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44 我が名は

「ところで師匠、所有者登録の方法ってわかりますか? 俺、途中契約ってしたことがないもので」

 仮登録とはいえ契約の証明は届出なければならないからな。受理はされていないが申請をしていたという師匠なら知っているだろうと訊いてみたのだが、返ってきたのは予想だにしない回答であった。


「ん? もうマスター契約は済んでるぞ。さっきデバイスからオンラインで送信したら即行で受理されたし。私が申請していた文書の名前欄を変えただけだったんだが、今まで駄目だったのはやはり私の素性のせいみたいだな。名前だけで弾かれていたとは……ちょっとショックだ。というわけで、今日から兎美りんねは名実共に君のモノだ! 触ったり揉んだり、な、舐めたり。エロいことし放題だな! あーけしからん」


 なんと。仕事が速いな師匠は。

 でも一つだけ難点を挙げるなら、からかうんだったら最後まで照れずに言ってくれ。途中から顔が真っ赤だったんだけど。想像したのか実際に……


「さすがに舐めるのは勘弁して欲しいかなぁ。夜、布団を温めておきつつ、そのまま抱き枕として使われるくらいなら許します。その先は本登録してからね?」

 なにその体験版はここまでみたいなノリ。

「しないから! まったく、俺がそんなことするわけないでしょう」

「えっ……触ってもくれないの?」

 なんでそんなに悲しそうな顔をしているのかな。う、うん。少し、ちょっとくらいなら良い……よね?

「きょーま」

 うひゃー!? ごめんなさいアリア様、殴らないで、蹴らないで、首絞めないで!!

「なんで怯えているんですかキョーマは。アリアが何か話があるみたいですよ」

 おっと、邪な考えをしていたせいか幻覚を見ていたようだ。まぁ、アリアが俺に対して攻撃を加えるのは最近行っている訓練の時だけだよな。初めに手加減なしでと言ったらボコボコにされたけど、トラウマになってるのかもしれない。

「すまないアリア。話ってのはなんだ」

「ん。これ、私に、ちょーだい」

 これってのは兎美さんのことだろう。しかし、彼女が欲しい? それはどういう意味なのだろうか。

「あげるのは構わないけど、何に使うんだ」

「実験台に、する」

 なるほど。兎美さんはハイブリッドタイプなので多少痛めつけてもすぐに直るもんな。

 ……って、駄目ー!?

「きょーま、きょーま。顔、おもしろい、ね」

「ほんとキョーマは顔に出ますねぇ。そこがまた愛らしくもあるのですが」

 しょうがないだろ。こればっかりは直らないんだから!

「じょ、冗談ッスよね? 私、痛いのは嫌ですよ」

「大丈夫、ちょっと、ちぎる、だけ」

 そう言ってアリアは無表情のまま兎美さんの腕を掴む。

「それは大丈夫とは言わないッスよーーー!? 助けて少年(・・)!!」

「ほらほらウサリーネさん困ってるから、離してあげなさい」

「わかった」

 俺に注意されるとアリアはスッと手を離した。なんだかんだ言って従順なんだよなアリアって。愚直に命令を聞くだけではいけない、そう教えてから少しは変わってきてはいるが、まだまだ発展途上という感じだな。冗談を言えるようになっただけマシとも言えるけど、判り難いからもうちょいマイルドなの頼むぜ。

「た、助かったッス少年。あ、ちが、マスター」

「いや、言い直さなくても響真くんは気付いてるようだぞ。隠している意味なかったな」

「気を、利かせて、損、した」

 道理でアリアが彼女の新しい名前を伝える時に不自然さがあったわけだ。しかし、なんでまた元の機体名を隠していたのだろうか。あれ、そもそもウサリーネさんって最初から機巧人形だよな? それがハイブリッドタイプになるのか? うーん?

「バレてしまったのなら仕方ない。我が名はウサ――」

「ウサリーネの機体は響真くんの家に飼われているタマさんと一緒だと言えば伝わるか。あの後、新たに行った実験がタイプ・ラビットの――」

「我が名は、」

「それで彼女は当時量産されていた愛玩用のPETと合わさりウサリーネとなったんだ。つまり、その時点で一応はハイブリッドタイプは完成していたとも言えるな。今回の場合は機巧人形とハイブリッドタイプの合成という新たな試みというわけで、人の見た目をした物では初成功になる」

 そっか。商店街にいたウサリーネさんは既にハイブリッド、それもアニマルタイプだったと。素材が兎だったにしては人間味のある性格をしているが、動物は人の言葉を話せないだけで元からこんなふうに思考しているのかもしれない。

「たしか以前のボディも人型でしたよね?」

「そうだな。ハイブリッド融合の際に用いたのは事故にあって瀕死だった兎とチラシ配りに使えるヨと業者が言っていた格安の着ぐるみっぽい機巧人形とは呼べない代物だったからね。なんらかの予期せぬ現象によってああなったんだと思う」

 愛玩用のPETは粗悪なのも多いと聞く。格安だったなら尚更か。

「この新機体は私が一から設計していた物で起動するかも怪しかったんだが、タイミングよくと言うのも悪いがウサリーネがまた来たもんで合成したって事さ。いやはや、上手くいって良かったな。ここに運ばれた時は体が半壊していたから諦めようとも思ってたんだがな、どうしても生きたいと泣き付かれたのは参ったよ。だって失敗したら私が殺したも同然だろ? そんなリスクを冒してまで直してやったんだからもっと感謝してほしいものだね」

 だからあんなに怒っていたのか。師匠のその気持ちはなんとなくわかる気がする。

「わが、な、わぁぁぁん!!」

「キョーマ、女の子を泣かせるのは駄目と教えたはずですよ。緋華さんを優先するのは理解出来ますが、兎美さんはもうあなたのパートナーなのですから無視してはいけません」

 師匠との話に夢中になっていたらシエルに諭されてしまった。そんなつもりはなかったんだけど。

「……すみませんでした、ウサリーネさん」

 ここは素直に謝っておくべきだろうな。泣かせてしまったのは事実だし。

「いいッス……もう真名は封印することにしました。ウサリーネは夜空の星となって消えたのだ」

 あらら、拗ねちゃってるよ。どうしたもんかねぇ。

「ウサリーネ、新しい体、その名はもう、違う、はず」

「――――は。そうか、我は生まれ変わったのだったな!!」

 アリアに何かを気付かされたのかハッとした顔で涙を拭う。


「聞け、我と契約せしマスターよ!!」

 あ、うん。今度はちゃんと聞くよ。面倒だけど先に進まないしね。


「我が名は、兎美りんね!! 主を守護するべくして天界より派遣された、愛と正義を司るウサギの天使だピョン! これからよろしくネ!」


「はい、よろしくお願いします兎美さん」

 見た目と名前が変わってしまっても彼女の中身はそのままだ。これまで通り、いや、これまで以上の信頼関係が築ければなぁと思いながら兎美さんの手を取り握手を交わすのだった。


「さて、自己紹介も済んだようだし解散するとしよう」

「ですねぇ。日付も変わってしまったようですし、泊まっていってもいいですか?」

「構わんよー。部屋はいつもの所を使ってくれ、布団は余分にあるからアリアと兎美の分も足りるだろう。私はここの片付けをしてから行くよ」

 そういやアリアが兎美さんを連れて来るまで俺たちが実験に使っていた機材がそのままだったな。忙しくて忘れていた。

「……私ってもしかして嫌われてるんスかね、マスター」

「師匠はああいう性格だから諦めた方がいいと思いますよ。冷たいとかじゃなくて、人付き合いが苦手なだけですから」

「そういうもんスか。……あと、私に対して敬語を使う必要はないッスよ。仮とはいえ私のご主人様なんでスからね」

 なんか兎美さんって年上って感じがしてついつい敬語になっちゃうんだよな。アリアの時と違ってマスターになった実感もないしね。

「善処します」

「ふふ、これからが楽しみッスね。そうだ、私のことは『りんね』と呼んでくださいッス。関係性をハッキリさせておかないと黒猫ちゃんに怒られちゃいまスからね」

「あ、はい。りんね、りんね……」

 うーん、いまいちしっくりこないな。発音の問題だろうか。

「リンネ?」

「はい、マスターが呼びやすい言い方で大丈夫ッスよ」

「なら今日から君のことは『リンネ』って呼ばせてもらうよ」

 これなら言い易いな。やはり発音の問題だったみたいだ。時々あるんだよなぁこういうの。シエルも俺の名前を呼び難いみたいだし、国によって言語の得手不得手が違うのだろう。機会があったら他国の言葉を学んでみてもいいかもしれないな。



「それで、響真くんは何故ここにいるんだい?」

 リンネたちを寝室にしている部屋に送ったあと、俺は忘れ物をしたと言って一人で研究室へと戻ってきていた。

「師匠、リンネに使った機巧人形の素体って……」

 片付けをすると言って残った師匠は、部屋の中央に置かれている作業台へと倒れ込むようにして寄り掛かっている。……口の端から血を流しながら。

「ああ、君の想像通りだよ響真くん。アレは私が使うはずだった物だ」

 以前から思っていたのだ。なんで師匠はあんなに機巧人形と生物の融合について熱心に研究しているのかと。それが、その理由がこの状況なのだろう。

「響真くんには話したことがあったよな、私の体が正常ではないことを」

 知っている。彼女の燃えるような赤い髪や透き通るような白い肌は遺伝子の異常によって生じた物だと聞いたことがある。

「はい」

 頷いて気付いた。

 床一面が血塗れになっていることに。

「心配しなくてもすぐには死なんさ。それよりも話の続きだ」

「……わかりました」

 ここで俺が取り乱したところで問題は解決しない。

「ふふ、それでいい」

 師匠は床に座り込み、楽な姿勢で語る。

「――――タマさんの実験、ウサリーネの実験。二度の成功を経て私は確信した……これなら人間の機械化も可能だと。だから持てる技術の全てをつぎ込んであの素体を作製したんだ」

「だったら、なんで」

「……君がそれを聞くのか?」

 一瞬、俺のことを見る師匠の顔が悲しそうに曇った。

「すみません、失言でした」

 そうだ。俺が一番よく知っているじゃないか、彼女が心底お人よしだなんてことくらい。

「いいさ。それに、今回の事も後悔はしていない。なんたって、貴重なデータが取れたんだ」

 ポーチから水の入ったボトルを取り出し、師匠に渡す。口元は着ていたシャツで拭った。

「ありがとう。そして、私は気付かされた――この技術では私は助からないと」

 鉄の匂いがしていた口内を洗浄し、幾分か顔色の戻ってきた師匠は落胆したように事実を告げる。

「もっと早く気付くべきではあったんだ。ハイブリッド化にはある工程があるのは響真くんも知っているだろ?」

「……細胞をバラバラにして義体に混ぜ込む、ですか」

「ああ。それは元の生物にあった全てを引き継ぐという意味に他ならない。記憶やそれに付随する性格や癖、さらには元々備わっていた細胞の欠陥さえも」

 遺伝子の異常。それは即ち細胞が持ち合わせている欠陥でもあった。

「生まれつきでなければ、また話は違ったのだろうけどね。残念なことに私は最初からこうだったから」

「欠陥だけを取り除くのは」

「無理だろうな。それを含めて私という個人が構成されているのだし。下手に情報を弄ると私であって私ではないナニカになってしまう――化物になるくらいなら、いっそこのまま死んだ方がマシだと私は思うね」

 機巧人形の再生力をもってすれば遺伝子の異常、紫外線に極端に弱いというのも克服出来るのではないか。そう思うが、それは大きな間違いだ。死という終わりが無い地獄に落とされる可能性の方が高い。ドロドロに溶けた皮膚が剥がれ落ち、再生。そして、また溶ける。常に破壊と再生を繰り返すのだから痛みが付き纏うだろう。痛覚を遮断することも出来るが、それだって一時凌ぎにすぎない。何より、それでは人間を辞める意味がない。

「俺は、」

「君は私が化物になっても愛してくれるのかい? さっすが響真くんだね、この偽善者が」

 スッ見つめる目が細められる。そうだ、俺は、きっと化物になった師匠を心からは愛せないだろう。

「……すみません」

「君は何も悪くないさ。全ては私の失敗、いや、最初から運命として決まっていたのだろう」

 悲観したその言葉に俺は何も言い返せない。慰めすら意味を成さないのだから。

「それに、さっきも言ったけどすぐに死ぬというわけじゃないんだ。長生きは出来ないけど、人並みの寿命はあると考えている」

「――本当に?」

「たぶん。日中に長時間の外出はしないし、移動も対策を施した車だからね。この施設だって一部を除いて太陽光は一切入って来ないじゃないか。多少不自由ではあるが、君がくれた私の要塞は完璧なのさ」

 あてにならない。しかし、それを信じるしか俺に道はなかった。

「わかりました。あなたを信じます」

「うむ。それじゃ、悪いんだけど」

「はい、掃除はしておくのでシエルたちの所へ行ってください」


 フラフラと歩く師匠を見送ると俺は掃除用具を持って乾き始めていた血を拭いていく。

 寝室まで連れて行こうかとも思ったのだが、きっとそれを師匠は望まない。俺が一緒に行けばシエルたちに余計な心配をさせるだけだからな。距離もそれほど離れているわけではないしね。


「何か良い方法はないもんかな、どう思う……ましろ」

『うーん、私に訊かれても困るんだけど』

 ましろと呼ばれた白い塊、もとい小さい獣は尻尾を器用に操りモップで床を磨いていく。

 一緒に研究室へ来てはいたんだけど、やることもないので冷凍肉を食べてからずっと部屋の隅で眠っていたらしい。俺も居ることをすっかり忘れていたくらいだ。ごめんよ放置していて。

「それもそうか。すまん、お前に訊いた俺が馬鹿だった」

『言い方! 事実だけど腹立つなぁもう。ま、私たちがあれこれ騒いでもしょうがないでしょ。自分で大丈夫って言ってるんだし、信用してやりなさいな』

 おおう。獣が至極真っ当なこと言っておる。

『失礼ね。どうしてもご主人の手で赤髪幼女を助けたいなら、それこそ死ぬ気で勉強するしかないんじゃない? 才能はあるんだから、ご主人にだって頑張れば出来るはずよ――神秘の創造くらい』

「簡単に言ってくれるなよ。俺に神にでもなれと?」

『ええ。条件は揃っているわ。あとは、ご主人次第』

 はは、買いかぶり過ぎだぜ。

「……考えておく」

 いつか決断をしなくてはならないだろう。でも、それはまだ先の話だ。


 掃除が終わった後、俺はそのまま研究室で眠ることにした。


 鼻に付いた鉄の匂いは、当分落ちそうにない。

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