31 排熱問題
「マキナ・ハートがキョーマに移植されている件について――どこまで知っていますか」
探りを入れるように、しかし、普段のシエルからでは想像もつかないような底冷えする声で緋華に質問を投げかける。
俺は思わず背筋が凍える気がした。何故かって? ブリジット先生を思い出したからだよ。あの時機嫌を損ねた先生の声と全く同じだ。でも、熱っぽい体にはちょうどいいな、あー涼しい……なんて言えるほど俺の肝は据わっていない。
「む? ……ああ、そういうことか。心配するな、施術者の事については何も知らないから。おおかた緊急事態だったために無許可で手術をしたのを隠しているのだろう? 安心したまえ、私はそれを調べる気もないさ。だって、こうして響真くんが生きている事が最も大切で重要な意味を持っているのだしね」
師匠は過程より結果を重視するタイプの人間である。最終的に自分に都合の良い事が起こるなら途中経過なんてすっ飛ばして先へと駆け抜けていくのだ。それゆえに以前いた職場で大ポカをやらかし、無職のボッチになったわけではあるが……マッドサイエンティストとは孤独な存在なのだよ響真くん! などと涙目で言われた過去があるので、もう何も言えない。
よくよく考えてみればそうだよな。俺を助けるために先生は無許可の移植手術などという犯罪を犯したわけである。黙っていればバレることはないが、それでもシエルにとっては重要な事柄だ。俺が話していないというのは師匠が弁明してくれたが、迂闊な対応をすれば無許可だったのが公表されていしまうかもだからな。特に国の機密にアクセスする権利を持つ師匠なら簡単に調べる事も出来るはずだった。診療記録が残っていない、それはすなわち違法である可能性が高いってことだし。
「ありがとうございます、師匠。シエルもそれで納得してはくれないだろうか。緋華さんの言葉は俺が保証する。もし彼女が嘘をついていたら――そうだな、俺を殺してくれても構わない」
「はぁ、つまりあれですか? あの件について彼女が何かを知っていて、その情報を国に売り渡そうとしたら、当事者である響真自身がいなくなれば誰にも迷惑がかからない。そうすれば真実は闇の中だ、と言いたいわけですね?」
「まあ、概ねそんな感じかな」
「……わかりました。まったく、緋華さんの方が私よりキョーマに信頼されているのですね。悔しいですが、これから頑張るとしましょう。彼女の処遇については――」
「いやいや、まってくれ!? なんで響真くんが私の発言に命までかけなきゃならないんだ!」
何を言ってるんだろう。師匠のために命を差し出すくらい俺にとっちゃ朝飯前ですよ? それにだ。仮に師匠が真実を知ってしまった場合、俺がいなくならなければ師匠が消される可能性だってあるんだぞ。そんな迷惑はかけられないだろう。恩を仇で返すような真似はしたくない。
「では緋華さんは嘘を付いていると?」
「断じてそれはない! そういう事を言っているのではなくッ」
「嘘を付いてないなら良いです。キョーマがあなたを信じて命までかけるなら、私はそれ相応の返事をするだけですから。緋華さん、もし真実を知ることになっても他言無用でお願いしますね。ま、どっちにしろ私は構わないんですけどねぇ。あの人がどうなろうと今更……思い出したらムカムカしてきました。この話はこれで終わりにしましょう。いいですね、二人とも」
シエルが少し冗談めかして締めくくる。にへらっと笑いながら両手を合わせて打ち鳴らして、普段の優しげな雰囲気に戻った。
「あ、うん……シエルくんがそう言うなら、それでいい」
師匠もそれを見て落ち着いたようだ。とりあえず、ブリジット先生に会う事があったら改めて御礼をしなければならないだろう。俺は色んな人に支えられて生きているんだなと痛感した。もちろん人と言っても人間だけではないけどね。
そんなこんなで、話は戻ると。
「では、改めましてキョーマの熱暴走……竜の息吹の対策を考えなければいけませんね」
いきなり施術をするというわけではないようだな。ちょっと安心した。
「ところで、そのドラゴンブレスっていうのはなんなんだ結局? コンピュータ類が起こす熱暴走とは違うものなのか」
「ふむ、私もそれは気になるところだな。白衣なんて着て研究者を気取ってはいるけど、実際にはコアも満足に創れない素人でね。機巧人形の心臓以外なら知識はあるのだけど……」
たしか、この前来た時に創っていたのが機械仕掛けの心臓だったっけか。共同研究で色々作製してはいるけど、機巧人形については俺は触れたことがない分野だ。師匠はコア以外はいけるみたいだから、さすが師匠だとしか言えない。他の部分でもかなり難しいんだけどなぁ。
それに対し、シエルはとても不思議そうな顔をしていた。
「あれ? わりと有名な話なのですけど……あ、そっか。この国は発展が異常なほど早いので起きなかった問題なのかもしれませんねぇ。竜の息吹とは呼んで字の如くですよ、ボワッと燃えてボンッです!」
うーん、そんな抽象的な擬音を混ぜ込んだ説明で理解しろっていうのかシエルさんよ……あれか、ツッコミ待ちなのか? いや違うか、素だな。
「シエル、悪いんだけどもう少しわかりやすく頼む」
「あ、すみません。えっと……元を辿れば同じ熱暴走なんですけど、機巧人形に使われる心臓が出す熱量は凄まじく、適切に処理しないとそれこそ神話上の竜に炎を吹かれたように内側から金属骨格すら溶かしてしまう――まあ、そんな事例がありまして、コア由来の熱暴走には竜の息吹という名前が付いているのです。現行の機巧人形にはボディ側に排熱を動力へと置換する装置が必ず内臓されているので問題はないのですけど、昔の第一世代にはそういうのが無かったので出力を落として使うか、そもそも使い捨て……最終的に燃えて終わるのが多かったのです。キョーマの場合は当然の如く排熱機溝なんて体に付いていないので、今までは腕と脚の義体がコアの分も肩代わりしていたのでしょう。現行のはパーツ毎にも熱置換装置が小規模ながら付随していますからね」
なるほど。名付け方はともかく、俺が今日まで平気だったのは心臓以外にも四つの義体、PETという技術の塊を持っていたからか。いきなり限界になってしまったのは右腕が機能不全を起こしているのも要因だろうな。ギリギリのラインでバランスを保っていたが、それも無理がたたって崩れてしまったと。
「もしかして今はましろが右腕の代わりになってるみたいな感じか?」
心臓から伸びるコードを辿る。その根元には白い鎧を纏う獣型のペットがいた。
『そろそろ抜いても良いだろうか、ご主人。私は熱いのが苦手なんだよ、猫舌だし?』
尻尾と舌は関係ないと思う。逃げようとするましろの尻尾を掴みその場にとどめておく。外した途端死にましたとかなったら笑い話にすらならない。
「ええ、そうだと思います。深夜に起きた事と現在の状況を鑑みるに、キョーマの体内では常に熱が過剰生成されている可能性がありまして……リミッターが解除されてしまった弊害でしょう。いえ、もしかすると白き閃光に首を切断された時に大量の体液を補充するという機能を使ったせいかも……あ、それとも私が不用意にパラメータを弄ったから? しかし、パワーバランスはこれで合っているはず……」
むむむと思案顔になって俯くシエル。まあ、考えてもわかることではないだろうな。俺の体は常識が通用しないみたいだし。人間用の物ではない異物を入れている時点で察しているさ、そんなこと。
「原因を探ったところでどうにもなるまい。現状を打破するにはどうするか、それを考える場面ではないのか?」
師匠が珍しくまともな事を言った。そうだな、今重要なのはそれだ。さすがにましろの尻尾を突き刺したまま生活を送るわけにはいかないしね。
「そう、ですね。すみません、原因を作ってしまったのは確実に私ですから……何としてもキョーマを直してみせます。が、解決法が思いつかないというのが結論だったりします。今みたくましろさんのような外部デバイスを取り付けていれば大丈夫だとは思うのですが――外付けだと目立ちますし、内臓するにはスペースが足りませんねぇ」
ああ、ようするに胴体が生身だから改造のしようがないってわけか。ましろから噴出す蒸気を見る。俺が少しでも動くとそれに比例して白煙が増していた。つまり、ましろのこのサイズでも排熱がしきれていないというわけだ。自分のだけでなく俺の分も処理するあたり、こいつの許容量もそれなりに大きいみたいだけどな。
「胸部分をくり抜いて穴を開けておくのはどうだ? それなら目立たな――」
「バカなんですかキョーマは? 空気に触れているからといって熱が逃げるわけではありませんよ。コアから生み出される熱というのは、あなたに流れている体液に乗って内部へと流入しているのですし。表面を少し冷やしたくらいでどうにかなるなら最初からやってます」
ピシャリと否定されてしまった。ぐすん、なにもそんなバカバカ言わなくてもいいだろ……俺だって傷付くんだぜ? ガラスの心を持った繊細な少年なのだから、もう少し優しく接してくれてもいいじゃないか。知識が不足しているのは否定しないけどさ。
「あまりいじめないでやってくれないか。これでも響真くんは私より先見の明があるんだ。それこそ私では思いつきもしないアイディアをポンポンと生み出すくらいにはね」
「師匠……それ慰めているようでハードル上げてます……」
「す、すまない。こういうのは鳴れていなくてな、ボッチの私に期待されても……ん? 体の中を流れる熱を逃がすだけなら何も胴体にこだわる必要はないんじゃ?」
「どういうことですか? 言っておきますが、キョーマの四肢にはそれほど高機能な熱置換装置は入っていませんよ。骨格が細いですからね他の物より」
人間に似せて作られたせいだろうな。強度もあまり無いみたいだし。
「いやなに、そんなことは理解しているさ。つまり、その義体自体を改造してしまうというのが私の考えなのだが……出来ないか、シエルくん」
「無理ですね。腕や脚に新たに排熱機溝を設けるのは物理的に不可能かと。現存するコア用の排熱装置は胴体にしか収納できないサイズですし、義体の熱置換装置を改良したところで焼け石に水で意味がありません。新たに小型の排熱装置を創り出すのは私には出来ないので……緋華さんは、出来ますか?」
「もちろん出来ないね。一から設計する必要があるのだろう? そんなことは私には無理だ、ある程度設計された基礎があって初めて機巧人形は作成出来る物、私はそう認識している」
「でしょうね。一から機巧人形の部品を創るなんてのは先生にしか出来ない芸当だと思います。一番近くで見ていた私ですら、理念が頭に入ってきませんでしたから」
「む、その『先生』というのは機巧人形について詳しいのか?」
「詳しいなんてものではありません。なんたって、マシンドールは先生が最初に生み出したんですし。先生がいれば解決したかも知れませんが……あいにく国外に居るようでして。詳細な所在地は私にも不明です」
「そうか。シエルくんは神と知り合いだったのか」
「神って……先生ってば、そんな呼ばれ方をしているんです?」
「いんや、私が勝手にそう崇めているだけだが? この国には人間と変わらない存在と化した機巧人形が大勢いてね。そんな人間に近しい物を創れるのは、もはや神と言っても過言ではないと私は思っている」
たしかにそうだな。うちの家族もそうだけど、彼女たちには命が宿っている。機械だから? 金属の塊だから? それがどうした。自由意志を持ち活動する同じ人だ。構成物質が違う程度、なにも関係ないじゃないか。
まあ、師匠はそのあたりが受け入れられないみたいだけど。作製した人を神と崇めるほど心酔してはいるが、あくまでそれは研究者としてである。心情としては機械と人はやはり違う物という概念は覆らないらしい。沙耶がいたおかげで出逢った当初よりはましになってはいるのだが。どちらにしろ、考えは人それぞれだ。思うだけなら勝手である。
「あはは。傲慢で自分勝手な人ですから神と言われるのもあながち間違いではないかもですね。なんだったら今度暇な時に先生の話を聞かせますので、今はいったん置いておきましょう」
また脱線しかけたが、シエルが苦笑いしつつそれを回避する。
「うむ。しかし、そうなると――どうしたらいいものか」
再び考え込む。三人寄れば文殊の知恵とはいうが、それでも何かキッカケが欲しい場面だ。
『あっつい……わふぅ……冷たい物飲みたいなー』
俺と繋がれたましろを眺める。親と一緒で白銀に輝く流線型のボディをしていてカッコイイ。メスだから美しいと言った方が喜ぶのかもしれ……あれ、そういや彼女には何かが足りないな。あ、そっか。今は俺が繋がれているけれど、何かバランスが悪いと思ったら、ビーストの特徴でもある鋭利で何でも斬れる大剣はましろには無いのか。本体がミニサイズだから持たせたとしても人間が使うような大きさのだろうなぁ。こんなか細い尻尾じゃコレは持ち上がらないだろうし。
そう考えて何となくポーチの中にある大剣の柄を握る。うん、ずっと入ったままだな。自力じゃ抜けない重量だ。
「ん? 何をしているんだ響真くん」
腰の辺りでモゾモゾと手を動かしていると師匠が目ざとく指摘してくる。べ、別にやましいことはしてないよ!? 剣の柄を放った後に掴んでいた漫画本から慌てて手を離した。危ない、このポーチの中には誘惑がいっぱいだ。いくら考えが浮かばなくて暇だからといって出してはいけない物だったな。
「キョーマ、それ何です? なんかいつも身に着けてますけど」
「あれ、シエルには教えてなかったっけか。買い物用のトートバッグってあったろ? アレの小型版だよコレは」
金具をパチンと外し、疑問を浮かべるシエルへとポーチを渡す。
「……何と。アレがこんなに変わるのですか。小さくて可愛いですねぇコレ。私も一つ欲しいです」
ああうん。シエルにはお世話になってるし、今度作ってあげても良いかな。そこまで手間のかからない物でご機嫌が取れるなら安いもんだ。
「えぇ、私のは!? 私の方が先に言ってあるんだから優先してくれよ! シエルくんてばズルっこだー」
シエルの言葉に対し頷いて了承していたら、師匠が拗ねた。可愛いなぁもう、抱き締めたい。
「安心して下さい。師匠の分はここにありますから」
忘れていたが、この前頼まれたので懐に忍ばせていたのだった。
「おぉ! ありがとう響真くん!!」
「師匠のイメージに合わせてデザインも変えてありますので、本当の一点物ですよ。大事にして下さいね? あと、これ設計図です。何かに役立てて下さい」
「うんうん、大切に使わせてもらう! きゃっほぅ!! 響真くんの手作りだぜ!」
テンション高いなぁ。そこまで喜ばれると嬉しいもんだ。ちなみに俺のが無地の茶色い皮製みたいな外見に対し、師匠のは真っ赤な色をしていて花柄のモチーフが端の方に刻まれているオシャレな一品だ。我ながら自信作である。
「………………」
くいくいと袖を引っ張られる。撫で撫で、シエルにもちゃんと作ってあげるから心配しなさんな。俺、気合い入れちゃうから! 愛情込めて一つ一つ……って、何か内職みたいだな。
「――あ、これ使えるんじゃないか」
と、そこではしゃぎ回っていた師匠が何かに気付いたように己の手に持っていた異世界ポーチの設計図に目を向けた。
ポーチの設計図とはいうが、実際は空間圧縮技術の論文である。
トートバッグの大きさからポーチの大きさにまで縮小するために用いた簡単な絵も描いてはあるけども、元の半分以下のサイズにするために変換するべき部分は~みたいな殴り書きだ。そんなのをどう使うというのだろう。
師匠は設計図を机の上に広げると、シエルと俺をそちらへと招き寄せて神妙な面持ちで
「排熱を全部この中に捨ててしまおうと思う」
そう、語り出した。




