょっとビックリしただけなので。それにしても、すごいですねぇ。まさか靴を自動洗浄する機械があるなんて」

 それならいいんだけど……まぁ、とにかく怪我がなくてよかった。学内はこういう関係者にしかわからない装置に溢れているので、これからは教えながら進むことにしよう。

「ん。たしかにすごい……けど、これ、うちにもあるよ?」

「えぇ!? どういうことです?」

「シエルは、わからなかったの? 脱いだ靴、そのままにしておいても次に履く時綺麗になってた。それにキチンと並んで置かれてたし。一度、興味があって観察していたら勝手に動いてたもん――そうだよね、きょーま」

「アリアはよく見てるなぁ。たしかに同様の装置はあるぞ。これとは少し違って、誰かが脱いだ靴を洗浄して並べる機能があるやつだけどな。ここにあるやつはさっきみたいに固定されるのがネックだったから、それなら履いてない時に洗えばいいやと思って改良したんだよ」

 しかも副次的な作用として脱いだあとに逆さにして置いておくと中まで綺麗にしてくれるのだ。楽チンである。時々洗浄剤を補充しなきゃいけないけど、そんなのすぐ終わるしね。

「まったく知りませんでした! うう、どうりで私の靴、いつまで経ってもピカピカなままだったのですね。……あれ、よく見たらキョーマの家に来る前より綺麗かもしれません!?」

 そう言ってシエルは自分の履いている靴を見ては驚愕しているが、それが普通の反応かもしれない。毎日状態を確認するなんて人はよほどの靴好きくらいなものだからな。ま、俺のことなんだけどね! 今履いているのだって既製品ではなく己の技術で作り出した機能盛りだくさんな物であるわけで。素材から何からなにまで全てこだわり抜いた至高の一品である。しかし、語りだしたら止まらなくなりそうだからここらでやめておくか。どうせ理解してくれないだろうしね。


 そんなこともあって少々手間取ってしまったが、目的地に到着することとなった。


「ここって、給食室……ですか?」

 正確には給食準備室だけどな。ようは生徒たちが食べる給食を作る場所である。

「うん。母さんが用意してくれた食材を使ってシエルには料理をしてもらえると助かるんだが――頼めるか?」

「まあ、別にいいですけど……何人分作るんです? それと、何を作ればいいんですか」

「ありがたい、引き受けてくれるのか。それじゃあ、詳細は中にいるおばちゃんたちに聞いてくれ。俺に頼まれたって言えば伝わるはずだ」

「はいはい。で、キョーマは何処へ?」

「俺は教室に行くよ。カズキが待ってるだろうしさ」

「わかりました。それでは後ほど合流しましょう」

 ここでお前も手伝わないのかと言わないのがシエルの良い所である。いや、俺が手伝うと仕事が余計に増えるって知ってるからなんだけれどね! ごめんなさい。俺はもう二度と調理場には立ちません……犠牲になった、消し炭にされた食材たちよ成仏してくれ。

 シエルは食材の入ったトートバッグを俺から受け取ると、給食室のスイングドアを開け中へと消えていった。


「きょーま、きょーま。私はどうしたらいい」

 クイクイと服の袖を引きながら上目遣いで訊いてくるアリア。以前から思っていたが、その仕草は反則だろ。俺のツボを的確に突いてくるんだが……狙ってやってるのか? そう思わざるを得ないほどの破壊力である。

「えっと、アリアは……」

 特にこれといって用事はないんだよなぁ。彼女も俺と同じく料理が出来ないから、シエルの手伝いをさせるわけにもいかないしさ。

「! そうだ、これを保健室に持って行ってくれないか?」

 俺の手には母さんから渡されたトートバッグの残り一つ、医薬品や衣服の入った物があるのだった。それをアリアに託すことにしよう。

「これは超重要な任務である! 心してかかれよ。もし失敗した場合は――」

「きょーま、私に任せておけば大丈夫だよ」

 アリアは右手の人差し指を立て俺の唇に当てながら、はにかんだような笑顔でそんなことを言う。

 ああもう駄目だ。このまま何処かへ連れ去りたい。不意に手が伸びそうになるが、次の言葉で俺は彼女に任せることが不安になるのだった。

「ところで、保健室ってどこにあるの?」

 場所もわからないのに任せろと言っていたのか……うん、そりゃ初めて来た所だもん仕方ないよね。小首を傾げてとぼける姿も可愛いです。


 若干心配しながらもアリアに道順を書き記したメモを持たせたので何とかなるだろうと楽観的な考えで彼女と別れ、俺は一人教室の扉の前に立つのだった。


「ここに来るの、すごい久しぶりだなぁ」

 思えばシエルがうちに居候するようになってからは一度も来ていない気がする。みんな元気にしていただろうか。

「………………」

 なんにせよ、これを開ければわかることか。


 意を決し、スライドドアを横に――――動かせない?


「あ、あれぇ?」


 ガッチャン、ガチ、ガゴ……バギンッ!!

 力任せに動かそうとすると、ひときわ大きい破砕音が響いた。


「ごめん奏ぇー、そっちのドア鍵壊れてて開かないから後ろから入ってくれー」

 中からカズキの物らしき声が聴こえてきた。

 うぐぐ、最初から言ってくれよなぁ。どうすんだよこれ…………む、レールから外れただけか。良かった、トドメを刺したわけじゃなかったみたいだな。


「……奏さん、しょんぼり」

「あっはっは! そんなに落ち込むなよぅ。ほら、みんなが待ってるぜ」

 ドアが開かないという災難に見舞われ要らぬ精神ダメージを受けたせいか顔を伏せそうになるが、カズキの言葉を受けそれを押しとどめた。


「えっと、おひさしぶりです皆さん。元気でしたか」

 視線が集まる中、おずおずと口を開く。


「きょうまだー」「響真がきたー」「奏さん久しぶりねぇ」「お主も元気じゃったか?」「じいちゃん、それ俺の鞄だよ。奏先生はあっちだって」「やっと来やがったなこの野郎」「おい貴様、先生に向かってその口の利き方はなんだ。表へ出ろ」「ああん? なんだてめぇ文句あんの――いやごめんなさい。大人しくするんでそれをしまってくれ」「ふ、わかればよろしい」

 おい、後半なんか物騒なことになっていたぞ。大丈夫なのかこのクラス……。

 しかしまぁ、みんな元気そうでなによりだ。


「うふふ。響真ちゃん、お久しぶりねぇ。以前より背が伸びたんじゃな~い? ほらほら~、カズキちゃんと比べたら一目瞭然ですもの! やっぱり男の子は良いわねぇ~成長が早くってぇ~」

 そう言って俺の頭に手を置きながら撫で回すのはタレ目でおっとりとした柔らかな物腰の妙齢の女性だ。カズキの方にも手を置いているが、そちらの動きはどことなく荒っぽい。わしゃわしゃとかき乱すような感じだ。

「おわぁあー、せっかく直した寝癖がぁ」

「あらあら、ごめんなさいねぇ~」

 それに対しカズキは非難の声を上げるが、無理に振り払ったりはしない。それをすると余計に激しくなるのがわかっているからだ。

「謝るくらいならやめろー」

「はは、相変わらず仲が良いですね二人は」

 この妙齢の女性とカズキはまるで親子かと思えるほど仲が良いのだ。はたから見ると羨ましく思えるほどである。

「なぁ~に響真ちゃん、ヤキモチ? 良いのよぉ、言ってくれればあなただけを愛してあげるわぁ」

 なんだと! それじゃお願いしちゃおうかな。

「やめておけ響真さん。久美子さんに関わるとロクな事がないってのは君も知っているだろう」

「そういえばそうでした。ご忠告感謝します、ジョージさん」

 俺は話に割って入ってきた少し目つきの鋭い男の子にお礼を言いつつ会釈する。彼はこのクラスの風紀委員だ。年齢は下から数えた方が早いが、それでも年上に物怖じせず自分の意見を言える所が評価に値すると俺は思う。

「ジョーじぃはクミコを取られたくないだけー」「そーなのー、そーなんですー」

 そしてこちらは双子の姉妹、リリとルルだ。妹のルルは姉であるリリの言葉を肯定するだけ……なんてことはない。単に意見が一緒なのだと教えてもらった事がある。だから当然意見の相違でケンカしたりすることもあるらしい。

「もうっ! せっかく落とせそうだったのに、邪魔しないでぇ~」

「邪魔だなんてそんな……俺はただ……」

「ジョーじぃ落ち込まないで。私がいるじゃない」「私もいるよー」

「ロリっ子に興味はねぇ……俺は久美子さんみたいな、はっ!?」

丈治(じょうじ)君、駄目よ? 女の子の好意をそんなふうに邪険に扱っては。それに二人だってあと数年もすればクミちゃんに負けないくらい美人になると思うわ。胸は……どうかな。うん、私も彼女たちくらいの年齢の時は小さかったし、大丈夫なんじゃないかしら」

 そう言ってジョージこと丈治を窘めるのは我がクラスの委員長、春日(はるひ)さんだ。みんなからは委員長やハルちゃんと親しく呼ばれる胸部装甲の厚いお姉さんで、沙耶すら及ばないそのサイズは男子の憧れの的である。

「委員長……でも、俺は」

「ジョーじぃ、私じゃ駄目なのー」「ダメなのー?」

「くっ、正直言うとリリとルルのことは好きだ」

 おお、ちゃんと認めるとは中々やるなぁ。

「だけど! 久美子さんの方がもっと好きなんだーーー!!」

 いきなり大声で告白タイム始まった!? それで、対する久美子さんの答えはいかに!

「ごめんなさい。年下は眼中にないの、あなたはただのクラスメイトよ丈治君」

「んなっ」

 うわぁ、バッサリいったねー。これは立ち直れない。

「それに私、響真ちゃんのことを~愛してるからぁ~」

 久美子さんは間延びした声を出しながら俺の腕を掴みしなだれかかってきた。うーむ、柔らかい物体が押し付けられてくるが――ジョージさんの顔が怖くて堪能できないぞ。ギリギリと歯を食いしばっていて、今にも飛びかかってきそうだ。頼むから俺を巻き込まないでくれ。

「――響真さん、決闘をしよう」

「やだ」

「ふ、そうか受けてくれ……ないの!? なんでさ!」

 だって勝っても負けても俺は得しないし? あと、面倒だから。

「まぁまぁ、落ち着けよみんな。奏が久しぶりに来たからって浮かれ過ぎだぜ、嬉しいのはわかるけどさ」

「カズキさん、止めないでくださいよ!」

「やめて二人とも、私を取り合って喧嘩しないでッ!!」

「久美子……? だったら俺はどうしたら良いんだ」

 諦めれば良いんじゃないかな。

「いいわ、あなたが引き下がらないというのなら――私は」

 何処かから刃物を取り出し己の首筋に当てる久美子。そして、それをそのまま横に引き抜き……。


「あのー、キョーマ? そろそろ中に入ってもいいでしょうか」


 と。いつの間に来ていたのか、シエルが申し訳なさそうに俺に声をかけてきた。

 そういえばドアの前に立ったままだったな俺。すぐに退きますね、ごめんよ。


「ひとまず調理も終わりましてキョーマの教室を探していたらアリアを確保したのですが、何かあったのですかね。酷く落ち込んでましたけど」

 見ればシエルの後ろでアリアがどんよりとしたオーラを纏っていた。何事かと思って近付くとビクッと肩を震わせ、おそるおそるという(てい)で顔を見上げてくる。

「どうしたんだアリア、何か問題でもあったのか?」

 訊かないことには解決しないだろうと質問してはみたものの、アリアは口を開こうとはしなかった。

 だが、そのままの体勢でしばらく待っていると、おずおずと話をし始めた。

「あの、ね……実は……任務に、失敗しちゃったの。保健室を見つけるところまではよかったんだけど、鍵がかかってて。中に誰もいなくて……誰かに聞こうと思ったら、廊下に一人もいないし、みんな授業中だし……きょーまのいる場所もわからなくて……」

 ああ、それで徘徊していたらシエルに拾われたのか。

「ごめん、なさい」

 アリアは任務に失敗したことがよほど悔しかったのかポロポロと涙を流しながら俺にすがってきた。

 いやまぁ、あれだけドヤ顔で任せとけって言った手前引き下がれなかったんだろうけど、それにしたって大げさである。別に泣くほどのことではない気が……。

「どうしたん奏? って、おお!? なんだ修羅場か?」

「違うから! そうだ、カズキ。今日って保健の先生いないのか? なんか誰もいなかったとか言ってるんだけど」

 保健室の先生が不在というのはあまりない事だ。仮にいつもの人が休みだったとしても他の先生が代わりに居るはずなんだけど。

「んー? いないなんてことはな――――くもないか。ちょい前の事なんだけど、置いておいた薬品のビンが棚の中で倒れてたみたいでさ。他のと混ざって軽く爆発したんだよね。それで片付けとか色々あって現在(いま)は別の部屋を保健室代わりに使ってるんだよ。奏が知らないのも無理はないか」

 知ってるわけがない。俺がこの学校にきたのすごい久しぶりなんだから。

 うーむ。だったらアリアには悪いことをしてしまったな。完全に俺の確認不足だ。

「そうか。事情は把握した、教えてくれてありがとうカズキ。それとアリア、聞いていたからわかると思うけど、そういう事なので君は何も悪くないよ。謝るのは俺の方だ、大変な思いをさせてしまってすまない」

「ぐすん。いい……その代理で使っている部屋を探し出せなかった私の落ち度でもあるから。次こそは必ずや成功させてみせる」

 なんて健気な子! でも、何も情報の無い状態から探せという方が無理だと思うぞ。そのやる気は買うが、他の部分で生かしてくれるとありがたいかな。


「響真ちゃーん、続きやるわよ~、早くぅ~」

 おっと、こっちはこっちで忙しいなぁ。俺いなくてもいいんじゃないかこの茶番劇には。あぁ駄目なんですねそうですか。しょうがない、気が進まないけど付き合うとするか。

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