42 リブート
そんな馬鹿なことはありえない? そう思うのも無理はない。俺だって最初はそうだった。
なんせ、豆腐なんて物は切断面さえ気にしなければ手でも切れるんだからな。
だが――それほど柔らかい物に負けたのだ、師匠の愛用していたナイフは。
「いや、当然の結果だろ」
「響真くんが冷たい!?」
「まあ、キョーマの言うとおりですね。そもそも研究用の道具で食材を切ろうとする時点でおかしいのです」
「ん、ものぐさは、駄目」
師匠の言葉に賛同する者はいなかった。考えるまでもない、この件に関しては圧倒的に俺が正しいのだ。
なんたってシエルとアリアはあのナイフの特性をよく知っているからな。この研究室によく来ていた二人には何度も説明している、師匠のナイフに付いている刀身は絶対に素手で触るなと。それくらいデリケートなのだ、硬度が増す程良く斬れるという特殊金属を加工した特注品のナイフは。
「うっう……味方がいない……」
機巧人形の心臓であるコアは現存する金属の中で最も硬度があるため、この特殊金属を使用したナイフでしか加工出来ない。そのため、俺は師匠の研究を支援するべくナイフを贈呈したのだ。彼女の誕生日に。
自惚れかもしれないが、俺があげた物だからいままで大事にしてくれていたのだろうか。元から消耗品に属する工具なのだけど、それにしては長持ちしていた気がする。
「ところで、なんでお豆腐を切ろうとしたんです? 緋華さんって料理とか出来ましたっけ」
「ここでさらに追い討ちとは、さすがシエルさん。師匠が料理なんて出来るわけないだろー」
「ん。レトルト食品しか、ここにはない」
小腹でも減ったのか、アリアが研究室に置いてある冷蔵庫の中を物色しつつそんなことを述べる。あーうん、もう夜中だしね。結局今日は家に帰れなかったなぁ。
「別に馬鹿にしているわけではないんですよ? ただ、この研究室には調理道具が少ないですから、普段から料理などはしていないのかと思いまして」
たしかにシエルの言うとおりだ。研究室にはキッチンと呼べる場所も一応作ってはあるのだが、基本的にはそこはレトルト食品を温めたり冷凍物を解凍するくらいの用途にしか使われていない。
「っと、あれ。そういえば包丁が見当たらないな」
料理の話をしていたので何気なくキッチンを眺めていたのだが、いつもはそこに在るはずの包丁が一本消えていた。
「ですね。包丁立ても無いですけど……この角に置いてあったはず」
なるほど。つまりはそういうことか。
「――また溶かしたんですね?」
「うぐ」
図星か。この新しい機巧人形を造る時に資材が足りなくなったりでもしたのだろう。よくよく思い出してみれば包丁立ても金属製だ、共にウサミさんの一部になっているに違いない。
『最低限の電力量を確保しました。これより再起動を開始します』
「お、おお!! ほら響真くん、どうやら目覚めるようだぞ!」
なんてタイミングが良いんだと思わなくもないが、そういうやケーブルの加工してすぐ充電してたんだっけか。
「はぁ。追及はまた今度にします。とりあえずコレ、しまっておかないとな」
加工の際に使ったヒート・ナイフを出したままで放置していたのだ。危ないのでグローブごと回収しておこう。
「エクステンド/パラレル・ポケット」
ヒート・ナイフを出した時とは別の動かし方で左指を振る。
すると、今度は音も無くナイフと青白い炎を纏っていたイグニス・ハートがこの現実空間から消失した。
「まるで、手品みたい」
「ええ。それにエクステンド……不思議な機能ですねぇ。発動時にグローブの色が赤から青になったり、炎の色も同じく青系統の輝きに変化するというのは面白いというか興味深いです。あと、パラレル・ポケット? 今のが違う位相に収納するやつでしたっけ」
「そうだな。エクステンドモードの検証している時に近くにあった異世界ポーチを吸収した結果、使えるようになったんだけど……正直、俺にも原理がわからん」
色々試していたら事故のように起動してしまったにすぎない。とりあえず現在のところ判明しているのは、エクステンドモードでは物体を吸収することにより手に入れた物の機能を使えるようになるってだけだ。何が吸収出来て、どこまで機能を再現出来るのか……そこらへんは要検証だな。特に吸収が不可逆的な性質を持っていた場合、変な物を吸ってしまっても困る。人として生きるのに致命的な欠陥を持つ事になる可能性だってあるしな。今はグローブの持ち運びが楽になったという程度の認識でいいかもしれない。
ちなみに、師匠の折れたナイフは吸収すると折れる前より利便性が増していたり――
『システムオンライン、リブート』
「ん、ううにゅぃ……」
「無事に起動したようだな。ゆっくりだが脚も生えてきているぞ」
師匠の目線を辿り同じ所に目を向けると、たしかに削れて無くなった脚がバチンバチンッとスパーク音を撒き散らしながら復元していくのが確認できる。オーバークロックして過剰電力で起動しているため、骨格も徐々にだが伸びてきている。これなら粉々になった首の方も心配ないだろう。
「あれ、ここ何処ッス――かっってっぇぇぇぇ!?」
しかし、ウサミさんは起きてすぐだというのに奇声を上げる。何か問題でもあったのだろうか?
「すみません、痛覚遮断するのを忘れてました!!」
慌ててシエルがケーブルに繋がれたデバイスの画面を操作する。
なるほど。痛みの感覚を切り忘れたのか……両手両脚を失くした事がある俺だから言えるけど、あれはマジでトラウマもんだぞ。相変わらずシエルは大事なところでドジるなぁ。
「あう、あうあう。ビックリしたッス、まるで脚がもげたかのような痛さでした……」
「うん? 実際もげてるだろ」
厳密には削れて無くなったみたいだけど。
「え」
俺の言葉を聞いてウサミさんが恐る恐る自分の脚の状態を確認するが
「………………」
「あ、システムがフリーズしましたね」
よほどショックだったのか、人工知能の思考回路が停止してしまったようだ。
「ごめん、なさい」
それを見てアリアがウサミさんへと頭を下げる。
「どういうことです? なんでアリアが謝るのでしょうか」
「……もしかして、アリアが壊したのか?」
ここまで連れてきたのはアリアだ。だとすれば、そういうことなのだろう。
「ん。首は、私じゃない。でも、脚はたぶん、私の、せい」
「たぶんってーと?」
「拾った時は、あった。でも、気付いたら、こうなってた」
うーん? つまり、いつの間にか壊れてしまったと。まあ、想像するに引き摺って輸送でもして来たのだろう。この辺りの地形は荒れた大地が多いから、修復機能の落ちた機巧人形では骨格さえも破損してしまう事があるのかもしれない。とにかく、アリアが故意にやったとは思えないので事情がわかればいいさ。
「よしよし」
俺に怒られるとでも考えていたのか、アリアの目が潤んでいる気がしたので頭を優しく撫でて落ち着かせる。
「くっ、羨ま……あ、いえ。なんでもないです、はい」
「きょーま、りんねは、直る?」
「ああ、大丈夫だよ。彼女はハイブリッドタイプだから普通の機巧人形より再生力が強い。心配しなくても電力さえ安定供給してやればすぐに直るさ」
そう言っている間にも既に脚の修復が終わりそうになっていた。自分で言っておいてなんだが早いな。
「もう痛覚は戻した方が良さそうですね。完全に直ってからだと復旧後に違和感が残るかもしれませんし……アリアはキョーマに撫でられても平気なんですねぇ」
「そうでもない。これは、危ない」
アリアの髪はさらさらで気持ち良いなー。いつまでも撫でていられそうだ。
「なぁ響真くん」
「なんですか師匠?」
「私も撫でてくれ。左手が空いてるだろ、ほら、ほら!」
「ずーるーいーでーすぅ!! それなら私が先じゃないですか、緋華さんは先日も――」
「いやー、仲が良いッスねぇみんな。どれ、私にも試してみてくれッスよ」
「あっ」
いつの間にか再起動していたウサミさんが俺の左手を掴み自分の頭の上に乗せる。撫でろってことだろうか。それじゃ、なーでなーで。
「ほうほう、中々いいッスね。でも、まだ進化の余地はアリとみた」
「むぅ。文句があるなら、離れろ」
おっと、アリアが珍しく感情をあらわにしてる?
「これは文句ではなく正直な感想ッスよ、黒猫ちゃん。マスターを愛するその気持ちはわかるッスけど、喧嘩を売る相手くらいは選んだ方がいいと思うッス」
「いやあのケンカはよくないかと」
「ふっ、シエル、これは戦い」
「そうッス。一人の男を取り合う女同士の争いッスよ……ちなみにさっきの私のセリフの意味を勘違いしてはいけないんスけど、喧嘩を売られても勝てないんでやめてね? って意味なのでごめんなさいでした」
だよね。知ってた。アリアとウサミさんの二人に触れている俺には彼女たちの感情が若干ながらわかるのだ。アリアがイラついた瞬間、ウサミさんが脱兎の如く逃げ出そうとしてたのが伝わってきた。本当に逃げなかったのは作業台に固定されているからだろうね。修復作業に伴ってボディが予期せず動く可能性があったので胴体をガッチリ縛っていたし。
「ん。なら、許す」
「ふへへ、ありがとーッス黒猫ちゃん。それで、これはどういう状況なんでしょうか?」
ウサミさんがアリアに向き直り、ここまでの経緯を求めた。
「ふむ。黒猫ちゃんが口下手なのしかわからねーッスね」
一応俺たちも新しい情報が聞けるかと思ったんだが、やっぱりウサミさんを拾ってここまで来たという曖昧な答えしか得られなかった。先日アリアに渡しておいた使い捨てのデバイスが使用されていたことから少しは想像もつくが言わない方がいいかもしれないな。特にシエルがいるこの場では厳禁な話題だと思う。
「すまん、アリアが言うには首の破損はともかく脚が壊れたのは自分のせいだとのことだ。俺からも謝らせてくれ。もし後遺症が残るようなら責任を持って――」
「! あー、首がいてーッス。これはもう直らないッスね!!」
「なにを言っているんだ君は。既に損傷している箇所はないはずだ、そうだろシエルくん?」
「ええ、モニターで確認する限りは何も問題はないかと。もうケーブルも外して良いですよ、オーバークロックも解除しましたから」
シエルに言われウサミさんの拘束を解きつつ外部デバイスに繋がれたケーブル類を抜いて片付ける。
「やっと動けるッスね、スッキリしたー。いやほら、体が直っても心に負った傷までは直らないんスよ……目を閉じると脳裏に浮かぶのは無残に削れた膝下の断面でして……ぅ」
自分で言いながら気分が悪くなったのか青い顔をする。
「ごめんなさい」
「謝罪だけじゃなぁ。誠意を見せてほしいッスねぇ」
「いじめるのもそれくらいにしておきたまえ、ウサリ……ウサミ・リンネ」
「あれ、燈センせーに教えましたっけ名前? そうだ、一応改めて自己紹介するッスね。私の名前は兎美りんね、天涯孤独無一文の貧乏女! ちなみに借金が山ほどありまース、よろしくネ」
「はい、よろしくお願いします兎美さん」
「…………」
「名前はそこにいるアリアから聞いたよ。それで、どうする」
「? どうする、とは」
「いやなに。今回の修復作業代はどうやって払うのかと思ってな。最初の手術、その機体になるために行った代金すら君は返済が滞っているんだが……その上でまた私の手を借りたわけだからして、当然わかるよな」
借金とはそういうことか。大怪我をしたからハイブリッドマシンドールになる手術を受けて、その費用がまだ払い終えていない――って、なんか違くないか。師匠が実験体とか言ってた気がするんだけど? それなのに彼女が払うのか。今回のことにしたってそうだ。どう考えても兎美さんが払う必要はない。どうしても金が欲しいと言うなら俺が出すべきだろう。
「うっぷス。忘れていたわけじゃないんでスよ? 今日だってエネルギー切れにならなければ大金が手に入ったのに」
「は、どうせ私の注意したことも忘れて全開でアクセルブースターを使ったんだろ。あれほど試作品だから気を付けろと教えたよなぁ、つまり悪いのは君じゃないか。違うか、答えろ兎美りんね!!」
あ、やばい。師匠がキレた。時々あるんだよな、こういうことが。普段は寛容だし多少悪さをしたところで怒りはしない、それどころか一緒になって悪ノリしたりもするのだが、何と言うかゲージが振り切れるとこうしてキレる。俺も以前に一度怒らせて本気で殺されかけたことがあったりする。
「うるさいなぁ、どう使おうと私の勝手じゃないッスか。マスターでもないくせに行動に口出しするなし赤幼女」
そして火に油を注ぐと。さっすが兎美さんやでぇ、そこに痺れる憧れない。何やってんだろ、死ぬ気なの? マスター以外が行動抑制するなというのは正論だけど、それとこれとは話が別だよなぁ。
「緋華さんがマスターじゃないんですか、だったらあなたの主人は何をしているのです。こんなに傷だらけになるまで放置するなんて信じられませんね!」
「知らねぇッスよ!!」
「んきゃ!?」
このままでは危ないと感じたのかシエルが強引に話を変えようとするが、兎美さんはそれを聞こうともせず押し退けてしまう。
「おっと、大丈夫かシエル」
「……はい。ありがとうございますキョーマ。それにしても困りましたね。どうしましょうか」
ほうっておく、なんて選択肢は無理だよな。今にも第一ラウンドが開始されそうな状況だし、始まってしまえばどちらが勝つのかなんて目に見えている。となれば、ここは俺が止めに入るしかないか。
「ほら、二人とも落ち着い――」
「……提案が、ある」
「ほう、聞こうじゃないか」
「そうッスね……」
あっれー? 俺の見せ場だと思ったらアリアが全部持っていきやがった。それに、睨み合っていた二人が急に大人しくなったのはどうしてなのか。
「いや、これだけ殺気のこもった目で見られたら誰だってビビりまスって。生身だったら漏らしてたかもしれないッスよ~」
「ああ。って、私は漏らしてないからな!? ちょっと、うん、いや、大丈夫、だよね?」
「俺に聞かれても困ります。それでアリア、提案っていうのは何だ。喧嘩両成敗とか言うのは無しな。この二人に危害を加えるような行動は俺が許さない」
「わかってる。きょーまは、燈緋華が、一番だって……頑張る」
「理解しているならそれでいい。話を続けてくれ」
「ん。りんね、マスターの言うことなら、聞く、よね」
「はい? そうッスね、黒猫ちゃんも同じ機巧人形なら解ると思うッスけど、私たちにとっては主の命令は絶対でスから。ま、私にはその主が不在なんでスけどね~」
「そう。だから、提案」
アリアは兎美さんに確認を取ったあと、一呼吸置いて次の提案を述べるのだった。
「きょーま、兎美りんね……と、マスター契約、して」




