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12 暗がりの洞窟

 薄暗い洞窟の中、女が独り歩いていた。


 洞窟といっても暗闇ではない。

 岩の上に所々生えた苔が青白い光を放っているため、走らなければ足を踏み外す心配はないだろう。


「………………っ」


 だが、不意に足元に現れた障害物に女は顔を(しか)める。


 鉄臭い。いや、それ以上に……腐敗した臭いがあたりに漂っている。

 

「いつから……こんな……」


 それは自嘲だろうか。


 青白い光に晒された白い服。

 何か鈍い切れ味の物体で引き裂かれたであろう痕が見られるそれらには――苦悶の表情が刻まれていた。


 そう。

 女の足元にある障害物。それは……死体だ。


 一人や二人ではない。いや、何体と言った方が正しいだろう。生存者などいないのだから。

 何十。何百体。数え切れない程の絶望に満ちた顔がそこにはあった。


 避けて進むことは出来ない。

 所狭しと朽ちた屍が通路の奥まで座しているため、踏んで進むしかないのだ。


 ビチャビチャと歩みを進める度に鳴り響く水の音。

 足元に流れる水は屍から出た体液とは違い、透明だ。

 この洞窟が出す自浄作用により地面は常に清潔に保たれている。この死体たちもその内消え失せるだろう。

 そのようすを一言で言い表すなら消化という感じだろうか。


 そこで、ふと、歩みを止める。


「……マスター、おかえり」


 何かがいた。


 いや、何かと言っては失礼だろう。

 先程声を発したのは女の子だ。

 長い黒髪。前髪は目の上辺りで真っ直ぐ切り揃えられ、その下に見える双眸は薄暗い洞窟の中においても金色の光を放つように輝きを秘めている。

 服は――


「ただいま。これはお前が?」


 これ。

 そう言って見るのは今まで通って来た通路の方だ。そこには未だに横たわる肉塊があった。


「うん。叩かれたから、やり返したら潰れた」


 黒髪の女の子。その少女の口数は少ない。

 口数だけではない。

 その双眸は女を見つめて動かず、表情も眉一つ動いていない。

 相変わらず感情表現に乏しいなと思う。


 無理もないか。こんな所でずっと一人きりなのだ。

 たまに人がやって来ても、こうしてすぐにいなくなってしまうのだから。


 女は少女の頭を一撫ですると先に進む。


「後で新しい服を着せてやらないとな」


 少女は服を着ていなかった。

 もちろん、最初から裸だったわけではないのだろう。少しだけ布の欠片ともいえる物が体に巻き付いていた。

 洞窟内に転がる肉塊。そして、服だけボロボロになった少女。

 彼女の白い肌には傷一つ付いていない。多少汚れてはいるが。 


 あまりこの子を一人にするのは危険だと思った。

 しかし、言いつけはきちんと守っていたのだろう。

 自分から手を出したわけではない。正当防衛だ。少しやりすぎだが、相手が命を奪いに来ている以上、相応の手を打たねばなるまい。


 奥に進むと行き止まりになった。


 目の前には頑丈そうな扉がある。

 この洞窟内にどうやったら持ち込めるのだろうという大きさの一枚板で出来たそれは、鋼鉄のような鈍い輝きをしている。


『認証コードヲオネガイシマス』


 扉に近づくと声がかかる。

 入るためにはロックを解除しないといけないらしい。


「すまん。忘れた」


 そもそもロックを掛けた事自体忘れていた。

 それくらいにはココに帰ってくるのは久しぶりなのである。


『デハ、オカエリクダサイ』


 そっけない態度だ。作ったのは私なのだから、顔パスで通してくれても良いのではないだろうか。そうだ、今度からそうしよう。と、改良の余地を見出したのは良いが……現状のままでは、この扉を開ける事が出来ない。

 いっそ壊してしまおうか。後ろについて来ている少女に頼めば、ものの数秒でこの扉も鉄塊に変わり果てるだろう。

 しかし、壊した後はどうする。直すのは壊すのより大変だ。もしこの扉がなければ奥に続く室内も洞窟の自浄作用に飲み込まれ、いつかは洞窟の一部になってしまうだろう。


 と、悩んでいると


「ベル、開けて」


 後ろにいた黒髪の少女が扉に話しかけていた。


 そして、


『うはははは! この扉を通りたければ合言葉を言うが良いッ!!』


 なんて声がアナウンスされた。


「…………」


 なんでこんな事になっているのだろう?

 と、若干の時間考えてすぐに答えに思い至る。


 そもそも認証コードをこの子に教えていない。自分でも覚えていないのに、教える事自体出来ないが。

 中にいる子にもきっと教えていないだろう。だからこそ、この子は一人で洞窟内にいたのだ。

 もう一人が扉の中にいるのは、内部からなら扉の鍵の開け閉めが出来るからだ。


 二人には留守の間の警備を任せていた。

 訪ねてくる奴を敵だと認識したら構わずブッ飛ばして良い、なんて言って旅に出た記憶がある。

 その結果が、今まで通って来た道の惨状なのだが。まぁ、人の土地に勝手に入る方が悪いだろう。洞窟の入り口には警告の看板と、侵入したらどうなるか教えるアナウンスが流れる仕組みがしてあるのだし。その親切を無駄にして踏み入るくらいだ。相応の覚悟を持って来た者ばかりであったと思う。


 沈黙が流れる。


 ベルと呼ばれた扉の向こうにいるであろう少女は何をしているのか。

 早く中に入って気分を落ち着かせたい。


『合言葉は……?』


 再度確認が入る。

 そこまで慎重になる必要がないとは思うのだが、言いつけを守っている事が少し喜ばしい。

 だが、そろそろ助け舟を出すべきだろう。というか、いつもこんなやりとりをしながら彼女たちは出入りをしていたのか……。早急な改善が必要だろう、このシステムは。


「ベル。開けてくれ、私だ」


『わたしわたし詐欺はお断りしております。どうぞお引取りを……って、マスター?』


 扉の奥でガッチャンゴトンと慌てた音がスピーカーを通して聴こえる。

 そして、ややあって鉄の扉が音も無く開いていく。


「いるなら最初から言ってよマスタ~! あ、お前もいたのか根暗女」

 内側から出てきた少女は黒髪の方に向かってそんなことを言う。

「いない方がいいなら出てく」

 黒髪の少女はそんな刺々しい物言いにも無表情のまま、来た道を戻ろうとしていた。


 なんでこんなに仲が悪いのだろうか。

 ほぼ同時期に造ったこいつらは、いわば姉妹みたいなものなのに。


「一緒に中に入れ。前にも言ったが、お前たちは二人で一つだ。どちらかが欠けてもならん」


 そう言って黒髪の方も扉の中へと連れて行く。


 中に入り、少し進むとまた扉がある。


「どうした?」


 そこへ入ろうとすると、黒髪の少女は立ち止まってしまった。


「……そうか。いいよ、自室に戻ってなさい。後で着替えを持って行ってやるから、洗浄後に休息をしていて構わない」

 私がそう告げると違う部屋へと向かって行く。

 無理強いはすまい。急がずゆっくりと打ち解けていけば良いのだ。時間はいくらでもある。それこそ、永遠に。


「あ、そうだ! おかえり、マスター!!」


 扉を開け中に入り重い荷物を降ろすと、ベルが帰還を労ってくれる。

 室内は――散らかっていた。


 出て行く前もこんな感じだったし、別に不都合はない。


 山のように積まれた紙の束に、開いたまま放置された分厚い本。

 机の上には試験管や何に使うのかわからない歪な形をしたビンも置いてある。

 あとは……


「ただいま。ずいぶんと自由にしていたようだね」


 菓子の空き袋と飲みかけのジュースが入ったグラスが散乱していた。


 ベルは「何のことかわからないなー」とか言いながらそれを片付けている。

 留守の間は好きに使って良いと言ってあったため、怒ることは出来ない。

 あまり飲み食いされると備蓄が足りるかどうか心配にはなってくるが。


 ドカリと椅子に座り込む。

 無骨だが機能的に作られたその椅子は座ると体を包み込むように衝撃を吸収した。


「疲れた……」


 思わず呟く。

 実際のところ、ここから出て五年近く経っていた。

 そう、五年だ。

 時期的にはあの少年(・・・・)を助けたあたりから帰ってきていなかった。


 ここは私の自宅兼工房といえる場所である。

 他にも工房と呼べる物はあるものの、ここほど重要な研究をしている場所はない。


 ちらりと部屋の入り口を見る。


 ここに来るまでの道には、数え切れないほどの――――


「マスタ~ぁ? なんか食べるぅ?」


 ベルが荷物を漁っていた。

 私がここに来る時に背負っていた物だ。大きさは成人男性が二人か三人入る程の容量を持ったバックパックだ。

 そこに頭から突っ込んでゴソゴソと買い込んできた食料、香辛料や保存の利く干し肉なんかを取り出している。


「いらん。勝手に使って良いから、好きな物を作りなさい」


 工房には調理場もある。

 私は料理なんて全く出来ないが、ベルたちはレシピを見ながらではあるがある程度まともな物を作れたはずだ。


「え~、めんどくさいぃ~! マスターが食べないなら一人分だけになっちゃうし、そのまま食べれるやつだけ持ってくねー」


 私を除けば一人分。

 それはつまり自分の分だけしか勘定に入れてないのだろう。この工房にはもう一人、黒髪の少女も住んでいるのだが。


「ああ。ちゃんと根暗女にも持って行くから安心して。ついでに着替えも持って行かなきゃだし」


 私がジロリとベルを睨んでいると、少しトーンの落ちた声で不機嫌さを全身で表しながら一抱えの干し肉や保存食を持って部屋を出て行く。

 任せておいても大丈夫だろう。この五年の間二人で過ごしてきたのだ、悪いようにはならないと思う。


 部屋の扉が閉まり、独りになる。


「…………」


 机の上にあったまだ開けたばかりであろうポテチを一枚口に含む。

 塩分が体に染み渡るようだ。


「情報データオープン。機巧人形について開示」


 口に入れた物を飲み込んだ後、言葉を発する。

 そうすると、眼前に半透明のウィンドウ画面が何枚か表示された。


 その画面の一枚に手を添わせ、スライドしながら切り替えていく。


 そして、ある情報が映されたところで手を止めた。


「……人体への機械仕掛けの心臓(マキナ・ハート)移植について」


 それは現在から二十年前の記事だ。

 まだパーソナル・エクステンド・ツール、PET(ペット)が開発されたばかりの頃。人間の体をどうすれば兵器として利用出来るかを(つづ)った文章である。


 この時には既に義手や義足などのPETは現在の物と大差ないまで完成されていた。

 しかし、それを開発した研究者はそれだけでは飽き足らなかったのだ。


 それゆえに行った。


 現在では禁忌とされる人体の総PET化を。


「前提として間違っているんだ」


 そんなことはわかっている。

 だからこそ、失敗した。


 当時のPETは脳からの微弱な電気信号でも人間の動きを再現出来るよう、出せる最大出力を低く設定して造られていた。

 それを無理やり大きな力が出せるように改造したのだ。


 結果的に出来上がったのは電力不足で動かない、肉と金属の塊であった。


 そこで開発されたのが、大電力を生み出し、なおかつ体の自己修復機能を持った動力源……機械仕掛けの心臓だ。

 それは開発されるとすぐさま実戦配備された。副産物として共に開発された、その他内臓も一緒にだ。


 始めは上手く作動していた。

 だが、長くは続かない。


 唯一生身ともいえた脳が壊れてしまったのだ。


 まだAIを積むという選択肢が無かった時代である。

 訓練された兵士の脳を使わなければならなかったのが悲劇の始まりだろう。

 心臓から送られる電力は義体のみならず、その司令塔たる頭脳も侵食していたのだ。


 発狂した兵士たちは国を滅ぼした。


 そして、完全に焼き切れた脳を頭の穴という穴から噴出し事切れた。


「実験には失敗がつきものだ」


 しかし、失われた代償は大きい。

 死んでいった兵士たちは志願した者だけでなく、国により強制的に参戦させられた者も多い。


 このことから世界の各国はある協定を結ぶ事となりえた。


『人体への機械仕掛けの心臓の移植を禁ずる』


 もちろんこれは出力を落とした人体への影響の少ない物は認可さえ受ければ使う事の出来るというものであった。

 それにより、大勢の心臓疾患患者の命を救うことが出来るようになった。


 人を殺すために創られた技術が、人を救うために使われる。


 犠牲はあったが、それは必要な犠牲だったのかもしれない。


 そして――


 そのPET技術の完成系として『機巧人形(マシンドール)』が生み出された。


 AIの製造技術も進み、現在(いま)では動物型のシリーズも出ている。

 これは価格を抑えた廉価版も同時期に発売され、世界の注目を集めた。


「ふぅ…………」


 息を吐き、読んでいた画面を閉じる。


「少し眠ろう……」


 限界だ。

 もう、何も考えたくない。


 椅子を倒し、横になる。


「そういえば……」


 あの時助けた少年は元気だろうか。


 シエルを様子見に送ったから大丈夫だとは思うが――



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