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37 隻腕の男

 天気の良いのどかな昼下がり、商店街ではいつものように子供たちが店の主人と戯れていた。

「ふははは! 俺の名はジャイアントキング! 勇者よ、姫を助けたければそこに跪くんだ。そうすれば見逃してやらんこともないぞ!」

「くっ、卑怯だぞキング! 姫を人質に取るとは……ところで跪くってどうすればいいの?」

「ん? ああ、それはこうやってだな――はっ、なに笑ってんだボウズ! 知っててやらせたなこの野郎!?」

 客も来ないので暇を持て余していた気の良い男は子供たちが提案してきた勇者ごっこの敵役として付き合っていた。しかし、見事に勇者の策略にはまり自ら地に膝を着いてしまうのであった。

「だまされる方が悪いんだぜ? すでに姫は我が手に戻った! さぁキングよ、潔く散るが……」

「ねぇ勇者様? 私、そういう下劣な考えは良くないと思いますの。あなたは正義の味方なのでしょう? だったら正々堂々戦って下さいまし。卑怯なのはどっちなのですか。敵とはいえ騙すなどもってのほかでしてよ」

 と。勇者の物言いに対して、彼よりも若干ばかり年上に見える女の子がそんなことを言ってのける。

「いや、そうは言ってもよー。俺じゃこのおっさんには勝てないと思うんだ姉ちゃん。多少なりとも頭を使った作戦を褒めてくれても良いんじゃないかな」

「誰がおっさんだコラ。俺はまだ二十代だっての。いやでも、お前らから見たら十分におっさんなのか……」

「愚弟、黙れ。お前が遊びたいからって付き合ってあげているのに、なんだって私までそれに合わせなきゃならないの? あと、お兄さんは素敵です。愚弟が迷惑をかけてしまってすみません」

 俺が肩を落として落ち込んでいると、姫役であった女の子が頭を撫でながら謝罪をしてくる。素敵だとか言われても嬉しくねぇよ、それは年上に対する単なる憧れだろうが。そう思うが、顔はにやけていた。

「あっ、姉ちゃん! こいつにそんな優しくしたら駄目だぞ。いつか喰われちゃうんだからな!」

「あはは。構いませんよ、お兄さんになら何をされても……」

 そんな顔を赤くして言われると照れちゃうね。もう少し大きくなってから同じ事言ってくれるとありがたいんだけどなぁ。

「おっさんは姉ちゃんのこと、好きか?」

 唐突にそんなことを訊いてくる。さて、これはどう答えるべきか。

「そうだな。弟思いの良いお姉ちゃんだと思うぞ。うちの姉貴ときたら鬼のような存在だったからなぁ。遊んでもらえる間にどんどん仲良くなっておけ。あとで後悔しないようにな」

 俺の姉貴は今はもう嫁に行ってしまって連絡すら取る機会が無いほど疎遠になってしまっている。生きているのは確実だが、こちらから会いに行きたいとは思わない。この子らみたいに仲が良い姉弟じゃなかったせいもあるが、なんとなく苦手意識があるのだ。遊びと称していじめられていた過去があるのかもしれない。憶えてないけどな。

「そんなこと聞いてるんじゃなくてー」

「愚弟、それ以上はやめて!? 私聞きたくない、あー、あー」

 弟を止められないと悟ったのか、姉の方が大声を叫びながら走り去ってしまった。

「待ってよ姉ちゃーんッ!!」

 そして、それを追って弟も走る。

「おーい、ちゃんと前見て走れよー? 転んでも知らんぞー」

「わかってる~、遊んでくれてありがとう兄ちゃーん!」

 声をかけるとブンブンと元気よく手を振ってそう返事し、また走り出す。その背中はいつかの俺のようだった。


「くぁあぅ。暇だなぁ」

 姉弟たちが去った後もやっぱり客は来ない。椅子に座り大口を開いてあくびをかきながら背筋を伸ばす。これもいつものことだ。建前上仕事をしているフリをしているが、この店で売っている物を買う客なんてたかが知れている。

「……高過ぎるんだよな、結局のところ」

 陳列されている商品のほとんどは値札が付けられていない。面倒だからといって値付していないわけじゃない、高額過ぎて書く意味が見出せないからやらないのだ。そもそも誰が買うんだよ、こんな機巧人形のパーツなんて。あいつらは壊れても自動で修復するから要らないだろうが。

「いや、あの人なら買っていくか」

 それでも、店を開いているからには利益を出している。たまーにやって来るのだ、陽の落ちた暗くなった頃に白衣を着た赤い髪の女がひょっこりと。すごい金持ちなのか、来ると必ずと言っていいほど店内を空にしていく。彼女のおかげでこの店は営業していられると言っても過言ではない。


 と、そんな閑古鳥の鳴く店内で呆けていると、珍しくも客の来店を告げるベルが響くのを耳にして飛び起きた。


「なんだ、またガキ共でも来たか?」

 慌てて奥のカウンターから入り口の方へ走っていくと――。


「おう、命が惜しかったらこれくれや」


 そんな乱暴なことを言う男が商品の一つを持って立っていた。




「あ、ありがとう、ございましたー?」

 言葉に反して、男はちゃんと金を支払っていった。強盗かと思いきや、ナイフや銃で脅されることもなく……自己癒着型の移植手術の必要のない物を勧めたら驚いたような顔で説明を受けていた。

「何か手術を受けられない理由があったんだろうか、あの片腕しかない男性は」

 実のところ、義体を着けるだけなら手術を受けた方が安く済む。保険を適用すれば、よほど貧困な家庭じゃなければ出せる程度の金額だ。人のために作られた物なのだから、役に立ってこそだという考えらしい。しかし、それはあくまでこの国に在住していればの話である。他国に技術を流出させないように、国内保険適用外だと莫大な額が請求されるのだ。内訳については主に義体のパーツ代なので、うちの店みたいな医師の常駐していない専門店では保険も使えないのできっちり商品代を払うしかない。ようは病院経由で入手のがお財布に優しいってことだな。だけど、俺の所で買う利点が何も無いってわけでもない。扱っているのは一点物の高性能品だからね、医療用の市販品とは一味違うんだなこれが。片腕の……隻腕の男が買って着けていった義腕だってそうだ。なんでも郊外に住むマッドサイエンティストの作品らしく接続部に特殊な機能があって、欠損した部位に装着すると元の細胞と一体化して完全に融合するという代物だった。まさに医者要らずの最高級品だわ、作った奴本当に頭おかしい。ただでさえ高い義体の十倍以上する値段設定とかさぁ……勧めた俺も悪いけど、売れるとは思わなかったぜ。ちなみに、それ以上に高いのが機巧人形本体なんだけど――これは時々売れるんだよね。人を雇う生涯賃金を考えたら安いとか言って富裕層がお買い上げしてくれる。金持ちの方がケチなのはどうなんだろうか? もしかして愛玩用も兼ねてるのかもしれん。こいつら調教すると人間みたいな反応するみたいだし……まあ、俺は興味ないけどな。本物の人間にしかない良さってのがあるだろ。それくらい見極める事が出来なくて店を続けられるかってんだ。


「あの、すみませんがここにコンデンサは売っていますでしょうか?」


 隻腕の男を見送った後、カウンターで考え事をしていると次の客が現れた。珍しいな一日に二人も来るなんて、明日は雨でも降るのだろうか。それとも――

「ああごめん、少し考え事しててさ。それで、どんな種類のが欲しいんだい? コンデンサと一口に言っても色々とあるからさ。市販品はほとんど揃ってるから型番がわからなければ用途から探すことも出来るけど」

 二人目のお客様は……なんと巨乳で端整な顔立ちをした女性だった。やばい、惚れそう。いや惚れたわ! なんだこの愛らしさは! こんなに素敵な女性がこの世に存在していたのか!!

「えっと、たしかお兄ちゃんがメモした紙を持たせてくれてた気が……あ、ありました。これ、このえむけー? なんとかって言うコンデンサが三つと」

「失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか」

「はい? ですから紙に書いてあると」

「そうじゃなくて! 君の名前を教えて欲しいんだッ!!」

 思わず声が大きくなる。お、落ち着け俺。ここは冷静にならないと駄目だろ。

「なるほど。私の名前が知りたかったのですね。理由はわかりませんが、訊かれたら答えるのが礼儀でしょう。私の名前は沙耶、奏沙耶と申します。以後、お見知りおきを店主様」

 優雅にスカートの裾をつまんでお辞儀をする沙耶という女性に俺は目が離せなくなってしまう。

「それで、これは店頭で扱っていますか? 無いのなら他店を回らなければなりませんので、あまり長話をしている余裕は無いのですけれど」

「いやある。ちょっとメモを貸してくれ……うん、大丈夫。ここに書かれている物は全て揃うよ」

 惚けるのも良いが、仕事はちゃんとしないとな。沙耶からメモ紙を受け取り、それを手に店内を軽く歩きながら目的の物を集める。

「すごいですね。店内の商品の位置を把握しているのですか?」

「うん? これくらい普通だろ。店もそうだけど、倉庫にはもっと色んな種類の物置いてあるからなぁ……後で整理しとかないと」

 そんなふうにぼやくと沙耶がクスクスと小さく笑い声を上げる。何この生物? 笑顔まで天使かよ。

「すみません。うちのお兄ちゃんと似てたもので、つい」

「そうなんだ? あれ、コンデンサ使うってことはお兄さんは機械系の仕事でもしてるのかい?」

「ええ、店主様と同じで色々と詳しいですよ。この商店街にもいくつか商品を卸しているので、あなたも見た事があるかもしれませんね」

「もしかしてだけど――お兄さんの名前って響真だったりする?」

 奏という名字で薄々気付いてはいたけれど、今のでハッキリした。この子、あの奏響真の妹だ!

「そうですけど……そんなに有名ですか、お兄ちゃんって」

「いや反応がおかしいだろ。有名どころじゃないって奏響真は。なんでも、かのマッドサイエンティストと一緒に世界征服を目論んでるとかで彼の話を聞かない日はないくらいだ。たしかに便利な物を開発してるけど、それにも限度ってもんがあるだろ。何だよ買い物用トートバッグって……使い勝手良すぎて三つも買ったぞありがとう」

「あはは。世界征服はさすがに……いえ、燈様ならやりかねませんか。お兄ちゃんが有名だと私も鼻が高いですねぇ。あ、おいくらになりますか」

「お代は結構だぜ……なんて言えるほど裕福じゃねぇから請求させてもらうな。しかし、あの奏響真にこんな可愛い妹がいるとは知らなかったなぁ」

 レジにカタンカタンと数字を入力して金額を算出する。今回購入してくれたコンデンサは小型の物だが市場にはあまり流通していないレア物なのでわりと高価である。お近づきのしるしにとは安易に言えない、そんなことをしたら首を吊らなきゃいけなくなっちまうからな。

「はい、ではこれを」

「あいよ。実を言うと本人を見たことないんだよな俺。噂はよく聞くけど」

「商店街にはあまり来ませんからね、仕方ないかと思います。最近は家にこもってばかりでずっと何か作っていますよ」

 ふーん。店に毎日居る俺と大差なさそうだな。この店も二階が自宅になってるから、ひきこもりと同じとも言えるし。遊ぶのも近所のガキ共だけ……って、考えてて悲しくなってくる現実だわ。

「そっか。お兄さんによろしく言っておいてくれ、機会があったらうちの店にも来てくれると嬉しいな」

「わかりました。貴店は品揃えも豊富なようですし、お兄ちゃんに勧めておきますね。それでは、私はそろそろ失礼致します。また来ますね~」

 会計も終わり、沙耶は店内を出て行く。去り際に手をパタパタと小さく振るのやめてもらえないか? 天に召されそうだから。可憐過ぎるぜ……。


「はぁ~、めっちゃ緊張したー」

 久しぶりにタイプの女性と話してたせいか、顔だけでなく着ていたシャツにも汗が滲んでいた。

「それにしても」

 近くにいる間終始鼻をすするフリをしながら彼女の匂いを嗅ごうと必死になっていたのだが、何故か彼女からは何の香りも漂ってこなかった。可愛い子はいい匂いがするというのは都市伝説だったのか!

「って、変態か俺は。別に匂いがしなくたって可愛ければ正義だろう? また来るらしいし、楽しみにしておこう」

 次に来る時は兄貴の方も一緒だったりするのかな。有名人に会えるのはそれはそれで嬉しいが、出来れば二人っきりで――


「………………あ、れ」


 だが、その機会が訪れることはない。


「へへッ、悪く思うなよ兄さん。ちっと予定は狂っちまったが、ようやく効いてきたみたいだな」

 義腕を着けた男が心底愉快そうに笑みを浮かべる。こいつは――最初に来た客か。

「………………」

 体が動かない。いや、それどころか声すらも出なかった。

「残念だが、あんたはもうすぐ死ぬ。さっき来た時に遅効性の毒を嗅がせたからな。匂いも刺激も無くて気付かなかっただろ? ちなみに解毒剤は存在しねぇんだ、すまんな。こんな腕があるなら使う必要もなかったと思うが……本来は義体を奪って移植の出来る医者の所まで連れて行ってもらう手筈だったんだ。医者ならこの毒も緩和するくらい出来るだろうと思ってな。だが、そんな必要もない良い物が買えたからなぁ。くっくっく、恨むならこの腕を作った奴を恨むんだな。ああそれと、金は返してもらうぜ? そのために戻って来たんだからな」

 男はそう言うと、カウンターにあるレジをこじ開け現金を持っていたバッグへと詰めていく。

「ん? ずいぶんとたんまり入ってるじゃねぇか。俺の他に客でも……もしかして、道ですれ違ったあの嬢ちゃんか? ちっ、金持ちならついでに襲っておけば良かったな。はは、心配しなくても毒にはかかっちゃいねぇよ? 遅効性とは言ってもすぐに霧散しちまう代物だったからな。風通しの良いここなら俺が出て行った後には残っていなかったはずだぜ」

 そうか。それなら安心だ。俺のせいで沙耶さんに迷惑をかけるわけにはいかないからな。朦朧とする意識の中でそんなことを思う。

「さて、と。長居しても危ねぇし、俺はそろそろお暇させてもらうぞ。じゃあな」

 ズシリと重くなったバッグを肩に担ぎ、男が店を出て行く。


 なんでこんなことになったのだろうか。

 俺が何か悪い事をしたか? なあ。誰か答えてくれよ――――



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