41 不思議現象
「なんとかなりそうか、シエル?」
アリアが拾ってきたウサギ……もとい、桃色の髪をした機巧人形だったであろうモノを俺たちはどうにか起動しようと考えをめぐらせていた。
「うーん、厳しいかもしれませんねぇ。ここまで破損してしまうとさすがに……」
そう、現在研究室の作業台に横たわっている物はガラクタとも言える代物だったのだ。
首の骨格は粉々に砕け散り、さらには両脚が膝まで削れたかのように無くなってしまっている。腕や胴体などにも無数の切傷があり、いっそのこと廃棄した方が良いとさえ思えてくる。
「それにしても、どうしてこんなにボロボロになってしまったのだろう? 朝に見かけた時は商店街の方へ行くとは言っていたが……事故にでも遭ったのだろうか。しかし、そんな簡単に骨格まで砕けるとは思えないのだがなぁ」
シエルの苦言に師匠が続けて首を傾げる。
「どういうことですか師匠?」
「ん? ああ、そういえば響真くんには教えてなかったか。実はな、最近このウサ――」
「うさみ、りんね」
言いかけた師匠の言葉を遮るようにアリアが口を挟む。
「彼女の、名前。そう、言ってた」
「あ、ああ。その、ウサミ・リンネは最近ここに住まわせているんだ」
「え、ここに……っていうと、この施設にですか?」
「そうだ。彼女は私が研究していたハイブリッドマシンドールの第一号機だからな。構想は出来ていたのだが、中々機会に恵まれずに実現していなかった技術なんだ。それが先日、彼女が大怪我を負いここへ運ばれて来たので……実験体にさせてもらったという」
ふむ。たしかに師匠が機巧人形について研究していたのは知っていた。でも、ハイブリッドタイプのだとは気付かなかったなぁ。
「ええと、キョーマは納得してるようですが私は理解が追いついてないのですけれど? その、ハイブリッドマシンドールとはいったい何なのですか」
おっと。俺は昔から師匠と研究してるからともかく、シエルには意味が通じなかったっぽいな。
「まあ、簡単に言うと……生物と機械の融合だよ。PET技術は基本的に機械を生物に移植する物だけど、それとは逆に生物を機械に移植する……みたいな。細胞単位で義体と混ぜ込んで元の生物の肉体を機械と置き換える。それにより生物は怪我や病気、寿命などからも解放されるっていう革新的な発想――ですよね、師匠」
「うん。だいたいそんな感じかな」
あれ……なんか師匠まで『そうだったのかー』って顔してるんだけど。
「生物と機械の融合……機械の方を生物たる肉体に合わせるのでなく、肉体の方を機械に合わせる? そんなことがはたして上手くいくのでしょうか……いやしかし現に目の前にその成功例が存在しているわけですし……それに、けっして無謀な考えでもない? 元々義体には生体模倣の機能があるのですから、それを利用すれば……ですが、あくまでそれは補助的な物であって……もしや一から設計し直したのでしょうか。うん、だとすれば納得がいきますね!」
いきなり俯いたと思ったらブツブツ言い出したシエルだったが、自分で納得のいく答えが出たらしい。
「シエルくんも理解してくれたようだね。よかったよかった」
「はい。あれ? でもそれだと彼女はもう死んでるということになりますけど」
「……………………」
シエルの言うとおりだ。
このウサギっぽい見た目をした女性は完全に活動を停止していた。砕けた骨格はともかく、脚の修復が始まらないということは自動修復機能である生体模倣が働いていないという意味になる。それはすなわち生物としての――
「まだ、死んで、ない」
諦めかけた俺たちだったが、アリアがそれを否定する。
作業台に近寄ると、桃髪の女性の胸へと手を当て呟いた。
「ここ、ほんの少し、だけど、動いてる」
「コアが生きてるってことか?」
「ん。だから、充電」
充電――外部から電力の供給をすればいい。そうアリアは言いたいらしい。
「たしかにコアが生きているなら多少なりとも可能性はあるか。充電に伴い外部デバイスからコアの修復回路をオーバークロックすれば破損箇所も元に戻るかもしれん」
つまり、本来なら治らないはずの骨格の修復も同時に行うってことか。
「だけど、そんな大規模な稼動をさせたらコアが壊れちゃわないですか?」
「その点については心配ないかと。限定的な高稼働なら負荷もそれほどかからないでしょうし」
俺の疑問には師匠に代わってシエルが答えてくれた。彼女が言うなら問題ないだろう、機巧人形の事についてシエルは世界で二番目に詳しいと言っても過言ではないからな。一番はもちろん、あのブリジット先生だが。
「うむ。シエルくんの同意も得たことだし、早速だがやってしまおう。えっと、まずはコネクタとケーブルを繋いで……っと」
いつの間にか師匠が桃髪の女性、ウサミさんの頭の方へと回り込み髪飾りであろうウサ耳にケーブル類を繋いでいた。まさか、それって外部デバイスなのか? ずいぶんと奇抜なデザインをしているなぁ。後でどんな機能が搭載されているのか教えてもらおう。
「電力ブースターはどうしますか?」
「下段の赤いジャックに繋いでくれ。ああ、もう一本はそのままこちらに」
勝手知ったるなんとやらで、配線の手伝いをするシエル。最近は俺より研究室に来ているからな。同じ科学者として気が合うらしく、暇さえあれば通うようになっていた。
「キョーマ、はいこれ」
「こちらも頼む」
と、そんな二人を眺めていたら左右の手に一本ずつケーブルを渡されてしまった。
「え、あ、うん。どうするんだコレ?」
「はい? 二本渡されたのですから繋ぎ合せてくださいよ」
そんな常識でしょみたいな言い方されても困るんだが。まぁ、やるけどね。この研究室でケーブルの加工が出来るのは俺だけだろうし。今回のような特殊な使い方をするようには作られていない道具なのだから、途中で加工が必要になるのは考えればわかることだった。
「きょーま、がんばれ」
それは作業に対してなのか、それとも二人からの扱いに対してなのだろうか。うん、どっちにしても元気が出たよ。
「ありがとうなアリア。それじゃ……」
俺は両手にあったケーブルをいったん右手に纏めると、左手を宙にかざして予め決めておいた特定の動作で指を動かす。
すると、
『ロック解除キー認証。座標特定……』
キュイィンという高周波のような響き、それと同時に左手の周囲に空間の歪みが発生する。
「お、来た来た」
揺らいだ空間からは小さなボルトやリング、さらには特殊金属で編まれた赤い布などが現れ左手に巻き付きながら、あるものを構成していく。
『ブラストカートリッジ接続……』
パーツが組み上がって出来たのはドラゴンブレスが放てる例のグローブだ。後から現れたカートリッジもホルダーへと収納され、これで完成だ。
『コンプリート。イグニス・ハート、オンライン』
体内の熱が左手へと収束する感覚がする。ちなみにイグニス・ハートというのはグローブに付けたデバイス名だ。呼び名が無いと色々と不便だろうと師匠が考えてくれたのだ。なんでも俺の中にある機械仕掛けの心臓、それから生じる熱を利用する道具だからだと語っていた。響きがカッコイイので中々気に入っている。
「うーむ。いつ見ても不思議な現象だな」
俺の左手に装着されたグローブを見て師匠が納得いかないという顔をする。
「ですねぇ。毎度の事ながらキョーマが創る物は世界の常識を覆し過ぎている気がします」
いや、俺からしたら機巧人形を創り出したブリジット先生の方が常識を覆していると思うんだが? 近くに居たシエルには気付けなかったんだろうか、その偉大さを。
「人の価値観なんてそれぞれだからな。これだって別に特別な事をしているわけじゃないんだぞ? ちょこーっと現実の空間から位相をずらしただけの所に物を置いてるだけだし」
ここに在るが、ここに無い。見えていないだけで実は存在する。
「それに、現実空間に出す時に元の形状を維持出来ないのが難点だと言っていたな」
「ええ。先ほども見ていたと思いますけど、どうにもパーツ毎に分解されてしまうみたいで……展開後に組み上げるという手間がかかります。しかも現出の際に座標を固定してやらないと半径2メートルの範囲で誤差が生じたりもしますね」
「ですが、イグニス・ハートについては自動構成や座標特定の機能を持たせることで解決しました。スペック的にだいぶ余裕を持った構造だったのも幸いでしたね」
シエルが俺の言葉を補足してくれる。というか、シエルがそのシステムを考案したので当然か。当初、この現象でグローブを出し入れした時にバラバラになってしまったパーツを組み上げてくれたのも彼女だった。設計図なんて無くとも部品さえ揃っていれば簡単に直せると頼もしいことを言っていたのを憶えている。ああ、グローブ自体を作ったのは師匠だけど――ドラゴンブレスを吸収した影響なのか内部構造が変わっていて直せなかったのだ。特にホルダー部分の変異が激しく、元々の物とはカートリッジの接続部を除いて別物と言っていい状態だったらしい。最初の状態を知っているのは師匠だけなので何とも言えないが、たしかにただの熱交換機とは思えないほど高効率だと俺も思う。自分からどれ程の排熱が生まれているのかいまいち理解してないから的外れな考えかもしれないけどね。
「そもそも排熱を放出するだけの単機能だったはずなんだけどなぁ……響真くんが使えば誰が創った物だろうと関係ないのかね」
「あはは。キョーマ自身から不思議パワーが出ているみたいですねぇそれ」
「おいおい、俺にそんな力があるわけないだろ……まあ、いいや。そろそろコレくっ付けちまうか」
忘れるところだったが、ケーブルの接着のためにグローブを出したのである。
「あ、はい。お願いします」
よし。それじゃ――拡張機能起動。
「エクステンド/ヒート・ナイフ」
イグニス・ハートの装着された左手から青白い炎が巻き上がり、一本の柱へと姿を変えていく。
「見るのは二度目ですが、やはり綺麗ですねぇ――」
「ん、華がある」
柱は徐々に細さを増し、最終的には小刀サイズにまでなって宙に浮かんでいる。
火の粉は零れ落ちるが炎が爆ぜることはない。極限まで圧縮されたエネルギーは炎の熱を持ったまま見覚えのある形へと変貌を遂げていた。
「よし、成功だ。冷めない内にちゃっちゃと始めよう」
見覚えのある形。それは師匠が愛用していたナイフと同じ物だった。
「こっちの側面を削って、溶かしながらもう一本をくっつけてっと……」
浮かんだままのナイフへと器用にケーブルの金属部分を押し付け加工していく。ナイフは一応意思にそって宙を動かせるのだが、自分の手のように自由自在とはいかない。今回のように細かい作業なら空いている手を使った方が確実だ。ちなみにグローブ越しでなら炎で熱せられた刀身を持つことも可能だが、あいにくと俺は右利きだから作業がし難かったりする。義体の両腕なのに利き手があるのなんてどうかと思うけど、こればっかりは脳の問題らしいので仕方ないか。
「あああ、私のナイフ……そこに在るのに、もう使えないなんてッ」
「仕方ないですよ緋華さん。元々折れた物なんですし諦めてくださいってば」
未練がましく俺の前に在る炎で模られたナイフを見つめる師匠をシエルが宥める。
そう。実はこのヒート・ナイフは先日まで師匠が愛用していたナイフそのものなのだ。
真ん中からポッキリと逝ってしまったナイフを炎のエネルギーを纏わせて現出させながら擬似的に一本にしているにすぎない。例えるなら接着剤代わりに炎が使われているような感覚だろうか。
「うう……わかってはいるんだ。私の不注意で折ってしまったことくらいは! でも、それにしたって」
師匠は悔しそうに拳を作業台に打ちつけ、目の端に涙を浮かべつつこう続けた。
「――――なんで、豆腐が切れずにナイフの方が折れるんだよぅッ!!」
と。




