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「んー、良い香りの紅茶ッスねー」

 商店街にあるカフェのオープンテラスで一人の若い女性が紅茶の入ったカップを手にくつろいでいた。

「ありがとうございます。当店自慢の茶葉を使用しておりますので、お客様の口に合い幸いでございます」

 女性の感想にケーキの乗せられた皿を置く店員がそう返す。顔に深い皺の刻まれた老齢な男性である店員は動作に隙がない。

「これが噂の食べると天国に逝けるっていうケーキッスね? うひゃあ、めっちゃ美味しそうッス!」

「ははは、お客様は甘い物がお好きなんですか?」

「むぐむぐ、うまッ! ホッペが落ちそうッス……あ、はい。というかケーキを食べるの初めてなんでスよ。今まで体の事もあって食べちゃ駄目だって言われてまして。初めてはここの店のにするってずっと決めてたんでス!!」

 嬉しそうに生クリームのたっぷり塗られた白いケーキをほおばる。顔が動く度に左右で束ねられた桃色の髪が揺れ、なんとも愛らしい。しかし、その髪を束ねるために使われているアクセサリーは少々奇抜な形をしていた。

「それはそれは……なんと光栄な事でしょうか。ふむ、失礼でなければお聞きしたいのですが――その髪飾りは最近の流行なのですか? あまり見たことのない形状をしておりますが、先ほどから絶えず動いているのがどうにも気になっておりまして」

 そう。髪は頭の動きと連動して風に揺られるように動くのだが、髪飾りだけは違った。まるで何かを探すかの如く色々な方向に行ったり来たりしている。

「ああ、これッスか? まあ補聴器みたいなもんスね。この前完成したばかりの外部ユニットとかなんとか言ってた気がするッス。これがあるとだいぶ感覚が違うんで、まだ慣れないんスよねぇ」

 頭部の両サイドで上へとピンと伸びるアンテナのような物体を触る。例えるならウサギの耳だろうか。周囲で物音がする度に敏感に反応しているようだ。

「なるほど、補聴器でしたか。これはデリケートな部分を聞いてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、別に気にしてないッスよ~。この上に乗ってる苺とか最高ッスね……酸味と甘さのバランスが絶妙なハーモニーを奏でて口の中が幸せに――」


「おう、じーさん。俺は腹が減ってんだ、喋ってねぇで早く注文を聞きに来いや!」


 最後の一口を味わっていると、そんな乱暴な声が隣のテーブルから聴こえてきた。


「はい、ただいま参ります。それでは、お客様はごゆっくりしていって下さい」

 老齢な男性店員は軽く頭を下げながら会釈すると慌てて走っていく。

「なんなんスかあれ? まったく、いい気分が台無しッスよ」

「あん? なんか文句あんのか女」

 と、愚痴が聴こえていたらしい。こちらに向かい怒気を含んだ声をかけてきた。

「そうッスね。腹減ってるならそこらに生えてる雑草でも喰ってろ豚野郎が!」

「な……ッ!?」

 女性の言い放った言葉を聞いた周りの人々がクスクスと忍び笑いをする。たしかにーとか、うわっ本当に豚みたいな顔してるーなどと聴こえてくる。それを聴いた男は顔を真っ赤にさせながら、こんなことを告げてきた。

「バカにしやがって……表出ろやー!!」

「ぶわっははは! ここ、既に外なんスけどッ!? うひー、頭の中まで家畜同然なんスかあんた!?」

 さすがに堪えきれなかったのか、女性の方は大声を上げながら腹を抱えて笑ってしまう。そうだ、彼女の言うとおりここはオープンテラスである。つまり店の敷地内とはいえ屋外なのだ。

「お、お客様? そのへんにしておいた方が……?」

「こ……ここ」

「あはは! 今度は鶏の真似ッスか――え?」


「殺してやるーーー!!!!!!」


 ドンッと。男が力任せに振り下ろした腕が金属製のテーブルを叩き割った。


「……えぇっと」

 これには女性も顔に冷や汗を浮かべる。やばい、キレた? もしかして。いや、もしかしなくても私のせいッスかコレー!?

「お客様! お逃げくださいっ!!」

 店員が慌てて女性の前に出る。しかし、

「邪魔だ、どけーーー!!」

「ぐぶッ……」

 男が振るった拳が腹にめり込みグチャリッという何かを潰す音を響かせる。

「あ、あああああ」

「キャー! 人殺しー!?」

「おい、警備員呼べ! 誰かー、医者はいるかー!! まだ息があるぞー!」

 それを見ていた周囲の客たちが混乱する中、一部の人は膝から崩れ落ちた店員に駆け寄り冷静に対処する。

「こ、ころ、殺す、コロシテ、やる……ッ!!」

 男はもう店員に興味を持っていなかった。見据えるのは自分を罵倒した女性ただ一人だけである。


「店員さん、ごめんなさいッス」

 そして、女性は逃げた。脱兎の如く、騒動を聞きつけてやって来た人々を押し退けながら。


「待ちやがれクソがー!!」

「うひぃ!?」


 走る。とにかく走る。

 捕まればただでは済まないだろう。最悪本当に殺されるかもしれない。


 路地に置かれたゴミ箱を倒し、廃棄物に塗れ、それでも必死になって走り抜けた。


「く、ぁ……」


 息が苦しい。これ以上は無理か。そう思い後ろを振り返る。


「やっと、追いついたぜぇ?」


「そうッスね、追いつかれました。でも、ここなら――」


 逃げた先は商店街から程近い人気のない森の中だ。

 ここなら、誰にも迷惑がかからない。


「はっ! 助けを呼んだって無駄だぜ。こんな所に来るやつなんざいやしねぇからな」

「そんなのわかってるッスよ? だからこそ、逃げたんスからね!」

 男から数歩後ろに下がり距離をとる。そして――


 真上へと跳び上がった。


「バーニア起動(オン)!」


 ふわりと浮かんだ体を空中で反転、そのまま落ちると思いきや頭部にあるウサ耳型の髪飾りからバシューッと何かが飛び出し束ねていた髪を炎に包みながら加速する。


「行くッス、ラピッドきぃーーーっく!!」


 直後、彗星が落ちた。


「ぐ、うわあああーッ!?」

 とんでもない速度で飛来した足の直撃を食らい、男が吹っ飛んでいく。

 ゴガッ、バギャン!! ズザザザ――――ッ!!

「ふっ、決まったッスね!」

 タンッと宙返りをして華麗に着地をする。

 炎に包まれた髪からは未だに桃色の燐光が迸っていた。その様はまるで散り咲く花の美しさがある。


「――――!! スラスター起動(オン)!」

 ウサ耳がピクリと何かの反応を捉え、危険を察知したのか再び髪飾りが輝き横へと体を移動させた。

 バガンッ!!!!!!

 そんな音が背後から聴こえてくる。振り向くと、木に大穴が空いているのが見えた。

「ちぃ、外したか。あーくそ、痛ってぇな」

「なん、だと……?」

 声に気付き視線を戻す。そこには傷だらけになりながらも立ち上がる男の姿があった。

「って、うぉおお!? 近くにあった物を投げたと思ったら俺の腕じゃねぇか! ちくしょう、これだから安物はいけねぇ……まあ、こっちは良い代物みたいだけどな。おかげで命拾いしたぜ」

 どうやら先ほど私に向かって投擲されたのはもげた自分の腕だったらしい。その証拠に男は片腕となっている。だが、蹴りを受け止めたと思われる残った右腕は表面の皮膚が剥がれ落ち、人間の物にはどう考えても似つかぬ黒く金属感のある光沢を放っていた。その姿に心当たりがあるとすれば――

「あんた、機巧人形だったんスか」

「はあ? 違ぇよ、俺ってば生まれも育ちも廃屋地帯出身の――つーか、お前の方が機巧人形なんじゃねぇか!! なんだよアレ、殺す気だったろ俺のこと」

 違ったみたいだ。ということは、義体を移植された……いや、安物がどうとか言ってた事から察するに違法に手に入れた物を使った改造人間といったところだろうか。それならば私の蹴りを受け止められた件にも説明がつく。あれは人間が受ければ木っ端微塵になる程の威力があるからな。きっと腕だけでなく全身のいたる所がPETに置き換わっているに違いない。

「はい。この外部デバイスの試運転も兼ねて犠牲になっていただこうかと思ってました。ま、賞金首のあんたは殺されても文句は言えない立場っしょ? それだけの悪行を重ねてきたんスから」

 カフェで乱暴な物言いをする男の顔を見てすぐに気付いた。この男は……国際的に指名手配された殺人犯だと。主に毒を使い、苦しめながら人を殺す事から見つけたら即抹殺せよとの通達が出ている。また、やり遂げた者には彼に殺された人の遺族から謝礼が出るとも知っていた。被害者の無念を晴らすという気持ちももちろんあるが、本音は違う。謝礼の金目当てだ。先日、ちょっとばかりミスってしまい機体を破損した私はセカンドボディであるこの体に移る手術を受けたのだが……後からとんでもない金額を請求されて見事に借金塗れに陥ってしまったのだ。職も失ったというのに、どうやって払えというのだろうか。そんな折、気晴らしにとティータイムを楽しんでいる所に現れたのが目の前に居る隻腕の男である。いやはや、金ヅルが向こうからやって来てくれるとは私もツイてるッスねー。さっさとヤッちまいましょう。

「……そうか、あんたハンターだったんだな。それなら話は別だ、ここで返り討ちにしてやらぁ!!」

 ハンターとはなんだろう? もしかして彼のような犯罪者を狩る専門家みたいな仕事があるのだろうか。それは良いな。今回貰える謝礼にもよるが、借金返済に打って付けかもしれないッスね。

「それはこっちの台詞ッス! 悪を倒すのが正義の役目ッスからね!!」

「いや、人殺しに悪も正義もねぇだろが」

「たしかに。でも、ここは勝たせてもらいまスよ? せっかくこんな可愛い体が手に入ったんスから、借金返済で苦労したくないッスー!!」

「恐ぇえ!? 顔が恐ぇって嬢ちゃん!? なんで泣きながら戦ってんだお前はー!」

 涙で顔を皺くちゃにしながら男の隻腕を相手取る。ふふふ、感情にリンクして涙まで出るとは素晴らしい体ッスね! うわぁぁぁん!

「いいから死んでくれッスーーー!!」

 支離滅裂だとは自分でも思う。だけど、お金が欲しいのだ。


「バーニア起動(オン)、スラスター起動(オン)、アクセルブースター最大出力(フルパワー)ッス!!」


 頭部のウサ耳型の髪飾り、外部デバイスであるそれを巧みに操り男を翻弄する。

 対して、隻腕の男は防戦一方だった。


「ぐッ、がぁ!? なんだこの速さは――ッ!」


 それもそのはず。桃髪の女性は並みの機巧人形では追いつくことすら困難な速度で稼動していたのだ。

 隻腕の男は当然ながら脚や眼も義体なのでなんとか対応出来ているが、埋め込んでいる物が違法な高出力品だからこそといった具合である。もちろん、そんな物を使えば相応のリスクもあるわけで――


「……っ! くそ、頭が焼けそうだぜ」

 義体から逆流する排熱が漏れ出し、唯一生身だともいえる脳を侵していく。しかし、それでもまだ動けているのはこの義腕があるからだろうか。これ自体からは熱が生まれている感覚がしない。それどころか若干他の義体の排熱を肩代わりしてくれている節さえある。つくづく高性能だと感じざるを得ない。


「油断したッスね? 行くッス、ラピッドー」

「しまっ……!?」


 ブシュッ、ボボボ――――すぽんっ。


「きぃー……へ、あ? な、なんスか。力が入らないッス……?」

警告(アラート)、機体の総エネルギー量が10パーセントを下回りました。これより節電モードに移行します』

 外部デバイスからそんな言葉が聞こえてきた。さらに、その内容を肯定するように髪飾りから出ていた推進剤とも言える炎が消え失せる。


 その場に膝を着いてしまう桃髪の女性。どうやら節電モードでは機体の姿勢維持すら満足に出来ないバランス設定らしい。


「――――は、焦ったぜ。それじゃ、次は俺の番か?」

「ひゃあ、うぐッ」

 目の前に跪くようにして倒れた女の首を握り、そのまま上へと持ち上げる。

 メキメキッ! ガゴッ!! そんな音が聴こえ、もがくように男の義腕を掴んでいた手がだらりと力無く下ろされた。


「なんだ、壊れちまったか。まぁ、その内直るだろ。さて、どうすっかなぁこいつ」

 腕の下でプラプラ揺れる体を眺めながら男はそんなことを言う。ここで完全に破壊してしまうのは簡単だ。首の折れたこれは当分の間動くことが出来ないのだから。しかし、それは勿体無いとも考えていた。

 機巧人形のボディは高く売れる。顔の造りも悪くないようだし、裏ルートで富裕層あたりに流せば大金が舞い込むこと間違いなしだ。

「とりあえず、心臓(コア)だけでも潰しておくか」

 そうすれば修復が遅れて逃げ出すこともないだろう。そう思い、女を木の根元に降ろしてから胸部へと手を伸ばす。


「ふむ。こんな森の中で女性の衣服を脱がすのは感心いたしませんね」


「……誰だてめぇ。俺に意見しようってのか?」

「いえ、止めはしませんよ? ただ、その女性が合意の上だったらの話ですが」


 口を挟んできた奴は、可笑しな格好をしていた。

 髪が白いのはまだわかる。そういう奴もいるからな。だが……服まで真っ白なのはどうなんだ? それも今時珍しくスーツなんか着てやがる。暑苦しいったらありゃしねぇ。


「――――だ、だず、げで……ッ!!」


 修復され、わずかに動きを取り戻した喉から声を振り絞って助けを乞う。

 薄暗い森の中でも白と認識出来る髪をした青年はそれを聞いて、丁寧なお辞儀をしつつこう述べた。


「かしこまりました、お嬢様」



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