表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/98

43 仮登録

 まあ、アリアの言いたいこともわからんでもない。

 この諍いは兎美さんがマスター以外に命令されたくないっていう気持ちから派生しているようなものだからな。体を直してくれて装備品まで付けてくれた師匠に対して態度が悪いんじゃないのかと思わなくもないが、性格なんて人によりけりだ。それに、けっして邪険にしているわけでもないみたいだしね。本気で嫌っているのなら今頃手の一つや二つ出ていてもおかしくはないだろう。師匠も兎美さんの身を案じてるからこそ怒っているわけでして……


「うん。いいよ」


「突然言われてなってくれるはずが……って、えー!? 良いんスか、そんな軽い返事をしちゃって!」

「? そりゃあ、本来なら師匠がマスターになれば解決する問題なんだろうけど、事情が事情だしね。さっきも言ったけど、責任は取らないといけないとは思っていたんだ。アリアのマスターは俺だから、彼女の取った行動は俺がしたのと同じだ。今回だって下手したら兎美さんは修復不可能になっていたかもしれないんだし」

 もしそうなってしまった場合、俺が兎美さんを殺したという意味になる。マスターと機巧人形の関係性はそういうものなのだ。それは彼女たち機巧人形の在り方そのものに由来していると言っても過言ではない。人間の役に立つために生まれた存在なのだから――。

「そうだな。響真くんも知っての通り、私は仕事の立場上生憎と機巧人形のマスターになれないんだ。ハイブリッドの兎美りんねならばとも思ったが、残念ながら申請は未だ通っていない」

 実験が成功してすぐに登録所にでも行ったのだろう。この国では未登録の機巧人形ほど立場の危うい存在もないと聞くしな。基本的に初期起動時にマスターを登録するのだから当たり前と言えばそうなんだが。

「それでいて響真くんはアリアが君にしでかした問題の責任を取るという。まぁ、既に完治している傷に対して責任も何もないとは思うが、精神的にはまだ療養が必要なのだろう?」

 そう言って師匠は兎美さんの顔を窺う。

「はい。脚に固執しているのではないですが、この機体になる前の体も欠損して死にかけたので……どうしてもその、こ、怖くて。体が失くなる感覚は慣れそうにありませんね」

 苦笑いなんてしながら、そんなことを言って兎美さんは俺を見つめる。

「あなたの事は燈様から聞いてよく知っています。ですが、本当に良いのですか? 私はどうしようもなく馬鹿で、それでいてお調子者です。誰にも言えない秘密だってあります。あと、多額の借金も」

「や、それは今言う話ではないと思うぞ」

「………………」

 ありゃ、師匠が横槍を入れるから黙っちゃったじゃないか。

「ちなみに兎美さんの借金っていくらくらいなんですか?」

「ん? そうだなぁ、諸費用も合わせると人間では死ぬまで働いてやっと返せる額かね」

 ほうほう。それはまた大変なことだ。

「一応これが彼女に渡した請求書の写しなんだけど」

 俺に正確な額を教えようと机の中から借用金と書かれた紙を数枚取り出して見せてくれる。

 ひーふーみー……うわー、思ったより丸が多いな。

 しかし、

「ふむ……現金で良いですか?」

 手持ちの金で足りるから問題はないか。


「きょ、キョーマ? 何を言ってるんですか?」

「いやー、よかったよかった。沙耶におつかい頼もうと思って下ろしたんだけど、間違って同じ金額を二回分入れちまったんだよなポーチの中に。半分は渡したけど、残りはそのままだったよ」

 そもそもいくら下ろしたかすら憶えていない。後から口座の残高を数えようとしたけど、桁数が多過ぎて俺の知っている単位では読めなかったからね。

 最近はシエルに言われてお金の使い道について考えるようにはなったが、これは無駄遣いじゃないからセーフだろ。

「いいとも。久しぶりに札束風呂でもするかー! ちなみに、金塊もあるなら置いていってくれるとありがたい」

「もちろんありますよ。紙幣だけだと下ろせなかったんで半分は金塊にて受け取りましたから」

 銀行で保管されている取引用の紙幣が不足しているとか言われて妥協案をのんだ結果だった。普通に使うなら紙幣の方が便利だが、トートバッグのある現在の世の中では金塊でも使用に問題はない。むしろ金塊は世界共通貨幣として認可されているため、そちらの方を好んで持ち歩く人もいるくらいだ。どちらも価値は一緒なので気にする事柄でもないか。

 師匠は紙幣の方が好きらしいけどね。なんかテンションが上がると言っていた。今回、金塊を欲しいと言ったのは単純に実験に使う金属が不足しているからだろうな。包丁を溶かすくらいだし。金塊は金属のグレードとしてそこそこなので使い勝手が良いのは俺も理解している。動力を伝えるエネルギー回路からボディの作製までPET開発には欠かせない物と言っても過言ではない。だからこそ通貨として認められているんだけどね。

「あっはっは。君といると私まで金銭感覚がおかしくなりそうだよ。シエルくんはそうでもないみたいだから、今後も響真くんが無駄遣いをしないように見張っていてくれ」

「これでも俺はマシになったんですよ? とりあえず、金塊は資材置場につっ込んでおきますねー」

 すぐ使うだろうし移動の手間を考えるなら最初から利便性の良い所に出した方がいいかと思う。

「さすが響真くん、わかってるな私のことを。紙幣は適当な所に置いておいてくれ、買い物に行くのは当分先だからな」

 いままで金属資材を大量に消費していたのは結局のところハイブリッドタイプマシンドールの開発によるものだ。それが成功した以上、先ほど出した金塊だけでも実験欲を満たせるのだろう。それに師匠の本業は機巧人形の開発ではないのだし、趣味で使うならこれだけあれば足りるはずだ。……たぶん。


「――じゃあ、これで兎美さんの借金は完済ですね」

 腰にあるポーチの容量を無駄にくっていた物が片付き、幾分か軽くなった気がしながら俺は事実の確認をする。

「そう、ですね」

「なにを浮かない顔しているんだ兎美りんね? これ以外に問題でもあるのか、黙ってないで言ってみろ」

「………………」

 師匠に急かされ、兎美さんは少しの間思案してから意を決して言葉を口にする。

「借金はなくなりましたけど、私は、私には住む家がありません。ここに居候させてもらっていたのも、借金を返さずに逃亡したりしないよう監視するためでしょう? それでしたら、私は既にここに居る権利を失いました。手持ちのお金もありません。野宿して獣でも狩って生きろと言うおつもりでしょうか」

 おや? どうにも何か勘違いをしているみたいだな。

「ふむ、一理あるな。別に監視するとかそんな気は一切なかったのだが、そう思っていたのなら仕方ない。出て行け」

 そして師匠の追い討ちっと。いやまぁ、機巧人形なんだから食事を摂らなくても死にはしない。それに野宿で雨風に打たれながら過ごしても風邪とか病気になんてかかりはしない――それが普通の機巧人形ならだけどね。

「さすがにそれは酷すぎませんか緋華さん。彼女はハイブリッドタイプ……という事は生物としての一面も備えていると考察します。つまりは食事による栄養摂取や睡眠による休息などが必要なのではないですか? それを一番理解しているはずの貴方が突き放すのはいかがなものかと思います」

 たしかにそうだ。しかし、大事なことを忘れているぞシエルと兎美さんは。

「なぁ、一つ訊きたいことがあるんだけどさ」

「はい、なんでしょうか」

「俺が何の条件もなく借金の返済したとでも思ってるの?」

「――――え?」

「いやいや、何を言っているのですかキョーマは。もしかして、借金を代わりに払ったのだから兎美さんは今日から俺の物だぜ! とか言っちゃったりするのでしょうかッ!?」

「おぬしも、わるよのぅ」

「あっはっは! シエルくんとアリアはすっかりこの国のテレビドラマに毒されているようだなぁ。そうじゃなくて、響真くんが言いたいのは仕事のことだよ。な、そうだろ?」

 そんな全力で信頼の眼差しを送られても困る。ちょっとシエルの意見もアリかなーとか思っていた自分が恥ずかしい……。うん、期待を裏切っちゃいけないよね。なんか兎美さんも身を守る感じに若干引いてるし。怯え過ぎだと思う、逆らえない状況なんだから仕方ないとも言えるけどさ。

「……師匠の言うとおりですよ。ったく、俺はどこの悪代官だ。兎美さんも離れてないでこちらに来てください。大事な話があるので」

「は、はい」

 シエルとアリアのせいで友好度がだだ下がりしてる。これからって時に困るなーもう。

「えっとですね、そんなに難しい話ではないんですよ。借金返済の前、マスター契約のことについて話題にしていたのを憶えていますか」

 アリアが俺に提案した打開策ってやつだ。こんな良い案を思いついたアリアには一日一個までと決めている例のプリンを特別に三個食べられる権利を進呈しよう。食べた後にアリアのテンションがおかしくなるから数日だけだが。なんだろ、機巧人形に作用する変な物質でも入ってるのかな。それとも単に味が好みなせいかね。美味い物を食べたら人間だって嬉しい気持ちになるんだからありえるな、うん。

「憶えています――はっ!? やっぱり私の体が目当てなのですね!」

 ねぇ、誰かツッコミ役来てくれない。駄目だこの人たち……。

「違う。兎美さんのことは素直に可愛いと思うけど、そうじゃない」

 というか師匠が設計したせいか兎美さんの顔がどストライクなのは否定出来ない。一言で表現するなら漫画やアニメの世界から飛び出して来ましたみたいな感じかな。

「可愛い……ぽっ」

 あーもう!! 話が進まん。でも、顔を赤らめるともはや神々しいなぁ。

「……マスター契約に関して簡単に説明すると、仕事なんですよ。本来のマスター登録と違ってお互いの信用をお金によって保証するっていう制度です。聞いたことありませんか?」

 アリアはうちに住むようになってからこの国の法律や制度を学ぶようになっていた。だからこそ今回の提案が出てきたってわけだな。

「一応あります。なんでも、機巧人形にお金を払って一時的にマスターにしてもらうとかなんとか」

 機巧人形は買ってしまえば基本的に維持費がかからない。しかし、それにも例外はある。自動修復機能の限界を超えた損傷を負った場合、専門の機関で修理を受けなければならないのだ。だが、そのためには高額な代金が必要であり、機巧人形を買うだけで精一杯であった人には出せるわけがない。

 そんな壊れたまま放置されている機巧人形を救済するべく生まれたのがマスター契約制度だった。機巧人形を買いたくても買えない層に対してお試し期間として使ってもらうのだ、修理費と引き換えに。状態にもよるが買うよりも安く済む上、試用期間もちゃんと決められる。そして、貸し出した元の持ち主は期間終了後に破損が直った状態の機巧人形を迎えられると。

 誰も損をしない素晴らしい制度である。問題になるのは貸し出される機巧人形の気持ちだけだ。彼女たちにしてみればせっかく出会ったマスターの元を離れるのは辛くもあるようだが、傷の無い完璧な状態でまた人間の役に立てるのなら良いと言っていた。うちにも数日だが一人だけ派遣されたことがあるのだ。沙耶と母さんがメンテを受ける期間だけの、短くも楽しい日々は忘れられない思い出になっている。

「ええ、そんな感じです。これなら本登録と違って気兼ねなく出来ますし、もちろん法的な保証もありますので心配はいりません」

 本登録は一度してしまうとお互いが認めない限り解除出来ない。だが、仮登録なら話は別だ。何か問題が生じた場合、どちらか一方からでも簡単に登録を破棄出来るシステムになっている。まあ、元々マスターのいる者を貸し出すのだから当然の措置だよな。派遣先で嫌な事があっても逃げられないとか機巧人形へ対する枷が大き過ぎるし。彼ら、彼女たちだって生きている。人間の役に立つために、人と共に歩むために生まれた存在なのだから。

「期間は……そうですね……兎美さんが決めてくださって構いませんよ。なんなら一日だけ家事の手伝いしてもらうだけでも――」

「それは出来ません。いえ、仕事だと言われれば何でもこなしてみせます。ですが、一日だけというのは断らせてもらいます」

「住む家なら契約終了後も確保しますよ? あと簡単なアルバイトの紹介くらいは」

「わぉ、至れり尽くせり! って、だからそうではなくて……」

「まったく。響真くんはニブチンだからはっきり言わないと伝わらないぞ。いいか、響真くん。彼女が言いたいのは、終身雇用して欲しいってことだよ」

「そう、それ! さっすが燈んわかってるー」

 イエーイと師匠とハイタッチする兎美さん。そういや言葉遣いが若干丁寧になってたけど、素はこっちなんだよなこの人。無理しなくていいのに。

 ていうかいつの間にか仲が戻ってるね。よかったよかった。

「何もかも与えられた物だけで過ごす人生なんてつまらないじゃないか。それならば、残った時間を他の全てをくれた人に差し出す……言わば等価交換の考えだな。うん、いいと思うぞ」

「でもなぁ。俺としては兎美さんに自由を与えたいんですよね」

 だからこその仮登録でもあった。これならお互いにリスクが少ないからな。返済額が高額なので本登録して永久雇用でも良いとは思うけど、彼女のすること全てに責任を持つのは無理だ。今はまだアリアだけでいい、俺のパートナーは。

「それでしたら、とりあえずの仮登録にしたらどうでしょうか。お互い気に入るようだったら本登録に移るという形で」

「え。そんなことってアリなのかシエル?」

「実際いるらしいですよ、契約先で永住する機巧人形って。怪我をするような過酷な労働環境より安心して働ける場所の方が誰だっていいと思います。それに、キョーマが本登録を渋るのは本当のところ彼女をよく知らないからでしょ? 自由がどうとか言ってますけど責任を持ちたくないだけなのまるわかりですから私には」

 何も言い返せねぇ。まったくその通りだもん。

「私はそれでも良いですよ。一生仮のパートナー……妾、愛人、第二夫人でもなんでも世話さえしてくれるなら」

 ちょっと意味が違う気がするけど。ハードル上がってるし。

「だってさ。あとは響真くん次第ってことだ。なーに、気楽に契約しちゃえよ。ちょっとした保証人になるだけ――」

「緋華さん、緋華さん? その言い方だと詐欺師みたいですよ」

「おっと、すまない」

 結局、俺の気持ちが問題なのか。ならば、


「わかりました。兎美りんねさん、俺を仮ではありますがマスターにしてください」


 これが正解かはわからない。しかし、最善ではあるはずだ。


「はい。不束者ですが、よろしく……ッス」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ