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40 ここは天国一丁目

「ふんふんふ~ん」

 沙耶は買い物が終わると意気揚々とスキップなんてしながらバス停へと向かっていた。

「買い物くらい私にだって出来るんだよーだ。難しい専門道具だってこうやってメモさえあれば間違わないんだからさー」

 そう言うと胸元のポケットから兄である響真が書いた二枚(・・)のメモ紙を取り出す。それぞれ電子回路に使われるコンデンサやトランジスタの名前が――――

「………………」

 ピタリと動きを止めて、その場で考え込む。はて、メモは一枚だけだったはずだが?

 一応バッグの中を確認するが、当然ながら購入していないパーツであるトランジスタは入っていない。

「ああ、やってしまいましたね。そうでした。あとから追加されたのですよね、この部品のメモは……」

 お使いの買い物にさぁ出かけるぞ、という時に響真から二枚目の紙を渡されたのだった。どうやら最初の方を記憶するのに精一杯ですっかり忘れていたらしい。

「どうしよう。お兄ちゃんは無かったら別にいいとか言ってたけど……」

 現状の在庫でなんとか目的の物は作れるが失敗した時に予備がないと困るとも言っていた。普段はこういう専門道具に関しては間違わないように自分で買いに行くのだが、手が離せないために私に頼んできたのである。こんな事は滅多にない。最近ではシエルさんが機械類に強いとわかったのでなおさらだ。自分で行けない時は彼女に頼むようになってきたし、今日も二人で燈様の研究室にお邪魔しているようであった。つまり、暇人だから任されたわけだな私は。ぐぬぬ、でもマスターに命令されるのは嬉しいんだよぅ。しかし、忘れたからってすぐ戻るのはなんか恥ずかしい。実を言うと私は少しばかり人見知りだったりするー。店主様はいい人そうだったけど……機巧人形が主のおつかいも満足に出来ないなんて知られたら……。


 と、そんなふうに思考回路フル動作で葛藤している時であった。


「悪ぃけど嬢ちゃん、道の真ん中で立ち止まられると邪魔なんだが」

「はひぃ?」

 突然声をかけられて、おかしな返事をしてしまう。いかんいかん。えっと、まずは表情を直してっと。

「……すみません。少々考え事をしていました」

「おう、まあそんな時もあるわな人間には。ちなみに俺は急いでるんだが、そこ通っても良いか?」

 そこ、とは何処のことだろう。疑問に思い振り返ると背後には細い抜け道のような通路があった。商店街と言っても人の住む街なので、こうした生活用の狭い通りはいくつも存在している。

「通行の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「気にすんな。あんたみたいなべっぴんさんに出会えたのは素直に嬉しいしな。そうだ、用事を済ませたらメシでもどうだい? 悩みがあるなら相談に乗るぜ」

 おっと、これは俗に言うナンパというやつだろうか。あごひげが綺麗に整えられた渋い男性だが、あいにくと私のタイプではないかなー。それに私には奏響真というアカシックレコードに刻まれた運命の人がいるのだ。ただの人間如きに現を抜かすわけがなかろう!

「いえ、それには及びません。私もこれから行かなければならない場所がありますので」

「そうかい。それは残念だ……ま、生きてりゃまた何処かで会うだろ。その時は一緒にお茶しような~」

 やんわり断りを入れると男性は手を振りながら歩いて行ってしまう。そこまで本気ではなかったのだろう。急いでるのは本当みたいだけど、早歩きだったし。

「あはは。って、私ものんびりしている場合ではありませんね」

 早くあれ買わないといけないんだった。ほら、アレだよ。とらんじすた? とかいうやつ。


 で、商店街に戻るまではよかったのだが――――


「ふふ。結局、ここに来るしかありませんでしたね……」

 最初に赴いた店舗以外にもパーツを売っている所くらいあるだろうとたかをくくっていたら、なんでも特殊な加工をされた商品らしく在庫リスク回避の観点から置いてないとの回答を叩きつけられてしまったのだ。おいおい、もしかしてこの店にも無いとか言わないよね? あーもう、確認しないで帰ろうかなぁ。

 チリンチリンと店内に響き渡る鐘の音を聴きながら、おそるおそる中に入っていく。

 たしか、奥にカウンターがあってそこに店主様がいるはずだ。私ではこの広い店内から目的の品を見つける事は出来ない。というか置いてあるかもわからないのに探すのはちょっと面倒だったりする。どのみち会計で顔を合わせるのだから、遅いか早いかの違いだろう。と、若干ながら開き直っていた。


「あのー、すみませ~ん」

 歩きながら声をかける。だが、返事が来ない。

「? 出かけているのでしょうか」

 店内に他の客はおらず、何より人の気配がしなかった。

 入り口の扉を開けたままで外出するのはどうなのだろう。この店には機巧人形のパーツなど高価な商品が多数置かれているのに、無用心にも程がある。これでは盗まれたって文句は言えな――

「…………ッ」

 カウンターの前まで来た。中にはちゃんと店主様がいた。


 ただし、口からは血の混ざった泡を吹いてるが。


「これは、いったい……?」

 何故こうなったのかを考えてみるが、想像出来ない。金銭絡みで殺されるにしても、こんな状況にはそうそうならないだろう。

 ビクンビクンと痙攣する店主を見て、慌ててカウンターの天板を飛び越えながら駆け寄る。

「まだ息がありますね。しかし、これは」

 体を抱き寄せ頭を膝の上に置くと、首筋に手を当ててスキャニングを開始する。機巧人形には基本的にマスターの体調管理用モニターデバイスが搭載されているのだ。響真は触診をあまりやらせてくれないが、眼で見るだけでもだいたいの状態は判るので寝起きなどに軽くスキャンしていたりする。ふっふっふ、兄の健康を守るのは妹の務めなのです!


 店主の容態は芳しくない。

 呼吸も浅く、脈拍は途切れ途切れだ。


「……毒、でしょうか」

 上半身の衣服をずらすと、斑模様になった浅黒い皮膚が視界に広がる。

 仮にこの症状が何らかの毒によるものだとすると、ここから生還する可能性は限りなくゼロに近いだろう。解毒するにも原因となった物質がわからなければどうしようもないからだ。今から血液を採取して検査をしていては手遅れになる。

「店主様、店主様! 意識はありますか!?」

 頬をパチパチと叩き、情報を得ようと試みる。どうでもいいが、叩くと少し嬉しそうな表情をするのは何故なのだろう? キモチワルイ、ここで見放しても良いかなぁ。でも、とらんじすた欲しいしなぁ。

「ぶるぁッ!?」

 力が入り過ぎたかな。顔の形が少し歪に……でも、元から整った顔立ちじゃなかったし良いよね?

「……あ、れぇ。沙耶、さん? どうしたんだい、こんな、所で」

「店主様!! 意識が戻ったのですね!?」

「んぅ、ああ? そっかぁ、俺……死んだのかぁ」

 頭が心なしか揺り動かされる感じがした。きっと頭部以外の感覚は既にないのだろう。

「いえ、まだ死んでませんよ。ですが、こうなった状況を説明出来ますか? 出来れば明確かつ迅速に」

 右手は首筋に当てたまま、左手で肩から提げていたバッグの中を探る。幸いな事にこの中には緊急用の医薬品が多数入れられていた。お兄ちゃんがもしもの時に使えと詰めてくれた物だ。それには解毒剤も数種類あったはず。毒がどんな物かわかりさえすれば――

「無理だよ……助けようとして、くれてるのは嬉しいけど、解毒剤は存在しないって、奴は言って、た……から、ごぶぅ」

 ドバッと血の塊を吐き出す。しかし、それでも辛そうな顔は見せない店主の青年。

「沙耶さんの、膝の上で、死ねるなら……それも良いかなぁ」

「ッ!! 何をバカなことを言っているのですか。まだ諦めないで下さい……解毒剤は存在しないと、そう言ったのですね? あなたをこんな目に合わせた人は」

「ああ……なんか、沙耶さんが来る前に……遅効性の……を、撒いた、とかで……」

 顔色がどんどん悪くなってきた。体中の細胞が壊死し始めた兆候だ。


 遅効性の毒。それも現時点で解毒剤の存在しない……。

 肌が浅黒く変色し、吐血、意識の混濁、脈拍異常、筋肉の痙攣。


 キーワードを羅列していく。


『――検索終了。毒性物質判明。メタトリル・ブラッド、人体に有害な金属を掛け合わせ血液を破壊する事に特化させた化学兵器。現在は人類保護条約により使用、また所持を禁止。違反した場合は――』


 違う。今知りたいのは治せるかだ。


『――また、血液を破壊する事から解毒という概念は当てはまらず、根本的な治療法としては体内の血液を全て入れ替える必要性が――』


 リンクアウト。もういい、理解した。


「うっぷす……目が回りゅ」

 意識を現実へと戻した途端、めまいによりふらつく。先ほど私が閲覧していたのはオンラインサーバーに記録されている情報だ。通常なら専用の外部デバイスを介して情報を取得するのだが、こうして人工知能を直結した方がより深い部分まで知ることが出来る。もっとも、相応のリスクもあり……長時間アクセスすれば電脳が確実に焼き切れる。さらに閲覧中は体の制御が出来なくなるので、戻って来た時に感覚の差異で回路に例えようのない負荷がかかるのだ。あまり進んではやりたくない行為であった。


 それでも、


「店主様、商品を勝手ながら使わせていただきますね」


 助けられる可能性があるなら実行する。


「……………………」

 青年の反応が鈍い。

「急がないと」

 膝の上に乗せていた頭部を降ろすと、カウンター内の椅子に置かれていたクッションを代わりに折り畳み首の下に挟み込む。気道を確保しておかないと呼吸もままならない状況だった。


「――すみませんが、お借りしますね」

 小走りで店内の端に行き、そこにあるショーケースの前に立つ。

 ガシャンと、音を立てて割れるガラス製のパネル。その中に入っていたモノから目当ての物を抜き出した。

「私の中にも同じ物が入っているのですが、一度出したら戻せませんからねぇ……」

 バッグから針の付いた透明なチューブを二本取り出し、手に入れた物へと接続していく。

「上手くいくと良いのですが」

 青年の所へ戻ると、椅子の上にチューブの垂れ下がる物……四角い金属体の中に丸い球体が内包された不思議な光を放つ――機械仕掛けの心臓を置いた。

 先ほどショーケースの中にあった、機巧人形の素体から抜き取ったのがこのマキナ・ハートとも呼ばれる代物だ。私やお兄ちゃんの中にもある、人間を模倣する機能を持った機械である。

「少し痛いと思いますけど、我慢して下さいね?」

 針の付いたチューブの先端を両手で持ち、そして――


「えいっ」


 勢いよく青年の胸へと突き刺した。


「ぐッ……!?」

「あれぇ? 反応しないな」

 グリグリと針を動かすが、起動する様子がない。何か接続の仕方を間違ったのだろうか。


 胸から飛び出るチューブの中を赤黒い液体が流れていく。

 それは機械仕掛けの心臓を通り、また青年の体内へと戻る。


『――――――警告。血液中に人体に有害な成分を検出しました。これより除去作業を開始します』


 どうやら毒の分析に手間取ったために反応が遅れたらしい。だが、起動さえしてしまえば問題はない。


「あとは彼がそれに耐えられるか、ですかね」

 体外に出た血液は浄化され鮮血となり再び循環されるが、結局のところ……綺麗になり過ぎるのだ。響真のように体内へ移植するならともかく、こうして外部で起動するのは非常手段であり機能が制限されてしまう。ようするに調整が利かないのである。人間の血液には少しくらい不純物が混じっている方が良いと知っていた。まっさらな状態だと、いくら自分の血液であろうと拒絶反応が起きる可能性があるからだ。パーツを取り替えればすぐに直る私たち機巧人形と違って、人間とは実に面倒な体をしている。

「……そんな不自由さがまた羨ましくもあるのですけどね」

 怪我をしなければ病気もしない。それは、そんなモノは人間とは呼べない。私にはお兄ちゃんと違って寿命だって存在しないのだ。周りが歳をとり老いていく中、いつまでも同じ姿のまま変わらないのは――


「沙耶、さん……?」

「店主様、具合はどうですか」

 考え事をしていたら青年が怪訝な顔をこちらに向けていた。数分しか経過していないが、心臓に繋がれたチューブの中を通る血液は透き通るような赤をしている。もう外しても大丈夫だろう。案外あっけなく終わったなぁ。

『有害成分の除去作業が完了しました。リカバリーモード終了』

 体内から血を出している方のチューブを締め付け、先に抜く。すると、残った血液がもう一方のチューブを通り体内へと戻っていく。完全に空になったのを見届けた後、それも抜いて外した。

「えっと、これはいったい……あ、痛ぇ!? ぬふわ、体が動かねぇんだけど」

「無理をしないでください。ああほら、頭をこちらに置いて」

 動こうとした青年を押さえつけ、頭部をまた膝の上に乗せた。もう気道の確保は必要ないのだが、この体勢の方がスキャンしやすいのだ。

「――――うん、脈拍は少し速いけど正常な範囲内ですね。体が動かないのは血液をろ過したことによる栄養不足からくるものかと思います。壊死した細胞もそれ程多くないようですし、治療次第では元通りなりますよ」

 浅黒くなっていた皮膚も今では斑模様ではあるが回復してきていた。放っておいても数日中には直るかもしれない。

「たしかバッグの中に増強剤があったはずなので、とりあえず飲ませておきましょう。うんしょ、届かな……」

「むぐっ?」

 なんだろう。顔にすごく柔らかい餅みたいな物が乗って……?

 って、うおおおおお!? これ、沙耶さんのアレか!? ふふふ、どうやら俺は死んだらしいな。そうでなければ、こんな嬉しいハプニングがあるわけがない。それになんだか眠くなってきたし、頭が回らない。

「あ、取れた。おっと、すみません」

「ぷはっ! いや、ありがとう」

「はい? 脳までおかしくなりましたか。さすがにそれは治せないです」

 露骨に嫌な顔された。あ、これ現実だわ! だんだん目が覚めてきたけど、俺はなんで沙耶さんに膝枕されてるんだろう。彼女が帰ってからの記憶が一切ないのだが、いつ戻って来た? どうして体がこんな事になっている? うへへ、柔らかくて寝心地最高だぜ。

「ちょっと否定出来ない状態だな。君が買い物を済ませてから後の事が思い出せない。悪いがわかる範囲で構わないから説明してくれないか」

「説明ですか……わかりました」


 訊かれたところで話せる事には限度がある。そもそも当事者ではないので、彼が何故このような事態に陥ったのかさっぱりわからないのだ。


「んあー、そっかそっか。ようは強盗に殺されかけたってところなのかぁ」

 沙耶から状況を聞いた青年はふらつきながらもカウンターに置かれたレジの中を確認して、そう感想を述べた。ちなみに、先ほど各種増強剤を投与したところ歩けるくらいにはなったのだ。そこまで即効性はないはずだが、血液が綺麗なので回るのが早まったのだろうか。つくづく人間とは不思議な存在である。

「お金は残念でしたけど、命があるだけ良かったのではないでしょうか?」

「それはそうだけどよ。でも、金がなけりゃ生きてても意味ないだろ。助けてもらったのには感謝してるけどさ、明日からどうやって生活したらいいんだ……貯金も無いし、当分働けないだろこの体じゃ」

 そう。たしかに歩ける程度には回復した。しかし、その程度だ。そんな状態の店主一人でこの店を営業するのは無理があった。

「すみません」

「君が謝る理由はないだろ。仮に心臓の抜かれた機巧人形の事を言ってるなら、あんなもんどうせ売れない不良在庫なんだ気にするなとしか言えないからな。ショーケースだって微々たる出費だし……」

「いえ、そうではなくて。これです、このトランジスタとかいう物は置いてありますか」

 なんだか愚痴を聞かされるのも飽きてきたので、さっさと用を済ませよう。そう思って胸ポケットからメモを取り出し、店主の青年へと渡す。


「沙耶さん、俺に興味なさ過ぎだろ……さっき言ってた新しいメモ(・・・・・)がこれか?」


「はい。最初のコンデンサを持ち帰ったら、追加で必要になったと言われまして」

 と、いうことにしている。忘れたわけじゃなくて、後から頼まれたのを急いで買いに来た時に現場に遭遇したと説明していたのだ。幸い来店時間に間隔もあったので、青年は簡単に信じてくれた。まぁ、嘘なんですけどね! ちょっとくらい騙したって良いと思う、誰も損しないわけだし。許してね?

「言っとくが、これスゲー高いぞ? ていうか、こんなにたくさん何に使うんだ……少し待っててくれ。倉庫から持ってくる」

 お、やっぱりあるのか。よかったぁ、これでおつかい達成だよ。


 倉庫のある店の奥へと消えた店主を待つ間、バッグの中にあるお金をカウンターに積み上げる作業に勤しんだ。目的の品が高いというのは他店を巡る過程で知ったので驚きはしない。そもそも響真から渡されたお金がとんでもない金額だったので今更という感じだ。これでも足りない可能性があるとかなんとか。

 お兄ちゃんの唯一の欠点と言えばコレだ。金銭感覚がちょっとおかしい。特に欲しいと思った物はいくら使ってでも手に入れるという困った癖があるのだ。最近ではシエルさんが時々ため息をつきながら説教していたりするから、前ほどではなくなったけどさ。


「よいしょっと。すまん、待たせたな」

 バッグの中にあったお金を全て出し切る頃、青年が小さなダンボール箱を脇に抱えて戻って来た。

 まだ体が上手く動かないのだろう、額には大粒の汗を浮かべて満身創痍といった具合だ。

「無理を言ってしまい申し訳ありません。それで、代金はこれで足りますでしょうか? もし不足しているようなら残りは後日持ってまいりますが」

「沙耶さんのためならいくらでも頑張れるぜ! と言いたいところだが、さすがに疲れた。やっぱ倉庫の整理しないと駄目だわ……頭上から刀剣が落ちてきた時は今度こそ死ぬかと――って、え? なんだこの金の山は。足りるとかそういう次元じゃねぇだろう!?」

「ですよね。おかしいですよね! お兄ちゃんが足りないかもとか言ってたから全部出しましたけど、その反応が普通ですよねー」

 カウンターの上にはお金の山、もとい、金の壁が出来ていた。途中からいかに崩れないように積むか考えながら楽しんでしまったのは内緒だ。

「あはは。本気で狂ってるとしか言いようがないな……とりあえず、メモに書いてある個数分買うならこれだけあれば十分だ」

 青年はそう言って金の壁を二割ほど崩しレジの中へ入れていく。

「ありゃ、そんなもので足りたのですか。結構安いんですね」

「は?」

「え?」

 しまった。お前もか、という顔をしているぞ。でも、高いと言ってたわりには一個あたりの金額はコンデンサと同じでリーズナブルだ。購入数はトランジスタの方が倍くらい多いけど。

「ふむ。もしかしてだけど……沙耶さんって普段は買い物とかしない?」

「……そうですね。基本は家の中で行う家事を担当しているので、買い物に関しては母の方が詳しいかと。店主様はお気付きだと思いますが、こういう機械類に使うような物は私にはさっぱりわかりません。もちろん、値段に関してもです」

「あー、それなら仕方ない……か? この際だから教えておくけど、このトランジスタ一個買う金で俺だったら一月は生活出来る。つまり、それくらい高いってわけだ。もちろん仕入れに金がかかるから売る側だと全てが純利益ってわけにはいかないけどな」

「なるほど、勉強になります。ちなみに、残りのお金でアレは購入出来たりしますか?」

「アレって言うと……機巧人形の素体のことか。買えるには買えるけど、コア無しだと動かせないぞ」

「知ってます。それに、先ほど店主様も言っていましたけど元から売れない物がパーツ不足になったらもっと売れないと思うのです。人間に使ってしまった心臓はもう戻せないにしても、素体の方はまだ使い道があるかと」

「たしかに修理すれば使えるとは思うが……俺にはそんな技術はないし、あったとしても新しいコアを買う金なんてねぇよ。売るとしたら現状のまま引渡しになっちまうけど」

「はい、それで構いません。人命救助のためとはいえ店内の物を勝手に使ったのは私ですので、責任を持って買わせていただきます。あ、心臓は店主様が責任を持って処分して下さいませ。一応、医療用としてなら心臓単体での販売も出来るでしょうし」

 機巧人形に使われている心臓であるコアは一度でも人間の医療行為に使うとロックがかかってしまい、そのままでは機巧人形に戻すことが出来なくなってしまうのだ。もちろん専門の業者に頼めば解除手数料と引き換えに使えるように直せるのだが、その費用は新たに心臓を買いなおすのと大差がない。つまり、今回の場合は医療用として再販売してしまうのが最も損失が少ないのである。

「ああ、医療用としてならまだ売れるのか。しかしなぁ……」

「面倒な人ですね。私がコレを買えばあなたは儲かる、そして私は気が楽になる。それで良いじゃないですか」

 幸いにもそれをするだけのお金がここにはある。もとより、足りないかもと持たされた物だ。全て使ってしまっても問題ないだろう。

「……はぁ、わかったよ。そこまで言うなら売ろうじゃないか」

「では交渉成立ですね。早速失礼して……うんしょ」

 話が纏まったところで沙耶は心臓の抜けた機巧人形の素体をバッグに入れる。次いでトランジスタも数を確認しながら回収する。これを忘れたら戻って来た意味がなくなってしまうので慎重にだ。

「他に必要な物はないか? しばらく休業にするから、あるなら今のうちに持って行ってくれ」

 と、そうだった。店主様は体調が回復し切っていないのを忘れていた。いくら毒素が抜けたとはいえ、体力まではそう簡単に戻らないからね。

「大丈夫です。他に忘れた物なんてあるはずがありません」

 ……たぶん。さすがに三枚目のメモがあったりはしない、よね? そう思いながら服に付いているポケットを全て確認するが、大丈夫なようだった。オッケー、問題なし!

「ちょいとお嬢さんや、お釣りの忘れ物がありやすぜ」

「え?」

 店主に言われてカウンターの上を見ると、金の山が半分ほどまだ残っていた。いつの間にか減っているところを鑑みるに、機巧人形の素体代はすでに引かれたということだろうか。

「これを全部使い切るにはうちの店を土地ごと売らなきゃならなくなるんだが……」

 それは、うん。要らないかな。


「さて、それじゃ帰りますね」

 目的の物を購入したので帰宅しよう。そろそろお兄ちゃんも戻って来てるだろうし。

「ああ。今日は助けてくれてありがとう、沙耶さん。命を救われた恩は一生をかけてでも必ず返すから」

「そこまで感謝されるようなことでもないですよ。今回助かったのは店主様の運が良かっただけですし、むしろ感謝するのはこちらの方かもしれません」

 仮にだが、この店主が死んでいた場合……私のおつかいミッションは失敗していただろう。そうなれば我が家での信頼度はガタ落ちしていたに違いない。ナイスタイミングだったわけだ、本当に。

「それはどういう……」

「いえ、こちらの話です。気にしないで下さい……と、そうだ。店主様はPET端末はお持ちですか?」

「ん、持ってるよ。仕入れの時とか業者と連絡取らなきゃならないしな」

「そうですか。では、番号を交換しましょう」

 そんな突然の提案に店主は驚きつつも応じる。心なしか顔がにやけているが、まあいいだろう。

「――――――よし、登録完了」

「はい。こちらでも登録が終わりました。ふふふ、これでいつでも連絡が取れますね」

 お兄ちゃんが欲しいと思った物があるかどうかすぐに確認出来るルートを確保したのだー。という本音を隠しつつ営業スマイルを振りまいておく。うんうん、利用出来る物は利用しないとね。

「あ、ああ。そうだな」

「それでは、私はこれにて失礼させていただきますね。店主様もゆっくりと療養して下さいねー」

 用が済んだとばかりに軽く会釈をした後、手を振って別れの挨拶をしてから沙耶は帰路につくのだった。



「………………」

 店主の青年は店の戸締りをした後、カウンター奥にある階段を上り二階にある住居スペースへと移動する。

 床には布団が敷いたままだった。そこへ倒れこむように横になると、額に腕を乗せ目を閉じる。


 一日。そう、たった一日だ。

 それだけの時間で色々あった気がする。非日常にも程があるってもんだぜ、まったく。

「いっッ」

 黒く変色した脇腹が灼熱感と痛みを伝えてくる。沙耶さん曰く感覚があるのなら細胞が生きている証拠だそうだ。二、三日もすれば元通りに治るらしい。一応痛み止めなどの薬も用意してはくれたが、なるべくなら飲まない方が治りが早いそうなので今日はこのまま寝てしまおうと思う。

「夢のような出来事だったなぁ」

 天使のような人、沙耶さんに出逢い――命を救われた。

 本当に夢だったら……と考えるが、体の痛みがどうしようもなく現実感を湧き上がらせてくる。

「しかも沙耶さんの連絡先をゲットしてしまった」

 それも向こうから交換しようなどと言われるとは思わなかったぜ。俺の時代始まったんじゃないか?

「なんてな。たんに俺の体のことを気遣ってくれただけだろうな、何かあればすぐ連絡出来るようにって」

 アフターケアも万全ってわけだ。


「――――――――餅。それもつきたてのやつ」

 何がって、そりゃあアレだよ。ふへへ。


「まさにビッグバン級の破壊力!!」

 もはや自分が何を言っているかよくわからない。


「……寝よ。今日は疲れた」


 眠気に抗っていた意識を手放すと、青年の永いようで短い一日は終わったのだった。


 そして、日常という名の幸せな夢が始まる。


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