32 ブラストカートリッジ
師匠の突然の提案に困惑の色が隠せない俺たち。排熱をこの中に? それってポーチの中に直接突っ込むという事か?
「どういう事なのですか、説明をお願いします」
だが、シエルの方は次なる言葉を求めていた。そうだよな、あの一言だけで理解してもらおうなどと師匠だって考えてはないはずだ。ここは黙って解説が始まるのを待とうと思う。
「うむ……その前に響真くんに一つ訊いておきたいのだが、コレは私が貰ってしまって良い物なのか?」
「設計図の事でしたら、ご自由にどうぞ。国に公表しても良いですし、必要なければ処分してしまって構いません」
最初からそのつもりだったしな。俺も師匠ほどではないが、出来上がった物以外に固執しないタイプである。作るまでの過程を記載した紙なんてどうでもいいだろ? 自分は記憶しているわけだし。その不要な物が他人の役に立つなら、それも人助けだ。俺としては都合が良い。
「そうか、では遠慮なく書き換えさせてもらう」
そう言うと師匠は胸ポケットに差していたペンを取り出すと、俺が書いた設計図の上から文字を書き足したり横線で消していったりする。やばい、何をしているのか見当もつかないぞ。知らない記号とか書いてあるし……。
ある程度書き込むと、机の下にある引き出しからまっさらなA4サイズの白い紙を一枚取り出した。
設計図を投げ捨て、白い紙の上に図を描いていく。円柱状の……筒か、これ? まるで薬莢みたいだな。
「よし、これで完成だ」
しばらく眺めていると、師匠が書き終わったそれを俺とシエルに示しながら解説を始める。
「これは言うなれば小型の収納ボックスだな。トートバッグやポーチと同じで見た目以上の容量を持った空間、異世界とも呼ばれる場所へと繋ぎ物の出し入れを可能とする。バッグからポーチへ変換する際に用いた空間圧縮技術にあった無駄な部分を削ぎ落とし、更なる小型化をしたというわけだ。まあ、小さくするとそれだけ容量が低くなるというのは変えようがなかったが、その点は問題あるまい。いくつか用意することで入れ替えながら運用することになると思うが、装着者である響真くんの負担を考えると仕方ない部分ではあるんだ。あまり大きいと異物感が生じて日常生活に支障が出たりするだろうしな。あ、ちなみにこちらがホルダーになる金具の設計図だ。これに関してはシエルくんの意見が訊きたいところだな。問題はないかな?」
いつの間に描いたのだろう。二枚目の紙には薬莢を納める穴の開いたホルダーといわれる物の図があった。どうやらこれは俺の両腕に取り付ける部品らしい。
「………………――――!!」
設計図を見ていたシエルが唐突に顔を上げる。なんだ、君にはそれが読めるのか。何かの特殊記号だと思っていたが、書かれていたのは専門的な人が使う言語だったのかもしれないな。
「すごいです。まさかあの短時間で……いえ、本当にすごいのは基礎を作ったキョーマの方でしょうか。あなたは一体何者なんでしょうねぇ。不思議です。ただの少年だと思っていたのですが、考えを改めなければなりませんね」
褒めても何も出ないぞ。俺のにやけ面以外はな。
「うん、それには同意するよ。この子はすごい才能を持っている。常人では思いつきもしない事を平然と実現してみせるんだからなぁ、まったくどうしようもないね。良い意味でだけど」
師匠まで……と思ったが、こっちはいつも通りか。俺としては師匠の方がすごいと思うけど? 今だって俺の作成した設計図から更に発展させた物を作ろうとしているわけだし。
「あはは。それで質問について答えるなら、このままで大丈夫かと私は思いますよ。一つ注意して頂きたいのは、骨格へ直に接続する構造みたいですので、フレームの強度が落ちる可能性があるというところでしょうか。まあ、それでも人間の骨よりは丈夫ですから無理をしなければ破損しないですね。キョーマのことですから保証は出来ないですが……」
俺ってそんなに信用ないのだろうか。うん、当たり前だわ。言いつけを守れなくてこんな事になってるんだったー。ははは、俺を止めたければ倒してからいくんだな! ほんとごめんなさい。
「響真くんはしょうがない。危険に自ら飛び込む趣味があるようだから。スリルを楽しむのは勝手だが、心配する人もいるって事を忘れないようにな?」
「はい、善処します」
そんな趣味はないんだけど……これまでの経緯を考えるとあながち間違いでもないから文句を言えない。今後も何か厄介事に巻き込まれそうだしね。のんびり生きていきたいんだけどなぁ。
「それじゃ、私はこれからパーツを作製してくるよ。君たちは昼食でも取りながらくつろいでいてくれ」
話も纏まった所で師匠が書き直した設計図を手に第二研究室を出て行く。義体に使う物なので作るには医療機器のある第四研究室でないといけないそうだ。ここにある物は大型機械用の実験機材だからなぁ、いったい普段は何を作っているのやら。
扉が閉まるのを確認すると沈黙が訪れる。シエルと二人きりになるのは久しぶりだな。
『私もいるんだから、あんまりイチャつかないでよね』
そうだった。ましろも居た……というか俺と繋がっている時は声も出さずに意思の疎通が出来るみたいだな。尻尾には通信機能もあるのか? 器用に動くだけでなくデータのやり取りも出来るとは。あとでよく見させてもらおう、興味がわいてきた。
研究室の端にある冷蔵庫を物色する。勝手知ったるなんとやらだ、許可も貰っているしな、好きに食い散らかしてやろうじゃないか。
「シエルはなにか食べたい物あるか? オーブンかレンジで作る物に限り品揃えは豊富でっせー」
しっかしいつも思うけど、俺が十人くらい入れそうだなこの冷蔵庫。横には同じサイズの冷凍庫もあるし……プロか。引きこもりのプロなのか師匠は。トイレも風呂場もあるし、この研究室だけで生活するのは可能だろうけど、もう少し有効活用してほしいな。せっかく広い建物なんだからさぁ。
「では、そこにあるベーコンピザを頂きます。あとは――」
適当に選んだ物を温めて二人で食べ始める。うーむ、シエルの手料理に慣れた俺の舌には少々味気ないなぁ。シエルはそれなりに満足しているみたいだけどな。手間無く食べられるのは楽で良いとか何とか。
「ごちそうさまでした。はふぅ、この国にいると太りそうですねぇ。食事に困らないのは良いことですけど……おなかではなく胸に栄養が行けば文句はないのですがね。ふふ、ぺったんこです。こちらはぷにぷにですのに」
笑顔が恐い。俺は小さいのも好きだから気にしなくていいと思うけど、女性としてはやはり重要な部分なのだろうか。どう思う、ましろ。
『ご主人の意見を肯定。スレンダーな方が戦闘で動き易いし、むしろメリットだと私は思うよ』
何故戦うこと前提なのだろう。ちなみに、ましろは冷凍庫から取り出した凍ったままの肉をガリゴリと噛み砕いて食べていた。ほてった体にはちょうどいいと言いながら。師匠に何か貰って食べていた時もそうだけど、お前は食事が必要なのか? それだったら今度からちゃんと用意してやるけど。
『そうだな、機巧人形と一緒で食べなくても生きてはいけるよ。でも、何か口に入れてないと落ち着かない……ごはんくれなきゃご主人をガブリといく可能性も否定は出来ないかなー』
そんなこと言いながらチラチラと見られてもな。こちらとしては食事を出し渋るほど生活に困っちゃいないし。欲しいなら満足するまで食わせてやるさ。俺の体は駄目だけどね。
そんなこんなで優雅にのどかなお昼時を過ごす。
機械のパーツが散乱した景色は最高だぜ! すげー鉄臭い……。
「――すまん、扉を開けてくれないか~」
と、昼食を食べてから二時間ほど経過した頃だろうか。部屋の外から師匠の声が聴こえてきた。
ましろにはみはみと甘噛みされて動けない俺に代わりシエルが扉を開きに向かう。
「いやはや悪いね、両手が塞がっていてな。予定通りパーツは完成したのだが、興が乗ってしまい要らぬ物まで作ってしまったよ、ははは」
ガシャン、ザラザラと持って来たパーツの山を両手で持っていた大きな箱の中から机の上へと広げる。
なんだろう、薬莢とホルダー以外にもグローブのような手にはめる穴の付いた物が両手分と靴が一揃いあった。靴については少々金属感にあふれる前衛的な外見をしている。グローブと靴にはどちらもホルダーと似た薬莢を詰められる空間が開いていた。
「すごいですねぇ。こちらは先ほどの設計図にあった物だと解るのですけど……あとの二つはどのような用途があるのでしょうか? 何やら身体に装着するタイプみたいですが」
「ふっふっふ。聞いて驚け、見ても驚け。なんとこのグローブと靴には熱置換機能が付いているのだ!」
あーうん。それで?
そっけないと思われるかもしれないが、見てみろ。シエルも俺と似たような顔してるから。説明が足りないんだってば。
そんな俺たちの視線に気付いたのか、師匠は咳払いを一つしてから詳細を説明し始める。
「――えーとだな、まずこっちのグローブから説明するね。設計図に描いてあったこのパーツ……響真くんが体内から出した排熱を溜めておく、そうだなブラストカートリッジとでも言おうか、そのカートリッジの中身を利用して熱線を出せるようになる物だ」
「熱線、ですか……?」
「実はカートリッジを使い回そうと思った時に『中身をどうやって処理しよう?』となったので考えてみたのだよ。ブラストカートリッジの中に入れられる熱量には限度があるからね、設計の段階でそこまで思い至らなかったのが失態であるが、ちゃんと解決策も用意したので褒めてくれ。それで、熱と言えば竜の息吹の話してたなぁ……だったらドラゴンブレス撃てたらカッコイイよね! という素晴らしい閃きから生まれたのが、こちらです」
通販の番組っぽく説明してくれたが、ようは腕に着けたホルダーから体内の排熱をブラストカートリッジ内に収納し、そのカートリッジをグローブに填めると中身を出せるってことか。どんなもんかは使ってみないとわからないけど、面白そうではあるな。
「ふむふむ、それでこっちは?」
グローブへの興味もそこそこに靴の方へと話題を移す。まさかとは思うが、足からも熱線が出せるとかじゃあるまいな?
「靴の方は、これをこうして……」
あらかじめテスト用に熱を込めていたのだろう、カートリッジの一つを靴の側面にある穴に装填する。すると、ヒュオオオという音が聴こえてきた。え? いきなり可動実験始まった!?
「どーん、と。いく、わけ……だが……」
音がしている靴を床の上に置くと――ヒュインという風切り音が鳴り、姿が消える。跡に残った光の線を辿って壁の方を見ると。
金属製の頑丈な建材に軽く突き刺さっていた。
「ごめん、拾ってくる」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
こんなん履いたら脚もげちゃうよ……。よかった装着して実演させられなくて。
「これは廃棄しよう。危ない」
戻って来た師匠はボロボロになった靴をゴミ箱の中へと突っ込んだ。まあ、実験には失敗がつきものだ。人災が出なかっただけよしとしよう。
「くそう、人間が翼もなしに空を飛べるのはすごいと思ったんだがなぁ。ジェット推進は調整が難しいものなんだな、初めて作ったから勝手がわからなかったよ。グローブの方は原理が単純だから大丈夫だと思うんだけど――」
「それを使わないとカートリッジの処理が出来ないでしょうし、注意しつつ使用すれば問題ないかと。しかし、なるほど……もはやこれは芸術美と言っても差し支えない出来ばえですねぇ。撃ち出す以外の使い方は出来ないのですか? 例えば熱エネルギーを纏わせてコレ自体を強化するとか」
グローブを持つシエルの目が輝いている。研究意欲でも刺激されたのだろうか。
「すまないがそこまでは考えていない。あくまでブラストカートリッジの中身を処理するための物として用意した特化型だ。無駄な機能を持たせると靴のような事になるしな。しょうがないだろう、これが私の限界だよ」
「そうですかぁ、残念です。でも、十分すごいと思いますよ」
「ははは。一応カートリッジの中身を出した場合、グローブをそのまま装着していれば熱エネルギーはそちらの方へ流れるように設計してあるぞ。動作の確認のため、一度着けてみてくれ響真くん」
もげない? 着けたら腕ごとブチッといったりしない? 靴の事があって不安でならないんだけど。
「――わかり、ました! 師匠を信じます、よっと」
何か問題が起きても二人がいれば大丈夫だろう。最悪全身を改造されるかもしれないが、死にはしないはずだ。
恐る恐るグローブを両手に一つずつはめる。すると
『外部デバイスの接続を確認。異常加熱を検知しました。体内の熱を外部デバイスへと移行します、3・2・1……コンプリート。排熱完了しました。続いて動作の停止していた右腕の機能を再稼動致します……コンプリート。オンラインになりました、現在異常はありません』
装着する時に反対の手で無理やり広げた今まで動かないでいた右手の指が感覚を取り戻す。数回握ったり開いたりをするが、元通りに直ったようだ。システムが復帰したら一瞬の事だったな、相変わらず異常な回復速度である。
「……うん、熱が引いてきました。なんか右手も直ったみたいです」
『わふ? もう平気なのかご主人。だったら抜いても良いよな、答えはわかってる。えいっ』
俺から流れる排熱が無くなったのを感じたましろが強引に尻尾を引き抜く。痛ってぇんだよ、もう少しゆっくりやりやがれってんだ。あ、ごめん、噛まないで、んあーーー!
「何をしているんだ君は。まぁ、とりあえず動作は良好のようだね。安心した」
「右手の機能不全はやはり熱暴走が原因でしたか、手間が省けましたね。では、それを着けたまま行うとしましょう」
ん? 何を行うの? 熱の問題がなくなったんだから、もう良いんじゃないかな。
「どうした、呆けた顔をして。手術はこれからだぞ。ブラストカートリッジを取り付けるホルダーを響真くんに埋め込まなければならないからな」
「そうですねぇ、部分麻酔で良いかな、この場合ですと」
あ、やばい。話が急展開で進んでいってる! 助けてましろさん!
『わふ?』
おのれ、こんな時だけとぼけた反応をしやがって。っと、そうか。接続が切れたから心の声は届かないのかー!
「やっぱり、しないとダメ?」
来た時と同じく、ましろの背中に乗せられ第四研究室へと強制連行された。手術は医療機器のあるこちらで行うらしい。
「いまさら何を恐がっているのですかキョーマは。さすがにソレを着けたまま生活は出来ないでしょう? 大人しくしていて下さい。痛くはしませんから、これは別ですけど」
ブスッと麻酔液の入った注射を両腕に打たれる。ぬおぉ、わりと痛いなぁ。
「こっちは用意出来たよ、そちらはどうだい?」
「ええ、問題ありません。麻酔も効いてきているみたいですし、早速始めましょう」
ペシペシとシエルが何度か俺の腕を叩いて反応を確認すると、たしかに感覚が鈍いのがわかる。正座で痺れた足みたいだな、例えるならだけど。
チャッという音が聴こえる。
手術用の薄い刃の付いたナイフ、メスとも呼ばれる器具が俺の腕へと吸い込まれるように沈んでいき――
バッサリと肉が切り開かれた。




