シーズン2第5話:崩れゆく夜と、残り香
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第5話では、激しい感情の衝突のあと、夜の静けさの中でそれぞれが抱える孤独と痛みに向き合う姿を描きます。
張り詰めた空気の向こうに、少しずつ変化していく二人の距離感を感じていただければ幸いです。
玄関の床に両手をつき、声を殺して泣きじゃくる宮乃の姿を見つめながら、瞬は動くこともできずにその場に立ち尽くしていた。
「……ごめん……迷惑だったよな。もう、こんな時間だし……帰るよ」
絞り出すような瞬の掠れた声は、夜の冷たい空気の中にすっと溶けて消えていった。
彼はこれ以上ここにいては宮乃をさらに傷つけるだけだと悟り、震える足でゆっくりと立ち上がった。
コンクリートのタタキに膝をついていたせいで、ジーンズの裾が少し汚れていたが、そんなことは今の彼にとってどうでもよかった。
もう二度と、宮乃の前に姿を見せるなと言われるだろう。
あれほど激しく拒絶され、罵声を浴びせられたのだから、それが当然だった。
瞬はうつむいたまま一歩、また一歩と玄関から離れようとした。
その時、部屋の奥から小さな、しかし聞き慣れた泣き声が聞こえてきた。
「……ふぇっ……んあ……」
結衣の泣き声だった。
先ほどからの大声や、母親のただならぬ気配を察してしまったのか、眠っていたはずの赤ん坊が目を覚ましてしまったのだ。
はっと我に返った宮乃は、乱れた髪を掻き上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で乱暴に拭った。
「ゆい……ごめんね、起かしちゃったね……」
震える足で立ち上がり、部屋の奥へと急ごうとする宮乃だったが、心の底からの疲労とショックで足元がフラつき、バランスを崩してそのまま壁に肩を強く打ち付けてしまった。
「っ……!」
その様子を玄関の隙間から目撃した瞬は、思わず反射的に足を一歩踏み出した。
「宮乃……っ!」
「来ないで……!」
宮乃は振り返ることもせず、壁に手をつきながら、必死の形相で瞬を睨みつけた。
その瞳には、これ以上近づいたら本当に壊れてしまうという切迫した拒絶の色が浮かんでいた。
瞬はハッと息を呑み、差し出しかけた手をゆっくりと下ろした。
「……わかった。もう、入らない。だけど……」
瞬は玄関の段差の下、靴を脱ぐスペースの端に、自分の持ってきた小さな紙袋をそっと置いた。
「これ……実家の母からだ。結衣ちゃんにって、お下がりだけど……使えそうな服や、あと、お前が少しでも栄養のあるものを食べてくれって。母さんも、ずっとお前のことを心配してた……それだけだ。じゃあな」
それ以上言葉を重ねることはせず、瞬は今度こそ背中を向け、夜の暗闇の中へと歩き去っていった。
玄関のドアをピタリと閉め、鍵を二重にかけたあと、宮乃はその場に背中を預けるようにして滑り落ちた。
シーンと静まり返ったリビングからは、結衣の小さな泣き声がまだ続いている。
宮乃はゆっくりと立ち上がり、結衣を抱き上げて優しく背中をトントンとあやし始めた。
温かくて柔らかい、愛しい我が子の体温。
その胸に顔をうずめると、また自然と涙が溢れてきたが、不思議と先ほどのような激しい怒りはスーッと引いていた。
ふと、玄関の隅に置かれたままの紙袋のことが気になり、宮乃は結衣をあやしながらそっと玄関を覗き見た。
そこには、瞬が置いていった小さな紙袋がぽつんと置かれていた。
気になりつつも、その日はそのまま眠りについた宮乃だったが、翌朝、意を決してその紙袋の中身を取り出してみた。
中に入っていたのは、綺麗に畳まれた赤ちゃんの洋服と、そして一枚の手紙だった。
そこには、瞬の母親からの震えるような文字で、宮乃の体を気遣う言葉と、謝罪の気持ちが綴られていた。
そして、その一番下には――瞬が自分のアルバイト代から買ったらしい、乳児用のミルクと栄養補助食品がそっと添えられていた。
「……っ……」
それを手にした瞬間、宮乃の目からまた熱い涙がこぼれ落ちた。
許したいわけじゃない。許せるはずもない。
だけど、加害者側の家族もまた、あの事故の日から止まった時間の中で、それぞれの十字架を背負って苦しみ続けているのだという現実が、冷たい事実として宮乃の胸に重く突き刺さったのだった。
第5話をお読みいただきありがとうございました。
激昂の夜が明け、瞬が残していった小さな紙袋と母親の手紙。
憎むべき相手なのに、ただの悪人として切り捨てることもできない複雑な人間模様が、宮乃の心をさらに揺さぶります。
許せない過去と、どう向き合っていくのか。
次回、第6話もお楽しみに!




