39 白昼夢
機体の破損は深刻だ。
外見上は傷を負ってないのだが、不幸な事に場所が悪かった。折れた首のフレームが内部へと食い込み、まるで楔を打たれたかのようにガッチリと嵌ってしまっている。おかげで一向に修復が進んでいない……というより、折れた部分を元に戻さない限り直らないかもしれない。正常時ならコアからのエネルギーを余分に使い力技でどうにかフレームを矯正出来たのだが、あいにくと現在は節電モードである。こんな動くこともままならない状態ではそんな事を出来るわけがなかった。おそらく一時間程度は休息して充電に専念しなければならないだろう。
それよりも問題なのはAIの方だ。先ほどあの白い青年が現れてからというもの、思考回路が停止寸前にまで追いやられている。彼に助けを求めるため発声装置である喉だけを慌てて修復したせいでエネルギーを使い切った可能性も考えられる。完全に枯渇してしまったら再起動まで何時間かかるかわからない。外部デバイスがあるのでブートには問題ないのが唯一の救いだが――――
「はっ! なーに気取ってんだてめぇ。この女は機巧人形だぞ? それが人間である俺様を殺そうとしたんだ。助ける義理は無いと思うがな……こういうのを自業自得って言うんだぜ」
隻腕の男がチラリと私に視線を向け、すぐに青年の方へと戻す。
やり方はともかく、男の言っている事は正しい。先に仕掛けたのは私からだし、本来機巧人形は人間を害してはならないのだ。人の役に立つために生み出された存在であるが故に。
「ええ。カフェからここまでの出来事は私も見ていましたので、そのことに関しては存じておりますよ? たしかに、あなたの言うとおりだと思います」
青年は男の言葉を肯定する。あれー、もしかして私ピンチじゃないッスか!? こ、この裏切り者ー!!
「だったら……」
「しかし、救いを求める者は助けなければなりません」
「さ、さっきも言ったがこいつは機巧人形なんだ! 人間のあんたが――」
「あなたは何か勘違いしているようですね……」
慌てる男に対し青年はやれやれと肩を竦め、
「私も機巧人形なんだ。同胞を助けるのは当たり前だろう、クソ野郎がッ!!」
怒気を含めた声で叱咤する。
「な……っ!?」
「まあ、勘違いするのも仕方ありませんか。私は彼女とは違い人の肉体をベースに作られた、いわば改造人間とでも言うべき存在ですしね。むしろあなたの方が構造的には近しいかもしれません。機能には雲泥の差があるようですが。その機械と人間の見分けのつかない粗悪な目は私には無い物だ、お似合いですねぇ」
クスクスと笑いながら、さらに男を挑発する。その行動には一貫性がないように思われるが――私にはわかる。あれは時間稼ぎをしてくれているのだ。この体が直るまでの時間を……って、だから首が折れてて動けないんでスってばー!? 助けてくれるのはありがたいッスけど、どうせなら奴を倒してくれないかなぁ。もちろん手柄は私にくれる方向で。いや、状況は最悪ッスけど諦めるつもりはさらさらないんで!
「ちぃ……腹立たしいが、否定出来ねぇ。こいつは俺が最初に手に入れた物だからな、性能に拘っちゃいなかったんだ。生まれつき目の見えなかった俺に光を与えてくれた――」
「嘘ですね。残念ながら私には人間の感情を読み取る機能がありますから、下手な発言は意味をなしませんよ」
ちょっとホロリときていたら、嘘だったらしい。やっぱり殺した方がいいッスね、嘘つきは嫌いデス。
「はぁ。しょうがねぇか……いいぜ、戦ってやるよ。ったく、なんで俺はこうも不幸なんだか。逃げる前にちょっと小腹が空いたもんで久々に美味い物でも食おうと思ったらこれだからな。さっさとアジトに帰っていれば面倒な事にならずに済んだものを……ちなみに、見逃すっつー選択肢はあるかい?」
「ないですね。あなたを放置すると今後同じような事が起きる可能性がありますので、全力で排除致します」
「そうかい。それじゃあ、始めるとするか」
「はい――」
そして、戦いが始まった。
「うぉらぁあああッ!!」
隻腕の男が拳を握り締め青年へと迫る。片腕だというのにバランスの悪さを感じさせないその動きは、私と対峙していた時よりも鋭く重い。
「くっ。なかなかやりますね」
青年はそれを受け流そうと体を半歩前に出したが、捌き切れずに顔をしかめながらたたらを踏む。
力の差は歴然だ。そもそも体躯が一回り以上違うのだから仕方ない。
「口ほどにもねぇ野郎だな! ははっ、ビビッて損しちまったぜ」
「がッ、ぐ……ぅ」
なおも続く男の追撃。対する青年は何故か防戦一方である。
「ん? なんだ、やり返さねぇのかよ。このままじゃ、あんた壊れるぞ」
「ふぅ、ふぅ……いえ、そろそろですので、ご心配なく」
何が。そう聞き返そうとした時だった。
バチバチと青年の体から紫電が迸り始める。
『電力炉、解放。パワーブースト……警告、稼動限界まで、稼動、か、カカガ――ッ』
「プライマルブレード」
青年が何かを呟く。
瞬間――――閃光が奔った。
「…………あん?」
世界が白一色に染まる中、男は青年から目を離さないでいた。低スペックの義眼であろうとも光量の調節くらいなら容易いことだ。
青年は腕を縦に振るっていた。ただ、それだけだ。
「む、狙いが少しズレましたね。やはりアシスト機能はもう壊れていましたか――起動も遅いようですし、寿命も近いのでしょう、きっと」
だというのに、なんで俺の右腕は無くなっているのだろうか。
「お、俺の腕が」
ボトリッと背後で何かの落ちる音がした。振り返ることは出来ない。
「あああ、うあああぁぁぁぁごぶぉうぼ……ッ!?」
「おや? やり過ぎてしまいました。加減も難しくなっているみたいですね。まあいいでしょう、些細なことです」
隻腕の男だったモノがバラバラと崩れていく。
焼け焦げた切断面からは白煙が舞い上がり、あたりに死臭を振り撒いた。
「う……キモいッス……」
そんな光景を目の当たりにして、単純に嫌悪感が湧いてきた。
死体となった男に対してではない。白い青年に対してだ。
彼はなんで――人を殺したというのに満面の笑みを浮かべているのだろうか。
「くふふ、ははは! あーはっはっは!! 実に愉快だ! 人間、さあ次はどうする? かかってきたまえ、さぁ!」
「………………」
反応はない。当然だ、男はもう屍なのだから。もはや肉塊といっても過言ではない。
「敵、テキヲ排除、ころ、殺さなければ……!! お嬢様、待っていて下さい。人間を全て駆逐しますので、悲しい顔をおやめクダサイ。そうだ、先生。作品のひょ、評価を」
私は夢を見ているのだろう。そうに違いない。だとしても……これは悪夢だ。
青年がどうやって男を殺したのかは理解出来ない。強い光が瞬いたと思ったら全てが終わっていた、そんな感じだ。
「うーん! 逃げたいッスけど、体が動かない~」
これ以上狂った青年のそばにいるのは危険だ。一刻も早くこの場から離れなければいけない。
しかし、未だ修復は進んでいない。首から下の感覚はあるのだが、肝心の動力制御が全く出来ないのだ。
「まだ死にたくないッス……せっかく新しい人生が歩めると思ったのに、これじゃあんまりッス」
隻腕の男が言っていたとおり、たしかに自業自得ではある。ここまで来たのは自分だし、青年に助けを求めたのも私だ。その結果、ここで破壊されようとも……自分で選んだ選択なのだ。
だが、それでも諦めたくはない。
「だ、誰か助けてくれッス……へるぷみーデース!!」
結局のところ他力本願であった。だってもうどうしようもないんスから、仕方ないッスよね? こんな時、颯爽と現れて助けてくれるヒーローみたいな人が偶然通りかかる確率なんてたかが知れてるッスけど――
「ん、誰か、いるの?」
と、そんな希望が通じたのか茂みの中から声が聴こえてきた。
「いるッス!! 現在超ピンチなので助け、て」
ガサガサと草木を押し退けながら出てきた人物を見て言葉が途切れる。
「? ウサギみたいなの、見つけた」
こちらを見るなり可愛らしく小首を傾げたのは――女性だった。それも私より幾分か幼い、少女とも言える年齢だ。
「こんな所で何をしているんスか、危ないので家に帰りなさいッス」
選り好みするわけじゃないけど、これはないッスね。巻き込んじゃいけない、子供を危険にさらすわけには。
「タマと、散歩、してた」
「にゃーう」
少女の足元には犬がいた。え、タマなのに犬なんスか? どういうネーミングセンスしてるのか謎ッスねぇ。って、のんきに呆けてる場合じゃなーい!
「と、とにかく早く逃げるッスよ!」
「なんで? 助けてって、言ったのに」
「うぐ、それは……」
そうだ。自分で助けを求めたのだから、力不足なので帰れと言うのは勝手すぎる。しかし――
「て、敵がいる。お、オオお嬢様を、護らネバ……」
狂った青年が少女を視界に収める。バチバチと紫電を纏わせながら
「ぷ、プライマル、ソードッ!!」
腕を振るった。
「む、フラッシュモジュール、展開」
閃光が奔る中、少女は透き通るような黒髪をなびかせ私を庇うように前に立つ。
バッ――――キィィィンッ!! ガガ、キンッ、ギャリギャリ……ッ!!
「うぎゃー、死んだッスーーー!?」
白くなった世界で悲鳴を上げる。きっと私は隻腕の男のようにバラバラのスクラップにされるんだ。そう思って待ち構えるが……衝撃が伝わることはなかった。
おそるおそる顔を上げると、
「大丈夫、こんな物じゃ、私は、壊れないから」
少女が背中越しにそう告げてきた。
「へ……あ……?」
『え、エネるぎぃ、て、低下、ブースト、ダウン……電力炉、通常モードに移行します』
「……………………」
青年が沈黙する。それに従い、迸っていた紫電も鎮まりつつあった。
「た、助かった……? 私、生きてるッスよ!?」
「ねぇ、どうして、ここにいるの――――フォルテ」
歓喜の声を上げていると、黒髪の少女が青年を睨みながらそんなことを訊くのを耳にする。
「それはこちらの台詞ですよ、アリア。あなたは研究所に保管されていたはずですが、いつの間に出てきたのですか?」
フォルテと呼ばれた青年が黒髪の少女に問う。その顔は先ほどまでの狂気に満ちた笑顔ではなく、出会った時と同じ真摯な面持ちだ。
どうやら危機は去ったらしい。いつまた繰り返されるかわからないが、とりあえずは大丈夫だろう。
「ん、一ヶ月くらい前」
「ははは。相変わらず口下手なようですね、懐かしい。ああ、私はちょっと先生の作品に興味がありまして立ち寄っただけです。もう用が済んだので出国前に少々観光をしていたのですが、そんな折に不届き者を見つけて――と、ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。お嬢様、お怪我はありませんか?」
青年が謝罪を言いながらこちらへと歩み寄ってくる。お怪我はありませんかだと? 絶賛故障中ッスよ!!
「…………首が折れてて、修復が上手くいかない状態ッス」
黙っていても好転はしないので、正直に現状を説明する。会話が成立する以上、この青年を恐れる必要はない。
「そうだったのですか。どうりで……」
時間稼ぎをしたのに私が逃げ出さなかった理由を察してくれたようだ。最初から言っておけばよかったかもしれないな。
「フレーム、曲がったなら、反対に動かせばいいと、思う」
「いえ、不用意に動かすのは危険でしょう。フレームはともかく、動けないほどとなると動力を伝えるケーブルが切れている可能性があります。この近くに機巧人形の専門家がいる施設はありますか?」
「えっと、ありまス。私の体を作った人が郊外の医療施設にいますから、そこに行けば」
高度先進医療研究センターという現在は使われていない場所に、この機体を製作した本人が住んでいる。赤い髪で白衣を着た背の小さい女性が。
「なるほど。それでは――任せてしまってもよろしいでしょうか、アリア」
「いいけど」
「すみません。私は事後処理がありますので……それにしても、よく私の攻撃を防げましたね。一応あれは特殊兵装だったのですが」
「ん、光学兵器専用の、バリア発生装置、とかなんとか、言ってた気がする。でも、使い捨てだから、もう使えない」
そう言ってアリアはスカートのポケットから手の平サイズの四角い箱を取り出し、地面へと投げ捨てた。
青白い色をした金属体だったが、落ちると同時にそれは砕け散ってしまう。
「一度きりとはいえ凄い技術ですね。まさか他にも同じような物があるのですか?」
「うん。ここに色々、入ってる」
ポンポンとポケットを叩くアリアはどことなく自慢げだ。
「ふふ、良い人に出逢えたみたいでなによりです」
それを見た青年が優しい笑顔を浮かべる。なんだろう、私にはさっぱり意味がわからんぞ。
「……そろそろ、私は行く」
「はい、それではお願いします。ああそれと、お嬢様の名前を伺ってもよろしいですか?」
えーと、お嬢様とは私のことだろうか。その呼ばれ方に悪い気はしないが、借金塗れの私には不釣り合いだよなぁ。それに訊かれたら名乗るのが礼儀ッスよね!
「はっはっは! よくぞ聞いてくれた――我が名はウサリーネ!! 愛と正義を守るウサギの天使だピョン」
「……………………」
「………………」
あれ、二人の視線が冷たい。何故だ? 商店街で風船配りをしていた時は子供によくウケたのだけど……って、あああ!! 以前とは見た目が違うんだったー!?
「て、訂正するッス。今のはナシで!! えぇっと、私の名前は……」
ん? そもそも名前はウサリーネのままじゃないのかな。どうしよう、この際だから新しい名前でも名乗ろうか。機体も人型だし、今後生活する上で必要になるはずだ。
「う、んー……は!! りんね。兎美りんねッス!」
おお、我ながら良い感じの名前じゃないッスか? 元の機体名も入ってるし、なかなか可愛いよね。
「兎美りんね様ですか。……はい、記憶しました。今回の報酬は口座に振り込んでおきますので、後日確認して下さい」
「え? 私がヤッたんじゃないのに、良いんでスか」
「もちろんです。私には不要な物ですから、機体の修理費にでも充ててください」
わーい。楽して儲けたッスよー。……修理費でマイナスになりそうだけど。
「あなたにはコレを」
内心喜んで良いのかわからないでいると、青年がある物をアリアに手渡していた。
「なに、これ」
「戦利品です。何かの役に立つでしょうから、持っていて損はないかと」
黒い、金属感のある光沢をした――隻腕の男が使っていた物だ。
「わかった。一応、とっておく」
そしてそれをポケットにしまう…………はい? なんであの大きさのが入るんスか!?
「ちょ、どうなってるんスかそのスカート!」
非現実的な光景に思わず声を荒げてしまう。
「さぁ?」
だが、アリアは小首を傾げてわかりませんのポーズだ。
「いやいやいや! さっきも色々入ってるとか言ってましたけど……もしかしてアレが接続されているんでスかね。そのスカートのポケットには」
「だと思います。空間のねじれが感じ取れますから、おそらくこの国で流通しているトートバッグの技術が応用されているのでしょう」
うんうんと頷きながら解説する青年。どうやら驚いているのは私だけらしい。
「そんな事までわかるんスかあんた」
隻腕の男が吐いた嘘を見破った感情認識機能だけでなく、空間認識機能まで持ち合わせているとは……色々と規格外な人ッスねぇ。
「戦場で生き残るために必要な物は一通り備わっていますよ? まあ、それも使えなくなってきたのが多いですがね」
「フォルテは、もう、おじいちゃんだから」
外見は青年と思えるほど若いが、知人であるアリアが言うならそうなのだろう。機巧人形の姿は永遠に変わらないけど、中身は劣化していくのだ。彼のように生身の部分があるのなら、経年劣化もそれだけ早まる。
「あはは、これは手厳しい。……さて、私も行くとしますか。引き止めてしまって申し訳ありません」
「ん、またね」
青年は最後にアリアと握手を交わし、踵を返して森の中へと消えていった。
「来るときも突然だったッスけど、去るのもいきなりッスねぇ」
結局お礼を言いそびれてしまった。途中で恐怖を与えられたりはしたが、助けられたことには変わりないのに。でも、きっとまた会えるッスよね。なんかそんな気がするッスよ。
「それじゃ、目的地に、向かう」
「あーそうでしたね。お願いしま……いだだ!? ちょ、どこ掴んでるんスか!?」
「動物の体を持つ時はこうだって、教えてもらった」
「え、この愛らしい顔が見えないんスか? 私はウサギじゃな――」
「さっき、自分で言ってた」
それは訂正したじゃないッスか。そう言い返そうと思うもアリアの方を向く事が出来ない。
「んあー、首根っこ掴むなしーーー」
動かない胴体をズルズルと引きずられ、そのまま茂みへと連れ込まれる。
せめて背負ってくれるとありがたいんスけど。これじゃ脚が削れちゃう……ガリゴリいってますけど?
『脚部損傷を修復。警告、エネルギーが不足しています。シャットダウンまで3、2、1……』
「あいるびーばっくッスー」
すっかり暗くなった空を見上げ、私の意識は途切れたのだった。




