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 翌朝、すっかりいつも通りに見える師匠に叩き起こされながら俺は大事なことを忘れているのを思い出していた。


「やばい、沙耶に連絡するの忘れてた」

 おつかいを頼んでおきながら放置。うん、最低だな。

「そうだと思って私から連絡はしておいたよ。まったく、響真くんは本当に忘れっぽいな」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてはいない。まだ寝ぼけているのか? もうシエルくんたちは支度が終わって先に外へ出ているぞ」

 なるほど。だいぶ寝坊したらしい。っと、それよりも。

「師匠、体の方は」

「ん、心配ない。いつも通り絶不調……ああ嘘だからそんな泣きそうな顔するなよ! 昨日も言ったけど大丈夫なんだってば。勝手にいなくなったりはしないから心配するな。ほらほら、起きて着替えろ」

 むぐぐ、無理にシャツを脱がせないでほしい。首に絡まる……ぐぇ。

「すまん。だけど、今は私の事より兎美のことを見ていてやってくれないか」

「リンネのことを?」

「うむ。あの子も過去に色々あってな……不安だろうし、君はマスターになったんだからちゃんと面倒を見てやってほしい」

 過去。それは兎の時も含むのかな。考えてみればリンネは怪我をしてばっかりなのか今まで。聞いているだけで都合三度の命の危機に遭っているわけで。

「……わかりました。リンネのことは任せてください」

「そう言ってもらえると助かる。おっと、そういえばコレを君に渡すんだった」

 なされるがまま着せ替え人形の如く身支度をされていたが、最終的に口に食パンを一枚突っ込まれた。ちなみに渡されたのは違う物だよ。ジャムパンうまうま。

「なんです、この三角形の物体は」

 金属でできた――あれ、見覚えがあるぞこれ。

「アクセルブースターだ。兎美のヘッドパーツにも装着されている物だな」

 そうだった。リンネの頭に付いてるやつだ!

「俺に似合いますかね……?」

 ちょこんと頭にあてがってから首を傾げてみる。

「響真くんは時々面白いことを言うね。そうじゃなくて、これを吸収してみてほしい」

 吸収? それって、エクステンドしろって事かな。

「うーん。良いですけど、この物体はどんな機能があるんですか」

「名前の通りだよ。簡単に言うと装着した物の能力を底上げするってやつさ。兎美にはただの加速装置だって説明してあるがな。どうせ詳細なことを言っても理解出来ないだろうし」

 ごめん、俺も理解出来ないかも。

「まぁ、危険な物じゃないならいっか」

 平気だろ、きっと。


 俺は左手を操作しイグニス・ハートを装着する。


「それじゃ、拡張機能起動っと」


『エクステンドモード、オン』


 グローブが赤から青に変わり、幻想的な淡い光を放つ。


「ほう、これが」

「師匠は初めてでしたよね、吸収を見るのは」

 右手で持ったアクセルブースターを宙に放る。

 それを掴むように左手で触れると――


『インストール……』


 音も無く掻き消えた。


「む、これで終わりなのか?」


『コンプリート。ラピッド・ブースターをリストに追加しました』

 あれ、名前が変わっちゃったな。まぁいいか、とりあえず使ってみよう。


「エクステンド/ラピッド・ブースター」


 ……反応が無いな。機能説明を要求する。


『ラピッド・ブースターの主な機能は二つ。バーニア、スラスター……使用不可。奏響真に合わせ機能を改変します……コンプリート。アクセルが使用可能になりました。以降、パッシブにて待機します』

 うん、改変するのは良いんだけどパッシブって何?

『常時機能している能力になります。また、アクセルについては拡張機能を瞬間的に増幅――』

 よくわからん。


『……エクステンド/ヒート・ナイフ』

 若干あきれたような声がした気がするけど、空耳だろうか。


 眼前に起動されたヒート・ナイフが現出される。


『アクセル』

 ボッと宙に浮かぶヒート・ナイフが二本に増えた。って、あれ? これはもしかして。


『ダブルアクセル』

 ボボッと今度はさらにもう二本増え……うぐッ、頭痛がする。


『ギアダウン』

 シュウンッと何かの回転が収まるような音が聴こえ、目の前のナイフが一本の状態へと戻る。


『エクステンド、オフ』

 ヒート・ナイフが虚空の彼方へと消失する。


『現状、トリプル以上は制御不可です。また、増幅中はエネルギー消費量も比例し上昇』

 言われて意識を向けると、たしかにブラストカートリッジに溜まっていたはずの排熱が全て消えていた。なるほど、実演して教えてくれたわけか。トリプル以上ということは、それよりもっと上もあるみたいだな。ダブルでこれだけ頭痛がするんだから、今の俺では使えないのは確実みたいだけどね。


「おっとと」

 膝から力が急に抜けた。

「大丈夫か響真くん!?」

「あはは、問題ないです。少し立ちくらみがしただけですから」

 頭を軽く振ると感覚が戻ってくる。どうやらアクセルを使ったせいみたいだな。しかし、体内の排熱が全て抜けているせいか調子が悪いというわけでもない。

「むぅ。それなら良いのだが……それで、アクセルブースターはどうだ? 上手く吸収出来たのだろうか」

 さて、どう説明したものか。俺の中であったことを正直に言うわけにもいかないし。

「えっと、ですね……アクセルブースターはどうやら違う機能を増幅する能力があるみたいでした。さっき、ヒート・ナイフが増殖したのがそれですね。通常は一本なので――」

 そこまで師匠に言うと、彼女はとても納得がいかないという顔でこう返す。

「待て、それはありえない」

「はい? なにがありえないんですか」

 現に起ったことを説明しているだけなんだから、ありえないということは無いだろう。ナイフが増えたのは師匠だって見ていたはずだからな。

「だって、あのナイフは私の使っていた物なのだろう? それが増えたということは――」

 ああ、そういうことか。

「物質の、再構成」

「そうだ、その通りだ! 君の着けているグローブは熱交換機のはずであって物質の構成、いや、炎はまだ解る。だが、金属の構成物質は何処から持ってきたというのだ?」

「それは……」

 ヒート・ナイフは師匠の折れたナイフを炎で包んだ物だ。そして、それは増殖したナイフも同様だった。炎だけで構成されているわけではないのなんて誰が見ても一目で判別出来るからな。


「キョーマぁ、まだですかー?」


 と、そんな緊張感が走る研究室にシエルの間の抜けた声が響き渡る。


「あれ、着替え終わっているじゃないですか。どうしたんです、そんなに怖い顔をして」


「…………今日は帰りたまえ、響真くん」


「いや……はい――エクステンド/パラレル・ポケット」


 グローブを収納して、師匠の横を通り過ぎる。


「――くれぐれも気を付けろ。それは人間には過ぎた物だ」

 そんな呟きが背に吸い込まれるように消えていった。


「もういいです? 緋華さんとお話してたんでは」

「大丈夫。ちょっとした雑談だから」

「? なら良いですけど。あっ、ほら早く行かないとリンネさんが待ってますよ!」

「ああ、うん。名前で呼ぶことにしたんだね」

「えへへ、友達が増えました」

 昨日の今日で早いもんだなぁ。これもシエルの為せる業だろう。彼女のそばにいるだけで気持ちが明るくなるのは皆一緒だということだ。

「……行こうか」

 くしゃっとシエルの頭を撫でて研究室を後にする。



「わふ!?」

「なんだ、まだ居たのか犬っころ」

 響真くんたちが出て行ったあと、椅子に腰掛けようと思ったら先客が居たようだった。

「わふん、わふはぐ」

「うんうん。なるほど……何を言っているかまったくわからんな!」

 何か言いたげな挙動をしているが、残念ながら私には獣の言葉なんて理解出来ないし理解したくもない。

「わふぅ……」

「まぁなんだ……響真くんが無理をしないように助けてやってくれ。機巧獣である君に頼むのは心底嫌なのだが、私と違って力だけはあるだろうしな。何かあったらせめて主人の盾になるくらいは出来るだろ」

「わふ!」

「そうか。では、もう行くといい。走ればまだ追いつくからな」

 それを聞いて白い獣は慌てて研究室のドアを尻尾で開け、颯爽と駆けていった。

「器用なものだな」

 獣が居た椅子の上をサッと手で埃を掃うようにしてから座り込む。

「響真くんのこともだが、あの獣も不思議な存在ではあるか。いつ、誰があのような物を……」

 目を瞑り、思考の海に落ちていく。

 今日はこのまま二度寝をすることにしよう。朝の日差しは私には辛いからな――――




「あれ、そういやましろは何処に行っ……ぶるぁあッ!?」

 シエルと一緒に研究室を出てから歩きつつリンネたちと今後の予定について相談していると、一人、いや一匹か。いつも傍らにいるはずの白い獣がいないことが判明した。

『ご主人酷い!? なんで私を置いて行っちゃうのさ!』

 うごご……なんだなんだ? トラックでも突っ込んできたのか!?

「ましろ、めっ」

 バゴンッ!! と、アリアが白い獣を叱る音が聴こえる。……音がおかしくありませんか? 力加減が怖ろしいことになっているぞ。

『んぎゃー!?』

「いてて、いやアリアさん? 忘れてきた俺も悪いのでそこらへんでやめてくださると助かります」

「駄目、ペットのしつけ、大事」

『いつから私が、みぎゃ、ペットに、んぐ、なった』

 すごく痛そうな音が響くが、ましろの体に傷が付くことはない。むしろ、躾と称して叩いているアリアの手の方が赤く腫れてきていた。

「アリア」

「ッ! ……わかった、もう、やめる」

『助かったよご主人。なんなんだコイツ……いきなり叩きやがって。何様だお前ガルルル』

 すまん、ましろ。アリアの中では俺以外の者は全て敵という認識らしくてな。こういうこともあるかと思って敵対行為をしない限り手を出してはいけないと命令はしてあるんだが……

『むぅ。前を見ていなかった私も悪いから仕方ないか』

 あ、さっきのは事故なのか。一瞬だけど走馬灯が見えたから気をつけてな?

『あはは、ごめんなさい』

 ましろはそう謝ると尻尾で俺を掴み背に乗せる。

「というわけで、ましろも反省してるみたいだからアリアも落ち着いてくれ」

「ん。きょーまがそれでいい、なら」

 心なしか殺気立っていたアリアの顔がいつもの無表情へと戻る。俺のことを大事に思ってくれているのは嬉しいが、限度ってものがあるよなぁ。ましろ相手だから過激だっただけかもしれんがな。

「び、びっくりしたッス。黒猫ちゃんに逆らうのだけは絶対しないようにしまス」

 そんな震えながら怯えなくても……。

「心配いりませんよリンネさん。アリアだってキョーマが悲しむようなことはしませんから。あなたはもうキョーマのパートナーなのですし、家族も同然じゃないですか。そんな大事な存在をアリアは絶対に傷付けたりしません」

「…………ん」

 ちょっと間があったな。大丈夫なんだろうか。

「それならいいんでスけどね……で、さっきの話なんデスけど」

「おっと、そうだったな」

 ましろ事件ですっかり話が逸れてしまっていたが、今日は色々とやることがあるのだ。


「増築、ですか?」

 家に着いて沙耶からおつかいに頼んでいた物を受け取ると、俺はリビングに皆を集めて話を始めた。

「そ。うちも家族が増えたからさ、そろそろ手狭になってきただろ?」

「ええ。本日より一人増えるとは燈様から連絡をもらい聞いていましたが、たしかに部屋が足りませんね。アリアさんが来た時点で不足はしていた気もしますけど、シエルさんは」

「私のことはいいじゃないですか。それよりも話の続きをどうぞ」

 なんで食い気味なのだろうか。俺は知っているんだぞ、シエルがクローゼットの中に潜んでいることくらいな! 嫌じゃないから注意はしないけどね。部屋数が足りていないのが原因だとも言えるし。

「あ、ああうん。それでな、ちょっと家を二、三個持ってこようと思ってるんだ」

「はいはい、なるほど。家を……持ってくる?」

 頷いて納得したかと思いきや、怖いくらいの速度で首を傾げられたぞ。そんなに変なことは言ってないはずなんだがな。

「マスターは馬鹿なんでスか? 家は一度建てたら移動なんて出来ないんでスよ?」

「そうだよお兄ちゃん。馬鹿なこと言ってないでちゃんと私を労って。おつかい達成のご褒美にチューして、抱きしめて、そしてそのまま」

「ありがとうな沙耶、えらいえらい」

 要求はのめないが労いはしてやらないとな。なんでもアクシデントがあったらしく大変だったと聞き及んでいる。今は忙しいから頭を撫でるだけで満足してくれ。

「うへへ」

「さて、話をしていてもわかってもらえないと思うから――移動しようか」



 で、そのまま皆を引き連れて訪れたのは……


「ここ、廃屋地帯から家を持って行こうと思いまーす」


 アリアと出逢った、たくさんの無人の家が建ち並ぶ廃屋地帯だった。


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